-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第11話:招待

 午前3時、晴子さんはとうに眠りについて、僕は1人リビングでミシンを動かす。人が寝ている隣の部屋で騒音を立てるのは胸を痛めるけど、しのごの言ってる場合じゃなかった。もう終わりは見えている、服の設計自体は晴子さんが先にやっていてくれたおかげで縫うだけであり、ミスさえなければ特に問題はなかった。

 午前4時、作業が終わる。出来上がったコスプレ衣服を畳んで晴子さんの部屋の隅に置いておく。ミシン台はそのままでいいだろう、明日静子さんが片付けるはずだから。

 荷物を置くついでに入った晴子さんの部屋、端の方に小さく敷かれた布団の中には晴子さんが、部屋の隅では快晴が丸まって眠っている。
 晴子さんも快晴も、明日は頑張らないといけない。だから僕が寝ないで頑張って良かった。

 ただ、快晴は泊まる意味がまるでなかったけど……。

「……はぁ」

 小さくため息を吐き晴子さんの顔の前に座る。まっすぐ上を向いて眠る彼女の顔、小さく胸が上下し、すぅすぅと寝息を立てていた。

 彼女が眠っていると、太陽だって沈むんだなって思う。晴子さんは太陽のような存在、誰もを明るく照らす、名前にそぐわぬ人格者。そんな彼女も夜は眠り、声も出ない。

 それでも、寝顔は月の明かりのようにほのかな美しさがあって、この人は終始美しいなと嘆息してしまう。
 そっと、彼女の頬に触れる。彼女の肌は年相応の少女のそれで、とても柔らかかった。

  いつもはお互い、それらしくない振る舞いをしているけど、僕もやっぱり、彼女が好きなんだ。
 彼女の寝顔を見るだけで幸せになる、しかしそれ以上の事はしない。だって、これ以上の幸せを求める事は、彼女の幸せを奪うことになるから。

 夢がある以上、好き合っていても付き合えない。
 恋をしていい人間じゃない、それがこんなに辛いなんてね……。

 晴子さん、貴方の事を好きな男子は、僕以外にたくさんいると思う。しかし、その中から誰も選べないなんて――

「……罪な人だ、君は……」

 ため息まじりに言葉を吐き出すと、僕も壁に寄りかかって眠る事にした――。



 ◇



「――むぅっ」

 カーテンというフィルターに薄められても、陽の光が目に入ると起きてしまう。私は体を起こして寝ぼけ目をこすり、室内を見渡した。

 初めに見つける姿は快晴くんかと思ったが、もう1人の幼馴染を先に見つけてしまう。右膝に右腕を乗せ、その腕に頭をもたれかけて眠っている。

 いつも目元が暗く、凛々しい幸矢くん。眠る顔は可愛らしく、昔の面影が残っていた。
 否、それは違う。昔から彼は優しくて、今でさえ優しい。そんな彼だからこそ、私は好きでい続けている。

 そして、好きな彼が無防備に寝ているならキスの1つでもくれてやりたいところだが……部屋の隅に畳まれた衣装の塔を見ると、どうにもイタズラできそうにない。

 幸矢くんは、他人のために平気で無茶をしてくれる。今回だって随分な夜更かしを文句も言わずにやってくれた。

 それは私の事を好いているから、という事に限らない。
 中学校時代、県立で一番頭の良い高校に行くかどうかで快晴くんと喧嘩までしてくれた。私にできない事をこなしてくれる、私の偉大な忠臣の騎士。

 騎士――幸矢くんのしてくれるその表現は、私にとって嬉しいものだった。私だって女だ、王子様や騎士には惹かれるものがある。しかし、私の場合、王子様が迎えに来ることはあり得ないだろう。



 私がこの国の頂点に立つのだから――。



 高校では、その前準備、デモンストレーションをしているようなもので、1年次は幸矢くんとの対立する舞台をやっていた。人をかたるのは悪であると思われるかもしれない。だけど、この世には吐くべき嘘と、吐いていい嘘がある。人を成長させる嘘をついていけない理由が、一体どこにあるだろう。

 はてさて。考えが蛇行したが、寝ている幸矢くんを起こしては悪いから静かに部屋を出るとしよう。私は立ち上がって1つ伸びをすると、忍び足でリビングに出た。
 既に起きていた快晴くんがテーブルでご飯を頬張りながら、私の姿を見つける。

「おひゃよー晴ちゃん。俺ふぁじで、ふぁんで泊まっふぁん?」
「おはよう、快晴くん。口の中のものを飲み込んでから喋りたまえ」
「んぐんぐ……」
「キミを泊めたのは、本当に念のためだよ。私だって女の子だからね、幸矢くんだけ泊めるのは気が引ける」
「ほーん……。いいじゃん別に、晴ちゃん幸矢の事好きだし」
「普通に言わないでよ……」

 私が幸矢くんの事を想っているのが常識みたいに話されると、私としてはどうしていいものかわからない。しかし、現状で私と幸矢くんは付き合えるんだろうかね?
 彼の家は名家で祖父は国会議員、父は総務省勤務……私みたいな一般人がなぁ……?

 私が渋い顔をしていると、母さんが私の分の朝ご飯を持ってやって来た。

「そうよぉ、晴子。今のうちに既成事実でも作って、幸矢くん抱きこんどかないと……」
「あのねぇ……私と幸矢くんはソウルメイトなのだ。今更いまさら体の繋がりなんて求めんよ」
「晴ちゃんもなかなか恥ずかしい事言うよな」
「こんな初々しい娘を持てて、お母さん嬉しいわ〜」
「…………」

 幸矢くんの話となると、いかに完全無欠な私といえども敵わないので顔を洗いに逃げる事にする。さて、幸矢くんが頑張ってくれたのだ。文化祭、頑張ろうじゃないか。



 ◇



 夢だ。懐かしい夢を見ている。
 家の中は喧騒に包まれ、小さな僕はヒッソリと口論する2人を眺めていた。怒声が呼応し、事態の深刻さを物語っている。

 ――ドスッ

 やがて、女が男を刺した。ついに我慢ならなくなったのだろう。
 腹に包丁が刺さり、男は呻きながら壁を背に倒れる。直後、女の悲鳴が響き渡った。自分のした事を、認識したのだろう。

 2人とも錯乱していた。いつもは仲が良くて温厚なのに、あの日をきっかけに変わってしまった。
 僕も変わってしまったけれど、まだ絶望は終わってくれない。

 ――血が溢れていく。リビングの隅で男が死に向かって進んでいく。
 男は、最後の力を振り絞って顔を上げ、そして僕の顔を見つけた。

「――後は、任せたぞ……!」

 その言葉を最後に、その男は死んでしまった――。





「…………」

 寝覚めが悪い。夢のせいもあるけど、変な体勢で寝たから体がバキバキだった。
 懐かしくて、とても嫌な夢。だけどその事実は未だ変わらず、僕の中に残ってる。

 もう3年も前になる。晴子さん――まだ晴ちゃんと呼んでいたあの頃、少しばかり人が死んだ。未だに立ち直れていないけれど、幼馴染達のおかげで頑張れている。だから、早く起きないとな――。


 起き上がって晴子さんの部屋を出る。リビングには静子さんが居て、のんびりテレビを見ていた。しかし、彼女も出かける服装をしていることから、文化祭へ行くのだろうと予想できた。あまり長居はできないな。

「……すみません、静子さん」
「ん? あら、起きたのね」
「ええ……おはようございます。文化祭行きたいでしょうに、寝てしまってすみません」
「いいのよぉ〜。将来、晴子のお婿さんになるんだし、気を使わなくて大丈夫よっ」
「……確約はしかねますけどね」

 軽口を叩きながら、僕は静子さんを立たせてテレビの電源を切る。この人にとって、娘の初めての文化祭なんだ。僕が家に居て、行かせないわけには行かない。

「……出ましょうか」
「そうねぇ〜」

 時刻は午前10時、まだ文化祭も始まったばかりだろう。ここから3駅で着くし、のんびり行っても11時には着くはずだ。

 僕と静子さんは神代家を出て、僕等はゆっくりと歩き出した。幸いにも天候に恵まれ、今日も空が青く太陽が眩しい。都会と郊外の真ん中あたりにあるこの場所は人通りが多いわけでなく、散歩混じりに静子さんと会話をする。

「入学式以来かしらね。貴方の事を見るのは」
「……そうですね」
「もっとウチに来ていいのよ? 晴子も喜ぶわ」
「あまり一緒にいると、離れられなくなるので……」
「え〜? ほんっと、あんた達の関係ってもどかしいわね〜。好きなら遠慮しなきゃいいのに」
「はぁ……」

 それこそ自分の娘に言って欲しいセリフだが、きっと晴子さんに話しても無駄だったのだろう。晴子さんと違って普通の母親らしいところがこの人の良い所だった。

「幸矢くんはもう大人の顔になってるし、知的でイケメンで優しくてお金持ちなのに……晴子ったら……」
「……僕の事を高く買うのは勝手ですけど、晴子さんが僕より良い男を見つけたら……どうですかね?」
「ないない。あの子にとって、幸矢くんは白馬の王子様だもの。ずっと君のこと好きだって」
「はぁ……」

 それはそれで嬉しいような、寂しいような。まぁしかし――結婚ぐらいはできるだろう。

「最近ね、家で貴方の名前を聞かないのよ。晴子、貴方と話せてないんじゃないかと思って……でも、幸矢くんがまだ晴子の事を好きそうで、良かったわ……」
「断言しておきますが、僕が晴子さんを嫌いになる事はあり得ません。僕が晴子さんと口喧嘩してるのを見たら、それは全て演技だと思ってください」
「……。ほんと、不思議な関係よね。間に挟まれてる快晴くんとか競華ちゃんが可哀想だわ」
「……挟まれては、ないと思いますけどね」

 快晴も競華も、僕等に挟まれているわけじゃない。クラスも違うし、会うときは等しく友人として話す。どちかと言うと、僕が北野根と晴子さんに挟まれてたり、瑠璃奈と晴子さんに挟まれてたりする。

 どうも女子というのは苦手だ。僕がうまく人付き合いできる性格じゃないのもあるけど、晴子さんや競華は個性が強いし、北野根だってそうだ。
 まぁ、イヤってわけじゃないんだけれど――

 その時、携帯のバイブレーションを足に感じた。僕は自然な動作でスマホを取り出して、画面を見る。
 フリーメールアドレスからのメールだった。

「どうしたの? メール?」
「ええ……」

 相槌を打ちながら、僕はメールを開いた。

〈学校に来てないようで寂しいわ。
 折角の文化祭、貴方にも楽しんでもらいたいのに。
 まぁでも、もし来てくれなかったら――爆発させちゃうかも。
 フフフ、来てくれるのを楽しみに待ってるわ――

 赤い枯葉より〉

 赤い枯葉、これだけで誰が送って来たのかわかる。
 まったく、本当に女子ってやつは苦手だ――。

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