ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
014 なぜ人間はフラグを立ててしまうのか
「食料は持った?」
「ばっちりだよ、ママ!」
「ポーションの準備は」
「完璧だ」
「武器は忘れてない?」
「素手でもあたしが居るから大丈夫!」
「テニアの体力は平気?」
「……たぶん、平気だと思う」
最後の答えに不安はあるものの、本人の意志を尊重してここは良し、としよう。
「それじゃあ、沈黙の洞窟探索、開始よ!」
「おー!」
「……おー」
楽しそうに腕を突き上げるハイドラと、恥ずかしそうに控えめに手を挙げるテニア。
どっちも可愛いのであたしは満腹です!
メンタルにエネルギーチャージも完了した所で、あたしたちはいよいよ沈黙の洞窟へと足を踏み入れる。
沈黙の洞窟――それはシーレント深森と同様にランクCのモンスターが徘徊する、5階層まで続いているダンジョン。
じめじめとした暗い場所だけど、かつてここを訪れたフレイヤが明かりを設置してくれているので、攻略難度は以前に比べて格段に落ちている。
モンスターにさえ気をつければ、ハイドラさえ入れば何ら問題なくクリアできるはずの場所。
あたしたちが一番気をつけるべきことと言えば、外のモンスターと違ってダンジョンのモンスターが”リンク”するってことかな。
リンクってのは、1体のモンスターを攻撃すると、その周囲のモンスターたちも反応してこちらに襲い掛かってくること。
要するに、ダンジョンの中のモンスターは2~5体程度の群れで行動してることが多いってわけ。
これによって、否が応でも複数の敵を相手しないといけないから、狩りの何度はフィールドに比べて数段階跳ね上がる。
「おっ、早速宝箱発見!」
でも、例え高難度だとしてもダンジョンを訪れるフレイヤは耐えなかった、来るだけの価値があったから。
その理由の1つが、たった今、あたしが見つけた”宝箱”。
フィールドよりも宝箱との遭遇率が高く、中に入っているアイテムもレアなことが多いのがダンジョンの特徴。
「んー、スモールポーションかあ……」
とは言え、そうそう良いアイテムに巡り会えるわけもなく。
箱のサイズに見合わない小さな瓶をつまみながら、あたしはがっくりと肩を落とした。
「ママ、どんまい!」
ハイドラに励まされながらダンジョンを先に進む。
そろそろモンスターが現れそうだけど――なんて思っていると、前方から植物系モンスターの群れが現れる。
数は5体、リンクするまでもなく、こちらに気づいて突進してきた。
「テニア、後ろに下がってて。さあハイドラ行くわ――」
「がおぉぉぉおおおっ!」
あたしが短剣に手をかけた時、すでにハイドラはブレスを吐き出していた。
炎によって明るく照らされる狭い通路。
もちろん接近していたモンスターたちは全て炎に巻き込まれ、灰になって跡形も残らず消えてしまう。
「ルトリーはいらないな」
「わざわざ言わなくてもわかってるから!」
わかってる、わかってるけど――こうもはっきりと現実を見せつけられると、やっぱり辛いもので。
もちろんハイドラには悪気なんて無い。
と言うか、あたしに褒めて欲しくて頑張っただけ。
その証拠に、”モンスター倒したよ、褒めてっ”と主に尻尾をぶんぶんと振る忠犬のように、目をキラキラさせながらあたしの方を見ている。
期待にお答えして頭に手を乗せると、ハイドラは自分から手に頭を擦り付けてきた。
ああもう、辛いけど可愛いなあ!
「開き直って全て任せるのが吉だと思うぞ」
「そうはさせないのがプライドってものなのよ」
矜持まで捨てちゃったら、ハイドラにぶら下がるだけのヒモ女一直線だもの。
◇◇◇
そのままモンスターはハイドラに任せながら、宝箱を回収しつつダンジョンを進んでいく。
1階層、2階層は強敵に遭遇することもなく、また罠らしい罠にも引っかからず順調だった。
そしてたどり着いた第3階層。
今までは土に覆われていたけれど、ここからは白い石壁になるみたい。
がらっと変わる雰囲気に、あたしは警戒心を強めた。
ハイドラは相変わらず脳天気だった。
テニアは……死にそうな顔をしてた。
よし、一旦休憩しよう。
「はぁ、はぁ……気づかれてないと……思ったのに……」
「そんなに顔色真っ青にしておいて、気づかない方が無理があるっての」
「テニアさん大丈夫? アイスブレスで冷まそうか?」
「私を殺す気か!?」
怒られたハイドラは、「調整できるのに」と口を尖らせた。
本人が言うならできるんだろうけど、あのブレスを見せられたあとじゃ怒るのも仕方がない。
「あと2階層か。ここまで大した罠も無かったし、思ったよりあっさり行けそうね」
「罠はママが見破ってくれるからだよ」
「ま、冒険者としては基本的なスキルだしね」
初ダンジョン潜りの割には上手く行ってほっとしてる、ってのはナイショね。
「深い階層ほど罠も凶悪になっていくと聞いたことがあるが」
単身で沈黙の洞窟に潜ろうとしていただけあって、一応調べはしてるんだ。
薬草の知識と言い、なかなかの勉強家みたいね。
うちに居た時も、暇さえあれば持ってきてた本を読んでたし。
「沈黙の洞窟自体、ダンジョンとしてはあまり難易度が高い方じゃないの」
「初心者向けというわけか」
「戦闘はできるけどダンジョンはあまり行ったことがないって冒険者向けかな――」
言いながら、あたしは壁にもたれかかる。
カチッ。
……ん? 何か足元から音がしたような。
ブウゥン。
さらに、足元で何かが光っているような。
「ママッ!?」
「ルトリー、やばいぞ言ってる傍からやばそうな罠だ! 早く逃げないとやばい!」
よほどやばいのか、テニアの語彙力が著しく低下している。
「へっ、えっ、ええぇぇぇぇっ!?」
慌てて出ようとするも、足元に現れた魔法陣に沿って壁のようなものができてるみたいで、蹴っても叩いても脱出できそうにない。
そして魔法陣は発動し――一瞬にして、景色は変わった。
ああ、いわゆる転移罠ってやつか。
別の部屋に移動、したんだ。
ここはどこだろう、壁の色が変わってないってことはそう遠い階層じゃないんだろうけど。
いや、それより問題は、ここが部屋のど真ん中ってことで。
あたしはすでに、10体近くのモンスターに囲まれてるってことでして。
「あ、あは……どうも」
丁寧に手を上げて挨拶してみると、モンスターたちの赤い瞳がきらりと光る。
あ、これ殺されるパターンのやつだ。
『グゴオオォォオオオオオッ!』
久方ぶりの獲物だったのか、明らかに飢えたモンスターたちが一斉に襲い掛かってくる。
ああ、ハイドラがいたらこんな奴ら、一瞬で灰にしてくれただろうに!
くそう、だからもっと巨乳で肉付きの良い女を狙えっての!
「あたしは脂肪分が少ないから美味しくないぞーっ!」
叫びながら、前方のモンスターに飛び蹴りを放つ。
タイタン撃破時に手に入れたランクS装備、大地のブーツ。
ちょびっと蒸れるのが欠点だけど、あたしの脚力はこのアイテムの力によりかなり増大されている!
そう、下手したらダガーで斬るのより蹴った方が強い!
ドゴォッ!
足裏が命中した前方のモンスターが、ぶっ飛ばされて壁に叩きつけられる。
これで突破口は開いた。
群れの隙間を縫うようにして脱出。
振り返り、背後から迫る触手を斬り伏せ、さらに突っ込んでくるモンスターに向けて手をかざす。
「アイテムボックス、オープン!」
突っ込んできたモンスターが、開いた空間に飲み込まれていく。
今まで試したことなかったけど――
一旦ボックスを閉じ、再び開くと、そこからでろりと腐敗したモンスターが姿を現す。
よしっ、モンスター相手にも使えるみたい。
以前はかなり外れスキルだと思ってたけど、これってやっぱり大当たりなんじゃない?
ちょっと臭くてグロいのが難点だけどね。
「シィッ、ハァッ!」
近寄るモンスターを切り裂き、蹴り飛ばしながら、部屋の出口へ向かう。
多数の相手とこんな広い部屋で戦うのは無謀の極み。
まずは狭い通路に退避を試みる。
「ギュイイィィッ!」
と、あたしの考えを読んだかのように素早く背後に回るモンスターが1匹。
リヴィングナッツ。
巨大な豆に手足がついて走り回ってるっていう、奇妙かつすばしっこくて厄介なモンスター。
「邪魔なのよっ!」
フォンッ!
ナイフによる渾身の一撃も、たやすく避けられてしまう。
あのスピード、たぶんクイックスラストでも間に合わない。
なら、あたしだって成長してるんだってとこ――見せてやらないとね。
「キュイイイイィィィッ!」
挑発するように鳴き声をあげるリヴィングナッツ。
いい度胸じゃない。
背後から迫るモンスターの群れに若干の焦りを感じながらも、心を落ち着けるため息を吸って、吐いて。
初めて使うアーツだから慎重に、確実に、けれど素早く。
「シャドウステップ!」
あたしは強く地面を蹴り、その場から姿を消す。
「キュイッ!?」
戸惑うモンスター。
その時にはすでに、あたしはモンスターの背後に居た。
長剣におけるバーストレイヴ、短剣におけるシャドウステップ。
他の近接武器にもそれぞれ、対応した”接近アーツ”が存在する。
これらはリーチの短い近接武器が、遠隔武器に対抗するための手段。
比較的低い熟練度で覚えられるにも関わらず、雲の上の存在である強力なフレイヤが愛用するほど、重要なアーツ。
あたしはリヴィングナッツがこちらに振り向くより前に、鋭く、最小限の動きで短剣を突き出した。
ザシュウッ!
脳天に先端が突き刺さる。
引き抜くと、「ギエイエェェッ!」と汚い断末魔と共にモンスターは倒れた。
これで突破口は開いた。
ようやくあたしは狭い通路にたどり着く。
モンスターの群れは一気に通路に殺到するけど、もちろん入るわけがない。
縦にならび、1体ないし2体ずつあたしに近づいてくる。
これで、一度に相手しなければならないモンスターの数をぐっと減らすことができる。
「よし、かかってきなさいモンスターども!」
自分が有利な立場になったと見るやいなや、啖呵を切るあたし。
我ながら人間性が小さいわね!
すると、あたしの声に反応するように――背後から声が聞こえた。
「ふん、かかってくると良いでしょう、雑魚モンスターがぁっ!」
あれ? どこかで聞いたことあるような声……。
振り向くと、あたしと同じように、モンスターの群れと戦う黒装束の男の姿があった。
げ、確かこいつって、漆黒の葬送団のリーダー――
「ストール!」
「ルトリーではないですか!」
あっちもあたしのことは覚えてたみたい。
それにしても、この状況。
あたしはモンスターと戦うために通路に移動したのに、その逆方向からもモンスターが来てるってことは……。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、これまさか……」
「ははっ、挟み撃ちだなァ」
「ははっ、じゃないわよ! どうすんのよこの状況!?」
「……知りませんねえ、完全に予想外だからな」
もっと怒鳴りつけてやりたい所だけど、ストールからしてみれば、挟み撃ちの状況に追い込んだのはあたしなわけで。
でも、まさか想像できるわけないじゃない! 通路の先に同じ状況の人間がいるなんてさあ!?
「仕方ありません、協力してやるしかねえだろ」
「っ……わかったわよ。あとストール」
「なんですか?」
「この前はありがとね、助かった」
「ふっ……意外と律儀なんだな」
追い詰められたあたしたちは、ちょうど通路の真ん中で、背中合わせになって立ち止まる。
ほぼ同時に「ふぅ」と呼吸を整えると、あたしは短剣を、彼は針を強く握りしめ――
「せえええぇいっ!」
「はああぁぁぁっ!」
――ほぼ同時に、モンスターに向けて突っ込んでいった。
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