混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

襲撃 2

 森の中の4つの目が、フロンの方に動いた。右側を守るジュラが、その動きに反応する。時間差で新たに8つの目が、反応したジュラに向かって襲いかかった。
 最初の攻撃は、8つの目の方が本命であった。8つの目が黒い3つの影となり、森の中からジュラ目掛けて突進する。
 1つ目の影がジュラの左脚の脛を襲う。ほぼ同時に2つ目の影が右腕の手首に襲いかかった。

「クッ」

 ジュラが小さく呻いた。間髪入れずに3つ目のひと際大きな影が、がら空きになったジュラの腹と喉元に喰らいついた。
 ジュラのピンチにセルヒラードが動こうとした瞬間。

「やれやぁ〜!」

 ダビルドの大声と共に前方にいたダビルドを除く9人が、セルヒラードに向かって動いた。ジュラには目もくれない。
 セルヒラードはジュラを諦めざるを得なくなった。前方より迫る集団に、神経を集中し身構える。

[ゴギッ]

 鈍い音が響いた。ジュラの首が折られた音だった。即死ではない。

「ひゅ〜、ぷひゅ〜〜」

 喉元深くまで噛みつかれているジュラからは、声は聞こえない。か細い呼吸音だけが辺りに微かに響く。その音が聞かれる時間も後僅かであろう。
 既にセルヒラードも囲まれている。集団はセルヒラードに一斉に襲いかかる気配を見せながらも、実際には攻撃する事はせず、遠巻きに囲い込む動きをしたのだ。ここまでほんの一瞬の出来事だった。

 ダビルド一味が現れ、襲撃が開始されるまでの間に、セルヒラードもジュラも気を高めて、臨戦態勢を整えていた。しかしそれでも、この手練れの二人が何も出来ずに山賊達の初撃をまともに食らってしまった。ジュラに至っては、声をあげることすら出来なかった。


 ジュラを襲った黒い影の正体はケルトースという動物である。アースでいう犬によく似た動物でガレンの原産種だ。
 ガレンでは古来から、人の良きパートナーとして人と共に生きてきた。ガレン文明の発達にも大きく貢献したと言われている。再構築前のガレンでは、愛玩用のペットとしてガレン全土で広く愛されてもいた。
 ケルトースは非常に賢く、人の言葉を細部まで良く理解する事が出来、且つ主人に忠実でもある。その為、用途に応じて広く活用され、軍用に使われていた時期もあったという。
 もう一つケルトースには特筆すべき特徴がある。多頭種と呼ばれる亜種が高い確率で生まれる事である。文字通り頭を複数持つ種である。当然、頭一つの種が一番多いのだが、二つ頭が6頭に1頭、三つ頭でも12頭に1頭という高い確率で生まれるのだ。(四つ頭は極々稀らしいのだが)
 多頭種の場合、通常は頭一つづつが順番に起きていて、他の頭は寝ているのだが、興奮状態にある時や、極度の緊張状態の時は同時に起きている。その脳は神経で繋がりリンクしている。通常の休止状態の脳も起きている脳と記憶を共有しているし、同時活動中の脳は複雑に連携して動く事も可能であるので、一般に多頭種の方が優れていると言って差し支えない。ペットとしても多頭種の方が高額であった様だ。
 再構築後は、その多くが野犬化し怪物ともなったが、元々が人に慣れる動物なので、再び飼い慣らす事も難しくはないであろう。この時代にも人に飼われているケルトースは少なくない。
 ジュラを襲った三つ目の黒い影は二つ頭の多頭種であった。

「ゲヒャヒャヒャヒャ。さ〜てぇどうするセルヒラードぉ」

 ダビルドがセルヒラードを挑発する様に言い放ち、手招きするかの様に左腕を回した。
 その動きを合図に、右側の森の中から1人のガレン人と2匹のケルトースが現われ、フロンの方に近づいていく。先に動いたケルトースと、ケルトース全頭に指示を出していた男である。
 フロン達は敵の全体数も把握出来ていなかったのである。山賊は総勢13人の男と5匹のケルトースであった。前日までに調べていた山賊の噂の中には、山賊が怪物を手懐けているというものもあったのに、完全に後手を踏んでしまっていたのだ。

 ガレン人の男が手を上げて、ケルトースに命じる。

「襲え!殺すな!」

 その短い二つの命令を、2頭のケルトースは忠実にこなす事が出来る。1頭はフロンの左の手首に、もう1頭は左の足首に同時に噛みつき、フロンを引きずり倒した。

「キャッ。……ゥッ」

 フロンは短い悲鳴を一瞬漏らしたが、すぐに口をつぐんでグッと堪えた。気の強いこの娘は、声を上げ、その声を山賊達に聞かれる事を嫌ったのだ。僅か11歳の娘の必死の抵抗だった。

「お嬢〜!」

 フロンに駆け寄ろうとするセルヒラードに、地を這う様な低空から弧を描いて異様に長い右腕が襲う。
 いつの間にか近付いていたダビルドの右拳が、セルヒラードの鳩尾深くにめり込んだ。

「グハァッ」

「前ぇにお前ぇにこいつぉ食らったっけなぁ」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 ダビルドは下卑た笑みでもって高らかに笑い、近寄ってきている尾行組の2人とケルトースの指示役のガレン人の3人に、命令を下す。

「てめぇらぁ3人、そのガキぃ引き摺って先にアジトにぃ戻ってろやぁ。ぜってぇ殺すなぁよぉ〜」

「貴様ぁ〜!」

 鬼の形相になって睨みつけるセルヒラードの頭を、ダビルドの指の長い右手が鷲掴みにし、両足が宙に浮く程持ち上げた。

「セルヒラードぉ。てめぇはまぁ〜だぁ〜殺さねぇ〜ぜぇ〜」
「テツのガキとぉ、リオールのぉ奴にぃ伝言があっからぁよぉ」
「まぁ〜心配しなくてぇもぉよぉ〜、後でぇきっちりぃ〜殺してやるよぉ〜」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ〜」

 またしてもダビルドの下卑た笑い声が辺りに響き渡っていった。

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