混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

殺意 7

「ウゴオォアアァァァー」

 雄叫びを上げ続けながらルドロールが暴れている。その右手には何かを摑んでいる。よく見れば人影であった。
 ルドロールは、その人であった物の頭を鷲掴みにして振り回し、何度も地面に叩きつけていた。何人であったのかはわからなかった。

「ガアアアァァァー」

 ルドロールはテツと山賊達の存在に気がつき、再度大きな咆哮を上げて近づいてきた。悪い事にテツの方が山賊達よりルドロールとの距離が近い。
 ルドロールの動きは遅く、のっそりとテツに近づいて来ている。テツのスピードならルドロールの攻撃は全て避けられる筈であるが、今は山賊達の動きも警戒しなくてはならなかった。前方の山賊達に刀の切っ先を向けつつ、右手後方より迫るルドロールとの距離を測る。
 テツとの距離を5メートルまで縮めたルドロールが、人であった物をテツに向かって振り上げた。

「サルダレイ」

 ルドロールの動きに、テツの顔が右を向いた瞬間を逃さず、ウィラード人が稲妻の矢を放ってきた。

『早い。これなら間に合う』

 テツは稲妻の矢を十分に引きつけてから右に躱し、そのまま人であった物を振り下ろすルドロールの懐に潜り込んでその攻撃を躱した。
 動きの遅いルドロールの攻撃に合わせるのなら、ウィラード人の稲妻の矢は、そのタイミングが早過ぎたのだ。
 ルドロールの懐に潜り込んだテツは、そのままルドロールの股の間をくぐり抜けて背後に回り込み、ジャンプして右上からルドロールの右の肩口を袈裟斬りに斬りかかった。
 ルドロールの硬い皮膚と分厚い筋肉とを斬り分ける感触が、刀を通してテツの両手に伝わる。

『硬い。斬れない』

 刃がルドロールの骨に達した瞬間に、斬れないと直感したテツは、刀を握る両手の力を少しだけ緩め、刃が骨を沿うように刀を振り抜いた。

「ウギャウアァァ」

 斬られたルドロールは悲鳴を上げたが、致命傷には至らない。のっそりとテツの方へ向き直ろうと動いている。
 テツの咄嗟の判断により、刀は無事であった。あのまま硬い骨に向かい力を込めていたら、刃こぼれしているか、最悪折れていたかもしれなかった。

「サルリーン!」

 間髪入れず、ウィラード人の攻撃がテツを襲った。テツとルドロールの上空から稲妻が雨の様に、幾条にも降ってきた。
 テツは振り向こうとするルドロールの懐に、再び潜り込んだ。
 ルドロールに稲妻の雨が降り注いだ。しかしルドロールの皮膚は電気を通さないのか、ルドロール自体に電気への耐性があるのかわからないが、稲妻の雨はルドロールの皮膚の表面を軽く焦がしただけで、あまりダメージはない様であった。

「熱っ!」

 テツも稲妻の雨全てを躱す事は出来なかった。屈んだテツの左肩と背中に直撃を受けてしまった。稲妻の雨は、稲妻の矢に比べれば、一発一発の威力は大分落ちる様で、軽傷では済んだが、テツは左肩と背中に激しい痛みと痺れを感じた。
 テツが咄嗟に刀の切っ先を地面に突き刺した事も、軽傷で済んだ要因の一つであった。刀がアースの役割を果たしたのである。

 テツに立ち止まっている暇はない。先ほどと同じ様にして、ルドロールの股をくぐり背後を取った。

『関節を』
『良し、入った!』

 再びルドロールの背後に回ったテツは、今度は左脚の膝裏から斬りつけた。骨と骨の間に入った刃は筋を裂き、見事に左脚を膝から切断した。

「ギャアウァッ」

「フィルンサルダレイ!」

 ルドロールの悲鳴とほぼ同時にウィラード人の魔術発動の言葉が響いた。ウィラード人が5本の稲妻の矢を放ったのである。テツに1本の矢をあっさりと躱された為、威力は落ちても数を撃ってとにかく当てにきたのである。
 テツは身体を反転させながら右に飛んだ。5本の矢の内の3本はルドロールに当たり、1本は躱したが、残りの1本がテツを襲った。
 テツは痺れに耐える為に歯を食いしばりつつ、刀で残りの1本の稲妻の矢を斬り払った。稲妻の矢は霧散したが、痺れがテツの全身に走った。
 テツが自分の持つ武器にまで気を通せれば、痺れも回避出来たかもしれないが、この武器での戦闘にまだ慣れていないテツには、そこまでの気のコントロールは出来なかったのである。

 やはりルドロールの皮膚は電気を通さない様であった。3本の稲妻の矢を受けてもルドロールは全く怯む様子がなかった。ルドロールの敵意はテツに向けられたままである。

「ウギャウアァァ」

『マズイ!避けきれない!』

 右膝を切断されたルドロールが、テツに向けて人であった物をしゃがんだままで振り回してきた。

「ブツンッ」

 テツに当たる直前で、ルドロールの摑んでいた人であった物の首が千切れた。痺れで身動き取れない状態であったテツが、幸運にもルドロールの攻撃を偶然回避出来たのである。

『今だ!動け!』

 テツが必死で全身に力を込める。攻撃を空振りして体勢を崩したルドロールの首目掛けて、テツは刀を振り切った。刃は見事に首の関節の間に入り、ルドロールの首は一刀の元に切り落とされたのである。


『良し。残りは3人』

 テツは決意を新たに刀を構え直し、刀の切っ先をウィラード人と2人のアース人に向けた。

「何だこのガキ!化け物か!」

 巨大なルドロールを倒された3人の山賊は、明らかに動揺し、テツに対して恐怖を覚えている。

「くそっ、このガキがあぁぁ」

「化け物めがあぁぁ」

「あっ、馬鹿っ、行くな!」

 恐怖に駆られた2人のアース人は、ウィラード人の制止も聞かずにテツに向かって飛び出していた。
 テツにとっては好都合である。テツも山賊達に向かって飛び出した。

「うぎゃう、うぎゅ」

 ウィラード人からは2人のアース人が邪魔になって魔術が撃てない。すれ違い様にアース人2人を切り捨てたテツは、更にスピードを上げてウィラード人に迫る。

「サル・・」

 魔術発動の言葉を言い終える事も出来ずに、ウィラード人の首はテツによってあっさりと胴から斬り離された。


『後6人』

 サイロにいた山賊達全員を始末したテツは、サイロの入口から中を窺った。テツと目が合ったリオールとセルヒラードは、お互いの顔を見合った後、テツの方に向き直って小さく頷いた。
 これからダビルドの元に向かうテツにとって、自分達の存在は足手まといにしかならない事を、テツの闘い振りを見て、二人共がそう感じ取っていた。
 今からの自分達の仕事は、フロンお嬢様の治療と安全の確保に集中する事だけであると。

 テツも二人に小さく頷きを返して、新ためてフロンの方を見た。

『もう少し待っててね。フロン』

 心の中でそう呟いて、テツは住居棟に足を進めたのである。

【殺してやる】





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