混じり《Hybrid》【新世界戦記】
襲撃 3
「ありましたか?」
2頭の馬に水をやりながら、宿から出て来たリオールにテツが聞いた。
「ええ。思っていた通りの所にありましたよ、テツ君」
荷物の中身を確認しながら、リオールが答える。
「フロンの奴、何を忘れたんですか?」
「アロンベラバターの減りが早いでしょう。お嬢様が昨夜に作って補充しておいたのですよ。それをテーブルの上に置き忘れてしまいまして」
リオールが淀みなく答えた。予め用意してあった答えであるが、決して嘘ではない。アロンベラバターも一緒に置き忘れてしまっていたのだ。
「テツ君の大好物でしょ、アロンベラバター」
「はい。フロンは気のつく良い娘ですよね」
そう言ってテツはニコッと笑った。リオールは、この時のテツの屈託のない笑顔がとても印象的で、生涯忘れられなかった。
二人はダウアン村を出て街道を急いだ。忘れ物は探す事なく直ぐに見つかったので、たいした時間は掛からなかった。この調子なら、先行している三人と同じ頃に茶店に着けるかもしれない。
馬は順調に進んで森の中に差し掛かかった。しばらく進むとなにやらおかしな光景にでくわした。
大きなカーブを曲がり切る手前の街道の右側の端に、小型の鳥が群れている。鳥は頭から背中・羽根・尾羽にかけては真っ黒だが、腹側は真っ白で、黒い足が伸びている。ファル原産の鳥でザバン鳥という鳥であった。
ザバン鳥は別名【掃除屋】と呼ばれている。屍肉を専門で食べる鳥で、肉食だが生きている獲物は決して食べない。口は嘴状に尖ってはいるが、多数の牙が生えている。
そのザバン鳥の口・腹・足は真っ赤であった。何かの屍肉を食べている最中なのは明白である。
テツは確認しようと馬を飛び降りた。
「リオールさんは、そこで待ってて」
馬を降りようとするリオールを制して、テツが鳥の群れを掻き分ける。生きている物を襲う鳥ではないので、危険はない。
人であった。しかもテツがよく知る人物である。
「ジ・・・ジ、ジュラ…」
テツは狼狽えた。何が何やらわからない。ジュラは喉を噛みちぎられ、腹も破かれている。明らかに怪物にやられた傷である。人によるものではない。
ジュラは簡単に怪物にやられてしまうような人物ではない。怪物にやられたにしてはおかしい事は他にもある。ジュラしかいない。フロンもセルヒラードも姿が見えない。訳がわからない。
あらためてテツはジュラを見た。ザバン鳥に目なども突かれて分かりづらくはあるが、見間違いなどではない。テツの兄貴分であり、格闘術の師匠でもあり、長年頼りにしてきたジュラを、テツが見間違う事などありえなかった。テツは言葉を失った。
リオールも馬を降り、ジュラを確認して、テツの背中に無言で手を置いた。リオールは無言のまま、ゆっくりと周りを見回してからテツに声をかけた。
「テツ君、周りをよく見なさい」
リオールの言葉で、テツは顔を上げた。そして周りを確認する。血の跡はジュラの周りにしかないが、たくさんの人の足跡、獣の足跡も確認出来る。獣は、大型の物ではない。怪物としては中型から小型といったところだろう。人を引き摺っていった跡も見える。
再構築直後の時代である。テツにも狩りの経験は豊富にあった。ましてリオールはエサール人である。
エサール人は再構築前は森に住み、狩りを生業としていた人種である。リオールは現場を確認しただけで、おおよそ何が起きたか解っている。
「テツ君。よく聞きなさい」
リオールはテツに、冷静さを取り戻す為にあえて前置きしてから話し出した。
「こっちの2頭の獣に引き摺られて、森に入っている方がお嬢様でしょう」
「獣は全部で5頭。全てケルトースですね。1頭の体が大きい、多頭種かもしれません」
あくまで冷静に話し続ける。だが、リオールの眼にも怒りの感情は隠し切れていない。
「こっちの、人の手によって連れて行かれているのがセルヒラードだと思います。こちらはかなり乱暴に連れ去られていますね」
「お嬢様の方は後で何か利用するつもりでもあるのでしょう。割と気をつけて連れ去っています」
「先ずはセルヒラードの方に向かうべきですね。こちらは人目につかない所で危害を加える為に森に入っています」
「ジュラは…」
冷静に話していたリオールも言葉に詰まってしまった。だが、テツの方から言葉を繋げた。
「ジュラには申し訳ないけど、一先ずこのままにして置くしかないですね」
「行きましょう。人数はわかりますか?」
「人は10人。ケルトースは3頭です。多頭種もこちらにいます」
「気をつけてください。直ぐに出くわしてもおかしくない」
「はい!」
力強く返事をして、テツは鎌を荷物から抜き出した。テツはこの旅にネフラ鎌を持参してきている。彼、愛用の鎌は流石に大き過ぎるので、ホワイトタイガーを倒した時に使った、刃渡り70センチの鎌である。
しかし鎌の出番はなかった。リオールの指示通りに森に入り、直ぐに気絶したセルヒラードが見つかった。
セルヒラードは重傷を負っている。左腕は肘のところでケルトースにより噛みちぎられていた。普通なら出血多量により命を落としているところだが、彼は気の力で出血を止めてから気絶したのだろう。
カクトメスト人といっても、達人の域に達していなければこういう気の使い方は出来ない。ジュラもこの域に達していたが、この二人が一人も倒す事なく倒された事は信じ難かった。
セルヒラードは左腕の他にも、全身10箇所以上を骨折し、内蔵にもダメージを受けていた。
テツとリオールはセルヒラードを馬に乗せ、例の茶店まで連れて行った。茶店には離れがあり、そこを借りて応急処置をしながら、テツとリオールは話し出した。
「しかし、信じられません。分かれてから1時間足らずの間にこんな事になるとわ」
「いいですかテツ君。ジュラもセルヒラードも手練れです。その二人がやられたんです」
「セルヒラードなら直ぐに目を覚ますと思いますが、短気になってはいけませんよ」
「あくまで冷静にね」
「はい。わかってます」
テツはハッキリと返事をしたが、リオールは心配でならなかった。リオールの脳裏から、ホワイトタイガーの話しを聞いて駆け出したテツの姿が、離れなかったのである。
2頭の馬に水をやりながら、宿から出て来たリオールにテツが聞いた。
「ええ。思っていた通りの所にありましたよ、テツ君」
荷物の中身を確認しながら、リオールが答える。
「フロンの奴、何を忘れたんですか?」
「アロンベラバターの減りが早いでしょう。お嬢様が昨夜に作って補充しておいたのですよ。それをテーブルの上に置き忘れてしまいまして」
リオールが淀みなく答えた。予め用意してあった答えであるが、決して嘘ではない。アロンベラバターも一緒に置き忘れてしまっていたのだ。
「テツ君の大好物でしょ、アロンベラバター」
「はい。フロンは気のつく良い娘ですよね」
そう言ってテツはニコッと笑った。リオールは、この時のテツの屈託のない笑顔がとても印象的で、生涯忘れられなかった。
二人はダウアン村を出て街道を急いだ。忘れ物は探す事なく直ぐに見つかったので、たいした時間は掛からなかった。この調子なら、先行している三人と同じ頃に茶店に着けるかもしれない。
馬は順調に進んで森の中に差し掛かかった。しばらく進むとなにやらおかしな光景にでくわした。
大きなカーブを曲がり切る手前の街道の右側の端に、小型の鳥が群れている。鳥は頭から背中・羽根・尾羽にかけては真っ黒だが、腹側は真っ白で、黒い足が伸びている。ファル原産の鳥でザバン鳥という鳥であった。
ザバン鳥は別名【掃除屋】と呼ばれている。屍肉を専門で食べる鳥で、肉食だが生きている獲物は決して食べない。口は嘴状に尖ってはいるが、多数の牙が生えている。
そのザバン鳥の口・腹・足は真っ赤であった。何かの屍肉を食べている最中なのは明白である。
テツは確認しようと馬を飛び降りた。
「リオールさんは、そこで待ってて」
馬を降りようとするリオールを制して、テツが鳥の群れを掻き分ける。生きている物を襲う鳥ではないので、危険はない。
人であった。しかもテツがよく知る人物である。
「ジ・・・ジ、ジュラ…」
テツは狼狽えた。何が何やらわからない。ジュラは喉を噛みちぎられ、腹も破かれている。明らかに怪物にやられた傷である。人によるものではない。
ジュラは簡単に怪物にやられてしまうような人物ではない。怪物にやられたにしてはおかしい事は他にもある。ジュラしかいない。フロンもセルヒラードも姿が見えない。訳がわからない。
あらためてテツはジュラを見た。ザバン鳥に目なども突かれて分かりづらくはあるが、見間違いなどではない。テツの兄貴分であり、格闘術の師匠でもあり、長年頼りにしてきたジュラを、テツが見間違う事などありえなかった。テツは言葉を失った。
リオールも馬を降り、ジュラを確認して、テツの背中に無言で手を置いた。リオールは無言のまま、ゆっくりと周りを見回してからテツに声をかけた。
「テツ君、周りをよく見なさい」
リオールの言葉で、テツは顔を上げた。そして周りを確認する。血の跡はジュラの周りにしかないが、たくさんの人の足跡、獣の足跡も確認出来る。獣は、大型の物ではない。怪物としては中型から小型といったところだろう。人を引き摺っていった跡も見える。
再構築直後の時代である。テツにも狩りの経験は豊富にあった。ましてリオールはエサール人である。
エサール人は再構築前は森に住み、狩りを生業としていた人種である。リオールは現場を確認しただけで、おおよそ何が起きたか解っている。
「テツ君。よく聞きなさい」
リオールはテツに、冷静さを取り戻す為にあえて前置きしてから話し出した。
「こっちの2頭の獣に引き摺られて、森に入っている方がお嬢様でしょう」
「獣は全部で5頭。全てケルトースですね。1頭の体が大きい、多頭種かもしれません」
あくまで冷静に話し続ける。だが、リオールの眼にも怒りの感情は隠し切れていない。
「こっちの、人の手によって連れて行かれているのがセルヒラードだと思います。こちらはかなり乱暴に連れ去られていますね」
「お嬢様の方は後で何か利用するつもりでもあるのでしょう。割と気をつけて連れ去っています」
「先ずはセルヒラードの方に向かうべきですね。こちらは人目につかない所で危害を加える為に森に入っています」
「ジュラは…」
冷静に話していたリオールも言葉に詰まってしまった。だが、テツの方から言葉を繋げた。
「ジュラには申し訳ないけど、一先ずこのままにして置くしかないですね」
「行きましょう。人数はわかりますか?」
「人は10人。ケルトースは3頭です。多頭種もこちらにいます」
「気をつけてください。直ぐに出くわしてもおかしくない」
「はい!」
力強く返事をして、テツは鎌を荷物から抜き出した。テツはこの旅にネフラ鎌を持参してきている。彼、愛用の鎌は流石に大き過ぎるので、ホワイトタイガーを倒した時に使った、刃渡り70センチの鎌である。
しかし鎌の出番はなかった。リオールの指示通りに森に入り、直ぐに気絶したセルヒラードが見つかった。
セルヒラードは重傷を負っている。左腕は肘のところでケルトースにより噛みちぎられていた。普通なら出血多量により命を落としているところだが、彼は気の力で出血を止めてから気絶したのだろう。
カクトメスト人といっても、達人の域に達していなければこういう気の使い方は出来ない。ジュラもこの域に達していたが、この二人が一人も倒す事なく倒された事は信じ難かった。
セルヒラードは左腕の他にも、全身10箇所以上を骨折し、内蔵にもダメージを受けていた。
テツとリオールはセルヒラードを馬に乗せ、例の茶店まで連れて行った。茶店には離れがあり、そこを借りて応急処置をしながら、テツとリオールは話し出した。
「しかし、信じられません。分かれてから1時間足らずの間にこんな事になるとわ」
「いいですかテツ君。ジュラもセルヒラードも手練れです。その二人がやられたんです」
「セルヒラードなら直ぐに目を覚ますと思いますが、短気になってはいけませんよ」
「あくまで冷静にね」
「はい。わかってます」
テツはハッキリと返事をしたが、リオールは心配でならなかった。リオールの脳裏から、ホワイトタイガーの話しを聞いて駆け出したテツの姿が、離れなかったのである。
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