異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第69話 「被害者救済」

 風のない静かな夜だ。
 昼間はあれだけ人がごった返しているのに、不思議なくらい人が居ない。

 満点の星空を見上げながら、海沿いまで歩く。
 天界には『夜』がなかった。
 だから、この世界に来てから初めて星を見た。

 こんなにも綺麗な星空を、なぜ誰も見ないんだろう。
 みんな昼間にあくせく働き過ぎなんだ。
 夜に星空を見上げる余裕が出るくらいの気楽さで人生を過ごした方が私は良いと思う。

 波の音を聞きながらそんなことを考える。
 海を右手に暗い街道を歩いていると、奥のほうで何か黒い塊があるのに気が付いた。

 ジッと観察してギョッとした。
 膝を抱えてうずくまる人だ。
 なぜこんなところに……。

 辺りを見回して、なんとなく見覚えのあることに気が付いた。
 うずくまる人の正面には、焼け落ちた建物が一軒。
 あれは私たちが泊まっていた宿。
 ……つまりうずくまってるのは『元』宿主だ。


「風邪、引いちゃいますよ?」


 適当に毛皮を生成し、宿主に掛けてあげる。
 顔を上げた宿主と目が合った。
 少し小太りで、人の好さそうなおじさんだ。


「あっ……あっ……!」

「ご、ごめんなさい。チクチクしますよね?」

「お嬢ちゃん!茶髪のお兄さんとウチに泊まってた子だよな!?」

「は、はいそうですけど……?」

「良かったぁ……」


 おじさんが安堵の表情をしながら大きくため息を吐いた。


「嬢ちゃんたちだけだったんだよ、安否が分からなかったの
 消し炭になっちまったかと思ったぜ」


 おじさん曰く、宿泊客の中で私たちだけが行方不明だったらしく本当に消し炭になってしまったかと思って絶望していたらしい。


「はーぁ、それにしても本当に酷いことをする奴がいるぜ。
 せっかく経営が波に乗って来たっていうのによ……」


 おじさんが宿屋だったものに向けてぼやく。
「私のせいなんです」と、昼間に見た時は言おうと思った。
 だが、実際に面と向かうとなかなか言い出せない。
 そう言った時、なんて返されるのか怖いんだ。
 何も言い出せないまま、おじさんの愚痴に付き合う。


「たくさんのお客さんと話して、常連さんだってできたんだ。
 こんなんになっちまったんじゃ、どうしようもできねえ。金もねえし」


 おじさんの想いが、テレパシーの回路を伝わり、映像となって映る。
 元冒険者のおじさんが、コツコツ貯めたお金で建てた宿屋。
 結婚もせずに宿を切り盛りしていたおじさんにとって、宿泊客が家族だった。
 一人一人との思い出が、鮮明に映る。
 私は大切な物を壊してしまった。


「おじさん、宿屋がこうなってしまったのは私のせいなんです」


 その言葉が、自然と口から出た。


「ごめんなさい」

「……」


 おじさんは何も言わない。
 怖い。
 この後に何を言われようが、私は受け入れないといけない。


「……嬢ちゃんが無事でよかったよ」


 おじさんは静かに立ち上がり、去ろうとした。


「ま、待って!ください!」


 私は腐っても女神だ。
 ここで終わらせては、女神の名が泣く。


「じ、実は私は、偉大な魔法使いのリッカさんなのです!」


 背中から杖を取り出し、仮初めの魔法陣を描く。


「ごめんなさいの気持ちを形で表したいと思います!」


 朽ちた宿の瓦礫に触れて魔法庫にしまい、土地を真っ平にする。
 生成するのは、焼け落ちる前の宿屋だ。
 これだけ大規模の『想像』は初めてだが、うまく出来るはずだ。
 覚えていないところは、私の理想で補完する。


「おっ……おぉぉ!」


 中身はともかく、外見だけはまるっきり同じ宿屋が完成した。
 こんなにも星空が綺麗な夜だ。
 女神一人が奇跡を起こすくらい問題ないだろう。


「ここ魚のオブジェがあったんだけど……」

「あっはい!ただいま!」


 私は女神だ。
 理由はともあれ、困っている人が居るのなら手を差し伸べよう。
 願わくば、すべての生き物に手を差し伸べたい……。
 そんな思いが強まった夜だった。

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