-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

Prologue

 有史2000年、それよりも遥か昔から人類は存在していました。旧人類と呼ばれる字の使えない人間は30万年、それから先の我々新人類は20万年の歴史があるそうです。

 人間は50万年も生きている、それなのに何故"みんなが幸せな世界"は未だにできないのでしょう? 我々人類は、そんなに馬鹿で不完全なのでしょうか?

 ――否、それは違います。我々には知恵があり、今のテクノロジーを築き上げた。もう十分な技術がある。あとは私達人間の心の問題と、どんな世界が"理想郷"なのかの発想力が問題なんです。

 それなら――私が用意しましょう。

 私はよわい15の少女ですが、これまでの人生は世界のために捧げてきた。あとは人材さえ揃えば、この国はきっと良くなる。

 だから、貴女が育つのを待っています。

「――神代晴子――」







  ――カタカタカタカタ

 デスクの前にある2台のデスクトップPCのキーボードに、私は片方ずつ手を置いて作業をしていた。1つの画面にはコードを打ち込み、もう1つは個人情報のデータがめくるめくスピードでウィンドウが開いては添削して閉じる作業を繰り返す。

 我々の手は2本ある。キーボードと画面も2個あれば作業効率は2倍で、無駄が省ける。勿論、画面を2つ見て分けながら考える脳と集中力がある人間でないと不可能な事だ。

 手も疲れてきた頃、デスクに置かれたスマートフォンが小刻みにバイブレーションを繰り返し始める。
 作業をしながら、すかさず右手でスマートフォンを取り、通話ボタンを押して肩に挟む。そして空いた両手で作業に戻りながら、ここ数時間閉じていた口を開いた。

「もしもし?」

 私の問いかけにまず応じたのは、私と同じぐらいけたたましい音を鳴らす、電話越しのキータイプの音だった。こんなことができる人間は世に何人もいない。発信者は見なかったが、私は即座に相手が誰か理解する。

《ああ、どうも競華せりか。ご無沙汰してます》
黒瀬瑠璃奈くろせるりな……何の用だ? 今日は夏休み最後の日、宿題がわからんか?」
《冗談はよしてくださいよ……。私が宿題なんてやるわけないでしょう?》
「そうだな」

 私も彼女も高校1年生、宿題があるにはあるが、それをやるのは本人ではない。あんなものは下請けにやらせればいいんだ、答えだってネットを使えばすぐわかる。私達はパソコンをいじってる方が性に合う。

「それで、要件は?」
《えぇ、大したことじゃないのですが……貴女の高校に人を送りました。明日の始業式で会うかもしれませんね》
「人?」

 私は首を傾げ、落ちそうになったスマートフォンをかろうじて受け止めた。
 私と黒瀬瑠璃奈は通う高校が違う。彼女は都立トップの高校に裏口入学し、私は地元の友人たちと同じ普通の公立高校に入学していた。偏差値も普通、部活動の実績も県大会に出たかどうかの高校。
 そこに、人を送る……?

「それは誰で、どんなことができるんだ?」
北野根きたのねもみじという名前の、貴女と同年代の女の子ですよ》
「それで?」
《北野根さんは悪い人なので、晴子さん・・・・と敵対するでしょう。貴女から聞く晴子さんの情報だと、彼女の成長は乏しいはず。北野根さんに頑張ってもらいましょう》
「…………」

 私は言葉を返さなかった。
 私の同級生、神代晴子かみしろはるこ――中学生からの友人にして、天才の少女。聖徳太子のように人の声を聞き分けて会話をするような女で、尚且つ全国模試100位圏内に入る優等生。
 私は彼女の友として、中学から3年以上肩を並べてきた。だからこそ言える。

「雑魚を敵対させた所で、取り込まれるのがオチだぞ?」
《わかっていますよ。北野根さんも自分なりの知恵と力を持っています。晴子さんと対立したとしても、すぐには負けないでしょう》
「ふむ……。なら良いのだがな」

 私は手を休め、ギジリと椅子の背もたれに深く腰掛けた。
 話を聞く限りだと、少し晴子を揶揄からかってやろうというところか。まったく、この女はタチが悪い。

《それから、北野根さんは"理想郷"について知ってるわけではありません。無知なままそちらに転校させましたので、貴女も何も教えないでください》
「私に何もするなと言うのなら、何故電話をした?」
《それぐらい自分で考えてくだ……あ、いや、すみません。ちゃんと言います。北野根さんは薬品会社の後継なので、爆弾とか気を付けてくださいね。以上です》
「は? おい、ちょっと待て――!」

 咄嗟に出た私の叫びは、携帯の向こうに居る彼女に届かなかった。ツー、ツーという寂れた機械音が耳につくと、私はゆっくりとスマートフォンをデスクに置く。

 爆弾に注意しろ――その呼び掛けは果たして、対策の練りようがあるだろうか。おそらく、学校に行かない、以外に対策はないだろう。他にどうしたらいいんだか……。

「まったく、どうしろというんだ……」

 私は疲れたように溜息を吐き、ひとまず考えを後回しにして仕事に戻るのだった。



 ◇



 夏休みも最終日。そう思えるほど休んだ記憶もなく、僕は今日もまた、机の上に参考書とノートを広げていた。
 いろんな人が言う、勉強は暗記だと。実際その通りだし、暗記と計算の速さ――詰まる所、頭の回転の速い人を、人々は"賢い人"と呼ぶ。
 "賢者"と呼ばないところが一つのキーワードだと、晴子さんは言っていた。賢者とは高徳者を指す言葉であり、理性的で、人のためになる知恵を与える人間であると。そんな、言葉の足をとって並べたような事を考えるのが、彼女は大好きだった。

 今日は夏休み最後の日、彼女は何をしているだろうか。また六法全書でも読んで、改善点を出してはレポートにまとめてるんだろうか。よくもまぁ、そんな事をして文科省に直談判するもんだ……。

 僕は僕で、今日も勉学に勤しむ。彼女と肩を並べるために。

 従兄弟いとこの瑠璃奈も、晴子さんも、みんな理想郷という言葉に敏感で、僕はせめて彼女等の役に立てるようにと、勉強を続けている。
 晴子さんも偏差値がトップの某国公立大に進学するつもりらしく、僕もそうするつもりだ。
 進路を決めている以上、勉強はするし、そのために必要なスキルを手にしている。TOLEIC990点、漢検1級……中学から毎日勉強だけしていれば取れるもので、僕も晴子さんも、友人の競華も取得している。

 どうしてこんなに頑張るのか……きっと、晴子さんが"理想郷"という言葉に取り憑かれたからだろう。彼女が「世界を変えよう」などと言いださなければ、こんな事にはならなかったと思う。

 世界を変えたい、そう思う人は幾らでもいるだろう。くだらない事を一日中議論する国家、立場の弱い人間を狙うマーケティング、減らない犯罪……有識人なら、将来この国には頭の悪い人しか残らないと考え付くはずだ。

 否、きっといつの時代もそうだった。天才はほんの一部、その他の大衆は目先の欲ばかり考える汚れた存在だったはず。

 これからの時代は、大衆すら有徳者にしてしまおうと晴子さんは考えている。明確な方法はまだ聞いていないけれど――

 高校一つ手玉に取る彼女なら、本当にやってみせるだろう。

 僕はそれに付いて行き、補佐するだけだ。

 僕は天才じゃない。人を動かすような事も、何かを作り上げる事もできない。

 僕は騎士になる。貴女を守り、仕える存在に。

 武器は詭弁と知識、この矛で貴方を守り抜き――




 ――この世界の"王"にしよう。



 ◇



 20XX年8月31日、全てはここから始まる。
 これは、新たな秩序を生み出す物語、その準備段階。
 Preparing for "Change the world"――。

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