-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第43話:生き甲斐

 しばらく経って椛が離れると、僕等はリビングに移動した。彼女がお茶を出してくれたので、それを口に含んで、同じくテーブル越しに座る椛もお茶を飲んで落ち着いていた。

 ほっと一息つくと、椛は顔を上げてティーカップを置く。

「……ごめんなさいね。情けない姿を見せたわ」
「構わないけど……君らしくなかったね。何があったのさ?」
「…………」

 僕が尋ねると、椛は席を立った。離れていく彼女を僕は目で追うが、扉越しの廊下の方へと消えてしまう。しかし数秒後には戻ってきて、僕に1枚の写真を見せつけた。

 写真には正装をした親子の写真がうつっている。ベージュ色のレディーススーツを着ている女性は、椛にそっくりだった。ストライプの白線が入ったベストを中に着た黒スーツの男性は中年も佳境というところか、年の差婚なのが見て取れた。2人の間に立つ、フォーマルなスカートスーツを着ている女児は5歳ぐらいだろう。笑みを見せず、死んだ目をしていた。

「……この写真は?」
「ずっと昔、私が6歳の誕生日に撮られた写真よ。この日を境に、私は正式に父の会社に入社した……。わからないことだらけだったけど、父に怒鳴られるのが嫌で、一生懸命頑張ったわ。子供ながらにね……。何度も嘔吐して、倒れて……それでも頑張ったおかげで、今私はここに居るの」
「…………」

 小学一年生から仕事……その頃の僕は、普通に小学生として少年らしく生きていた。自分達が何も考えずに生きているうちに、頑張ってる人が居る。

 競華の話を聞いた時に考えた事だ。僕等も高学年になる前には勉強を頑張り始めたけど、競華のコンピュータ知識や椛の科学知識にはこれから生涯かけても追いつくことはできないと思う。なんせ、2人はまだまだ現役なのだから。
 そういう力を蓄えて、瑠璃奈や僕等と戦って、椛は――今、目の前でやつれている。

「……死ぬほど辛かったって、どういうことかわかる? 小学生なのに会社勤めで、さらに小中学校の勉強をして、寝る暇もなかったわ。2・3徹は当たり前……。6・7歳の女の子よ? 明らかに日本の法律に引っかかる違法行為。家のお手伝いじゃ済まなかったわ」
「……無理やりやらされたのか」
「ええ。私は弱かったから、拒否権がなかった。親が悪かったわ……でも、子供は親を選べないし、育てられた結果が今の歪んだ人格になった。正直、他人がこの人格じゃなくて良かったと思うわ。私が私と対立したなら、怖いと思うもの」
「……うん。それはそうだね」

 爆弾魔の少女だ、相手したくないのは自覚があるらしい。もっとも、そうでないと手の施しようがないけれど……。
 椛は流れるままに話を続ける。

「……最初はね、同学年の子が羨ましかったわ。同じ年頃の同級生と一緒に帰ったり、笑い合ったり……。でも、私が10歳――小学四年生になる頃ね。その頃には、"なんでただ遊んでるだけでこの子達は恥ずかしくないんだろう"って、そう思ったわ。なんの社会貢献もしてない。私は私の仕事をして会社に貢献してたのに、ね」
「……小学生でその思考に至るって事は、君は本当に天才だったんだね」
「……そうね」

 褒められたと受け取ったのか、彼女は嬉しそうに微笑んで顔を伏せた。……最近忘れてたけど、彼女は僕が好きなんだったか。
 椛は顔を上げ、話を続ける。

「……働くって、大変よ。私はダブルワークだったし、死にそうだったわ。何故自分がこんな苦痛を強いられなければいけないのか……使い方もわからないお金だけがどんどん懐に入り、私は何をするために生きているか、わからなくなったの」
「…………」
「だから、殺したわ」

 空気が変わる。この少女のすぐ後ろでは死神が笑ってるんじゃないか、そう錯覚するほどに話の流れは暗転した。

「……殺した? 誰を?」
「父親よ。社長――だったわ。自宅で自殺に見せかけた殺人トリック……子供の手でも簡単に首を吊るせる装置を服で作った。逮捕されないかドキドキしたけど、警察って無能なのね……。過労からくるストレスでの自殺と判断を下し、私は疑われもしなかったわ。当然よね。私、当時11歳だったもの。小学5年生かしら……大人を殺すトリックを考え付くような年齢じゃない……」
「……それが、君の狂気の原点か」
「……そうね」

 椛の声には、哀しみが乗っていた。寂しく、触れれば壊れそうな弱さだ。過去に殺人を犯した事があるなんて告白されて、僕も困るんだけど……。それだけ孫楊されてる、にしても……重い話だった。箱入り娘、籠の中の鳥、そんな言葉が似合う人なんて御伽噺にしか居ないと思ってたけど、日本でもあるんだな……。

「……長い昔話になったけれど、それが私の家族よ。母はまだ生きてるし会社を継いでるけど、私が嫌がらせしまくったら生活費だけくれる関係になったわ。……家族3人で撮った写真は少ないけれど、残ってる家族3人の写真で一番まともなのは、おそらくこの写真」
「…………」
「これを、富士宮競華が持っていたの」
「え……」

 競華が、椛の家族の写真を持っていた――それはつまり、この家か、椛の実家に盗みに行った。あるいは、椛の実家から話し合いで手に入れた。そのどちらかだけれど――。

 これは、挑発なのだろうか。嫌な思い出を思い出させて怒らせ、敵対しようとする。豪気で競い合うのが好きな競華なら、やりかねない手段だ。回りくどい事は嫌いなはずだけど、椛には効果的だったらしい。

「この写真は、実家に1枚だけしか無いはずだった。写真立てに入れて、陽の当たらないリビングの陰に置いてあったわ……。それを、あの子はどうやってか持ち出して――。やる事のスケールが違い過ぎる……。私はただ、何かを作って爆発させたり、人を騙したりするぐらいしかできない。富士宮競華は、私の実家に干渉までしてきた。そして私の過去も、おそらく把握している……。それで私はわかったのよ……。貴方にも、競華にも、晴子にも……私は、敵わないんだって……」
「…………」

 どうやら、心がくじけたらしい。僕等の誰にも勝てないと、やっとわかったようだ。 いや、僕や晴子さんに勝てないのはわかっていたはずだ。自分が弱いのを、認められなかったんだろう。

 娯楽のために何かを壊し、戦い、孤独に生きていた彼女が、生きた功績がそれ以上もらなくなって、一人で立ち止まって苦しんでいたんだ。
 だから、僕を呼んだんだ。頼れる人が、僕しか居なかったのだろう。好きな人にさえ嫌がらせをする奴だ、ツンデレがキツすぎて僕以外は誰も側にいない。

 まぁ、僕も与えられた役割ではあるけれど――友達なのだから、手を差し伸べよう。

「……椛。別に誰も、君を苦しませようとしてるんじゃないんだよ……。人の嫌がることをしてはいけない、因果応報で自分に返ってきてるだけじゃないか」
「だって……何もしない人生なんて、面白くないじゃない……。幸矢くん、社会に出たら退屈な毎日よ。毎日違うことをやっているようで、結局は1つの技術という殻に閉じ込められてる。営業は対応するお客が変わるだけの日々、技術職は機械や薬品を触るだけ。真面目一筋とか初志貫徹とか、そんな美辞麗句に騙されて人は仕事をしている。――楽しいって何? 私には、わからないわ……」
「……。楽しい、か……」

 それについては、僕より晴子さんしってるひとに聞いた方がいいだろう。僕でも言えるといえば言えるけれど、きっと誤解されるだろう。

 簡単な話――誰かの面白い話や、お笑い芸人をテレビで見てると、楽しいって感じるだろう。"嬉しい"ではなく、"楽しい"なんだ。
 嬉しいと楽しいで何が違うか。人に何かをしてもらうと嬉しいけれど、人を馬鹿にすると楽しいんだ。人間はそうやってできている。まぁ、物に対してならまた別になるけれど……。

「……楽しいっていうのはさ、感じにくいよね……。椛は戦いを楽しんでいただろう? 自分の力を試して、相手を倒したくて……。それは"相手を倒したい"っていう、君の潜在的な欲望なんじゃないかな……。人を倒すのは、楽しいからね……」
「……そうね。それだけが私の楽しみだった。子供らしくゲームをしてみても、自分の本領が発揮できずに退屈だったし、勉強は続けているけど、最早ただの日課……。私には、戦いが全てだったのよ……」
「……今まではそうかもしれないけれど、これからはわからないだろう……?」
「これから……」

 その部分だけ僕の言葉を繰り返して、彼女は僕を見た。……僕の事を生き甲斐にするつもりか? 僕を惚れさせるのを目標にするのもいいかもしれない。僕の命はいくつあっても足りそうにないが……。

「……それと、楽しいっていうのは、一緒に何かをする事でもある。だから神代晴子は僕を執拗に、次の球技大会に誘ってくる……。何かを一緒に、やり遂げる。君は、そういう生き方もできるんじゃないかい……?」
「…………」

 およそ彼女には似合わない生き方を勧めてみる。協力し合う、そんな生き方をしてくれるなら、僕等はとても嬉しいし、世界のためになると思う。
 それに、椛ならもしかしたら――


(――私は、20歳前後で死ぬでしょう――)

 ……死ぬはずの人も、新薬を生み出して治せるかもしれない。勿論、そんなに簡単なものじゃないのはわかってるけれど……。
 運命とは残酷なものだ。この世でどんなに尊い命でも、病いには勝てないのだから。

 そんな淡い期待に答えず、椛はクスリと笑って返す。

「貴方にだけは、言われたくないわね。貴方が協力してる所なんて、見た事ないけれど?」
「少なくとも……君には、協力してるだろう? 今日だって学校をサボって来たんだ……」
「フフッ、そうね。感謝しているわ」

 淡く微笑みながら、彼女はテーブルに突っ伏した。生き方について悩んでるのだろう。高校生らしく悩むのが良いだろう。悩んだ末に悪い方向に行こうとしたなら、僕が連れ戻せば良い……。

「……話は終わりかな?」
「なによ、帰る気?」
「……今更学校にも行けないし、ゆっくりしていくさ」

 どうせどこでもやることは変わらない。今日も一日勉強するだろう。明日も勉強するだろう。学んで、知識を活かして生きていく。これまでの自分を裏切らず、ただ主君のために――。

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