ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
031 世界が終わり、そしてまた世界が始まる
――結局、私にできたことって何だったんだろう。
FSOのサービス終了から8年、少し前まで、よくそんなことを考えていた。
うまくいかないことばかり重なって、同時に私は孤独だったから、きっと気が滅入っていたんだと思う。
檻の向こうにある世界。
自分は閉じ込められていたと同時に、守られてもいたのだと知った。
いや、それでも……私は彼らのことを許しはしないし、二度と彼らと会うことも無いだろうけど。
それはパパとママも同じ気持ちで。
きっと、もうあの2人は私のことを娘だとは思ってないんじゃないかな。
それぐらいあっけない、あっさりとした別れだったから。
飛び降り自殺を図った時のことは、今でも鮮明に覚えている。
覚えているって言うか、未だにうまく動かせない右足を意識するたびに、嫌でも思い出してしまう。
大勢の人々、沢山のカメラの前で飛び降りたものだから、現場もネットもそれはもう大騒ぎになって。
その前に垂れ流されていた私と両親のやり取りも含めて、山瀬一家は社会的地位を失った。
会社ではそこそこ良い役職についていたパパもママも、この一件が原因で職を失い、そして私は彼らに告げられる。
『お前のせいだ』
『あなたのせいで私たちは何もかもを失ったわ、どうしてくれるの?』
ってさ。
以降、私はあの2人と言葉も交わさないどころか、顔すら見ていない。
もちろん、どこで何をしているのかも。
興味もなかった。
……嘘、少しは気になってる。
だって、両親だし。
認めたくない事実だけど、私はあいつらから生まれたんだし。
全く何の感情も抱いていない相手ならまだしも、憎んでいた相手だから。
忘れられない。
例え両親に、私の存在が忘れられていようとも。
「また悲しそうな顔してる。パッチラ、ミカのその顔はあんまり好きじゃないな」
隣で寝ていたパッチラが、私の顔を見ながら、可愛らしく頬を膨らます。
その頬に人差し指を突き刺すと、ぷしゅーと空気が抜けていった。
「嫌なことを思い出すぐらいなら、パッチラのことを見て笑うべきだと思う」
「そうね、じゃあ見つめ合う?」
「そしたらキスをしたくなると思う」
「ならしよっか、遅刻しないギリギリの時間まで、ね」
両親が居なくなり、呪縛から逃れたからって、すぐに幸せになれるわけじゃない。
幾多の困難を乗り越え、何度も死にたいと強く願い、それでも愛おしい人の存在が私をこの世につなぎとめ。
そして――私は今、現実世界でパッチラと共に生きている。
命は確かに、そこにあった。
◆◆◆
大地は割れ、空が剥がれ落ちる。
人々は壊れ、命が消滅していく。
崩壊しつつある世界の中で、なのにどうして、あたしたちは無事なんだろう。
そんな単純な疑問の答えに今まで気づけなかったのは、あたしがミナコを敵と認識していからかもしれない。
「ママ、離さないでね」
屋敷の外で、きらめく結晶が降り注ぐ空を見上げながら、ハイドラが強くあたしの手を握る。
少し痛かった。
けれどこの痛みで少しでもハイドラの恐怖を軽減できるのなら、とあたしは無言で耐えた。
一方、テニアの手に込められたはあまりに弱々しい。
「綺麗だけど、飲み込まれそうで怖いよ」
あたしがしっかりと握っていないと、命ごと零れ落ちてしまいそうだったから。
”痛い”と言われても構わない、あたしは強く強く彼女の手を握る。
「大丈夫だよ、きっと」
2人には、あたしの言葉が根拠のないものに聞こえたかもしれない。
けれど、あたしには確信があった。
とは言え、それもまた漠然とした理由ではあるのだけれど。
きっと、ここで今、自分がまともで居られるのは、ミナコが保護していてくれたからじゃないか、って思うの。
ダイバーにはそれだけの力がある――そんな気がして。
だから、ミカとパッチラが姿を消してから数時間後。
彼女が再びあたしたちの目の前に姿を表しても、あたしだけはほとんど驚かなかった。
「来ると思ってた」
「ふ、さすがに読まれてたわけね」
彼女も、さすがに気づかれているとは思っていたみたいで。
笑いながら、「時間がないわけ」とあたしたちに向けて手をかざす。
刹那、両側で繋がれた手に、きゅっと力がこもる。
怖い……よね、そりゃ。
うん、あたしだって怖いもん。
助かるとわかっていたとしても、これから、自分がどこに向かうのか全くわからないんだから。
「ギリギリだったわけよ、まさか山瀬美香があんな思い切った行動に出るとは思わなかった。おかげでてんやわんやの大騒ぎなわけ」
「何かあったのか?」
「パッチラが消えたと思い込んで、自殺を試みたわけ。こっちの都合で事前に話しておくわけにはいかなかったから……とは言え、さすがにアフターエアを怠りすぎたわけ」
「ミカさんが自殺を!? 平気なのっ?」
「一命はとりとめた、現代の医療技術ならあそこから死ぬわけはないだろうから、一安心ってとこかな」
要するに、ミカにとってパッチラは命より重要な希望であって。
また、現実は命を捨てるに値する絶望だったってこと。
「もし目を覚ましたとしても――そこにパッチラが居ないなら、ミカは同じことを繰り返すでしょうね」
「理解してる、そこは考えてあるから平気なわけ」
なら大丈夫そう。
1度目はともかく、2度も同じ失敗を繰り返す人だとは思わないから、そこら辺は安心かな。
さて、となると残りの不安はあたしたちに関することだけ。
「パッチラはどこに飛ばされたの?」
「今は急いで確保した領域に保護しているわけよ。ひとまずはその狭い場所に、3人一緒に移動してもらうわけだけど……まあ、じき生活できる程度のスペースは確保するつもりだから、安心して欲しいわけ」
「あたしはママが居たらどこでもへーき!」
「……私も、かな」
「ふ、なら問題ないわけだ」
あたしも、まあ2人が居れば大丈夫かな。
浮かべた笑顔でそれを察したのか、ミナコはあえてあたしに聞くことはしなかった。
「それじゃ、そろそろこの世界にもお別れってわけで……心残りは無い?」
「無いわけないじゃない、故郷なんだから。それでも――自分と、大事な人の命以上に惜しむものは置いてきてないわ」
しっかり手を繋いで、掴まえているから。
「それなら――」
ミナコの手のひらが輝き始める。
「ママっ」
「ルトリー……」
「ハイドラ、テニア、大丈夫。あたしたちは、どこに行ったって一緒だから!」
そしてあたしたちの体がその光に包まれると――
視界の全てが”白”に埋め尽くされ、体の感触が喪失した。
分解されていく、粒子へと、無意味な情報の、0と1の羅列へと。
やがて見知らぬ場所で再構成されるその時まで。
あたしは、この世から完全に消失した。
◆◆◆
「ギリギリセーフっ!」
所定の時間の2分前に研究室に滑り込む。
すると、ご立腹な様子の桐生教授が、腕を組みながらあたしを睨みつけた。
「遅いわけだ、山瀬美香。こういう日ぐらいは早く来るべきだと思うわけだが?」
「パッチラがなかなか話してくれなかったもので」
「ミカといっぱいキスしてきたよー!」
「……はぁ、相変わらずなわけだ、君たちは」
もはや突っ込む気力も失せたのか、教授は項垂れながら研究室の奥へと進んでいった。
私も駆け足で教授の背中を追う。
その先にはさらに薄暗い部屋があり、3つのカプセルが並んでいた。
また、数人の研究員が一足先に待機していて、遅れて部屋に入ってきた私とパッチラを冷たい目で出迎える。
しかし、空気を読まないパッチラが無条件で笑顔を向けてくるものだから、すぐに柔らかな表情に変わっていく。
「3機同時となると資金集めにも苦労するかと思ったが、想像以上に順調に今日までこぎつけたわけだ」
それでも時間はかかった。
最初の試作機であるパッチラの時は、世界中から注目を浴びていたため大量のスポンサーがついてくれたけれど、2体目以降となるとそうもいかない。
教授と一緒に色んな会社に頭を下げ、時にはクラウドファウンディングを募ってみたりと、多種多様な手段を講じて、ようやく集まった予算。
そしてこの物好きな研究に付き合ってくれた、優秀な研究者たち。
それらの努力が結実する日が、今日というわけだった。
FSOの世界から救出された、パッチラ、ルトリー、ハイドラ、テニアの4名は、桐生教授が個人的の保護することとなった。
飛び降り後の昏睡から目覚めた私は、桐生教授から『パッチラは無事なわけだ』と聞かされ、あの狭い空間に頻繁にダイブすることで生きる気力を得てきた。
そして、大学、大学院と進み、桐生教授の研究室に配属となり、彼女が機械で作られた肉体を得るための研究に没頭。
その成果として、パッチラは今の肉体を手に入れ、動作の安定が確認されてからは、(大学のすぐ傍と言う条件はあるけれど)同居を許可されるようになった。
ちなみに……この体、割とリアルに人間の体を再現してあって、体温といい、触った感触といい、そして触られたリアクションといい、普通の人間と遜色ないもので。
恋人として、アレやコレなことも、ばっちりすることができる。
……とまあ、そんな下らない話はさておき。
要するに、ここに居る3機の、一見して人間の体にしか見えない機械人形たちは、残り3人の――ルトリー、ハイドラ、テニアのために用意された肉体であって。
あとはAIの移植さえ完了すれば、彼女たちもこの世界に命を得る。
そういうことだった。
『はあ、なんか緊張するわね』
部屋に設置されているモニタの中で、ルトリーがため息をついた。
『あたしだけ取り残されたりしないよね? ママと一緒だよね?』
『誰か一人でも消えたら、全員消えるって決めたから』
ハイドラとテニアは不安でいっぱいないのか、物騒なことを言っている。
そんな2人との長い付き合いのせいか、すっかり扱いなれてしまったルトリーは、2人を抱きしめながら――
『あたしが居るから、何が起きたって大丈夫よ!』
そう言って、2人の頬にキスをした。
それだけで、ハイドラとテニアの表情に希望が満ちる。
見飽きたお約束のやり取りに、研究員たちも微かに笑顔を浮かべた。
教授はそれで、3人の覚悟も済んだと確信したのか、ついにAIの移植が開始する。
パッチラの存在は、未だに世間に受け入れられていない部分があって。
この体になってすぐの頃は、よくわからない団体に絡まれたり、襲われたりと大変だった。
未だに”機械ごときが”と見下す人も居れば、そんな彼女と愛を育む私を”狂っている”と評する人もいる。
”変態”ならぜんぜん受け入れるんだけど、狂ってるってのはなあ……人と同じように考え、動く彼女のことを、そこまで病的に受け入れられない人の方が狂ってるって私は思ってるけど。
それでも、教授は何度も私に言い聞かせた。
『きっと、お前たちは一生全ての人から受け入れられることはないわけだ』
悲しいことに、私が生きている間だけでは、全ての人の価値観を変えることは難しい。
『だけど、私は思うわけよ。100年後、あるいは200年後ぐらいには、AIが人と同じように振る舞うことが当然のこととして受け入れられる未来が来るわけなんじゃないかって』
その一番最初の場所に、自分が居られたら幸せだ。
桐生教授は、珍しく表情豊かにそんなことを語っていた。
正直言って、私はそんな難しいことを考えていないけれど。
きっと、私とパッチラが、それが当たり前のことであるかのように愛し合うことこそが、そんな未来への近道だと思うから。
私はパッチラの手を握った。
彼女も無言で握り返した。
それでいい、そういう私たちで。
そして、彼女たちもまた――電脳空間で過ごしていた頃と同じように振る舞ってくれたのなら。
100年後と言わずに、50年後ぐらいには、教授の言う未来がやってくるのかもしれない。
AIの移植が完了すると、まるで人間が眠りから目覚めるように、その瞼がぴくりと動く。
最初にはっきりと目を開いたのは、ルトリーだった。
部屋に居る全ての人間たちが、緊張した面持ちで彼女たちの目覚めを見守る。
ルトリーが、頭を抑えながら上体を起こした。
遅れて、ハイドラとテニアも目を開く。
桐生教授は起き上がったルトリーに近づくと、喜びを抑えきれない表情で問いかけた。
「おはようルトリー、例の言葉は覚えているわけかな?」
「ん……ああ、何か変な感じ。自分の体がが自分のものじゃないみたいな。でも……ええ、覚えてるわミナコ」
ようやく、意識にかかっていた靄が取れたのだろうか。
ルトリーは顔を覆っていた手を退かすと、しっかりと開いた目で桐生教授を見て、はっきりとした言葉で言った。
「ハロー、ワールド。でしょ?」
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