ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~

kiki

023  答えは出た、ならあとは動くだけ

 




 ヴァイオラが目を覚ましたのは、宿に運び込んでから2時間後のことだった。

「ぅ……うぅ……」

 薄っすらと目を開き、小さく呻き声を漏らす。
 ミカにスキルを使って診てもらった限りでは、病気ではなく単純に衰弱していた倒れてしまったんだそう。
 おそらくここ数日の間、食事はおろか水分すら取ってないんじゃないか、って話で。

「ヴァイオラさん、水は飲みますか?」

 彼女の前に水の入ったコップを差し出すと、彼女は奪い取るようにそれを掴むと、一気に中身を飲み干した。
 思ったより元気な彼女に安堵すると、あたしは空になったコップをテニアに渡す。
 すぐに2杯目が必要になりそうだから、注いで来ないとね。
 実はこれ、ただの水じゃなくて、テニアのアドバイスで胃袋をケアする薬を混ぜてあるんだけど、反応を見る限り味に問題はなさそうで良かった。
 薬がやけに黒々としてたから、苦いんじゃないかって思ってたんだけど。

「はぁ……はぁ……私は、私はまだ、生きたいと望んでいるのか……」

 ヴァイオラは、反射的に水を飲んでしまった自分自身に失望してるみたいで。
 本当は、帝国と一緒に死んでしまいたかったんだろうな。
 でも運悪くあたしに見つかってしまったばっかりに。
 だけど申し訳ない、とは思わない。

「帝国が消えつつあることを、知ってしまったんですね」
「お前たちも……知っていたのか。そう、だ。私は、もはや何のために生きているのか……」

 まだ彼女の声は掠れているし、力もない。

「詳しい話はあとにして、今はこれでも食べてください」

 いくつかの野菜をとろとろになるまで煮込んだ、病人食の定番ベジミウル。
 宿の主人に頼んで作んでもらったその皿からは、まだ湯気が立ち上っている。
 ヴァイオラはごくりと喉を鳴らした。

「胃袋が満たされていないと、正常な判断力も失われますよ」
「……そう、だな」

 結局食欲に勝てなかった彼女は、あたしの手から皿を受け取った。
 スープをスプーンですくい上げ、躊躇いがちに口に運ぶ。
 しっかりと味わってから、ごくりと飲み込むと――ほろりと、彼女の頬を涙が伝った。
 それからタガが外れたように、間髪入れずに一口、また一口とスープを減らしていき、皿の中身は瞬く間になくなっていったのだった。



 ◇◇◇



 食欲を満たしたおかげか、ヴァイオラの顔色は横になっていたときよりも随分と良くなった。
 それでもやつれてはいるけれど、今なら落ち着いて話もできそうかな。

「……結局、なぜ帝国が消えたのかはわからんままだ。なあ、この世界には何が起きているのだ?」

 食事を終えた彼女は、あたしにそう問いかけた。
 けど、答えるのはあたしじゃない。
 状況を一番よく理解しているのは、ミカだろうから。

「神様に見捨てられたのよ、だからあとは崩壊を待つしか無い」
「神とは誰のことだ? フロウラマか? ロデュッサか?」

 この世界における二大宗教、フロウラマ教とロデュッサ教。
 彼らはお互いに敵対しあっていて、どちらが世界の創造者なのかよく口論していたのだけれど――
 その名を聞いて、ミカは吹き出すように笑った。

「プログラマにプロデューサーをもじっただけだなんて、酷いネーミングセンス。そのどっちからも見捨てられたんじゃない?」
「見捨てられて、なぜ世界が壊れる? 放っておけばいいだけではないか!」
「維持費がかかるから。サーバ――世界の管理もタダではないの」
「はっ、まるで商売か何かでやっているような言い方だな」
「実際商売だもの。ここはプレイヤー――つまりフレイヤが遊ぶために、神によって作られた世界ってこと。私たちフレイヤは、遊ぶ代償としてお金を払っていた」
「そんな馬鹿な……」
「嘘だと思いたい気持ちもわかるわ。でもフレイヤが消えて、世界が崩壊しているのが何よりの証拠だと思うけど」

 ヴァイオラは黙り込んだ。
 認めたくなくても、認めなければならない現実がある。
 それに、拒んだ所で帝国が戻ってくるわけでもなければ、世界を救えるわけでもない。

「は、はは……どうやら、受け入れるしか無いようだな」
「話の飲み込みが早い人で良かった」
「だが奇妙な話だな、世界が滅びると知っていてもお前たちの中にはまだ希望が残っているように見えるが」

 彼女とあたしの目が合った。
 特にお前が、って言いたいのかもしれない。
 あたしだってかなりいっぱいいっぱいなのに。

「あたしたちはリレアニアに向かってるの。テニアの恩人を救うため、そして世界の崩壊から免れるため」
「リレアニアなら助かるという根拠でもあるのか?」
「世界の崩壊は西側から始まってる。なら最東端であるリレアニアが最後に崩壊するだろうって、ただそれだけの話よ」
「それで……仮に生き残れたとして、どうするつもりだ?」

 そう、そこが問題なの。
 あたしにはハイドラとテニアが居る。
 ミカは……よくわからないけど、生き残りたい理由があるみたいで。
 でもヴァイオラの生きる理由だった帝国は、もう存在していない。

「仮にリレアニアが無事だったとしても、狭い世界の中では帝国の復興など夢のまた夢だ。だったら、いっそここで死んでしまった方が――」
「それはダメだよ、ヴァイオラ!」

 確かにヴァイオラの言うとおりかもしれない、そう納得しかけていた所に口を挟んだのは、意外にもハイドラだった。
 何か根拠があっての発言かと思ったんだけど――

「折角助かったんだから、なんとかなるはずだよ!」

 とまあ、理屈もへったくれもなくて。
 けどだからこそ、理詰めで自分を追い詰めていた彼女に届いたのかもしれない。

「ふ……折角助かったのだから、か。今さらこんな命が残った所で、何の意味がある……?」
「も、もしかしたら、ヴァイオラさんがここに居るのは偶然じゃないかもしれないし。ほら、誰かが崩壊を知ってて、助けるために逃したとか! あたしが同じ立場だったら、絶対にママに生き延びてほしいと思うもん!」
「皇帝陛下が? そんな……いや、だがあの人なら……もしかしたら……」

 彼女の脳裏に浮かぶのは、厳格な皇帝の姿なのか。
 あたしには、どうもそうは思えなかった。
 まるで愛おしい誰かを思い出したみたいに、熱に浮かされた表情。

「可能性は、無いわけではない。全てを知った上で、私を逃がすことぐらいは……」

 全ては妄想。
 それでも”ありえない”と断ずることができない程度には、2人は深い仲だったみたい。
 ヴァイオラの瞳に光が宿る。
 もし生き残ったことが皇帝の意志だとするのなら、この命を無下にすることは出来ない、と。
 今ならもしかしたら――そう思ったあたしは、ここぞとばかりに彼女に提案する。

「ヴァイオラさん、あたしたちと一緒にリレアニアに行きませんか? 生き残る術を見つけるためにも」
「……薬草を奪ったのは私だが、お前はともかく寄り添っている相棒の方はいいのか?」

 テニアの方を見ると、少し不満げな表情をしていた。
 けれどあたしと目があった瞬間に、負の感情が霧散したかのように消え去った。

「私はルトリーの意志に従う」
「健気だな、本来なら私がその真意を汲むべきなのだろうが……私も1人では心細い」

 彼女はあたしに向かって手を差し出す。

「ルトリー、君の提案に乗らせてもらおう」

 あたしがその手を握ると、ヴァイオラは初めて笑顔を見せた。



 ◇◇◇



 その日の晩、お手洗いに行く、と部屋を抜け出したあたしは、外の空気を吸うために少しだけ外に出た。
 常にべたべたってのも好きだけど、たまには1人で考えたいこともあるしね。
 それに――今日の夜になったあたりから、ずっと誰かの視線を感じるような気がしてた。
 たぶん、あいつ・・・なんだろうって、第六感が囁いている。

「見てるんでしょ、ダイバー」
「驚いたわけね、まさか気づかれていたとは」

 目の前の景色が歪んだかと思うと、そこに1人の女性があらわれる。
 ミナコ・キリュウ。
 数日前にミカの前に姿を表した、ダイバーと名乗る謎の人物。
 今までの情報を総合するに、おそらくはフレイヤと異なる方法でこの世界に足を踏み入れた人間みたいだけど。
 結局、その目的も正体も何もわかっていない。

「まあ、どうせ近いうちに話はしようと思っていたわけだけど」
「何のために?」
「見極めるために」
「何を?」
「命の在り処を」

 意味がわからない。
 あたしは呆れながら首を横に振る。

「本来ダイバーは、漂流するデータを覗き見て、時に蹂躙して欲を満たす連中なわけ」
「それがなによ」
「こうして対話している時点で私はマシだというわけよ。まあ、まず会話の成立するAIが居る時点で珍しいわけだけど」
「だからもっと自分に優しく接するべきだ、とでも言いたいわけ?」
「生き残りたいなら、と。私はそう提案しているわけだ」

 相変わらずの上から目線にイライラする。
 相手が自分の言葉の意味を理解できないと知った上で、雲を掴むような言葉ばかりチョイスしてるんだ。

「自分は助かる方法を知ってる、とでも?」

 苛立ちを隠しもせずに、睨みつけながら言う。

「ああ、世界を救う方法も」
「な……本当にっ!?」
「……まあ、嘘なわけだが」
「ぶっ飛ばすッ!」

 あたしは即座に短剣を抜き、彼女に向かって駆け出した。
 しかしミナコは余裕を崩さず、「まあまあ」と言いながら手を翳す。
 パシュンッ!
 すると、あたしの手のひらに握っていたはずの短剣は、消えてなくなっていた。
 いや――元々刺さっていた腰の鞘に戻ってる。

「今の、何を――」
「ルトリー、私は君たちから見て”神”の領域に居る人間なわけだ。だからこそ、NPCの命の価値の低さも理解している」
「ふざけないでよ、神だかなんだか知らないけどっ!」
「ふざけていないわけ、これが現実なわけだから。殺そうと思えば殺せるし、壊そうと思えば壊せる。ダイバーにとってNPCとはそういう存在なわけ」
「できるもんならやってみなさいよッ!」

 短剣が無くたって、あのムカつく顔をぶん殴るぐらいなら出来る。
 あたしは拳を握りしめ、一歩一歩、強く地面を踏み目ながらミナコとの距離を詰めた。

「今から私は、いくつかの事実を君に与えるわけだ」
「それで? それがあたしの前に姿を表した理由?」
「そう、見極めなければならないわけよね。与えられた事実に対して、どう思ったのか。どう感じたのか。それを教えてほしい。ちなみに私は殴れないわけだ、実体がないわけだから」
「ッ!」

 渾身の右ストレートは、彼女の体を貫通した。
 けどこいつ、あたしが殴ろうがなんだろうが、全く興味も無いみたい。

「事実その1、テニアは君を恋愛対象として好いている」
「知ってるわよ、それぐらい。そういう趣味は無いけど、できれば応えてあげたいと思ってる」

 あたしの言葉を聞いて、ミナコは「ふむ」と納得したように吐息を漏らす。

「事実その2、ハイドラも君のことを恋愛対象として好いている」
「それも知ってる」
「比較的頻繁に、君の名前を呼びながら自慰行為を行っている」
「……だから、知ってるっての」
「意外だな、知っていたわけか。直接見ては居ないはずなのに、匂いで? 汗で?」
「そのどっちも! 大体察しはつくわよ、同じ女なんだから!」
「それにどう応えたいと思っているわけだ?」
「っ……時間はかかるでしょうけど、応えてあげたいとは思ってるわよ」

 その答えに、彼女は満足げに「なるほどね」と呟いた。

「事実その3、ハイドラの君への感情は、卵から出た瞬間に彼女に刷り込まれたものである。基本的にペットはNPCとは全く別の生き物であり、人間とは異なる生物なわけ。つまりルトリー・シメイラクスとの思い出は彼女の性格に一切の影響を与えていない」
「な……なにを……」
「ハイドラ――いや、ドラゴンというペットは、何種類かにわかれるわけだけど、たまたま主人に対して愛情を抱く種だった、それだけのこと」
「何が、言いたいの?」
「ルトリーで無くても、誰でも良かったわけ。出会った相手が別の人間なら、ハイドラは別の人間に対して同じように振る舞うわけよ。要するに、あれは愛情や劣情ではなく、似たような人間の情動を模しただけの作り物というわけ」
「それで、何が言いたいのかって聞いてんのよ!」
「私に言いたいことはないわけ。事実を前にどう思うのか、それを聞きたいだけだから」

 事実……ああ、そうなんでしょうね。
 たぶん、こいつの言ってることは全部正しい。
 だって、そりゃさ、会って数日程度のハイドラに、ママ、ママ、ってなつかれてさ、違和感を抱かないわけがない。
 それでも……そんなハイドラのことをあたしは愛おしいって思ったし、仮にハイドラの感情が作り物だったとしても、あたしの想いは本物なんだから。

「愛してるわ、ハイドラのことを。誰がどう言おうと関係ない、あたしはあたし自身の意志で、ハイドラを心の底から愛してる! だからハイドラもあたしのことを愛してくれてるはずだって信じてる!」
「作り物だとしても?」
「関係ないわね」
「ダイバーにとって、改変が容易いものだとしても? その愛情の矛先が簡単に別の人間に向くとしても?」
「くどいッ! ハイドラはあたしの娘よ。NPCと違う存在だったとしても、あたしにとっては大事な存在なの。例え何があったとしても、仮にその正体が肉欲だったとしても、愛して、愛して、死ぬほど甘やかしてやるって決めてるんだから!」

 やだ、泣きそうだ。
 あたし、かなり無理してる。
 ただでさえ今にも倒れそうなぐらいボロボロだったのに、わけのわかんないやつに、わけのわかんないこと言われて。
 もう立ち向かうのをやめたい。
 でもそう思う度に、脳裏に浮かぶのはサーラや孤児院の子どもたちの笑顔で、ハイドラとテニアの愛情で。
 死に体でも、それでも、あたしの心は奮い立つ。

「事実その4」

 はっ、まだあるんだ。

「ルトリー・シメイラクスは人間ではない」
「……なに、それ」
「君は5年前に魔王によって作られた、人間世界に潜り込み、彼らの文明を破壊するために作られた、NPC風のモンスターである」
「ちょ、ちょっと待ってよ、突拍子がなさすぎて理解できないんだけど……」
「理解できないも何も、私はFSOに関するデータを漁った結果を話しているだけなわけ。これは事実、それ以外の意味は何もない」

 あたしが……人間じゃ、無い?
 あたしは、モンスター?
 確かに、5年前より以前の記憶は全然ないけど。
 でも……見た目も人間で、中身も人間で。
 ……あれ?
 そっか、だったら、何の問題があるっていうんだろう。
 ハイドラだってただのNPCじゃないんでしょ? でもあたしにとっては大事な存在じゃない。
 なら、あたしだってあたしなのよ。
 あたしという人格を、命を貫けば――あたしは、どこに居たって、どこに行ったって、何になったって! あたしの、ままなんだから。

「関係ないわ」
「人間で無かったとしても?」
「ええ、関係ない。ダイバーとかフレイヤとかNPCとかペットとか、その区別に何の意味があるの? 区別されたから、命の価値が変わるの? あたしはそう思わない」
「……そういう結論に至るわけ、か」
「ええ、だって誰もが同じく生きてるじゃない。神だか何だか知らないけど、そいつから見てあたしたちの命が無価値だったとしても、あたしにとっては大事な大事な命なの!」

 否定もさせない、生き延びてやる。
 例えここが捨てられた世界だったとしても、作られた物だったとしても、自分自身の命の価値は変わらないんだから。

「把握した。ルトリー・シメイラクスがどういう人間・・なのか」
「結局……何が目的だったの?」
「これでも私は、世間一般ではなかなか柔軟な発想ができる人間だと褒められているわけでね。今回もそれを実践しただけなわけ」
「やっぱりわけわかんないんだけど」
「時代が進めば技術も進歩する。それに応じて、人間は価値観を変化させねばならない。私はその先導者になってやろうかと、そんな夢を抱いたわけよ」
「いや、だから……」

 全然意味がわからない。
 そう言おうとしたんだけど、伝える前に彼女はあたしの前から姿を消してしまった。
 1人取り残されたあたしは、頭を掻きながら困り果てる。
 受け入れるとは、言ったけどさ。
 何もかもを一瞬で消化できるほど、あたしは強靭な胃袋も胃酸も持っていない。
 自分で理解していても、他人からこうして聞かされると――

「はぁ……どんな顔して部屋に戻ればいいんだろ」

 テニアとハイドラのことを、否が応でも意識してしまう。
 その日の夜、2人に両サイドを固められながらベッドに入ったあたしが全く眠れなかった事は、言うまでもない。





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