混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

帰路

「終わったよフロン。一緒に帰ろう」

 サイロに戻ってきたテツが、優しい声でフロンに声をかけた。フロンは気を失ってはいるが、リオールの回復魔術が効いている様で、いくらか穏やかな表情になっていた。

「リオールさんは大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だけど、テツ君の方こそ本当に大丈夫なの?」

「出血は止めましたし、そこまで深い傷ではないので大丈夫ですよ」

 そう答えてテツは少しだけ微笑んだ。テツの表情も普段のものに戻っている。屋上で戦闘中だった時の、半眼で感情が感じられなかったような表情とは別人のようである。
 
 リオールはさすがに疲れた表情を浮かべていた。回復魔術は魔力と共に体力も消耗する。
 セルヒラードの時は、彼は自らの気の力で傷口を閉じていたので、体力の回復だけを行えば良かったが、フロンには雑な応急処置が施されていただけだったので、傷口の処置もリオールが行わなければならなかった。それと同時に体力の回復魔術も施していた為に、リオールの魔力と体力は大幅に削られていたのである。

 回復魔術とは万能ではない。簡単な傷なら直せるし、対象の体力を回復する事も出来るが、完全に破壊されてしまっているものに関しては、傷口を塞ぐ程度の事しか出来ずに、治す事は出来ない。
 例えば、刃物でスパッと切断された四肢の欠損ならば、処置が早ければ繋ぎ直す事も出来るが、獣に噛みちぎられた複雑な欠損に対しては、回復魔術といえども繋ぎ直す事は不可能である。
 今回のフロンの傷に関しても左手と両脚の切断は免れる事は出来ないであろう。しかしリオールの回復魔術によって、命の心配だけは無くなったのである。

 テツがリオールの体力を気遣っていたのは本心からであるが、自身への回復魔術を断った理由は、他にもあった。
 テツは今回の傷痕を残そうと思っていた。フロンの事を守れなかった自分の不甲斐なさを忘れない戒めの為にである。
 回復魔術を施せば、今回程度の傷ならば綺麗に治ってしまう。それを嫌っての事でもあったのだ。
 リオールはテツの考えに気づいていたのだろう。それ以上強く回復魔術を勧めることはしなかったのである。

「テツ。お嬢をこちらまで連れてきてくれ」

 セルヒラードが乗ってきた2頭の馬を連れて、サイロに戻ってきた。テツ・リオール・セルヒラードの三人は、慎重にフロンを馬へと乗せた。
 テツもフロンの後ろに乗って、抱きかかえる様にフロンを支えた。テツとフロンの身体をロープで縛って固定する。
 リオールとセルヒラードも、もう1頭の馬に跨った。

「テツ君。峠の茶屋まで戻って、お嬢様を乗せる馬車の手配をしましょう」

「わかりました。後をついていくので先導をお願いします。なるべくゆっくりお願いしますね」

「ええ、ついてきてね」

 リオール達の馬を先頭に、一行はサイロを出た。


「ドンッ」

 その時に大きな音が住居棟の方から聞こえた。何かが落ちた様な音である。リオールとセルヒラードが反射的に身構える。

「何だ!山賊の残党か!」

 セルヒラードが馬を降りようとするのを制して、テツが冷静に話す。

「心配要りませんよ。屋上の外階段を破壊したので、それの一部でも落ちたのでしょう。山賊達に生き残りはいない筈ですから」

「そうか。それならば良いが」


 テツから慌てる素振りが見られなかったので、セルヒラードも、一応納得したようである。
 テツは屋上での闘いの後、リオールとセルヒラードには「終わりました」と一言だけ言ったのみで、その闘いの詳細については述べなかった。二人もテツの気持ちを考えて詳しく聞こうとはしなかった。

 実際にはダビルドが飛び降りた音であった。
 後日、テツ達から報告を受けたダウアン村の自警団が、牧場跡まで後始末と残党狩りに来たおりに、地上まで落ちたダビルドの遺体を確認した記録が残っている。


 茶屋には山賊の討伐の為に集められた者達が12人ほどいた。25人以上の人員を集める予定だったようで、まだ半数にも満たなかった。その為、本日中の討伐は不可能だと話し合っていたところだと言う事だった。
 集まった者達の中に馬車に乗ってきた3人組がいた。彼らは既にジュラの遺体も収容してくれていた。
 テツは彼らに謝辞の言葉を述べてから、あらためてフロンの移送をお願いした。
 集まった他の者達も一時解散となった。後にダウアン村の自警団が中心となって山賊の残党狩りを行った際に、参加した者もいたようである。
 山賊達は全滅したわけではない。テツ達は帰りの道中でも山賊の仲間らしき男を見つけていた。おそらくはこの茶屋に詰めていた男であろう。山賊の仲間はテツ達から逃げる様に距離をとっていたので、テツ達も相手にはしなかったのである。
 他にも近隣の村々に詰めていた者達が、まだ残っている筈であった。だが、自警団が来た時には、この元アジトに戻っていた者はいなかった。いち早く逃げ散っていったのだろうと思われる。

 テツが茶屋の従業員や集まった者達に医者がいないか聞いたところ、ダウアン村から少し離れた村外れに、変わり者だが腕の良い医者がいる事がわかった。その医者に掛かった事がある者もいて、その者に前もって連絡を入れてもらう事になり、テツ達は一度ダウアン村の宿屋に戻って、フロンを休ませる事にしたのである。

 宿屋に戻りフロンを寝かしつけると、テツ・リオール・セルヒラードの三人も直ぐに寝てしまった。時刻はようやく夕方になったばかりであったが、三人の疲労もピークに達していたのである。
 さすがに寝るには早過ぎた様で、テツは深夜遅くに起きてしまい、フロンの様子を見ていた。フロンが寝る前にかけたリオールの回復魔術が効いているのだろう、フロンに苦しむ様子はなく、熟睡出来ている様であった。

「テツ君も起きてしまったのね」

 リオールも起き出して、フロンに再度の回復魔術をかけた。熟睡出来ているといってもフロンが重傷な事に変わりはないのである。

「リオールさんこそ回復魔術のかけ通しで疲れているでしょう。休んでいて下さい。何かあったら起こしますので」

「いや、お嬢の看病なら私がしていよう。二人共もう少し休んだ方が良い」

 セルヒラードも起きてきて、フロンの看病に加わった。三人共、フロンの様子が気になって仕方がないのだ。

「セルヒラードさんも重傷じゃないですか。俺の傷はたいした事ないですから」

「私は無傷よ。テツは激闘の疲れもあるでしょうし、二人共怪我人なのだから休みなさい」

 三人共に引かず、結局は交代でフロンの様子を見守る事になったのだった。


 朝になり、医者に連絡を取ってくれた男が宿を尋ねてきた。今日の内になるべく早く看せに来いとの事だった。

「二人共変わり者だが、腕には間違いないから安心して良いと思うぞ」

「二人共?」

 テツが聞き返した。

「ああっ、言ってなかったか?医者は二人組で、両方共女医さんだ。かなり変わってるから気をつけろよ」

 と、再三に渡って変わり者だと言う注意を受けたが、テツ達にはこの女医の二人組に頼む他はないのである。
 とにかく直ぐにこの女医達の元に向かう事を決めたのであった。

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