異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第71話 「実現する想い」

 

「オイヨ、これはちーっとヤバイもん見ちまったナ」


 エリカの映像を観たカナエがぽつりと呟いた。


「……何か、映像がおかしいのです」


 画面が急にくすんだ。
 ところどころに砂埃のようなものが舞っている。


「映像は正しいものを映してサ。
 おかしいのはこの部屋だヨ……」


 映っていたベッドのシーツが、茶色く変色して穴だらけになる。
 ベッドの脚が折れ、傾く。
 床には埃が溜まっていた。


「……古びているのです」

「古びてるって、エリカが消えてから1日も経ってないヨ!」


 だが、確かに映っているものはすべて古び、朽ちていっているのだ。
 まるで、何十年もそこに誰も居なかったような部屋が完成する。

 呆気にとられながら映像を観ていると、エリカの家に足音が響いた。
 軋む床の音が、映っている部屋に近づき、扉が開かれる。
 そしてそこに映っていたのは……小さな女神、ボクだった。


「……もう十分なのです。
 この後、ボクはカナエに会いに来たのですよ」


 カナエが映像を消すと、部屋の雰囲気が元のぬいぐるみ部屋に戻る。
 何もかもが混乱していた。
 エリカという存在は、データ上だけでなく姿形までも消えてしまっていた。


「久々にブルっちまったゼ」


 カナエが沈黙を破り、笑いながら言う。
 だが、ぬいぐるみを抱いている腕に強く力が入っていることが分かる。


「……あーやって消えるのが地獄行きだってことはないのですか?」

「ナイナイ。堕天も地獄行きも、ミーたち監視課が請け負ってるからネ」

「……心当たりは?」

「ナイ!
 女神の消失なんて監視課の面目丸つぶれだヨ」


 手がかりは無しか……。
 エリカはなぜ、消えてしまったのだろうか。
 消える理由はなんなのだろうか。
 いくら考えても答えは出てこない。


「ホイ、テンシ。
 ほら行くゾ!」

「……行くって、どこに行くのですか?」

「現場検証は捜査の基本っショ」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 扉を開けると、以前来た時と同じような埃っぽい空気が押し寄せてきた。
 埃の溜まった床には小さな足跡が一つ……ボクのだろう。


「うっへぇーナ、あんまり長居したくないネ」


 カナエが口元を手で覆いながら部屋を隈なく見る。
 トコトコと歩き回る度に埃が舞うので、お互いにくしゃみをする。


「ナァ、これ見てどう思うヨ?」


 カナエが指さしたのは、朽ちて脚が折れた机。
 短期間で古びたという点を除けば、なんの変哲もない壊れた机だ。


「……脚が腐って折れてるのです。
 自重で折れたと考えれば、自然な朽ち方だと思うのです」

「そうだよナ、自然だよナ」


 カナエが腐った木の表面を触りながらつぶやく。


「テンシ、ミー達はどうやって物を生成するヨ?」

「……ただ、創りたい物を『想像』するだけなのです」

「そうだよナ」


 カナエの問いは、あまりにも一般的だ。
 天使ならまだしも、女神ほどの力を持つ者ならば『想像』は容易く行われる。


「……なにが言いたいのですか」

「ワカラン? 自然の理に則りすぎてるんだヨ」


 カナエの言いたいことがようやくわかった。
 ボク達が生成する物は、正確には『偽物』だ。
 鉄であって鉄ではなく。木であって木ではない。
 ボクたちが『想像』するものは、『形』であって『性質』をそこに組み込むのは難しい。
 つまり『腐る木』を生成するのならば、『腐るメカニズム』をすべて理解しており、しかも組み込んでいるということだ。
 はっきりいって、至難の業だ。


「気づいたナ?
 そう考えると、この家色んな所がおかしいゼ」


 軋む床に、積もった埃。
 時間の経過を感じさせるものは、すべてこの天界においておかしい。


 カチャッ


 静かな家の奥から、皿をこすり合わせたような音が聞こえた。
 誰か奥に居る。
 反射的にその音源を求めて走り出す。


「オイ! テンシやべーっテ! 止まれ止まレ!」


 静止の声を無視して奥に進む。
 居るのかもしれない。
 もしかしたら、エリカが居るのかもしれない。
 消えることなんて有り得ないんだ。

 目指すべきところは、勘で分かっていた。
 エリカの部屋だ。
 ドアノブに飛びついて扉を開ける。
 埃が目に入るが、精いっぱい目を開けた。


「エリカ……!」


 無人の部屋の中央には、新しい机に椅子が3つ。
 肉、目玉焼き、野菜が、食べかけのトーストの上に乗った皿が三枚置かれていた。

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