異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第105話 「向日葵=向日葵」

 
「ふひ~、極楽極楽」


 想像していた浴室の何倍も大きいが、湯に浸かるという根本的な部分は変わらない。
 こんなに気持ち良いのなら、天界で早々に試してみるべきだった。

 広々とした浴槽を泳いだり潜ったりと、満足してから上がった。


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「グレンさんー。次どうぞー!」


 食堂に戻りグレンに声を掛けようと思ったが、カイルの姿しか見当たらなかった。
 グラスを一人で傾けながら、本を読んでいる。


「カイルさん、グレンさんは?」

「ん。限界が来たらしい。もう寝てしまったよ」

「あいー仕方ないですね」


 カイルの隣に座り、読んでいる本をのぞき込んでみた。


「『凛冽とした洞穴の深からは慟哭が響き渡り……』
 なんの本ですかこれ?」

「『土竜の巣』に関する書物です。
 伝説から史実まで一通り調べてるんだ」


 私と会話しながらも、本を凄いスピードで読み進めている。

 私もカイルさんを見習って久々に本を読もう。
 ……といっても漫画だが。

 天界の図書館から借りっぱなしの『向日葵』という漫画を取り出す。
 私が堕天する前には4巻まであった。
 連載中の漫画だから、私の居ない天界にはどんどん新刊が入ってきているだろう。いいなー。

『離れ離れになった飼い主の男の子と再会を果たしたが、病気で寝たきりになってしまっていた』というところまで既に読んでいる。

 なんと、今回から主人公のワンちゃんが薬草を採る旅に出るらしい。

 小さい頃に私も寝たきりになったことがあるが、病院に行ってお医者さんに注射を打ってもらったら一発で治った!

 お医者さんに任せておけばいいのにと思ったら、男の子は原因不明で寝込んでいるらしく、手の施しようがないらしい。
 ……お医者さんが薬草を探しに行けばいいのに。

 そんなことを思いながら読み進めると、薬草を探し回っていたワンちゃんが山の斜面から滑落してしまった。
 傷だらけになり、ぐったりとしたワンちゃんが最後のページに描かれていた。


 ……なんとも嫌な終わり方をしてしまった。
 もうこの続きを読むことが出来ないのに、最後に男の子もワンちゃんも危ない状況で終わってしまうなんて。

 一つの希望が浮かび上がり、漫画のページとカイルの読んでいる本を照らし合わせる。
 文字が一緒なら、この世界で描かれている漫画かもしれない!


「違ったー!」

「え、どうしたんですか」


 文字の形が少しも似ていない。
 この世界の文字では無い事が明らかだ。


「これはなんて読むんですか?
 こんな文字は見たことがない」


 カイルが漫画に描かれた文字に興味を示す。


「ええっと、これは『男』って読みます。
 ……これと同じ文字ですね」


 カイルの読んでいる本と、漫画の文字を一つ一つ照らし合わせる。
 興味深そうにメモを取っていた。

 カイルに文字を教えていると、ある違和感に気が付いた。
 女神の眼は、非常に優れている。
 仕組みは分からないが、遠くまで見る事ができるし、暗い所でも昼の様に見える。
 そして、その内の一つに『文字を自動翻訳』してみる事が出来るという力がある。
 このおかげで、転生課で関わる異世界の住人とコミュニケーションをとることが出来るし、勉学の為に異世界の本を読むことが出来る。

 違和感を覚えたのは、この世界の文字ではなく『向日葵』の方の文字だ。
 カイルの持っている本は、見知らぬ文字だが当たり前のように読むことが出来る。
 そして、『向日葵』の文字も当たり前の様に読むことが出来た。『自動翻訳』を介さずに。

 二つの言語を並べて初めて気が付いたが、『向日葵』に使われている文字は、天界で使われている文字と全く同じ物だった。

 つまりだ。

 なんとこの本の作者は天界に居ることになる!

 まさか気に入った漫画の作者がすぐ身近に居ただなんて思いもしなかった。
 でも、作者の『香川かがわ 道子みちこ』なんてしっかりとした名前の女神なんて見たことがない。

 ……まぁそんなことが分かっても、もう続きを見ることはできないんだ。

 何とも言えない憂鬱な気持ちで夜が更けていった。

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