混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

遺恨 3

 ダビルドは、その異常性に火が点き、拍車がかかっている。そして、その矛先はリオールに向いた。下卑た笑みを浮かべながら、次の獲物に向い立ち上がった。

 ファルエサールは美人族とも言われ、男女共に美形ばかりである。
 例に漏れずリオールもたいへん美しい。美しいグリーンの髪と眼を持ち、切れ長の目は厳しくも優しい印象を与え、細い鼻筋と横真一文字に結ぶ口元は清楚さも醸し出している。そして種族の特徴でもある、尖って長い耳は、ある種の色気すら漂わせていた。
 この時リオールは既に74歳であったが、エサール種は寿命が長いだけでなく、若い時代が長い種でもある。74歳のリオールも、見た目には20代の中盤くらいにしか見えなかった。

 ダビルドと目が合った時、リオールは親友を殺された怒りと、強烈な嫌悪を感じた。だが同時に、今、この男と闘っても、自分一人では勝てない事も感じていた。
 詠唱を必要とする彼女の風精霊魔術では、カクトメスト人で、おまけに混じりでもあるダビルド相手には不利である。特に接近戦では話にならない。
 しかし、この男を許すことなど出来る筈もない。兎に角長い距離を保ちながら援軍を待つ他はなかった。

 異常性を爆発させ、思慮を欠いている状態のダビルドだが、元々は狡猾な男である。リオールの思惑は読んでいて、遮二無二接近戦に持ち込もうとしてきた。
 掴まれたらリオールは終わりである。扉を閉め、必死にその扉を押さえながら詠唱を始める。
 腕力では遥かに勝るダビルドである。扉をこじ開ける事は時間の問題であったが、リオールの詠唱も耳に入ってきている。魔術が放たれる瞬間を見極め、躱す態勢も整える。
 ダビルドが扉をこじ開けた瞬間、風の刃が放たれた。風の刃は風の矢に比べ、威力は劣るが広範囲を攻撃出来る。しかしダビルドの身体能力はそれを上回り、右斜め後方に飛んで刃を躱した。
 リオールも魔術を放った瞬間に、ティム家の入口脇に立てかけてあった鍬を掴み、ティム家の裏手に回り込んだ。さらにリオールは、ダビルドとは逆方向の作業場のある方向にも同時に刃を放っていた。

 仮にリオール自身が作業場に向かっても、途中でダビルドに捕まってしまうだろうと思い、異変を伝える為に放ったものだろう。作業場までは風の刃の威力が届くかギリギリの距離であったが、刃と矢を同時に詠唱する事は出来ない。賭けではあるが、異変を伝えて援軍を待ち、リオール自身はダビルドと相対して、ダビルドを足止めする事に努める覚悟であった。
 兎に角もリオールは初撃をもって、ダビルドを牽制し、家の裏手に回り、接近戦の回避に成功した。
 そしてリオールは、新たに手にした鍬を構え、次の詠唱を開始した。


 リオールの放った風の刃は、作業場の軒先の一部を掠め、破壊した。破壊された樋と屋根の一部が、大きな音を立てて地面に落ちた。
 リオールは異変を伝える事に成功したのである。しかし、作業中だった小作人達からしたら、何故軒先が壊れたのかわからなかった。
 その中にいて、先程からティムが戻らない事を不審に思っていたゴサーロがセルヒラードに尋ねた。セルヒラードの方でも気になっていたらしく、さらに言えばダビルドの姿が見えない事も、セルヒラードは気にしていた。

 二人共に、何らかの異変を感じ、嫌な予感めいたものが頭を過るのを感じ始めていた。
 セルヒラードが一人を連れて、焼却炉に確認に行っている間に、不測の事態に備えて、ゴサーロが他の小作人達をまとめ、待機していた。
 セルヒラードは焼却炉前に着いたが、人影はなかった。だが、一緒について行った小作人が、異臭に気がついた。何かの動物の肉が焼ける様な匂いである。
 小作人が焼却炉を開けると、中に大きな異物が見えた。セルヒラードも覗き込むと、シルエットからは人の様に見える。顔は焼けただれ、誰かは判別出来ないが、背格好からティムではないかと判断したセルヒラードは、連れてきた小作人を、ゴサーロの元に報告に行かせ、自身はそのまま、ティムの家へと向かって行った。

 もう一人、異変に気がついた人物がいる。テツである。
 年の瀬の忙しさに、同時10歳のテツも家の仕事を手伝っていた時である。エドゥウンの家から1キロメートルは離れている、グリード氏の作業場の軒先が破壊された音を敏感に感じ取ったのである。
 エドゥウンとジュラにその事を伝え、とりあえずジュラがグリード氏の作業場まで様子見に向かった。ジュラが作業場に着いた時には、既にゴサーロもティム家に向かった後ではあったが。


 セルヒラードがティム家に着いた時、遂にリオールがダビルドに捕まった。彼女の右腕を掴んだのは、ダビルドの左手ではあったが、彼女の腕力ではその手を振り払う事は出来ない。ダビルド必殺の右腕が彼女に伸びてくるのと同時に、セルヒラードが猛然と突っ込んで来た。
 セルヒラードの右上段への回し蹴りを避ける為、ダビルドは折角掴んだリオールの腕を離さざるを得ない。セルヒラードの回し蹴りは、ダビルドの鼻先で空を切る。
  しかし間髪入れず、腕を掴まれながらも、詠唱を続けていたリオールの風の矢が、ダビルドを襲った。風の矢はダビルドの左の頬を抉った。重傷を負ったダビルドだが、彼の怒りは頂点に達し、再びリオールに襲いかかる。
 そこえ二人の間に割って入ったセルヒラードの右拳が、ダビルドの腹に深くめり込んだ。たっぷりと気の力を乗せた拳は、ダビルドを15メートルも吹き飛ばした。

 飛ばされ、転がり回りながらも態勢を整えて立ち上がったダビルドは、二人の後方からゴサーロと小作人達が、こちらに向かって来る姿を目にした。
 こうなってはダビルドに勝ち目はない。逃げると決めたら、逃げに徹しきる男である。
 リオールとセルヒラードに「貴様らは必ず殺してやる」と一言残し、脇目も振らずに逃げだした。
 セルヒラードが先ず追った。遅れて到着したゴサーロも小作人達を連れて追う。リオールも追おうとしたが、さすがにそれは数人の小作人に止められた。

 その日はダビルドを捕らえられず、グリードやジュラに事情を聞きつけ遅れて到着したエドゥウンとも協議して、本日の捜索は打ち切りと決めた。
 明日からは、山の方にまで捜索範囲を広げ、ダビルドの捕獲に全力を尽くす事になった。


 事件から一夜明け、事件の全容が露わになると、その異常さ、残虐さに皆が戦慄した。そして決して許す事の出来ない、大きな怒りの感情を爆発させた。
 特にグリードの怒りは凄まじく、ハルスベルのみならず、ヨースフラ地方全域に対して、ダビルドに多大な報酬をかけて、大掛かりな山狩りを決行した。
 この当時、ヨースフラ地方にはまだ貨幣は使用されていない為、報酬は土地や家畜等で支払われる。ヨースフラ地方で貨幣が使用され始めたのは、ドラーガの傘下に加わったNW7年頃からである。

 グリード自身は、この山狩りには参加していない。ガレン人にも戦闘でも使える特殊技術があるにはあった。彼らの科学力は物質の本質を理解する事に特化していて、アース人の様に数字や記号に仮定して置き換える、数式・化学式といった物は使わず、代わりに構築式という図形の様な物が用いられる。この構築式を使い錬金術と呼ばれる技術が全ての基盤となって文明を進化させてきた。
 この錬金術も、ガレン人個人個人で得意とする分野は違っていて、専門職・専門家になるのが普通である。
 グリードは農業分野の専門家であり、彼の錬金術は戦闘には向かない物ばかりであった。
 同じガレン人でも、エドゥウンの錬金術は戦闘に特化した物ではないが、戦闘にも応用出来る物であった為、エドゥウンは山狩りに参加している。

 必死の捜索にもかかわらず、深手を負っていたダビルドが、ヨースフラ地方から逃げ果せたのは、この男の悪運の強さだろう。しかし、この事件に関係していた者達の心から、ダビルドに対する憎しみが消える事はなく、今もなお、彼を捕らえ、彼に悪業の報いを受けさせる思いも消えてはいなかったのである。

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