混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

怪物 6

   「フロン!端によれ!早く!」

 テツは全速力で走りながら、道の東側を指差した。

   「なんでよ?」

   「いいから早く!」

 フロンは、訳がわからないといった様子ではあるが、兎に角も東側に寄り始めた。

 気配はフロンに近づいている。テツは道の西側を全速力で走っていて、フロンの方には向かっていない。

   「なんなのよ?」

 フロンの問いなど委細気にせず駆けてきたテツが、突然、前方に思い切り飛んだ。一切の躊躇もない。

  『間に合え!』

 その瞬間、東側の稲が割れた。
 飛び出した巨大な獣は、宙を舞って真っ直ぐフロンに襲い掛かる。
 その獣の右前脚の付け根に、既に飛び込んでいたテツが頭から激突した。

 獣は道の北の先へ10メートル程も飛ばされた。
 テツは右肩から前方に転がる様に着地した。転がりながらも鎌の刃は開いている。
 獣とテツは共に立ち上がり、お互いを睨み合う。

  『デカイ!』

 あの再構築の日に見たホワイトタイガーよりも、ふた回りは大きく思えた。
 あの日のアキツグはまだ5歳。小さかったアキツグには、今以上に巨大に印象付けられていておかしくない。
 だが、14歳となった今のテツの目から見ても、遥かに大きいと感じる。あの日の威圧感はそのままに。

 細部も少し違く思える。特に牙が違っている。2本の大きく印象的な牙が上顎からはみ出す様に生えている。あんな物は無かった筈である。

 あの日、動物園で見た獣は、正に怪物となって今、テツに対峙していた。

 怪物は、今度は東側の稲の中に飛び込んだ。姿を隠し、再び襲撃するつもりであろう。
 ガードナー氏が栽培している稲はアース産だが、グリード氏のところはガレン産の稲である。ガレン産の稲は、アース産の物より若干丈が高く、隠れるにはうってつけだ。
 虎は本来、隠れて獲物に忍び寄り、そこから一気に襲い掛かる動物である。

 テツは気配から、奴の目標はあくまでフロンであろうと見た。フロンを襲いやすい獲物と認識したのだろう。

   「フロン。静かにこっちに」

 今度はフロンを、道の西側の端に寄せ、テツはフロンと東側の水田の間に立ち、鎌を構え、怪物の襲撃に備えた。

   「なんなのよ、アレ」

   「ガードナーさんのところでも、あの怪物に小作人が襲われたらしい」
   「兎に角今は、僕の指示に従ってくれ」

   「大丈夫なの?」

   「なんとかするよ」

 そう言ってテツは少しだけ微笑んだ。フロンを安心させる為だろう。
 次の襲撃を、テツは正面から受け止めねばならない。テツは集中力を増しながら鎌を握る手に力を込める。

   『来るな!』

 体格で勝る怪物が正面からの力押しで襲撃してくると察している。

   「フロン。合図したら横に思い切り飛んで」

   「わかったわ」

 テツは、襲撃の瞬間を感じ取る事に全神経を集中させる。

   『来る!』

   「フロン!」

 テツの合図でフロンが飛ぶ。それと同時にテツは鎌を振った。

 稲が割れ、怪物が飛び掛る。鎌を振ったタイミングは絶妙だった。
 だが、怪物は、一度目の襲撃よりも高く飛び跳ねていた。鎌は空を切る。
 同時に怪物の爪がテツを襲う。今度はテツが鋭く反応し、フロンと同じ方向に飛び退けた。
 怪物の爪も空を切る。そのまま怪物の姿は再び西側の稲の中に消えた。
 フロンを道の東側の端に寄せ、再びテツも同じ態勢をとる。

 このままではジリ貧である。テツが怪物の気配を読めるとはいえ、主導権は怪物の方にある。
 襲撃のタイミングもだが、襲い方にもバリエーションを加えてくるだろう。
 テツの方に選択肢はない。フロンを先に逃がしたいのは山々だが、怪物の方で目標をテツに切り替える事はないであろう。先にフロンが狙われている状況で、フロンを逃し切る事は不可能と思える。
 今の状況で、テツに出来る事は怪物の襲撃を躱し続け、怪物が諦めて狩りを中止してくれるのを待つしかないと思えた。

   「フロン。少しずつ北に移動しよう。背中から離れないで」

   「うん」

 稲の中を怪物が南に移動している気配を感じ、テツとフロンは道の北に移動した。

 怪物はゆっくりと道の南に姿を現した。怪物の方から見れば、今の状況で恐れるのはテツの振るう鎌だけである。ならば隠れた位置から襲うより、絶えずテツの鎌を視界に捉えていた方が良い。正面から襲う姿勢は崩していない。
 この怪物は頭も良く、したたかである。南に位置したのも、テツが現れた方向を覚えていて、退路を断つ意味もあったのかもしれない。だが、結果的にはこの位置取りが勝敗を分けた。


 テツと怪物とが、お互いの気配を探り合い対峙している時に、漸くゴサーロが追いついてきた。

 道の南から来るゴサーロは、背を向けている怪物には気付かれないが、北に位置するテツからは、当然見える絶好の場所にいる。
 テツは後ろのフロンを肘で小さく小突いた。フロンは察しが良い。二人は怪物にゴサーロの存在を気取られない様に注意しながらも、怪物の動向に気を配った。
 怪物はテツの鎌の間合いだけに注意しながら、襲撃のタイミングを窺う。

 ゴサーロは、怪物に気取られない距離を確保しながら詠唱を始めた。

   「グラン セールフ ゴサーロ ナン ム レイ グラン クホン マム ヴィーン ホーワン《グランクセドゥン》」

 怪物の周囲の地面が、微かに白く光る。そこから5本の土の矢が伸びて怪物を襲った。
 しかし怪物は、素晴らしい反応を見せ、前方に飛んでその矢を躱す。

 次の瞬間に、鎌の刃の先端が怪物の左前脚の付け根より少し下の位置から入り、怪物を胴の右側まで刺し貫いた。


 ゴサーロは土の精霊魔術の使い手である。彼の放った土の矢は怪物に躱されてしまったが、テツはその一瞬の隙を逃さなかった。
 狙いすました鎌の刃は、見事に怪物を刺し貫いたのであった。
  

   

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