異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第108話 「ビフォーアフター」

 
 太ったおじさんが出てきて、お皿が空になったのを確認すると片付けていった。


「アインちゃん、何品頼んだんですか?」

「三品ですが、あと5皿来ます」


 恐ろしい料理をあと5品も食べないといけない!
 なんという苦行。
 こんなことしても善良ポイントは溜まらない。


「私もう食べたくないです……」

「リッカ様、これからが本番ですよ?
 ここでギブアップしてしまえば、先ほどの苦労が水の泡です」

「そ、そんなこと言われても……。
 お店も汚いし、料理もおいしくないし、本当に意味が分からないです」


 この世界に来てここまで辛いのは初めてだ。
 娯楽である『食べる事』が、こんなにも牙をむいているのが何よりも辛い。
 嫌な思い出にならないうちに身を引いておきたいところだ。


「わかりました。
 そこまで言うのなら次の品が来たところで一度ストップしてもらいましょう」


 うぅ、それでも後1品食べないといけないのか。辛い……。
 次はどんなゲテモノが出てくるのだろうか。

 太ったおじさんがまた厨房から出てくる。
 僅かに微笑んでいるその顔が、少しだけ憎らしく思えた。

 私とアインの前に置かれた皿の上には……


 比較的まともな、いや普通に美味しそうな料理が置かれた。
 鮮やかなピンク色の肉が二切れ。
 半透明でオレンジ色の『あんかけ』に浸かっている。
 オレンジの色は果実で取っているのだろうか。
 甘く、わずかに酸っぱい香りがする。


「これは……。
 見た目が良いのに不味いというパターンですか?
 いや、さっきのは見た目も悪くて不味かったからつまり……」


 美味しいはず!


「コツはしっかりとソースとお肉を絡める事です」


 アインはそういうと、小さな一切れの肉をさらに半分に切り分け、しっかりとあんかけに絡めて口に運んだ。

 思わず唾を飲み込んでしまった。
 会ってからほとんど無表情のアインが、幸せそうな顔をしているからだ。

 フォークで肉を刺し、あんかけを必要以上に絡めて掬うように食べた。

 まず最初に、予想した通り柑橘類の香りが口いっぱいに広がった。
 だが、味はただ甘いだけではなく、僅かに辛味があった。
 肉自体は無味なのだが、あんかけが上手く肉と絡み合って美味しい。

 噛んでから気が付いたが、この肉は『生』だ。
 少しだけ弾力があり、プルプルしている。噛むのが楽しい。

 もう一枚の肉も、同じように味わって食べた。
 皿に残ったあんかけをスプーンで食べ、お皿は綺麗に空っぽだ。

 アインも食べ終わったようで、何やら紙にメモをしている。


「さっきの料理とは天と地の差がありますね!
 これはなんのお肉ですか?」

「さっきと同じポケラトードですよ、リッカ様」

「……あの生臭い?」


 アインがこくりと頷く。
 確かに言われてみれば、歯ざわりが同じだった。
 けどれ、強烈な生臭さが一切消えている。


「『胃殺し』は調味料のお店なんです。
 さっきの料理のメインは、ポケラトードの肉ではなくソースのほうです」

「そ、それならお肉は出さなくて良いじゃないですか……?」

「なんの味に対してどの調味料を使えば良いのかという『研究』なので、必要です」


 その為にあんなゲテモノを食べたんだ……。


「リッカ様、どうしますか?
 もうギブアップしますか?」


 確かに料理は美味しかった。
 だがアインの研究の為に、美味しい料理の前にゲテモノを食べなければいけない。

 かなり悩んだが、美味しい料理を逃すわけにはいかない。
 この際ゲテモノには目を瞑ろう。


「食べますアインちゃん。
 せっかく一緒に来たんだから、頑張らないと」

「流石ですねリッカ様。じゃあ頑張ってください。
 おじさん次の料理をお願いします」


 さあ、次はどんなゲテモノが出てくるか気を引き締めていると、太ったおじさんが一皿だけ私の前に持ってきた。


「あれ? アインちゃんの分は?」

「私はいつも一品でお腹いっぱいです。
 リッカ様、詳細な味のレポートをお願いします」


 その為に『大食い』の私が連れてこられたのか。
 てっきりアインと一緒に食べるのかと思っていた。
 ペンを構えたアインを前に、「もう止める」とは言い出せず、結局3品目まで平らげた。

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