-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第30話:誕生日②

 昼休みのうちに、今日は彼女の家に行く約束をした。だから今、僕は椛の家に居る。もう何度も訪れた家だ、リビングや彼女の部屋は見慣れてしまっている。もっとも、この家でまだ入ってない場所もいくつかあり、トイレと他に2つの部屋は見ていないし、部屋は鍵がかけられていた。トイレは閉じ込められると厄介だから、便意を感じても我慢する。残りの部屋2つは何があるのかまるでわからないが、きっと椛の工房なのだろう。

 そんな怖い彼女も、1人の女の子だ。彼女の部屋はオシャレなもので、基本は白黒なのに天蓋とレースのついたベッドや、アンティークというのか、そんな古風の棚や、壁から枝の側面がはみ出るような段差により出来た棚がある。
 初めてこの部屋に来た時、「その木、大麻よ」と言われて動揺したのを覚えている。麻は木だけど大麻は草じゃないかと考え、揶揄からかわれたのには思いのほかすぐに気付いたが――。

 ――この部屋で、2人でする誕生会か――

 12畳ほどある広い部屋の真ん中にある、黒一色のテーブルの側にポツンと座る僕は、そんな寂しい考え方をしていた。誕生会、というほどの事はしない。彼女が買ったケーキを食べ、飲み物を飲む。後は適当に話をして帰る。それだけの話だ。

 普通ならば――だけど。

 椛の事だ、食べ物か飲み物に何かを混入する事は目に見えている。そして今日ここにいるのは彼女の家だ。……殺人事件か失踪事件が起きても、おかしくないな。

「お待たせ」

 キィッと扉が開き、私服に着替えた椛が現れる。白いワンピースの上から黒いベストを着ており、斬新な服装だった。彼女の私服を見るのは家に来ると良くあるが、彼女はゴシック調の物が好きらしい。

 ヒラヒラとした袖から伸びる白い手にはお盆が載っており、ショートケーキとティーセットがあった。
 彼女は目の前にある黒いテーブルにお盆を置き、カチャカチャと鳴らしながらケーキとティーカップを並べる。……怪しいのは、ケーキの方だな。もう逃げる気もしないけど。

 一応、助けは呼んである。部屋全体が映るよう、スマフォをクローゼットの隙間に仕込んでおいた。今日が椛の誕生日だと、どうせ競華はわかってるはず。僕のスマフォから状況を覗いてる可能性は高かった。
 それぐらいしか命綱はないが、勝負に出よう。

「――フフフ。誕生日を祝ってくれる人がいるなんて、私は幸せね」

 ニコリと椛が笑う。その満面の笑みには影が潜んでいるようで、僕は何も言葉にできなかった。

「さぁ、始めましょう――。私の、誕生日会を……」

 そう口にして彼女はそっと、テーブルの下からオレンジ色のキャンドルライトを大小中と1つずつ用意し、着火ライターで点灯させていく。
 アロマキャンドルなのか、何かの蜜の匂い、木の匂い、秋の匂いがする。
 さらに椛は照明のリモコンを手に取り、LEDが輝く部屋の埋め込み型ライトを、オレンジ色の仄かな光へと変えた。とても誕生日の雰囲気ではないが、彼女にとってはこれが誕生日の形なのだろう。僕は何も言わずに、彼女が準備する様を見ていた。

 ティーカップに澄んだ赤茶色のお茶が入る。紅茶か、匂いはそれほどキツくなかった。目の前で入れられたのだし、飲み物は心配なさそうだが――

「……例の歌はいらないわ。言葉だけ頂戴」

 笑顔を見せる彼女が、とても信用ならなかった。
 しかし今、笑った時に髪が揺れ、その耳元にピンクの光が見えた。僕のプレゼントは付けてくれているらしい。だからってほっとするわけでもないが――

「……誕生日、おめでとう」

 僕は椛に、祝いの言葉を掛けた。今日でまた1つ歳を取り、大人へと近付いた彼女へと。
 椛はまたしてもにこやかに笑い、応えた。

「フフフ、ありがとう。さ、食べましょ」
「……。ああ……」

 眼下に置かれたショートケーキと紅茶に目を落とす。紅茶は同じものを椛も飲むなら平気だろうが、ケーキ の方は何を付着されているかわからない。食べたくはないが、覚悟は決めないとな――

 小さなステンレス製のスプーンを取り、ショートケーキの尖っている部分を生クリームの部分からスポンジの部分まで、少しだけ掬い取る。
 その様子をマジマジと見つめる椛が、口を開いた。

「幸矢くん、甘いものは苦手そうだけど、食べてくれるのね。良かったわ。昨日、原宿まで行って態々買って来たのよ」
「……へぇ」

 オシャレの街と聞く原宿で、シンプルなショートケーキを買ってくるだろうか? 嘘八百とはまさにこの事だが、この際どこで買ったか考えても意味はない。
 逃げる手段は持ち合わせてないのだし、僕はフォークで取った分だけを口に入れた。

「――――」

 なんの変哲も無い、ただのショートケーキだった。生クリームが口に広がり、カスタード味のスポンジを噛んで、飲み込む。
 何か入ってる、訳ではないのだろうか? 薬とかが入っているなら、効いてくるのに時間が掛かるんだろうけど――。

「美味しい?」

 凄く自然な質問をしてくる。女の子らしい問い掛けだ、椛らしくない。そういえばさっきも、原宿なんて単語を出した。何を急に、現代の女子っぽくなってるんだ……?

「……美味しい、よ……」

 不味いわけではないため、ポツリとそう答えた。すると、また椛は笑う。
 ……不審過ぎる。今の今まで一度も彼女を信用したことはないが、今日は何かしでかすんだろうな――。

 そんな事を考えつつも、疑念を気取られぬようにまたフォークで少し、ケーキを割いて口に運ぶ。
 ……食べても痺れたりしないし、味も普通。ただ、無駄に焦った思考をしているせいか、少し体が熱くなった。しかし、この暗さでは気付かれないだろう。

「……ね? 私は今日、1つ歳を取ったの。JKというレッテルも、この調子ですぐ剥がれていくのかしら」

 唐突に話を振られ、僕は顔を上げる。不安そうな質問だったが、彼女は辛そうではなく、むしろ嬉々としていた。特に不安を持ってないようなら慰めはいらない、適当に答えよう。

「そんな事を考えるのは、とても無駄な事だよ……。時間は、誰にだって等しくあり続ける。レッテルなんて気がつけば剥がれてるもの……気にしなくていいんじゃないか?」
「そんなの無理よ。女子からするとね、女子高生というのは一番美しい時期なのよ。肌にツヤがあり、化粧をして、短いスカートを履く。並々ならぬ努力でオシャレを勉強して、いっぱいエッチする……そんな時期じゃない」
「……まぁ、オシャレする目的というのは、交尾なんだろうけどさ……」

 人目を惹くためにオシャレをするのは、純粋に褒められたいからというのもあるだろうが、そんなの求愛行動と区別はつかないし、虫が鳴いて交尾を求めるのと何が違うんだろう。
 それに、椛はそういう愉しみではなく、破壊する楽しみの方が好きなはずで、性的な話をしてくるとは思わなかった。

「――――」

 そして、漸く気付く。この部屋のムードが、そういう雰囲気なんだって。
 だから性的な話を振ってくるのか――?

「……どうかした?」

 不思議そうに目を細めて尋ねてくる。どうかした、ね……。僕が勘付いたのを知ってて訊いてるんだろう。ここで尋ねてもいいが、誕生日の雰囲気を壊すのは悪いし、僕は横に首を振り、

「……なんでもない」

 そう応えるのだった。

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