-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第53話:1月30日・午後

 お昼休み、晴子さんの周りには女子がたくさん居て近づき難い雰囲気だった。別に、彼女が何か面白い話をしているわけではない、寧ろ聞く専門だ。
 話とは、話し手と聞き手がいる。晴子さんの聞き方はとても上手い。なんせ、相手の声のトーンに合わせて表情を変える。話を聞いてるんじゃない、相手の顔を見てるんだ。

 女性は、お喋りをする事で脳からホルモンが分泌され、ストレスを解消してると聞く。つまり、話を理解するのではなく、相手の顔と声のトーンに合わせて表情を作ると良い。

 まぁ、脳別行動という技能を持つ少女だ。しっかり話を聞きつつ、脳の端で別のことを考えてるのだろう。
 お悩み相談はいつでも受ける体の晴子さんだが、はてさて……。

「……ちょっと、幸矢くん? 目の前に可愛い女の子がいるのに、他の女を注視するのはどうかしら?」
「…………」

 僕はゆっくりと、視線を正面に戻した。目の前にいる椛は不満そうに口を曲げて、僕のお弁当にパン用のジャムマーガリンを掛けていた。……高カロリーだな。

「……なにさ? 話すことでもあるの?」
「今出来たわ。そんなに晴子さんを見て、どうかしたの? まさか惚れたとか?」
「いや……」

 一応それは昔からだけど、そうじゃない。これから競華が留学し、その前に彼女と戦う晴子さん。一体今、何を考えてるのか気になる。あとで聞けば良いんだけど、唐突に競華が居なくなるという事で、僕も動揺してるんだろう。思考が冷静じゃない。

「……はぁ。貴方がそんなだと、私の食欲も失せるわ」
「君のせいで、僕の食欲も失せたけどね……」

 目の前に置いてある、ジャムマーガリンの掛けられた弁当。僕は鞄からビニール袋を取り出し、ジャムの掛かったご飯の部分、表面だけを取って袋に詰める。おかずの類は妥協して食べよう。僕、甘いもの好きだし。

「……で、どうしたのよ? 貴方が晴子さんを見てるなんて、珍しいわね」
「……。彼女がどう思ってるのか、気になってね……」
「気になる? 何を?」
「競華の留学」
「…………」

 椛はポカンと口を開けたまま固まった。敵視して居た人間が勝手に居なくなるんだから、複雑な心境なんだろう。

「……いつから?」
「……さぁ。早くて明後日からかもね」
「いつまで?」
「……それは聞いてないけど、会社のことらしいから、早く帰ってくるんじゃない……?」
「それなら旅行でいいんじゃない?」
「……確かに」

 短い期間なら旅行でいい。今の時代、1〜2週間からの留学もあるし、短くても2週間は帰ってこない……かな。それでも短いけれど。

「……まぁ、彼女の成績で留年はあり得ない。3月の期末考査に間に合わなくても、大丈夫だろう……」
「留学なんだから、その辺の心配はいらないんじゃないかしら? ま、私の知ったことじゃないけど」
「……そうだね」

 僕はそう返事を返し、台無しになった弁当を一口ついばんだ。考え事をすれば味はわからないし、考える。
 このタイミングでの留学は、間違いなく晴子さんの演劇が終わるのを待っていた。きっと、あの演劇に何か意味があると思ったのだろう。……結果だけ見れば、競華はいつも通りで何か得た様子はないけど。
 晴子さんは、僕に成長して欲しいとも言っていた。僕自身、何か成長したわけではない。ただ、思い出しただけだ。

 あの日――手を伸ばした。
 1人の女の子に手を伸ばして、立ち上がらせ、その少女は僕よりも大きくなった。椛はこれからに期待だけど、晴子さんは大きくなり過ぎた。
 そして今度は、僕が手を伸ばされた。友達になって欲しい――それに一体どんな意味が含まれてたのか、未だにわからない。

 この意味がわかれば、僕は成長するんだろうか。今回の演劇で言ってた、寂しさとか友情とか、家族が死んでよくわからなくなってしまったけど――晴子さんはきっと、僕に明るく戻って欲しいんだろう。そういう意味での、成長。

 今は一心に家族事情を背負っているけれど、美代が入学してくれば友人達に話さなきゃいけなくなる。そうすれば肩の荷も降りて、この疲れた表情も取れるかもしれない。

「……お弁当、なくなってるわよ」
「ん……?」

 椛に指摘されて気付くと、僕は空の弁当箱をつついていた。色々考えて、思い出して、時間を忘れていたようだ。

「何を考えてたのかしら?」
「……。僕自身の事、かな……」
「聞いても?」
「……君に話すには、親密度が足りないかな」
「あら、急に乙女ゲーになったわね。親密度を上げるために、デートをしてもらおうかしら?」
「……だから、それも好感度が足りないよって……」

 ため息を吐き、僕は弁当箱をしまった。好感度の足りない少女は頬杖をついて僕のことを見ている。
 一応好かれてる身としては、椛との好感度を保っていた方がいいし、スキンシップぐらいはいいだろう。僕は椛の頬に手をやり、優しく撫でた。椛は何も言わず、目を細めてされるがままに撫でられる。

「……幸矢くん、指が細長いのね。女の子みたい」
「生まれつきのことを言われてもね……」
「顔も、少し女の子っぽいんじゃなくって?」
「……こんな目つきの悪い女の子、いたら嫌だろ?」
「そうね。男の子だから、いいのよね」
「…………」

 頭も優しく撫でてみる。椛は何も言わず、よく懐くペットみたいに自分から僕の頭に頭を擦り付けてくる。
 ……こうしていれば、ただの可愛い女の子なんだけどな。あれから動きがないから怖い。

「……僕としては、君がどうするのかわからなくて怖い。競華は留学、晴子さんを討ち取るなら、今だろう?」
「…………」

 率直にそう言うと、彼女は頭にある僕の手を取り、搦めとるように指と指を縫うように繋いだ。俗に言う、恋人繋ぎというやつだろう。

「……今は争うより、仲良くする事を務めるわ。何かあるかもしれないから、ね?」
「……そのために、この繋ぎ方をするのか」
「ええ、わかりやすいでしょう?」

 優しい指に僕の右手は包み込まれる。わかりやすい、確かにそうかもしれない。それにしては――

「――――」

 晴子さんが、こちらを見ていた。
 仲良くしている様子を彼女に見せつけているようにしか思えない。依然として仲が悪いな、この2人……。

「……ねぇ、幸矢くん?」
「なにさ……」
「晴子さんって、貴方の事好きなんでしょう?」
「…………」

 僕は黙った。たとえそれが真実だとしても、人の気持ちを勝手に言いふらすものじゃない。
 僕が口を閉ざすと、椛はお喋りになる。

「フフッ、女の子はそういうのわかっちゃうのよ。貴方はそういうことに疎いかもしれないけど、ああやって嫉妬してるのを見ると一発でわかるわ」
「……。嫉妬、か……」

 嫉妬って、怖いな。めちゃくちゃ怒ってるだけにしか見えない。晴子さんは俗に言う"キレる"という行為をしないから、笑顔で怒るのがとても怖い。
 あれでも昔は、「こら〜っ!」って言いながら追い回して来たんだよな……。

「はぁ……」
「……なによ? 急にため息なんか吐いて?」
「いや……人の成長って、悪い方にもあるんだなって……」
「当たり前じゃない。目の前にその例が居るのに、今更なに言ってるの?」
「……自虐はやめなよ」

 僕はまたため息を吐き、昼休みが過ぎ去るのを待つのだった。



 ◇



 家に帰って、ご飯を作って食べて、多少の筋トレをしてから勉強を始める。流れ作業のように一連の動作をこなすも、内心複雑というか、明日どうなるのか考えると手が止まりそうだった。勉強に没頭すると悩みも小さくなるけど、それでも少し心配だった。

《ピロン♪》
「…………」

 考えてる側から、スマホに通知が来る。僕は椅子から立ち上がり、ベッドに投げ出されたスマホを拾い上げる。

 送り主は晴子さんで、内容はこうだった。

〈競華くんから明日の内容を伝えられた。キミにも手伝って欲しい〉
「…………」

 僕は無言でmessenjerを開き、返信する。

〈内容次第だよ〉

 短い文を送ると、すぐに既読がついて電話が掛かって来た。文章を送るより電話で伝える方が早い、当たり前か。
 僕は通話に応じ、耳元にスマホを当てる。

《やぁ》
「……やぁ」
《さっそくだけど、話させて貰う。明日、何をするのか……ね》
「…………」

 僕は無言を続け、晴子さんに次の言葉を催促した。天才と天才の戦い、一体どんな戦い方を選ぶのだろう。
 僕が期待を膨らませると、晴子さんは不敵に笑ってこう言った。

 《フッ……勝負内容はね――




 ――鬼ごっこ、だよ――》

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