混じり《Hybrid》【新世界戦記】
殺意 2
テツは道具小屋から近い、一番手前の牛舎に取り付き、慎重に中に入った。しかしここには何の気配も感じられなかった。
一つ目の牛舎を問題なく通り抜け、二つ目の牛舎に迫った瞬間、テツは背筋が冷たくなるのを感じた。異様な気配である。人のものではない。二つ目の牛舎まで、まだ少し距離があるにもかかわらず、不気味な圧迫感を感じ、近づくにつれてそれが大きくなっていった。
テツは二つ目の牛舎に取り付き、気配を消し、慎重に牛舎を覗き見た。
『ルドロールだ!デカイ!なんてデカさだ!』
ウィラード原産の知能を持たない狂暴な巨人がそこにいた。大きな筈の牛舎が小さく見える。まるで巨木を無理矢理詰め込んだかの様に、ルドロールはその巨大な身体を牛舎一杯に横たえていた。
この旅の途中でもテツはルドロールと遭遇していたが、その身長は3メートル級で、カクトメスト人より一回り大きいくらいの物であった。ルドロールは力は強いが動きは遅く、この時も問題なく討伐出来た。だが、目の前にいる怪物は5メートルを優に超えている。
この、人に慣れる事のない魔物を、山賊達は何に使うつもりなのか、テツには理解出来ない。
幸いこの牛舎にルドロール以外の人影はないようである。ルドロール自体も要所要所を柱や梁に縛り付けられていて、隔離するように牛舎に詰め込まれていた。遠回りにはなるが、この牛舎は迂回して戦闘は避けるべきだろう。
ルドロールは戦闘を開始する際に、合図の様に大きな咆哮を上げる習性がある。テツはルドロールに気づかれぬように慎重に気配を消しつつ三つ目の牛舎に向かった。
牛舎の中にルドロールは横になって入れられていた。そのルドロールの足側は、アジトと思われる建物から見て死角にあたる方向と重なっている。テツはその足側に迂回しつつ、三つ目の牛舎に近づいていく。
三つ目の牛舎が目前の距離まで近づいた。アジトからは三つ目の牛舎を挟んで完全に死角となる位置でもある。テツはスッと三つ目の牛舎に取り付いた。
だが、この取り付きが早すぎた。三つ目の牛舎からも獣の気配があったのである。しかも気配は多数感じられた。そしてその獣達は、既にテツの存在を感じとっているようである。テツはルドロールを警戒し過ぎて、新たな牛舎の状況を確認せぬ内に、不用意に取り付いてしまったのだ。
既に気づかれてしまっている以上、戦闘は避けられない。牛舎には出入り口が2か所あった。アジト側が表口で、今、テツの近くにある方が裏口であろう。裏口から入り、迅速に獣達を斬り伏せ表口に抜けるしかない。それでも山賊達には気づかれてしまうだろう。スピードが何より肝心になるはずである。
テツは裏口に向かいながら、気を張り巡らせ中の気配をうかがう。
「グルルル…」
小さく低い唸り声が聞こえてくる。おそらくケルトースであろう。テツは窓からは覗かず、気配だけで中の様子を探っている。このケルトース達は戦闘用に訓練を受けているはずである。戦闘用となれば番犬とは違い、不用意な吠え声などは上げない。裏口に到着したテツは、閂を外して引き戸の取っ手に手を掛けた。
『一気に行く!』
勢いよく戸を開け放ち、牛舎に足を踏み入れた。
『1・2…6頭。ケルトースが6頭、人影はなし』
『2つ頭と3つ頭が1頭づつか』
テツは踏み込んだ瞬間に、ここまで状況を把握した。焦ってはいるが、頭は冴えている。
「「グガアァ、ガアァァ」」
『同時に狩れる!』
2つ頭がテツの鎌を持つ右手と喉元を狙い、飛び込んで来たが、威嚇の意味もあるのだろう、跳躍が必要以上に高い。
テツは若干前傾になりながら、潜り込むように低く突っ込む。低い位置から上へと半円を描いた鎌が、二つの首を同時に切り落とした。
鎌を振ったテツの腕が遠ざかる隙を突いて、2頭目がテツの右脚を狙った。
テツは咄嗟に右手を鎌から離し、鎌の柄の石突きを掴んでいる左腕を伸ばして、遠心力を利用しながら左足を軸に回転した。左腕一本で振るった鎌は、一回転しながら2頭目の左肩を刺し切った。が浅い。
回転を止めず、一連の流れのままに、テツは右足を2頭目の眉間目掛けて蹴り下ろした。
「グゴァウッ」
タップリと気のこもった右足は、2頭目の頭蓋骨を粉砕した。テツは足を止める事なく、そのまま前進を続ける。
『ここなら振れる!』
闘いやすいとテツは思った。この広い牛舎なら、鎌を自在に振るう事が出来たのである。
前方にケルトース2頭が待ち構えている。更にもう1頭がテツの後ろに廻る動きを見せる。テツは前方の2頭にのみ集中した。
最初の攻防を見て警戒した2頭は、容易には飛びかかって来ない。テツも自分から先には攻撃したくなかった。
テツは鎌を持つ両腕を若干下に下げて構え直した。足は前進を続けている。テツと2頭の距離はどんどん近づく。
2頭の内、僅かだが前に出ている方が動いた。だがテツはそれに抜群の反応を示してスピードを上げた。互いの距離が一気に縮まる。鎌を握るテツの右手を狙っていたのだろう、3頭目はテツの懐目掛けて突っ込んでいて止まる事は出来ない。
既にテツの右手は鎌を離し、拳を握り込んでいた。向かってくる3頭目の下顎目掛けて、右下から斜めに、しかし直線的に右拳を左上に打ち抜いた。
「ギァウフッ」
カウンターで入ったテツの右拳は、3頭目を身体ごと弾き飛ばした。この攻防の間に4頭目は、テツの正面から僅かに身体を右側にずらし、テツの左前から、テツの左側面を狙って襲いかかった。
テツはそれにも反応して、鎌を握る左手の手首を回しながら右に振るう。鎌の柄の石突きで、4頭目の左頬を激しく打ちつけた。
『間に合う!』
4頭目を打ちつけながら、テツは回り込む動きを見せていた5頭目を確認した。5頭目までの距離とその体勢を見て、鎌を一振り振るうだけの時間がある事を確認してから、テツは4頭目にトドメを刺しに掛かった。右手で鎌握り直し、石突きを受けて未だ宙を舞っている4頭目の喉元を薙ぎ払う。喉を切り裂かれ、4頭目は宙に舞ったまま、断末魔を上げる事も出来ずに絶命した。
4頭目が地に落ちると同時に、5頭目が襲い掛かってきた。
『低い!』
テツの右側を回り込んで、5頭目は後ろから地を這うように低く、テツの右足を狙ってきた。テツは振り向きはせず、眼だけで5頭目の姿を追った。
低く襲い掛かる5頭目を十分に引きつけてから、テツは予備動作なしに右足の踵で5頭目の鼻先を蹴り上げた。
「キャウンッ」
5頭目が悲鳴を上げた瞬間に、テツは身体ごと振り返り、真上から真っ直ぐ鎌を振り下ろした。
「ギャアンッ」
5頭目は頭を脳天から下顎まで真っ二つに割られ絶命した。ここで初めてテツの前進が止まった。サッと振り返り、一際大きな三つ頭の6頭目と向かいあった。
『マズイ!持つかな?』
『もう気づかれているだろうしな』
ここまでにテツは人を一人と3頭目以外のケルトース4頭を鎌で切っている。最後の1頭は頭蓋骨をも割っている。骨は硬い。如何に手入れの行き届いた鎌とはいえ、斬れ味は確実に落ちてきていた。
戦闘はこれで終わりではない。ケルトース達との乱戦の音で、山賊達も自分の進入に気付いているだろう。戦闘はまだまだ続くのだ。時間もかけられない。
テツは鎌を構え直し、6頭目に近づいていく。下顎を砕かれて悶え転げる3頭目を、右足で牛舎の壁まで蹴り飛ばしてトドメを刺し、更に近づく。
今度はテツが先に仕掛けた。近づきながら射程の長い鎌を地面スレスレに低く横に振った。振りながら持ち手をずらし、柄の石突きギリギリに握り直して更に射程を伸ばしながら右から左へと薙ぎ払う。6頭目は上からやや後ろへと飛び退がって交わす。空中で6頭目の三つの頭が横一文字に並ぶ瞬間を見計らって、テツも自身の鎌を飛び越えるように飛び込んで、右の後ろ回し蹴りを三つの頭に叩き込んだ。
右の頭が受けた衝撃は左の頭まで伝わり、6頭目は着地は出来たもののヨロケた。テツはその瞬間を見逃さず、もう一度距離を詰めて右足で真ん中の頭を蹴り上げた。
6頭目はその蹴りをマトモに受けて、その巨体を立ち上がったかの様に伸ばした。テツは鎌を掴み直し切っ先を返して、6頭目のガラ空きになった腹を左から右へと斬り裂いた。
「「「ゴゲアッゴガアアアァァッ」」」
6頭目は、一際大きな断末魔を残して倒れ落ちた。
「んあぁ。馬鹿にぃはえぇじゃねぇかぁ」
「もおぅ来やぁがったのかぁ」
ダビルドの粘りつくような不快なダミ声が、部下達に向かって放たれた。
一つ目の牛舎を問題なく通り抜け、二つ目の牛舎に迫った瞬間、テツは背筋が冷たくなるのを感じた。異様な気配である。人のものではない。二つ目の牛舎まで、まだ少し距離があるにもかかわらず、不気味な圧迫感を感じ、近づくにつれてそれが大きくなっていった。
テツは二つ目の牛舎に取り付き、気配を消し、慎重に牛舎を覗き見た。
『ルドロールだ!デカイ!なんてデカさだ!』
ウィラード原産の知能を持たない狂暴な巨人がそこにいた。大きな筈の牛舎が小さく見える。まるで巨木を無理矢理詰め込んだかの様に、ルドロールはその巨大な身体を牛舎一杯に横たえていた。
この旅の途中でもテツはルドロールと遭遇していたが、その身長は3メートル級で、カクトメスト人より一回り大きいくらいの物であった。ルドロールは力は強いが動きは遅く、この時も問題なく討伐出来た。だが、目の前にいる怪物は5メートルを優に超えている。
この、人に慣れる事のない魔物を、山賊達は何に使うつもりなのか、テツには理解出来ない。
幸いこの牛舎にルドロール以外の人影はないようである。ルドロール自体も要所要所を柱や梁に縛り付けられていて、隔離するように牛舎に詰め込まれていた。遠回りにはなるが、この牛舎は迂回して戦闘は避けるべきだろう。
ルドロールは戦闘を開始する際に、合図の様に大きな咆哮を上げる習性がある。テツはルドロールに気づかれぬように慎重に気配を消しつつ三つ目の牛舎に向かった。
牛舎の中にルドロールは横になって入れられていた。そのルドロールの足側は、アジトと思われる建物から見て死角にあたる方向と重なっている。テツはその足側に迂回しつつ、三つ目の牛舎に近づいていく。
三つ目の牛舎が目前の距離まで近づいた。アジトからは三つ目の牛舎を挟んで完全に死角となる位置でもある。テツはスッと三つ目の牛舎に取り付いた。
だが、この取り付きが早すぎた。三つ目の牛舎からも獣の気配があったのである。しかも気配は多数感じられた。そしてその獣達は、既にテツの存在を感じとっているようである。テツはルドロールを警戒し過ぎて、新たな牛舎の状況を確認せぬ内に、不用意に取り付いてしまったのだ。
既に気づかれてしまっている以上、戦闘は避けられない。牛舎には出入り口が2か所あった。アジト側が表口で、今、テツの近くにある方が裏口であろう。裏口から入り、迅速に獣達を斬り伏せ表口に抜けるしかない。それでも山賊達には気づかれてしまうだろう。スピードが何より肝心になるはずである。
テツは裏口に向かいながら、気を張り巡らせ中の気配をうかがう。
「グルルル…」
小さく低い唸り声が聞こえてくる。おそらくケルトースであろう。テツは窓からは覗かず、気配だけで中の様子を探っている。このケルトース達は戦闘用に訓練を受けているはずである。戦闘用となれば番犬とは違い、不用意な吠え声などは上げない。裏口に到着したテツは、閂を外して引き戸の取っ手に手を掛けた。
『一気に行く!』
勢いよく戸を開け放ち、牛舎に足を踏み入れた。
『1・2…6頭。ケルトースが6頭、人影はなし』
『2つ頭と3つ頭が1頭づつか』
テツは踏み込んだ瞬間に、ここまで状況を把握した。焦ってはいるが、頭は冴えている。
「「グガアァ、ガアァァ」」
『同時に狩れる!』
2つ頭がテツの鎌を持つ右手と喉元を狙い、飛び込んで来たが、威嚇の意味もあるのだろう、跳躍が必要以上に高い。
テツは若干前傾になりながら、潜り込むように低く突っ込む。低い位置から上へと半円を描いた鎌が、二つの首を同時に切り落とした。
鎌を振ったテツの腕が遠ざかる隙を突いて、2頭目がテツの右脚を狙った。
テツは咄嗟に右手を鎌から離し、鎌の柄の石突きを掴んでいる左腕を伸ばして、遠心力を利用しながら左足を軸に回転した。左腕一本で振るった鎌は、一回転しながら2頭目の左肩を刺し切った。が浅い。
回転を止めず、一連の流れのままに、テツは右足を2頭目の眉間目掛けて蹴り下ろした。
「グゴァウッ」
タップリと気のこもった右足は、2頭目の頭蓋骨を粉砕した。テツは足を止める事なく、そのまま前進を続ける。
『ここなら振れる!』
闘いやすいとテツは思った。この広い牛舎なら、鎌を自在に振るう事が出来たのである。
前方にケルトース2頭が待ち構えている。更にもう1頭がテツの後ろに廻る動きを見せる。テツは前方の2頭にのみ集中した。
最初の攻防を見て警戒した2頭は、容易には飛びかかって来ない。テツも自分から先には攻撃したくなかった。
テツは鎌を持つ両腕を若干下に下げて構え直した。足は前進を続けている。テツと2頭の距離はどんどん近づく。
2頭の内、僅かだが前に出ている方が動いた。だがテツはそれに抜群の反応を示してスピードを上げた。互いの距離が一気に縮まる。鎌を握るテツの右手を狙っていたのだろう、3頭目はテツの懐目掛けて突っ込んでいて止まる事は出来ない。
既にテツの右手は鎌を離し、拳を握り込んでいた。向かってくる3頭目の下顎目掛けて、右下から斜めに、しかし直線的に右拳を左上に打ち抜いた。
「ギァウフッ」
カウンターで入ったテツの右拳は、3頭目を身体ごと弾き飛ばした。この攻防の間に4頭目は、テツの正面から僅かに身体を右側にずらし、テツの左前から、テツの左側面を狙って襲いかかった。
テツはそれにも反応して、鎌を握る左手の手首を回しながら右に振るう。鎌の柄の石突きで、4頭目の左頬を激しく打ちつけた。
『間に合う!』
4頭目を打ちつけながら、テツは回り込む動きを見せていた5頭目を確認した。5頭目までの距離とその体勢を見て、鎌を一振り振るうだけの時間がある事を確認してから、テツは4頭目にトドメを刺しに掛かった。右手で鎌握り直し、石突きを受けて未だ宙を舞っている4頭目の喉元を薙ぎ払う。喉を切り裂かれ、4頭目は宙に舞ったまま、断末魔を上げる事も出来ずに絶命した。
4頭目が地に落ちると同時に、5頭目が襲い掛かってきた。
『低い!』
テツの右側を回り込んで、5頭目は後ろから地を這うように低く、テツの右足を狙ってきた。テツは振り向きはせず、眼だけで5頭目の姿を追った。
低く襲い掛かる5頭目を十分に引きつけてから、テツは予備動作なしに右足の踵で5頭目の鼻先を蹴り上げた。
「キャウンッ」
5頭目が悲鳴を上げた瞬間に、テツは身体ごと振り返り、真上から真っ直ぐ鎌を振り下ろした。
「ギャアンッ」
5頭目は頭を脳天から下顎まで真っ二つに割られ絶命した。ここで初めてテツの前進が止まった。サッと振り返り、一際大きな三つ頭の6頭目と向かいあった。
『マズイ!持つかな?』
『もう気づかれているだろうしな』
ここまでにテツは人を一人と3頭目以外のケルトース4頭を鎌で切っている。最後の1頭は頭蓋骨をも割っている。骨は硬い。如何に手入れの行き届いた鎌とはいえ、斬れ味は確実に落ちてきていた。
戦闘はこれで終わりではない。ケルトース達との乱戦の音で、山賊達も自分の進入に気付いているだろう。戦闘はまだまだ続くのだ。時間もかけられない。
テツは鎌を構え直し、6頭目に近づいていく。下顎を砕かれて悶え転げる3頭目を、右足で牛舎の壁まで蹴り飛ばしてトドメを刺し、更に近づく。
今度はテツが先に仕掛けた。近づきながら射程の長い鎌を地面スレスレに低く横に振った。振りながら持ち手をずらし、柄の石突きギリギリに握り直して更に射程を伸ばしながら右から左へと薙ぎ払う。6頭目は上からやや後ろへと飛び退がって交わす。空中で6頭目の三つの頭が横一文字に並ぶ瞬間を見計らって、テツも自身の鎌を飛び越えるように飛び込んで、右の後ろ回し蹴りを三つの頭に叩き込んだ。
右の頭が受けた衝撃は左の頭まで伝わり、6頭目は着地は出来たもののヨロケた。テツはその瞬間を見逃さず、もう一度距離を詰めて右足で真ん中の頭を蹴り上げた。
6頭目はその蹴りをマトモに受けて、その巨体を立ち上がったかの様に伸ばした。テツは鎌を掴み直し切っ先を返して、6頭目のガラ空きになった腹を左から右へと斬り裂いた。
「「「ゴゲアッゴガアアアァァッ」」」
6頭目は、一際大きな断末魔を残して倒れ落ちた。
「んあぁ。馬鹿にぃはえぇじゃねぇかぁ」
「もおぅ来やぁがったのかぁ」
ダビルドの粘りつくような不快なダミ声が、部下達に向かって放たれた。
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