クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」

愛山雄町

第五話

 宇宙歴SE四五一九年六月一日。

 デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)では副長の交代が行われた。
 前任者クラウディア・ウォーディントン少佐は上級士官コースに推薦され艦を去り、その後任に昇進したばかりのサミュエル・ラングフォード少佐が就いたのだ。

 サミュエルはゾンファ共和国ジュンツェン星系にて行われた二度の会戦で、キャメロット第九艦隊所属の駆逐艦の戦術士として、的確な攻撃の指示と冷静な指揮ぶりが評価され、艦隊司令官ジークフリード・エルフィンストーン提督から直々に賞賛された。そして、殊勲十字勲章DSCこそ授与されなかったものの、それに次ぐ権威があるとされる銀星勲章シルバースターを授与されている。

 この副長就任は異例尽くめと言われていた。
 DOE5の士官のほとんどは爵位を持つ家の出身者だ。これは王太子の周囲に代々続く伝統ある名家の出身者を求めた結果だが、サミュエルは士官になるために騎士の家に養子に入った元平民だった。

 更に五等級艦軽巡航艦以上の副長は、六等級艦駆逐艦や等級外のスループ艦など小型艦の副長経験者が選ばれることが慣例となっている。
 これは副長の仕事が多岐に渡るため、いきなり大型艦の副長になると艦の運用に混乱が生じるからと言われている。しかし、サミュエルは情報士や戦術士の経験はあるものの、副長の経験はなかった。

 彼自身、副長の内示を受けた時には驚きを隠せなかったほどで、この人事についても王太子の意向が反映されていると噂されていた。

 クリフォードは舷門ギャングウエイでサミュエルを迎え入れると、「よく来てくれた、サム。これからよろしく頼む」と言って、彼の右手をがっしりと握る。

 サミュエルも「よろしく頼みます、艦長」と言った後、周囲には聞こえないように小声で「よろしく、クリフ」と囁いていた。

 二日ほどで引継ぎを終えると、クリフォードとサミュエルはDOE5を訪れたエドワード王太子から呼び出される。
 二人が揃って出頭すると、王太子は満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

「君たちにこの艦を任せられて私は幸せだよ。ラングフォード少佐、君のことはサムと呼んでもいいかな?」

 いきなり愛称で呼ばれ、サミュエルは戸惑うが、「はい、殿下アイ・アイ・ハイネス」と言って敬礼する。

「では、サム。クリフを助けてやってくれ。ああ、それと君たちの武勇伝を暇な時にでも聞かせてほしい。クリフは私がせがんでもトリビューンのことをなかなか教えてくれんのだ」

 その親しげな態度に再び面食らい、思わずクリフォードの顔を見てしまう。

「殿下の仰せだ。君に任せるよ」と言ってクリフォードが片目を瞑る。

 その後、王太子を交えての交流会が始まった。
 入港中ということで酒も出ているが、サミュエルはほとんど口にしない。

「酒は苦手かね?」という王太子の言葉に「いいえ、殿下ノー・ハイネス」と答える。

「もう少し楽にしてほしいんだが」という王太子に対し、クリフォードが呆れ顔になる。

「それは無理でしょう、殿下。サムは王族の方とほとんど面識がないのです。これが普通なのですよ」

「確かにそうなのだが……まあ、ゆっくり慣れてもらうしかないか。ハハハ!」

 サミュエルは会話に加わりながらも、この状況について考えていた。

(まさか俺が王太子殿下と酒を飲むとは……クリフの結婚式に参列していればお会いできたのかもしれないが、あの時はアテナ星系にいたからな……それにしてもクリフは堂々としている。あの頃の、右も左も分からなかった候補生時代のイメージは微塵もないな……)

 親友の成長を喜ばしく思うものの、自分がこの場に相応しいのかと不安も感じていた。

(クリフがこの艦の艦長を務めるのはおかしなことじゃない。それに引き換え、俺がこの艦の副長をやってもいいんだろうか。確かにDOE5彼女が戦うことはないだろう。だとすれば、最も重要なポストは副長だ。殿下の秘書官や護衛との間に入るのはクリフじゃなく俺なんだ。ウォーディントン少佐のように如才なくなんて無理だ……)

 彼の懸念は妥当なものだった。
 DOE5は戦闘艦に分類されるものの、“宇宙そら駆ける迎賓館”と呼ばれるほど多くの客が訪れる。王族や上級貴族を招いたり、外交官や有力者の見学の対応をしたりと、通常の戦闘艦の副長以上に求められることは多い。

(胃が痛くなってきたな。クリフと同じ艦に乗り組むのは嬉しいんだが、俺がいた世界とあまりに違いすぎる……)

 クリフォードはサミュエルの表情が冴えないことに気づいていた。そして、彼が何に悩んでいるかすぐに気づく。

「この艦は他の軽巡航艦とは違う仕事が多い。しかしだ。DOE5彼女も戦闘艦なんだ。いついかなる時も戦えるようにしておくことが本分だと私は思っているよ」

「しかし……」とサミュエルが言おうとしたが、クリフォードが右手でそれを制して話し続ける。

「もちろん、雑務が多いだろうし、気苦労も多いだろう。だが、君ならやれるよ。私のように主計科の成績が単位取得ギリギリなんてことはないんだから」

 そう言って笑い出す。
 その言葉に王太子が身を乗り出してきた。

「そうなのか、クリフ? 初耳だよ」

 そう言って驚きの表情を浮かべるが、

「まあ、君が帳簿とにらめっこをしている姿は想像できないがね」とクリフォードと同じように笑った。

「私の航法下手は有名すぎますから、単に気づかれていないだけです。その点、サムは何をやっても高水準でこなしますから、安心して任せられます」

 航法の話になり、王太子が更に相好を崩す。

「確かに聞いたことがあるよ。レディバードには正規の航法長マスターがいないから不安だったと誰かが言っていたな。ハハハ……」

操舵長コクスンですね。今度会ったら言っておきます。軍の重要な機密を漏らすとは何事かと……フフフ」

 その暖かな雰囲気にサミュエルの表情も明るくなっていった。


 その様子を見ていた秘書官のセオドール・パレンバーグは小さく首を横に振る。

(殿下にはもう少し自重してもらわねばならんな。慣例を無視した人事は人々の関心を呼ぶ。コリングウッドのように上手くいけばよいが、ラングフォードは経験が少なすぎる。二人の若き英雄に注目するのは結構だが、今回の人事への介入は度が過ぎる。ベテランの副長を配するよう、私がゴリ押しすべきだった……)

 一方でパレンバーグはこの八ヶ月間のクリフォードを見て、彼に対しては一目置くようになっている。特に王太子の護衛がこの戦隊の最大の目的であるとして、これまで軽視されてきた戦闘集団としての能力を上げたことは素直に認めていた。

(コリングウッドは目的と手段を混同しない稀有な士官だ。私ですら、この戦隊を殿下のための飾り物だと思っていたからな。しかし、それとこれとは話が別だ。私に意見を言う権限はないが、副長を甘やかすようなら厳しく言わねばならん……)

 彼と同じようにこの人事に不満を持っている者がいた。
 それは航法長のハーバート・リーコック少佐だった。

(なぜ私じゃないんだ。ラングフォードはまだ二十七だ。私より八歳も年下で先任順位も比べ物にならない。確かに武勲は挙げているが、艦長のように何度も受勲しているわけじゃないんだ……私は武勲を挙げていないが、それは航法士官だからだ。それに私は子爵家を継ぐ身。私の方が絶対に副長に相応しい……)

 そして、王太子が推薦したという噂を思い出し、更に不満が募っていく。

(この人事は殿下のご意向と聞いたが、艦長が示唆したんじゃないのか。仲のいい友達を支援するために。DOE5の副長をやれば箔はつくし、人脈もできる。三年もすれば上級士官コースに推薦されて五等級艦の艦長になるだろう……不公平だ……)

 リーコックは自分の能力を過信していた。彼が言うように航法担当士官という点を考えれば、武勲を挙げる機会はほとんどないため、武勲の有無で優劣を決めることはできない。しかし、彼の能力は至って平凡であり、すべてにおいて高いレベルを示すサミュエルとは才能の点では比較にならない。

 リーコックが焦るのはアルビオンの貴族制度に原因があった。アルビオンの貴族は一定の功績を挙げなければ、次世代に引き継ぐ際に爵位が下がっていく。そのため、このままではリーコック子爵家は彼の次の代で男爵家に降爵されることになるのだ。
 子爵位を維持するには少なくとも将官級に上がる必要があり、そのためには上級士官コース、いわゆる艦長コースを受講しなければならない。しかし、上級士官コースは中将以上の将官の推薦が必要になるが、彼にはその伝手がなかった。

 リーコックは自らの能力を上げる努力よりも、サミュエルを貶めることを考えていた。彼は士官たちとサミュエルの間に溝を作り、サミュエルが失敗するように画策することを考えた。

(ラングフォードが失敗すれば、私にもチャンスが巡ってくるかもしれない。一年も経たずに副長の任を解かれれば、殿下も最も艦を知る士官に副長を任せようとお考えになるだろう。これはいいアイデアだ……)

 クリフォードとサミュエルが知らぬうちに、敵が生まれていた。


 副長となったサミュエルは精力的に働いた。
 クリフォードが言うように、彼には元々苦手とする分野がない。
 戦闘指揮、航法、情報、どの分野でも高いレベルにあり、公平無私で組織運営・管理も充分に高いレベルにある。更に宙軍士官には極端に嫌う者もいる消耗品の管理などの主計科の仕事も苦にしなかった。
 また、クリフォードが砲艦レディバードで行ったように下士官兵たちの意見をしっかりと吸い上げ、副長の経験がないとは思えないほど順調に艦を掌握していった。

 ただ一つの躓きは士官室ワードルーム内の人間関係の構築だった。
 艦長と親友であるという話は伝わっており、赴任直後より警戒されていたが、それ以上に障害となったのは彼の出自だった。

 DOE5の士官は爵位持ち、つまり上流社会の生まれの者ばかりだ。一方、サミュエルは平民の生まれであり、どうしても話題についていけない。唯一の共通話題である軍関係の話でも、実戦部隊とはほど遠いこの艦では話題として盛り上がることは少なかった。
 ただ、戦術士のベリンダ・ターヴェイ少佐と宙兵隊長のアルバート・パターソン大尉は彼の話に興味を示すことが多く、完全に孤立することだけは避けられていた。

(やはり人間関係は難しいな。准士官や下士官と話をする方がよほど気は楽だ……)

 それでも努力家の彼は士官たちを掌握する努力を惜しまなかった。


 サミュエルが副長として奮闘している中、クリフォードに慶事があった。
 彼に待望の第一子、長男が誕生したのだ。
 仕事第一の彼にしては珍しく、愛妻ヴィヴィアンの出産前は常に彼女のかたわらにいた。それが可能だったのは、一つには王太子のスケジュールが惑星上のみであったこと、もう一つは信頼できる腹心、サミュエルに艦を任せられたためだ。
 出産直後の妻を労わりながら、家族が増えた喜びを噛み締めていた。

 彼に第一子が生まれたことはマスコミによってキャメロット星系に広がったが、王太子の配慮により、彼らの周囲にマスコミが溢れるようなことはなかった。

「私の艦長に幸せを感じる、ささやかな時間を与えてやってくれないか」

 定例記者会見でクリフォードに第一子が生まれたことへのコメントを求められた際、メディアの前ではっきりと伝えたため、メディア側も取材を自粛している。これはキャメロット星系でのエドワード王太子の影響力の大きさを示していた。

 王太子は自分が不快に思う報道を行っても、そのメディアを排斥するようなことはなかったが、友好的なメディアに対しては独占取材を許すなど、メディアを上手くコントロールしていた。
 もちろん、一部の自称フリージャーナリストたちはしつこく、クリフォードたちを追ったが、大きなトラブルになるようなことはなかった。

 彼の長男はフランシス・エドワード・コリングウッドと名付けられた。そのミドルネームは大きな花束と共に王太子から贈られたものだった。

 フランシスが生まれた時、久しぶりにコリングウッド一家が集まった。父リチャードだけでなく、弟ファビアンもいたのだ。

 ファビアンは四五一六年に、士官学校を次席という優秀な成績で卒業した後、一年半で少尉に任官し、現在は第九艦隊の重巡航艦で戦術士官として勤務している。その第九艦隊が軍事衛星アロンダイトに入港したため、休暇を取って駆けつけたのだ。
 クリフォードは父と弟から祝福を受け、幸せな日を過ごした。

 家族との幸せな時間を過ごしていたが、九月に入ると総司令部から、ある命令が下った。
 それは十月一日に自由星系国家連合のヤシマに向かうというものだった。
 王太子が以前から希望していたヤシマ星系に駐留している艦隊への慰問のため、ヤシマを公式訪問することになったのだ。更にヤシマの先にあるロンバルディア星系、シャーリア星系も訪問することになっていた。
<a href="//7896.mitemin.net/i229298/" target="_blank"><img src="//7896.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i229298/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>

 今回、王太子の自由星系国家連合訪問が認められたのは、クリフォードの成果が要因の一つとして挙げられる。彼が護衛戦隊に厳しい訓練を課したことから、王太子という重要人物を政情が安定しているとは言い難い国家に派遣しても安全が確保できると判断されたのだ。

 キャメロット星系からシャーリア星系までは約四十六パーセク、約百五十光年の距離がある。移動だけでも往復三ヶ月以上掛かり、行事などを考えると、五ヶ月ほどの行程となる。

 クリフォードはヴィヴィアンに済まなそうにそのことを告げた。

「長期の任務が来たよ。自由星系国家連合にいくことになった」

「どのくらい掛かりますの?」と不安げな表情で問われると、彼も残念そうな顔で、

「五ヶ月は掛かると思う。私としては君とフランシスと一緒にいたいと思っているんだけどね」

 その答えにヴィヴィアンは無理やり笑みを作る。

「任務ですから仕方がありません。それに戦争をしにいくわけではないのですから、その点だけは安心しています」

 彼は愛する妻を抱き締める。
 別れを済ませると、彼は精力的に準備を行っていく。

 十月一日、王太子一向はヤシマに向けて出発した。

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