異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第86話 「両手に収まるふわふわ」

 
 部屋の入口に椅子を持ってきて座る。
 扉がぶつかり合うが、僅かに空いた隙間からはグレンの顔が見える。


「……私ですかね?」

「……可能性はあるね」


 港街での一件を思い出す。
『大陸会』とやらのお爺さんは、私たちが出航した頃に結界から解き放たれているはずだ。
 何らかの手段で、この船に私のことを伝えたのかもしれない。


「これからどうなるんですかね……」

「女性の乗客が取り調べを受けることになるだろうね」

「調べて『天空人』だってわかるんですか?」

「簡単さ。翼の有無を確かめればいい」

「はぇーなるほど」


 単純明快な確認の仕方だ。
 確かに普通の人間に翼は生えていない。
『天空人』でないとしても、翼が生えていたら捕まるだろう。


「……それでどうやって逃げる?あまり時間は無い」

「別に逃げなくても大丈夫ですよー。
 その調べ方じゃ、絶対にバレないです!」


 不安そうな顔のグレンを励ましていると、一人の船員が廊下を歩いてきた。


「乗船番号214番のリッカさんですね?
 こちらへお願いします」

「はーい。
 それじゃ、グレンさん。またあとで!」


 私はおとなしく船員についていった。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 私たち女神の翼は、鳥などの翼とは少し違う。
 鳥たちは翼で風を受け、羽ばたくことによって空を飛ぶ。
 女神の翼は魔力を制御する部位だ。
 つまり私たちは魔力で空を飛び、翼はその補助でしかない。
 翼も元から身体にくっついているのではなく、使う時に『想像』して創る。
 常時身体に翼が有るのは邪魔でしかないからだ。
 だから、私が『天空人』だと疑われる心配はない。

 船員に連れられて来たのは、私が下層へ向かう為に降りた階段。
 私のほかに、何人かの女性客が連れられている。
 鉄の扉を抜け、たどり着いたのは料理が並べられていたホール。

 私を含め、ざっと50人くらいだろうか。
 身なりから見て、下層と上層の女性客が老若入り混じっている。


「……リッカ!」

「パームちゃん!」


 後ろから声を掛けられて振り向くと、下層で知り合った『天空人』のパームが居た。
 彼女の印象とは裏腹に、不安げな面持ちだ。
 私に小声で話しかけてくる。


「たぶん、今回の騒動は私のせいだ。
 何人か私の正体を知る人も居るんだけど、その内の一人が密告したんだと思う」

「いやーそれは大変でしたね」

「『大変』なのはこれからよ。
 捕まったら日の目を見ることはできない」

「それは勘弁願いたいですね!」

「随分と他人事のように喋るけど、だいぶヤバイ状況よ」


 船員が集められた人たちを一列に並ばせ、一人ずつ背中を見せるように指示し始めた。


「ヤバイ、どうしよう。
 ようやく商売が波に乗り始めたのに!」

「どうしようって……。
 翼を付けなきゃいいだけじゃないですか?」

「アナタ何を言って?
 そんなこと出来るわけ……」


 そういいながら、パームは私の背中をポンポンと叩いた。
 もちろんそこに翼は無い。


「えぇ!? 何でないの!?」

「パームちゃんいつも付けてるタイプですか?」

「いや、ちょっと意味わかんない。
 アナタのは取り外せるってこと?」

「ははーん」

「『ははーん』ってなによ!」


 どうやら『天空人』は翼が常時付いたままらしい。
 どこか頭の中で『天空人=女神と同じ』と考えていたが、そうでもないらしい。
 私のほうが優秀!

 パームの背中をポンポン叩くと、膨らんでいる部分があることに気が付いた。


「ちょっと失礼します」


 パームが小さく悲鳴を上げるが、お構いなしに手を突っ込んだ。
 ふわふわとした感触が手に当たる。
 大分小ぶりだ。
 左右のふわふわに『集中されなくなる魔法』を唱える。


「たぶんこれで大丈夫です」

「なに!? なにしたの!?」

「おまじないですー!」


 私の順番がすぐそこに迫っていた。
 あらかじめ服をめくっておいて、背中を丸出しにしておく。
 もちろんツルツルスベスベだ。

 女船員が私の背中をちらっと見てから、すぐに通り過ぎた。
 次はパームの番だ。


「背中を拝見させていただきます」

「は……い……!」


 パームが観念した様子で服を巻き上げる。
 ゆっくりと露わになった背中には、小さな小さな翼が付いていた。
 私の手のサイズくらいだろうか。折りたたんでいる様子はない。
 あれでは『補助機関』としての役割は果たせないだろう。

 女船員は、パームの背中をジッと見てから後ろの客へ向かった。

 パームが訳の分からない顔をしながら服を元に戻す。


「本当に何をしたの……?」

「パームちゃんと会ったときに、私が使っていた魔法を翼に使ったんです」


 どうやら乗客全員の調査を終えたらしい。
 女船員が謝りながら客室へ誘導を始める。


「……とにかく助かったわ。ありがとう。
 いろいろ聞きたいこともできたから、絶対に私のお店に来てよね!」


 パームも流れに沿って客室へ戻っていった。

 私もグレンさんに無事を伝えに行こう。

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