転生王子は何をする?

血迷ったトモ

第130話 とある休日のドタバタ 5(マルティナ編)

「さ、トリス君。早く行こう!」

「了解です…。」

マルティナに腕を組まれて、ズルズルと部屋の外に引きずられるようにして、連れていかれるトリス。
そんな彼らを見送ったホルスは、真面目な顔で独り言を言う。

「…これで少しはマシになるかな?昨日僕達を見ていた視線の中に、明らかにトリスからの強い羨望のようなものを感じたんだけど、トリスは感情隠すの上手いかならな…。」

実はホルスは、昨日のトリスの視線に完全に気が付いており、親友として放っておく事は出来ないと判断したのだ。
普段なら飄々とした態度をしているトリスが、あからさまに強い感情を顕にするなど、通常では考えられない事であった。
普段から、内に溜め込んでいるものは多いだろうから、それが若し爆発したら…。
トリスが壊れるか、若しくは周りに酷い影響が出るような戦闘、いや虐殺・・という表現すら生温い、惨事が起こりそうである。

「その点、マルティナ先生ならどうにか抑えられそうな気がするのは、僕の希望的観測なのかな?」

見る者全てを魅了するような、優しい笑顔で2人が消えていったドアを見つめるホルスだった。


「…。」

「トリス君!あれ美味しそうですね!」

大人しくされるがままになっているトリスを引っ張りつつ、マルティナは気ままにあちこちを見ているようだ。
輝かんばかりの、眩しい笑顔でトリスに話しかけるが、どうにもトリスは心あらずという様子であった。

「え?あ、そうですね。」

と、このような生返事しかしないのだ。
何故ならば、

-何だ?この感覚は?憤りのような、愛おしさのような?しかも対象が分からん。感情に関しては、大分抑えている・・・・・筈なのに。-

トリスは自身の感情が、分からなくなっていた。
そして眉を顰めつつ、自身の右腕に嵌めているミサンガをチラッと見る。するとミサンガが切れかけているのが目に入った。

「な!?そんな馬鹿な…。」

それを見たトリスは、普通の人とは全く違う反応をする。普通ならば、『そろそろ願いが叶うのかな?』と楽しみになる筈なのに、トリスの表情は驚愕したものであった。

「ど、どうしたの?あれ?ミサンガ?切れそうだけど、どんなお願いをしたの?」

驚いて声を出したトリスに、当然ながらマルティナは気付き、その視線の先を追って、切れかけのミサンガを目にする。
この世界でも、毎度の如くどこぞの誰かさんが広めた噂で、細い紐が切れると願いが叶うという、お手軽且つロマンチックなものとして、ミサンガは世間に浸透しつつあった。

「あ、いえ、大した事は願って無いですよ。そ、それよりも、何か腹にいれません?ほら、あそこの屋台なんか、美味しそうですよ?」

本人はニッコリと笑顔を貼り付けて言えたつもりであったが、マルティナからはその顔は、無理して苦しそうなものに見えた。

「…ねぇ、トリス君。」

「え?な、何ですか?」

何時になく真剣なトーンで呼ばれたトリスは、完全に焦っている様子が丸分かりであった。

「あっちに良いお店があるの。少し行ってみない?」

余りに普通な発言に、トリスは首を傾げるが、今は話を変えるのが先決なので、空元気を振り絞って賛成する。

「?そうですか。じゃあ先生オススメのお店、行ってみましょうか!いや〜、楽しみですね。」

「…うん。」

「…。」

だが、急に暗い雰囲気が漂い始めた現状に、トリスは何も言えなくなってしまう。
マルティナも腕を組んで、先程よりもキツく力を入れているが、それでも何も言わない。
そのまま暫く歩いていると、マルティナが先導して1軒の店に入っていく。
そこは個室型のカフェで、本が時間制限があるものの読み放題という、またまたどこかで聞いた事がある形式であった。

「はい、これ会員証です。2時間お願いします。」

店に入ると、慣れた感じでマルティナは受付に居た女性店員に会員証を渡して、利用手続きをする。
女性店員はチラッとトリスの事を見るが、その暗い表情から、特に問題は無いだろうと判断し、放置する事にした。

「…はい、畏まりました。…では、こちらが鍵です。延長する場合は、特に声をかけずにそのままお使い下さい。」

「はい。さ、行こう。」

「…ま、まさかね。」

トリスは嫌な予感をビシビシと感じるが、今更逃げても事を荒立てるような気がし、どうしようも無くなってしまう。
手渡された鍵で入る個室は、3畳くらいであり、ソファに机、飲み物が入っている魔道具マジックアイテムの冷蔵庫もどきがある、完全防音仕様の部屋であった。どんなに言い合いをしても、全く外には聞こえないであろう。
『完全なるプライベート空間』をコンセプトにした自分自身を恨みつつ、トリスは大人しく個室に引き込まれていく。

「…トリス君。」

「は、はい。」

ソファに2人して座ってから数秒後、いきなり名前を呼ばれ、ピクっと反応してしまうトリス。その様子から、彼が如何に警戒しているかが分かるだろう。

「ここなら、2人きりで、どんなに話しにくい事でも話し合えるよ?」

「そう、ですね。しかし、こんな個室に2人きりというのは、王都で昔助けてくれた、俺とは別のトリスっていう人に悪いんじゃないんですかね?」

「トリス君。今更そんな嘘が通用すると思ってるの?それに、ローブの端から見えた、この辺では見た事がない黒い髪。そして未だに変わらない優しい口調と勇ましい口調。昔助けてくれたトリス君と、トリス君は同一人物だよ。」

「…はぁ。まさか、ローブに付与していた認識阻害を無効化するとはね。恐れ入ったよ。」

言いながら、トリスは腰元のアイテムボックスから、あの時貰ったブレスレットを取り出す。

「そ、それは。やっぱり、やっぱりそうだったんだ!トリス君!」

驚愕、感動、嬉しさで表情がコロコロと変わるマルティナ。
そしてトリスの名前を叫びつつ、ソファに押し倒す形で勢い良く抱きつく。
普段なら、トリスが叫んで止めさせようとするのだろうが、流石に今回は空気を読んで、大人しく受け入れるのだった。

コメント

  • 血迷ったトモ

    コメントありがとうございます。
    レッDさんのコメントに、過去最高の多さのイイネが付いてますね。それだけ注目されていたんですね(笑)。

    0
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