やっと封印が解けた大魔神は、正体を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~
運命の再会(真)―1
ちょっと危ないところだった。
いまの大爆発を喰らえば、いくら大魔神といえど、すこし痒くなってしまう。
一般の魔物であれば、木っ端微塵になっているところだろう。件の三人家族を守ることは到底できなかった。
そんなことを思いながら、僕は防御魔法を解除した。
途端、僕と三人家族を包んでいた緑のベールが消える。
なんとかこの三人は守れたものの、あまりに突然のことだったため、他の病室は消し飛んでしまった。
僕たちはいま、夜空の下に立っている。
「ふう……」
僕は大きく息を吐いた。
敵は相当頭が切れるらしい。僕がサイコキネシスを使うことを予期し、そのうえで対策を練っていた。催眠術を使用されたら、対象者を爆発させると――
それと同時に、これはとても高度な魔法でもある。威力自体はたいしたことないが、大魔神の魔法を防いでみせたのだから。
「あ、あのう」
僕の背後で、母親と見られる魔物が声をかけてきた。
「どなたは存知あげませんが……助けてくださり、ありがとうございます」
僕は振り向いた。
両親が二人、深々と頭を下げている。
僕はあはは、と笑ってみせた。
「こんなことは性じゃないんだけどね。珍しく、その子だけは助けてあげたくなったみたいだ」
「それはもう……なんとお礼を言ったらいいか……」
そう言ってもう一度頭を下げてくる両親を、僕は「いいよ」と言って制した。
それよりも、気になることがある。
さっき脳裏に浮かんできた、切なげな記憶の欠片。
気のせいでなければ、僕はきっと、ベッドに横たわる彼女に会ったことがある。
いや、それどころではない。
かなり親密な仲になっていたはずだ。
「その……教えてほしい。彼女のことを」
「彼女……コトネのことですか」
コトネ。
彼女はコトネというのか。
僕が小さく頷くのを見て、父親がぽつりぽつりと話し始めた。
「さっきも言いましたが、コトネは植物状態でしてな。なんでも、ニルヴァ洞窟に何度も通い、人間たちに斬られてしまったようです。一緒にいたお友達が、なんとか殺されずに連れてきてはくれましたが……そのときには、もう……」
話を聞いていた母親が、声にならない声を発して両目をこする。
「でも……不思議だね。なんでニルヴァ洞窟なんかに? よく人間たちが来るんだろう?」
「それはまあ……親としてもわかりかねます。ただひとつわかるのは、コトネは必ず、花を持って洞窟に赴いていたんです」
――花。
思わず僕は息を詰まらせ、喘いだ。
僕が封印されていたあの部屋に、色とりどりな花が飾られていた。それを思い出したからだ。
「しかも、すべて高価な花でして。娘が言うには、想いが通じる《まじない》が宿ってるなどと言いますが……いかんせん、この歳になるとよくわかりませんでな」
間違いあるまい。
ニルヴァ洞窟に咲いていた、あの場違いなまでに美しかった花々は、彼女が植え付けたものだ。
「可愛そうな子なのです。コトネは私たちの実子ではありません。魔王様の重要任務に失敗し、捨てられた子なのです。そのときのことは、あまり話してくれませんでしたが……」
「重要任務……」
気になった。
そこまでしてくれるからには、僕に深く関わっていたんだろう。
でも思い出せない。
記憶が封じられていて、なにも思い出せない。
歯がゆかった。なぜ、僕は記憶を消されなければならなかったというのだろう。 
「彼女の……病気は、治らないのかい」
僕の発言に、母親が力なくうつむいた。
「ええ、残念ながら……。こうして、命をつなぎ止めるのが精一杯だと……」
「そうかい……」
見れば、コトネの指がまたもぴくぴく動いている。
これで三度目だ。やはり意識不明とは思えない。
脳の神経が死んでいるために、自分の意志を伝えることができないようだ。
――それなら。
僕はつかつかとベッドに歩み寄った。コトネに向け、片腕を差し出す。
「あ、あの、なにをされるのですか……?」
目を丸くする母親に、僕は真顔で答えた。
「治してあげるんだよ。僕に……できないことはない」
僕は手をかざし、治癒魔法を発動する。
そして数秒後、彼女の声を聞いたとき、僕は失われた記憶が波のように戻ってくるのを感じた。
僕は最強の魔神だった。
そして孤独だった。
生まれながらにして、魔王や勇者をも遙かに超える力を持つ。
だけど、世界征服とか、他人と仲良くなるとか――そんな下らないことに興味はない。
たまに、下界を覗き見するくらいで充分だった。
僕は極度の面倒くさがり屋だったのだ。
《魔神の神殿》なる場所にこもり、気ままな引きこもりライフを送っていた。
親とか友人はいない。僕は《大魔神》という役目を持って生まれてきたのだと、なんとなく察していた。
神殿にはたまに迷い人が侵入してくる。だが、そんなときは殺してしまえばいい。大魔神たる僕にとって、そんなのは造作もないことだ。
彼女――コトネもそんな侵入者のうちのひとりだった。
当時六歳ほどか。まだ小さい女の子だ。
だが彼女は道に迷ったわけではない。
王に、目障りな魔神を殺せと――そんな命令を仰せつかってきたのだ。その光景を僕は魔法で眺めていた。
興味があった。
果たして彼女はどうするつもりなのか。
まあ僕を殺すことはできないだろうけど、どのように足掻いてみせるのか。
そんな好奇心から、僕は彼女を殺さなかった。なんの悪戯もせず、《玉座の間》に通してみせたのだ。
「大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ! あ、あなたの命も、きょ、今日までよ!」
小さな剣を抜きながら、コトネはそう言った。
あれで本当に僕を殺すつもりなのか。あまりに滑稽だ。
僕は笑いをこらえながら、高らかに宣言してみせた。
「わ、わわわわえこそは、さいひょうのへいまひんなり!」
噛んだ。
というより、喋れなかった。
長年引きこもってきた僕に、コミュニケーション能力などあるはずもなかったのだ。
コトネはきょとんとして言った。
「あ、あの……いま、なんて言ったの?」
「な、ななななんんでもひゃい!」
緊張してしまい、まともに話すことさえできなかった。
ぼっちゆえの悩みである。
「うぷ」
耐えきれなくなったか、コトネが吹き出した。
「あははははは! おじさん面白い!」
「た、たれがおじさんやぁああ!」
まあ、年齢的にはおじさんどころか、おじいさんである。
でも見た目的には二十代前半のはずなのに……
僕は割と真剣にショックを受けた。
それが、僕とコトネの馴れ初めだった。
いまの大爆発を喰らえば、いくら大魔神といえど、すこし痒くなってしまう。
一般の魔物であれば、木っ端微塵になっているところだろう。件の三人家族を守ることは到底できなかった。
そんなことを思いながら、僕は防御魔法を解除した。
途端、僕と三人家族を包んでいた緑のベールが消える。
なんとかこの三人は守れたものの、あまりに突然のことだったため、他の病室は消し飛んでしまった。
僕たちはいま、夜空の下に立っている。
「ふう……」
僕は大きく息を吐いた。
敵は相当頭が切れるらしい。僕がサイコキネシスを使うことを予期し、そのうえで対策を練っていた。催眠術を使用されたら、対象者を爆発させると――
それと同時に、これはとても高度な魔法でもある。威力自体はたいしたことないが、大魔神の魔法を防いでみせたのだから。
「あ、あのう」
僕の背後で、母親と見られる魔物が声をかけてきた。
「どなたは存知あげませんが……助けてくださり、ありがとうございます」
僕は振り向いた。
両親が二人、深々と頭を下げている。
僕はあはは、と笑ってみせた。
「こんなことは性じゃないんだけどね。珍しく、その子だけは助けてあげたくなったみたいだ」
「それはもう……なんとお礼を言ったらいいか……」
そう言ってもう一度頭を下げてくる両親を、僕は「いいよ」と言って制した。
それよりも、気になることがある。
さっき脳裏に浮かんできた、切なげな記憶の欠片。
気のせいでなければ、僕はきっと、ベッドに横たわる彼女に会ったことがある。
いや、それどころではない。
かなり親密な仲になっていたはずだ。
「その……教えてほしい。彼女のことを」
「彼女……コトネのことですか」
コトネ。
彼女はコトネというのか。
僕が小さく頷くのを見て、父親がぽつりぽつりと話し始めた。
「さっきも言いましたが、コトネは植物状態でしてな。なんでも、ニルヴァ洞窟に何度も通い、人間たちに斬られてしまったようです。一緒にいたお友達が、なんとか殺されずに連れてきてはくれましたが……そのときには、もう……」
話を聞いていた母親が、声にならない声を発して両目をこする。
「でも……不思議だね。なんでニルヴァ洞窟なんかに? よく人間たちが来るんだろう?」
「それはまあ……親としてもわかりかねます。ただひとつわかるのは、コトネは必ず、花を持って洞窟に赴いていたんです」
――花。
思わず僕は息を詰まらせ、喘いだ。
僕が封印されていたあの部屋に、色とりどりな花が飾られていた。それを思い出したからだ。
「しかも、すべて高価な花でして。娘が言うには、想いが通じる《まじない》が宿ってるなどと言いますが……いかんせん、この歳になるとよくわかりませんでな」
間違いあるまい。
ニルヴァ洞窟に咲いていた、あの場違いなまでに美しかった花々は、彼女が植え付けたものだ。
「可愛そうな子なのです。コトネは私たちの実子ではありません。魔王様の重要任務に失敗し、捨てられた子なのです。そのときのことは、あまり話してくれませんでしたが……」
「重要任務……」
気になった。
そこまでしてくれるからには、僕に深く関わっていたんだろう。
でも思い出せない。
記憶が封じられていて、なにも思い出せない。
歯がゆかった。なぜ、僕は記憶を消されなければならなかったというのだろう。 
「彼女の……病気は、治らないのかい」
僕の発言に、母親が力なくうつむいた。
「ええ、残念ながら……。こうして、命をつなぎ止めるのが精一杯だと……」
「そうかい……」
見れば、コトネの指がまたもぴくぴく動いている。
これで三度目だ。やはり意識不明とは思えない。
脳の神経が死んでいるために、自分の意志を伝えることができないようだ。
――それなら。
僕はつかつかとベッドに歩み寄った。コトネに向け、片腕を差し出す。
「あ、あの、なにをされるのですか……?」
目を丸くする母親に、僕は真顔で答えた。
「治してあげるんだよ。僕に……できないことはない」
僕は手をかざし、治癒魔法を発動する。
そして数秒後、彼女の声を聞いたとき、僕は失われた記憶が波のように戻ってくるのを感じた。
僕は最強の魔神だった。
そして孤独だった。
生まれながらにして、魔王や勇者をも遙かに超える力を持つ。
だけど、世界征服とか、他人と仲良くなるとか――そんな下らないことに興味はない。
たまに、下界を覗き見するくらいで充分だった。
僕は極度の面倒くさがり屋だったのだ。
《魔神の神殿》なる場所にこもり、気ままな引きこもりライフを送っていた。
親とか友人はいない。僕は《大魔神》という役目を持って生まれてきたのだと、なんとなく察していた。
神殿にはたまに迷い人が侵入してくる。だが、そんなときは殺してしまえばいい。大魔神たる僕にとって、そんなのは造作もないことだ。
彼女――コトネもそんな侵入者のうちのひとりだった。
当時六歳ほどか。まだ小さい女の子だ。
だが彼女は道に迷ったわけではない。
王に、目障りな魔神を殺せと――そんな命令を仰せつかってきたのだ。その光景を僕は魔法で眺めていた。
興味があった。
果たして彼女はどうするつもりなのか。
まあ僕を殺すことはできないだろうけど、どのように足掻いてみせるのか。
そんな好奇心から、僕は彼女を殺さなかった。なんの悪戯もせず、《玉座の間》に通してみせたのだ。
「大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ! あ、あなたの命も、きょ、今日までよ!」
小さな剣を抜きながら、コトネはそう言った。
あれで本当に僕を殺すつもりなのか。あまりに滑稽だ。
僕は笑いをこらえながら、高らかに宣言してみせた。
「わ、わわわわえこそは、さいひょうのへいまひんなり!」
噛んだ。
というより、喋れなかった。
長年引きこもってきた僕に、コミュニケーション能力などあるはずもなかったのだ。
コトネはきょとんとして言った。
「あ、あの……いま、なんて言ったの?」
「な、ななななんんでもひゃい!」
緊張してしまい、まともに話すことさえできなかった。
ぼっちゆえの悩みである。
「うぷ」
耐えきれなくなったか、コトネが吹き出した。
「あははははは! おじさん面白い!」
「た、たれがおじさんやぁああ!」
まあ、年齢的にはおじさんどころか、おじいさんである。
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にせまんじゅう
これを見て俺は思った、ボッチには気を付けようと。