ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
008 他人の不幸には嘲笑が有効的です
彼女がそれに手を染めたのは、いつからだったか。
他の潜行者たちと違って、宝探しのような感覚でネットの海を荒らしたかったわけじゃない。
暇つぶしだ。
仮にそれが高い技術を要する、選ばれしエリートにしか触れることの出来ない領域だったとしても。
「児戯でしかないわけ。まあ、それに興じている私も子供なわけだけど」
1人そうごちる。
彼女は手元にあった飴玉を1つつまみ上げると、器用に指で弾き、口に放り込んだ。
ついでにイマジンデバイスを起動させ、ディスプレイに公式HPの解説を表示させた。
◇◇◇
リレーン公国。
FSOの舞台となるクロープス大陸の東に位置する小国、人口は30万人ほど。
フォリス王国、シャイモア公国と隣接しており、フォリス王国とは良好な関係を結んでいる。
一方でシャイモア公国とは過去の確執が原因で険悪な関係だが、クレヴィス川という大きな川で隔てられているため衝突することはない。
主な生産品は農作物、薬草など。
もし大陸に蔓延する病に関する依頼を受けた時、その解決法を見つけるためにリレーン公国を訪れるプレイヤーも多いだろう。
(FSO公式HPより抜粋)
◆◆◆
「いきなりあんな場所に倒れてるんだもん、びっくりしたわ。あたしたちが来てなかったらとっくに死んでたかもよ?」
「……」
「なんであんな場所に1人で居たの? 熟練の冒険者だってソロじゃ立ち寄らないような場所なのに」
「……」
「ねえ、あたしの質問聞いてる?」
最初の無礼千万な発言以降、全く口を開こうとしない少女に、そろそろあたしの堪忍袋の尾は切れそうだった。
せめてお礼ぐらい言ってくれてもいいのに、なんで黙り込むかな。
「答えてくれないと、どう手助けしたらいいのかわからないんだけど?」
「……手助け?」
「やっと喋ったか。そう、手助けよ。シーレント深森に、あなたみたいな女の子が1人で立ち入るなんて普通じゃない、何か事情があったんでしょう?」
「普通じゃない奴を助けたのか? なぜ?」
「なぜって……」
「ママはそういう人だから仕方ないのっ」
あたしはハイドラにどういう人だと思われてるんだか。
ま、さすがにこんな態度のヤツ相手に、我ながらお人好しが過ぎるとは思うけど。
それでも、見捨てるわけにはいかないし。
「なるほど、病的なお人好しってことか」
彼女のその言葉を聞いて、あたしはムッとした。
でもあたし以上に、ハイドラの方がムッとしていた。
「ママに助けてもらった礼も言わずに、その言いぐさはどうかと思う」
「助けてくれとは言っていない、勝手に連れてきておいて恩人面をしないで欲しい」
「むうぅ……!」
あまりに身勝手な態度に、どんぐりを詰め込んだリスみたいに頬を膨らますハイドラ。
確かにこの女の子の言い方はムカツクけど、それ以上にハイドラがかわいくて割とどうでもいい!
「私は帰る、こんな場所に用はない」
「待って!」
「いいよハイドラ、その辺にしといて」
「ママ……でもっ!」
「いいの、あたしが勝手に助けたのは事実だから。見返りを期待してたわけじゃないもん」
そりゃあ、あの態度にイライラしてないわけじゃないけど。
それも結局、”助けたんだからお礼を言え”っていうあたしの身勝手なエゴだし。
「ふんっ」
彼女は立ち上がると、あたしたちを鼻で笑うような仕草を見せながら出口へ向かい――
ぐしゃっ。
中々えげつない音をたてて、自分の足に足を引っ掛けて、顔から転んだ。
「……ふっ」
「……」
ハイドラは黙ってその姿を見ていた。
あたしも一瞬笑いそうになったけど、どうにかこらえた。
たぶん聞こえてないはず。
そして、部屋に気まずい沈黙が満ちた。
「……今、どっちか笑っただろう」
上半身を起こし、鼻の頭を真っ赤にした少女があたしたちを睨みつける。
あたしは全力で首を振った。
ハイドラは控えめに首を振った。
そしたらあたしが睨まれた。
馬鹿な、なぜバレた。
「お前か、お前が笑ったのか!?」
「笑ってないわ、ちょっと鼻の穴から空気が漏れただけよ!」
「それを笑ったって言うんだ!」
そうだったんだ、生まれて初めて知ったわ。
……と、しらばっくれるあたしに「けっ」と悪態をつくと、少女は再び立ち上がり出口へ向かう。
今度こそ無事にドアまでたどり着くと、ノブを握りながらもう一度振り返り、ふてぶてしい口調で言い放つ。
「今度もし私を見つけたとしても、もう助けたりしないでくれ」
頼まれたって助けてやるもんですか、死んだって知らないんだから。
……。
……。
いや……死にそうになってたら、さすがに助けるかもしれないけど。
そしてドアをくぐった彼女は、日が落ち真っ暗になった外へと足を踏み出す。
泊まるあてはあるのかな、と少し心配になって、あたしはハイドラと一緒に彼女の背中をじっと見つめていた。
べしゃっ。
そしてまた、彼女はこけた。
ささくれ立ったドアの下にロングスカートを引っ掛け、バランスを崩して転倒。
見事なまでに転びっぷりに、あたしは気づく。
あの子、もしかして――あたしなんかよりよっぽどポンコツなんじゃないか、って。
見かねたあたしは、倒れたままの少女に近づき、頭の近くにわざわざしゃがみこんで言った。
「ぷーくすくす、かっこつけたくせに2回も転ぶなんてだっさーい!」
ふっふっふ、あたしが助けるとでも思ったの?
あれだけ好き放題に人の助けを拒んでおいて、そんな都合の良く助けるわけないじゃないの。
「1回なら事故で済むけど、2回だよ? 2回。普段から転びまくってるとしか思えないよねえ、もしかしてこれが噂のドジっ子ってやつぅ?」
世の中そんなに甘くないっての、うっへっへっへ。
「悔しい? ねえ悔しい?」
挑発を続けていると、少女の顔は耳まで真っ赤になって、ぷるぷると震えだす。
よし、効いてる効いてる。
「でもお、助けないでくれって言ったのはあなただよね? あたし、本当は手を差し伸べて起こしてあげたいんだけど、助けるなって言われたらそうもいかないし……」
「ば、馬鹿に……馬鹿にするなっ!」
激昂した少女は勢いよく立ち上がると、あたしに掴みかかってきた。
その両手首をあたしは容易く抑え、”ああやっぱり”と確信する。
「腕力も弱いし、体力もなさそう。肌も真っ白で、手足もか細い」
「くっ……だから何だって言うんだ!」
「シーレント深森で倒れてた理由。体力がないからぶっ倒れてたんでしょ?」
「それは……」
この体格は、一人たくましく生きてきました、って雰囲気でもない。
きっと、両親か誰かに大事に大事にされて育ってきたんだろうな。
自分の体力の限界も知らない、箱入り娘。
「そんな子を放っておくなんて、殺すようなもんじゃない。せめて今晩ぐらいは大人しくうちに泊まっていきなさいよ、どうせ行く宛なんて無いんでしょう?」
「金ならある、宿に泊まればっ」
「そこからどうするのよ、またシーレント深森に1人で突っ込んで、命の無駄遣いでもする? それを見逃すほど、あたしの目は節穴じゃないわ」
「っ……」
彼女は自殺志願者じゃない。
死ぬためにピリンキに来たんじゃなく、たぶん何かを探すために、あるいは誰かを救うためにここに来たんじゃないかな。
そのためには、彼女自身が生き残ってなきゃ意味がない。
「ハイドラ、そういうことでいいかな?」
「ママがそうしたいなら、あたしはそれに従うよ」
さっきまでハイドラは彼女に敵意を剥き出しにしてたからどうだろうと思ったけど、あっさりと快諾してくれた。
ちなみに、こっちの返事は聞いてないけおd、抵抗しないってことはOKってことでいいんでしょう。
そしてあたしは彼女を家に連れ戻し、早速、擦り傷が出来てしまった顔の治療を始めるのだった。
◇◇◇
その日のゆうげ。
時間も時間だったから、手早く準備するために、適当な調味料と材料を合わせて鍋を作ることにした。
台所にあたしとハイドラ2人で並び、次々と材料をぐつぐつ煮立ったダシに突っ込んでいく。
家中にいい匂いが広がると、1人で居心地悪そうに座る少女のお腹が「ぐぅ」と鳴った。
あたしとハイドラは聞こえなかったふりをしながら、一瞬だけ目と目を合わせて微笑み合う。
心は嘘をつけても、体は嘘をつけない。
あれだけ強がってるってことは、強がらないといけないだけの理由があるんだろう。
そう思うと、あたしは急に少女が可愛らしく思えてきた。
生意気だけど、だからこそいじらしさが映えてくるって言うかさ。
食事の準備を終えると、鍋をテーブルのど真ん中に置いて、あたしたち3人はそれを囲んで座る。
あたそちハイドラが「いただきます」と手を合わせる。
少女も遅れて、小さな声で「……いただきます」と呟く。
最初は躊躇いがちだったけど、いざ胃袋に物を入れると、想像以上に自分が空腹だったことに気づいたのか――少女はバクバクと料理を口に運び始めた。
「どう、おいしい?」
そのリアクション、聞くまでもないと思うけど。
「……食べたことがない料理だ」
「えー、そうかな? リレーン公国じゃポピュラーな味付けだと思うんだけど」
「わからない、でも少なくとも屋敷じゃ出てこなかった」
うへえ、屋敷と来たか。
やっぱお嬢様なのかな、この子。
にしては口が悪いのが気になるけど。
「そういえば、まだ名前も聞いてない。あなたは何てお名前なの?」
「……」
ハイドラの問いに、彼女は無視を決め込んだ。
またこのパターンかあ、よっぽど隠し通したい情報があるようで。
「名前ぐらい教えてくれないと、会話も面倒なんですけど?」
「……」
あたしがちょっぴり不機嫌そうに聞いても、うんともすんとも言わない。
黙々と料理を食べ続けている。
料理には食いつきがいいんだよねえ、現金なやつめ。
よしわかった、そっちがそう来るなら、あたしにだって考えがある。
「じゃあ、こっちで勝手に名前を付けるけど、それでいい?」
「……」
「無言は肯定として扱います。じゃあハイドラ、1つめの案をカモン!」
「えっ、あたし!? えっと……あの……り、リトリー?」
「生き別れの妹かなにか?」
なぜルトリーに寄せてきたのか。
「可愛い名前を考えようと思ったら、ママの名前が真っ先に出てきたの」
もじもじしながらそんなことを言っちゃううちの天使。
ああもう可愛い! 抱きしめちゃる!
「ひゃあっ!? ママぁ、今は食事中だよ?」
「ハイドラが可愛いのが悪いのー!」
そんなあたしたちのやり取りを、冷ややかな目でちら見する未命名少女。
「でも却下かなあ、可愛い娘の案だけど、さすがにあたしと似すぎだから。じゃあ次はあたしの番ね」
「ママ、あたしと似た名前は無しだからね?」
予防線を張ってくるハイドラ。
心配しなくても、その路線じゃ行かないから。
ハイドラと似た名前を与えるなんて、そんな勿体無いことあたしにはできないもの。
あたしが彼女に付ける名前は――ずばり!
「そうねえ……”ポッチ”でどうかしら?」
「……犬なのか下ネタなのか判断に困る名前はやめてもらいたい」
さすがに黙ってられなかったか。
残念だなあ、ポッチちゃんって結構可愛いと思うんだけどなあ。
「慎ましくて可愛らしくて、でも尖ってて。今のあなたにぴったりだと思うんだけど」
「食事中に何を言い出すんだ!?」
食事中だからこそ直接的な表現を避けたんだけど、どうやらこの思いやりは伝わらなかったみたい。
なぜこの絶妙なネーミングせんすが彼女には伝わらないのか。
犬と下ネタのハイブリッドでスペックも高いのに。
「そんなに他人に付けられるのが嫌なら、名前ぐらい教えてよ」
「……」
「ファーストネームだけでもいいから、ね?」
出来る限り優しく問いかけると、ようやく彼女は自らの名前を告げた。
「テニア、だ」
存外に素敵な名前で、あたしは逆に驚いた。
「いい名前じゃない、黙っておくには勿体無いわ」
あたしは純粋にそう思った。
褒められたのが恥ずかしかったのか、テニアは気まずそうに視線をそらす。
しっかし、ファーストネーム以外を語りたがらないってことは、やっぱ良家のお嬢様かな。
ま、詮索はやめておこう。
名前がわかったわけだし、少しずつ距離を縮めていけば、そのうち自分から話してくれるでしょう。
「じゃあ改めて、よろしくねテニア」
「よろしく、テニアさん!」
「……よろしく」
一緒に食卓を囲んだことで仲間意識が生まれたのか、彼女は小声ながらもしっかりと返事をしてくれた。
それから、あたしたちは順調に仲良く――はならなくって。
あたしがうっかりテニアのキープしてた肉を食べてしまったことから一悶着起こり。
また家から飛び出そうとしたテニアがべしゃっと転び、それを治療するというお約束みたいな出来事があったわけだけど。
それは割と、どうでもいいことである。
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