異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第62話 「アンバランス」

 
『走る』という動作をかなり久々にした気がする。
 こんなフォームでいいんだっけ。

 入り組んだ街道を、強化した足を必死に動かして走り回る。
 相変わらず後ろからは、ベッドに乗った魔法使いが追いかけてくる。
 少しでも真っ直ぐに走ると、隙を見つけて火球を放ってくる。
 なんともいやらしい。


「リッカ!ちょっと杖を借りる!」


 グレンが走りながら私の背中から杖をもぎ取ると、魔法使いに向けた。
 白い杖の先端が輝き始め、何かが杖から飛び出した!

 飛び出した物は、かなり大きな『毬栗』のような物。私の腰くらいの高さがある。
 杖から放たれたソレが、ボトッと地面に落ちた。
 もちろん、宙を飛ぶ魔法使いに当たるはずがない。


「……ありがとうリッカ」


 グレンに走りながら杖を渡される。
 なんか残念そうな顔をしてるけど私のせいじゃないです。
 えっ本当になんなんだろう。

 何なのか考えている暇はなかった。
 次から次へと火球が飛んでくる。
 攻撃から逃れる為に、角を曲がった瞬間だった。
 火球がはじけた音ではない『ぼんっ』という音が聞こえ、私の居たところに何かが突き刺さった。
 思わず足を止め、それを見た。
 白い棘だった。
 壁に、床にびっしりと白い棘が刺さっている。
 これ、さっきの『毬栗』の棘だ。
 角から顔を出して覗いてみると、さっきまであった『毬栗』がなくなり
 代わりにきれいな丸い球が残っている。
 その傍らに大破したベッドとうずくまる魔法使いが居た。

 魔法使いの肩に何本か棘が刺さっている。
 私のベッドが守ってくれたんだろう。


「うっわぁ、残酷」


 グレンが驚いた顔でつぶやく。
 あなたがやったんですよ。


「杖から出たのは何だったんですか?」

「あれは『仕込み魔法』だよ。お高い杖にはだいたい魔法陣が仕込まれていて、魔力を込めただけで発動できるんだ。
 この魔法使いの火球みたいにね」


 グレンは短剣を取り出すと、うずくまる魔法使いに近づいた。
 後ろに回り込み、手慣れた様子で足で身体を抑えながら首元に短剣を押し付けた。


「リッカ、フード取って」


 グレンに言われ、恐る恐る近づいてフードを取る。
 現れたのは、禿げあがった頭のお爺さんだった。


「触るんじゃない!忌々しい『天空人』めが!」


 急に吠えられてビックリした。
 グレンが拘束を強めたのか、苦しそうにうめき声を上げる。


 もっと、悪そうな人を想像していた。
 だが、先ほどまで殺すつもりで魔法を放っていたのはただのお爺さんだった。
 よく見れば、皺だらけの手は震え、こじんまりとした身体はあまりにも弱々しい。


「なぜ、彼女が『天空人』だとわかった」

「お前さんはなんで『天空人』の味方なんてしている」


 突然、お爺さんが悲鳴を上げる。
 グレンが何かしたのだろう。


「もう一度聞く。なぜわかった」

「ま、魔法陣だ。
 魔法陣を描かずに現れたのを見たからだ!」


 なるほど、そこを見られていたのか。
 たぶん、グレンを海に突き落として遊んでいた時だろう。


「魔法陣は描かなくても現れる場合があるだろう。
 それだけか?」


 確かにそうだ。
 宿屋で見た『陣紙じんし』は、魔力を流すだけで宙に魔法陣が現れていた。

 グレンの問いにお爺さんは何も答えない。


「……リッカ、たぶんこの老人は首飾りを付けているはずだ。
 探してもらっていいかな?」


 グレンに言われた通りローブに手を突っ込んで探すと、紐の感触がある。
 それを引っ張り上げると、ペンダントが出てきた。


「ありました。
 足……?のマークがついてます」

「『大陸会』のシンボルマークだ」

「……『大陸会』ってなんですか?」

「反天空人の集まりだよ。
 最近過激化が進んでて、少しでも『天空人』の疑いがあると……今回のようなことになる。
 今日のは特別過激だったけどね」


 なんと恐ろしい組織なんだ。
 おちおち街を歩けない、


「お前ら、覚悟しとくんだな。
 『大陸会』に見つかったらそう長く生きられんぞ」

「うーん、しょうがないな」


 グレンが短剣をお爺さんの首元に押し付けた。


「えっ殺すんですか!?」

「この街にあと何人『大陸会』の人間が居るかわからない。
 僕たちの詳細な情報が広がっちゃうと、明日の夜まで生きていけるか怪しいよ」

「いや、でも……」


 殺人は-100ポイントだ。
 それを巻き返すには、かなりの善行を積まなければならない。


「わ、私が何とかします」


 お爺さんの頭に手を乗せる。
 正直、どうなるかわからないが、殺すよりは良いと思う……たぶん。


「触るんじゃない!穢れてしま


 突然、お爺さんの姿が消えたのでグレンが驚いて短剣を落とす。


「リッカ、まさか……」

「ま、魔法庫に入れてみました」


 本当にどうなるかがわからない。
 食べ物は腐っていたことがないので、たぶん安全だ。
 死ぬことはないだろう、きっと。
 適当なタイミングで放り出してやろう。

 かなりの時間、追いかけっこをしていたんだろう。
 いつの間にか、暗い海の彼方からは朝日が昇り始めていた。


「リッカ、その……なんだか、立派な脚だね」


 見られてしまった。
 陽の光に照らされたのは、木の幹ほどの太さがある筋肉モリモリの脚だった。

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