異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第112話 「飛べない翼」

 
 なかなか寝付けない。
 初めて同じベッドで二人で寝ているからとか、寝る前に紅茶を飲んだからとかでもなくて……。
 ただ、寝る気分じゃないのだ。

 身体をゆっくりと起こすと、パームが隣でスヤスヤと寝息を立てている。
 起こさないようにゆっくりとベッドから降りた。

 窓から街の様子を窺うと、昼の喧騒が遠い昔のように思えるほど静まりかえっていた。
 遠くの方に見える海には、キラキラと星が反射していた。

 ふと、今抱えている不安や心配事を全部投げ捨てて空を飛び回りたくなる。
 静かな街の中を、綺麗な星空の下を、少し薄ら寒い海の上を飛んだらどんな気持ちになるのだろうか。


「その翼は空を飛べるの?」


 後ろから声がかかった。
 振り返ると、パームが上半身を起こして私を……いや、無意識に広げていた翼を見ていた。


「うん、飛べるよ」

「そっか」


 そういうと、またベッドに寝転がり天井を仰ぐ。


「『私たち』天空人は、根本的には人間と一緒なのよ。
 ただ、この何の役にも立たない翼が背中についているだけで『臆病者』だと罵られ、過激な人たちには危害を加えられる。
 今、笑顔で話している人たちが、私のことを『天空人』だと知ったらどうなるのか怖い」


 幸か不幸か、私は天空人が迫害されているところを見たことがない。
 しかも、運が良いことに理解のある人物と行動を共にしている。

 それに比べてパームはどうだろうか。
 長い時を、孤独に人間の世界を生き延びてきた。
 その間に様々な出来事があっただろう。
 けれど、何があっても本当に頼ることが出来る人が居なかった。
 背中に小さな翼を背負っているが為に。


「私はアナタやベルタ様が羨ましいわ。
 自分の境遇を少しも悲観してないもの。
 空を飛べるだけでそんなに変わるのかしら」


 確かに私は自分のことを悲観していない。
『そもそも天空人ではない』という前に、この世界そのものを哀れに思っているからだ。
 天界という存在に管理されているといっても過言ではない。
 もしも、本当にベルタが私と同じ元女神であるのなら、同じことを考えているかもしれない。
 私と同じように天界に疑問を持ったのだろう。


「そういえば、アナタとベルタ様の違いもう一つあったわ。
 あの人は、何かに『諦めている』のよ。
 生きる事に力が無いというか、弱々しいというか……。
 私たちがどうしようと、あの人は悲しそうに笑うだけだった」


 パームがベッドからもう一度身を起こし、今度は私のことを見た。


「アナタなら、ベルタ様と似ているアナタなら、あの人のことを元気付けられるかもしれない。
 アナタが私たちの里に行く気があるのなら協力するわ」


 パームが協力してくれるのはかなり心強い。
 現状、里の場所も定かでないし、行き方もあやふやだ。


「是非、お願いします」


 私は天空人の里への大きな道しるべを得ることが出来た。
 少しでも、この世界を救う一歩を踏み出せただろうか。

 風の吹く寒空に、星が瞬いた。

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