やっと封印が解けた大魔神は、正体を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~

魔法少女どま子

大魔神としてやるべきこと

 午後六時。 

 僕とアリオスは、大通りに面する喫茶店で、あんまり美味しくない紅茶をたしなんでいた。

 向かいのアリオスも同じく渋面だ。

 そう、僕たちは単に喫茶店巡りなんかをしているわけじゃない。これはあくまで《調査》の一環だ。

 ちらと、横目だけを右方向に向けてみる。

 窓ガラスの向こうで、見るからに綺麗な女子学生――コトネが、ウィンドゥショッピングを楽しんでいる。人混みに紛れてもなお、彼女の美しさは完璧に際だっていた。実際、通りすがる男性の魔物がちらちらとコトネに目線を向けている。

(アリオス……どうだい。妙な気配とか感じる?)

(いや。いまのところなにもないな)

(そうだよねぇ……)

 僕も同様、怪しい気配は感じ取れない。まだ犯人は現れていないようだ。

 有名な店なのか、喫茶店は大勢の魔物でごった返していた。普段なら立ち寄りもしない場所だが、ここなら身を隠すに充分だろう。

 これまでの情報を総括すると、犯人はかなりの戦闘力を兼ね備えている可能性が高い。

 であれば、コトネだけでなく、監視をする僕たちも身を引き締めなければならないだろう。達人であればあるほど、《敵》の気配を察しやすいものだ。

 アリオスもそれがわかっているからか、さっきから気を抑え込んでいる。さすがと言わざるをえまい。

 ちらと、壁面に掛けられた時計に目を向ける。

 六時十分。

 やはり《奴》は現れない。

 だが、油断は禁物である。犯人はこれまで、たった一瞬で誘拐を成功せしめた。ほんの刹那の手抜きが、命取りになりかねない。

(……ん?)

 ふいに僕は違和感を覚えた。

(気づいたか。エル)

(ああ……。いるね)

 ここから数メートル北に離れた位置に、邪念の込められた気配を感じる。

 他者に気づかれぬよう極限まで気を静めているようだが、僕と、そしてアリオスには通用しなかったようである。

(どうかな。こいつが犯人だと思う?)

(わからない。だが着実にコトネに近づいているようだ)

 それは事実だった。犯人の正確な位置はまだ特定できないが、この気配はコトネにじわじわと歩みつつある。

 そして当のコトネはまったく気づかず、依然ウィンドゥショッピングを続けていた。

 ――コトネ、無事でいてくれ……

 数秒後。
 僕はガラス越しに、見覚えのある顔を見た。

(ルーギウス……! やっぱり、あいつが……)

 担当教師ルーギウスが、ゆっくりと、確実にコトネに歩み寄っていく。その姿にコトネも気づかない。限界まで気を抑え込んでいるからか、周囲の魔物もルーギウスの挙動に気づいていない。

 瞬間。
 突如、ルーギウスが地を蹴り、コトネめがけて走りだした。

 すさまじい速度だ。一般の魔物では視認すらできないであろう。

 ――だが。

(させないよ!)

 僕とアリオスは同時に立ち上がった。

 ここが室内であろうと関係ない。
 そのまま窓を突き破り、ルーギウスに飛びかかろうとした。

 ――のだが。

「なっ……!」

 なんと表現すべきだろう、視界が一瞬だけ《真っ白》になった。
 それだけじゃない。
 周囲に響いていた《音》も、喫茶店特有の《匂い》も、すべてが感じられなくなった。
 ほんの一瞬だけ、まさに《真っ白》の世界に放り込まれた。

 そして数秒後、視界が元に戻ったときには、コトネはルーギウスに抱え込まれ、はるか遠い場所へと逃走しつつあった。

「な、なんなのだ、いまのは……!」
 アリオスも同様の現象に見舞われたらしく、頭を片手で叩いた。 

「……もしかして、いまのは神の魔法……?」 

「な、なんだと?」

「いや、なんでもない……」

 大魔神たる僕を一瞬でも足止めしたのだ。同様に《神の力》を持つ者が側にいたとしか思えない。

 ――いや。そんなことよりも、いまは……!

「み、妙だね……。ルーギウスの奴、コトネを抱えて……魔王城の方向へ向かってるよ……!」

「……魔王城、だと……?」

 なぜ魔王城の方向に逃げるのか。
 あそこには魔王ワイズがいる。そんなところで不貞な行為をしたら、間違いなく殺されるはずなのに…… 

 いや。待てよ。
 僕はなにか、重大なことを見落としてるんじゃないのか。

 僕のそんな不安に応えるかのように、アリオスが険しい表情で口を開いた。

「……足取りがほとんど掴めなかったこの事件だが、実はひとつだけ目撃情報があってな。誤通報だと思っていたが……どうやら、多くの女性が、魔王城に連れ込まれるところを見た者がいるらしいのだ」 

「な、なんだって……?」

「やはりそうだったのだ。ルーギウス……奴は学園の教師であり、そしてまた、魔王ワイズ様の側近でもある」

 凍り付くような戦慄が、僕の頭から爪先までを貫いた。

 警備隊はそもそも魔王が設立した組織である。魔王が絶対の権力者なのだ。
 だから、たとえ魔王が不誠実な行為をしたからといって、警備隊は動かないわけだ。十年前の、あの日のように。

 つまり。
 警備隊が動かなかった理由は、単なる隠蔽体質いんぺいたいしつではなく。

「犯人が、魔王ワイズだから……」

 

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