異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第59話 「視界ジャック実験」

 
 この世界に初めて来て蜥蜴人リザードマンに襲われた時のことを思い出した。
 通りを挟んで向こう側、もう消えているがそれだけ離れているのに明確な『敵意』を感じた。


「グレンさん、荷物持ったほうがいいです」


 グレンが普通ではない空気を感じとって、ずぶ濡れのままリュックを背負う。


「あっちの裏路地のところ、誰か居ました。
 私たちに敵意を持ってます」

「今はもういないの?」


 目を凝らして暗い裏路地を見る。
『敵意』はもう感じない。
 だが、それがもうそこに誰もいないという証拠にはならない。
 そこに何かがいるような気配は感じた。


「わかんないです」


 身体が強張って裏路地から目を離せない。
 もしかして、魔法の効果がきれているのではないかと思い、もう一度唱えてみるが何も変化はない。


「……街に魔物は居ない。ならば相手は人間だろう。
 なぜ敵意を向けられたか」


 魔導書の説明から考えると、敵意を向けられたのはグレンではなく私だ。
 私が敵意を向けられる原因を考えると答えは明確だ。
 きっと『天空人』だと思われたのだろう。
 なぜそう思われたのか。
 せっかく杖まで買って魔法使いに扮したのに……。


「リッカ、ひとまず宿屋に戻ろう。
 あまり一目につかない方がいいかもしれない」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 グレンと共に宿屋に戻って来た。
 念の為、同じ部屋で過ごす。

 外に出れなくなってから紅茶を買いに行きたかったことを思い出す。
 退屈な事には慣れていたつもりだが、窓の外に新しい世界が広がっている状況でこれは苦痛だ。
 夕飯は外に食べに行けるのかなぁ。
 退屈凌ぎに魔導書を取り出して魔法陣の暗記を始める。
 せっかくだから覚えれるうちに覚えてしまおう。

 カリカリと紙に魔法陣を描きこんでいると、グレンが覗き込んできた。


「へぇ、あの空間に魔法陣を出す為には暗記しないといけないのかい?」

「そうなんです!私、直接魔法陣を描くのが苦手で……」


 試しに指先に魔力を込めて宙に魔法陣を描いてみる。
 案の定、途中で円が崩れてガタガタの魔法陣が完成した。


「それでも一応完成させられるのはすごいよ。
 僕も魔法陣を描くことが苦手で、ここまで描くことはできない」

「あれ? グレンさん魔法使うって言ってましたよね?
 それじゃあどうするんですか?」

「僕はね、これを使うんだ」


 グレンはリュックの中から一枚の紙を取り出した。
 手のひらサイズの紙は、引っ張っても破れないくらい丈夫で、そこに魔法陣が描かれていた。


「魔法のインクで描かれているんだ。陣紙じんしって呼ばれてる。
 一度しか使えないし、効果も半減するけど魔力を込めるだけで使える」


 ほーなんとも便利なものだ。
 今、魔法陣を覚える為に積み上げた紙の山を見てため息を吐く


「そのインクはどこで買えるんですか?」

「うーん、とっても高価な物でね。インクは流通してないし、陣紙も高い!
 僕も今持ってる陣紙は5枚だけなんだ」


 ……この暗記から免れるのは難しそうだ。
 そもそも、宙に魔法陣を描ければ暗記もしなくて済む。
魔道書を片手に『にらめっこ』しながら描けばいいんだから、暗記よりもずっと楽だ。
 今度練習してみるかぁ……。


 グレンが鎧や剣の点検を始めるなか、ひたすら紙に魔法陣を描き続ける。
 夕飯のことなんてすっかり忘れていた。


「できたできた!覚えましたよ!」


 陽は当の昔に落ち、窓の外は暗闇に包まれていた。


「もう覚えたのかい? すごいね!」


 ふふん。さっそくお披露目タイムだ。
 魔法陣を宙に生成する。完璧だ。


「それで、どんな魔法なんだい?」

「えっへへ、ちょっとおもしろいことしましょう!」


 私はグレンに背を向け、窓の外を見る。


「グレンさんは目を瞑ってください。
 『いいですよ』って言ったら、好きなタイミングで目を開けて私のことを見てください。
 私を見た瞬間を当てます!」

「よっし良いよー!」


 後ろでグレンが静かになる。
 生成した魔法陣に魔力を込め、『こちらを見ている者を認知する魔法』を発動した。


「良いですよ」


 波の音と私たちの息遣いだけが聞こえた。
 なんとなくその静かな空間に身を委ねたくなって、私も目を瞑る。

 暗い瞼を見ながら、魔法の効果が発動するのを今か今かと待つ。
 なんとなく、グレンが既に私のことを見ているのではないかと思う。
 いや、違う。見ていない見ていない。
 自分の意識に惑わされないように耐える。


 しばらく時間が経った。
 そろそろ不安になり始めた頃、目を閉じていたはずの視界が急に晴れた気がした。
 確かに目を閉じているが、外の光景が映し出される。

 これは完璧に魔法の効果が発動している。
 絶対だ絶対。


「グレンさん!目を開けていますね!」


 私は効果が出たことに満足しつつ、後ろを振り向いた。


「まだ、開けてないよ」


 そこには、未だ目を閉じいるグレンがいた。

 あれっ? でも普通ではない感覚がしている。
 今、この瞬間にも誰かが見ている感覚が、脳内に光景が映し出されている。
 あぁ、じゃあ誰かが私のことを見てるんだ。
 脳内に流れる光景に意識を向ける。

 暗い外の風景。
 これは……海の上だ。
 船に乗っている。

 これは今、私のことを見ている人の視界だ。
 その証拠に、宿屋の姿が、窓には私が見える。

 視界の主は、背中から杖を取り出すと魔法陣を描き始めた。
 へぇ~こう描くんだ。


「リッカ、もう目を開けても大丈夫かい?」

「えっ? ああ良いですよ!」


 グレンの声で、部屋に意識が戻される。


「それで、魔法は失敗しちゃった?」

「いやいや、大成功ですよ!
 他の人が私を見ていたんです!
 ほらあそこあそこ!」

「へぇ、どこだい?」


 見ていた視界を逆探知して、大まかな方向に指を指す。
 海の上に、小さな船が停まっているのを確認した。


「……どこかな?」

「あそこですって! 船船!」

「うーん……?」


 グレンが目を細めて外を睨む。
 すると、暗い海の上が『キラリ』と輝いた。


「あぁーあそこだね!見えた見えた!」


 キャッキャッと喜びを分かち合っていると、輝きが増していることに気が付いた。
 もう一度窓の外を見ると、視界いっぱいに『業火の塊』が迫っていた。


「やっば」


 宿屋が大きく崩壊する様子を、別の視界で私は見た。

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