-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第28話:プレゼント

 10月も後半になった。
 椛はあれから何度か僕を家に迎え、その度に罠を張ってたり襲ってきたりしたが、僕はなんとか生きていたし、椛との関係も安定している。ただ、怖いことがあるとすれば――

〈晴子さん:余所見が過ぎれば本所も消える〉

 この意味深なmessenjerを、晴子さんに送られたことだ。簡単に訳すと、"あんまり北野根くんに構ってると、私はキミに愛想尽かすからね?"という事。
 この関係に持ち込ませた人間が何を言ってるのかと思うが、女というのは恋愛面において身勝手らしいし、理屈で考えてはダメだ。埋め合わせは適当にしよう。

 それ以外は、特に変わりない日々が続いている。競華が何かの資格を取ったらしいが、それぐらいだ。小学一年生からjavaを勉強して不登校していた少女だし、資格を取ることなんて目じゃないのだろう。

 そんな割とどうでもいい事ぐらいしか思い浮かばない日常だった。10月、体育祭をこの時期にやる高校もあるが、この高校の場合は6月にやってしまった。行事らしい行事もないが、11月には都内を出かけるらしい――まぁ、僕は行かないのだけど。

 しかし、穏やかな日々が続くのは悪いことではない。椛がまた晴子さんに因縁をつけるより全然マシだ。そんな椛は僕と行動を共にするばかりで、クラスメイトと話すこともめっきりなくなってしまった。

 ここまで晴子さんの思惑通りだけど、上手くいき過ぎてるのも何やら嫌な予感がする。椛は僕達が裏で繋がってる事を知っているんじゃないかと疑ってしまう。
 それを見極めるのは、僕の仕事だけれど――。

「はぁ……」

 放課後、帰りのHR前に僕はクラスを出た。当然のように椛も付いてきて、僕の隣を歩く。前は後ろだったが、今は隣だ。

「ねぇ、幸矢くん?」
「……何?」
「明日、私の誕生日なのよ」
「へぇ……」

 何気ない下校中の会話。誕生日だと言われても、あまり興味を引かなかった。椛は、歳を1つ取るぐらいのことに拘る性格じゃないのだから。

「……へぇって、それだけ? 貴方、本当にいい神経してるわ」
「……おめでとうは明日言うし、プレゼントもあげる。それで良いだろう?」
「フフ……そうね。貴方は他人の誕生日に喜ぶような人じゃないものね……」

 艶やかに笑い、肯定する少女。よくわかっている、僕はそう言う人間だ。

 校舎を出て外に出ると、秋の風が流れ出す。10月後半、既に気温は20℃を平気で下回り、最近夏が終わったばかりだというのに、忙しないなと思うのだった。
 道行く道の木々は黄色や赤の枯葉で着飾り、風が吹くたびにその衣服の一部がヒラヒラと舞い落ちる。
 その様子を見て、椛は意味深な事を呟いた。

「……この枯葉たちは掃除で集められ、ごみ収集車で運ばれ、清掃工場で焼却され、灰となって埋立地の一部になる。だけど、そんなことも知らない椛は毎年同じかそれ以上の枯葉を作り出し、毎年埋立地の一部となる」

 そこで一度口を閉じ、僕の顔を見て再度開いた。

「人間にとって、木という植物は酸素を作る有益な物質。だけどゴミは出るし、草木は時として邪魔になる……。上手く折り合いをつけて生きていかなきゃならない。それは、人間同士でも同じなのかしら?」
「……同じだろうね。自分に都合のいい部分しか持ってない人間なんて、居ない。嫌な人とも上手く付き合わないと、社会では生きていけないからね……」
「……社会、ね。そんなの当分先の話だと思ってたわ」
「…………」

 急に静かになった。椛の雰囲気が変わったせいだろう。憂いがあるような、そんな姿だった。

「――前に話したかしら? 私の親はね、製薬会社の社長なの。私は物心つく前から薬品や化学物質に触れてきた。小学校時代は家で小学校の勉強と化学をやり、中学は私立に入れさせられた。私はね、人との心の距離が、よくわからなかったわ。くだらない話をして馬鹿笑いをする同世代の人間達……私はこの世界が地獄に見えるの」
「…………」

 初めて聞かされる話だった。いい部屋に住んでるからお嬢様なんだと思ってたけど、矢張りお嬢様らしい。箱入り娘から急に外の世界を見て、周りが汚く見えた、か――。

 ――競華と同じだな。
 彼女も小学校時代はプログラミングと簡単な勉強だけで過ごした。教育法が違ったのだろう、競華と椛は性格がまるで違う。ただ、この世界が地獄であること、中学で晴子さんレベルの人間と出会えたかどうかが、運命の分かれ目になった。

「……話が逸れたわね。私達はこれから大学に行ったりして、社会に出る。私は会社を継がされ、様々な上流階級の人間と交流を持つでしょう。いろんな人と付き合って行く。時には協力し、化かし合い、汚い手段を使ってでも会社を守る。そんな事で人生が終わってしまう……野望や浪漫なんて、これっぽっちもないのね」
「…………」
「まぁ、平凡な人生というのも嫌だけどね。普通に恋をして普通に大学に行って、普通に就職して、子供を産んで、誰とでも同じように暮らす……お金があるかないかの差しかない。誰だってそんな人生よ」

 不満を言い切ると、彼女は僕の一歩前を歩き出す。
 まぁ……そうだ。人生でどれだけ悩んだり難所を乗り越えたりするかは別とすれば、人生なんて椛の言った事でしかない。誰もが似たり寄ったりの暮らし、お金があるかないかの差でしかない。
 ただ、極一部ではそれ以上の生活をしている人が居る。例えば、瑠璃奈――僕の従兄弟である彼女は、学校なんて通わず、理想郷を追い求め、普通じゃない生活を送っている。

 野望さえあれば、きっと――普通じゃない生活をするんだろう。将来何をしたいか、自分の未来が例え会社の社長だとしても、その後に何がしたいのか――それが、重要なのだろう。

 文化祭の時、競華とは大人と子供について話をした。その時、競華は未来について考えて居ないのは子供だと言った。――野望を抱えているのは子供じゃないだろうか。大人すら使役する子供。それ以外の普通に社会に溶け込んで行く存在が、一般的に呼ばれる"大人"かもしれない。

「……僕は、ただの大人になるつもりはない」

 ハッキリと僕は断言した。お金があるかないかの差しかない平凡な生活を送る人生、そうならないと言ったのだ。
 椛は僕の言葉にクスリと笑い、ニコリと笑いながら言った。

「私もよ。生きるからには普通じゃいけない、そんなの裏社会の人間だってよく言ってるわ。デッカい事をする、ってね……。私はデカい事をするか、そんな事は決めてないけれど……でも、愉快で楽しい生き方をするわ」
「それで人に迷惑を掛けるのは、やめて頂きたいけどね……」
「貴方に言われたくないわ」
「……僕は不快にさせるだけだけど、君は実害を出してるじゃないか」

 やれやれと肩を竦める。明日は彼女が1つ歳を取るからか、未来の話をしたけれど、何をするか、具体的には何も話さないのであった。



 ◇



 誕生日プレゼントで悩むのは、久し振りだった。親しい人に渡すのなら気兼ねなく何でも渡せるし、欲しいものも何となくわかる。しかし、相手は椛だ。何か仕掛けを作って彼女を驚かせられればそれがプレゼントになるが、それ以外だと、やはり物を渡すしかない。
 そして、僕は人を驚かせるような事をするタチじゃない。故に、態々デパートまで買い物に来ているのだが――

「化学の申し子か……何が欲しいやら」

 椛の欲しがるようなものがわからないし、お金はあるだろうから物では……。お気に入りの本でも渡せばいいんだろうか。しかし、化学を好きな人が本を読むだろうか……僕の読む本は新書とか、哲学的なものばかりだしな……。

 こういう時こそ、親友の力を借りよう。僕はデパートの階段付近にあるベンチに腰掛け、スマートフォンを取り出す。そして、とある女性にメッセージを送った。

 返信は、5分と経たずに返ってきた。

〈晴子さん:ピンクトルマリンのイヤリングを贈りたまえ〉(※1)

「…………」

 これまた随分なものを選ぶんだなと、開いた口が塞がらなかった。確かに椛にピッタリかもしれないが、色はピンクか……。しかも、意中の相手でもないのに宝石をプレゼントするというのは、少し気が重い。

 しかし、他に何を買えばいいかもわからないし、ここは指示に従うとしよう。ついでに晴子さんにも何か買っていけば、それでいいだろう。
 ……そうだな、オレンジガーネットでも買うとしよう。(※2)

 買うものが決まると、僕は宝石売り場まで足を運ぶのだった。



※1:ピンクトルマリンは愛の大切さを伝える石であり、持ち主の心の傷を癒す。人をあまり愛さず、トラウマを持つ椛にはピッタリという事。

※2:オレンジガーネットは持ち主の生命力を高めるとともに、肉体的愛情を求めさせる。人々に笑顔を振りまく太陽のような晴子にオレンジは似合うが、石の意味が俗的なため、暗にからかっている。

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