異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第56話 「検索」

 
 カナエに連れられ通された部屋は、厳格な監視課のイメージとは違う『子供部屋』のようなところだった。
 ソファーやベッド、至る処にぬいぐるみが置かれている。


「……ここはなんの部屋なのです。
 天使用の接待部屋とかじゃないのですよね?」

「ココ、ミーの部屋。
 わざわざお家に帰るの面倒だから、空いてる部屋をもらったんだヨ」


 仕事場兼自宅とは……。
 ボクだったら、気持ちの切り替えがし辛くて嫌だ。

 先客のぬいぐるみをどけて、ソファーに座る。


「アー?
 なに飲む? パチパチ? ドロドロ?」


 よくわからない選択肢を提示され、幾分マシそうな『パチパチ』を選ぶ。


「ハイー!」


 部屋の奥から持ってきたグラスをボクに手渡すと、カナエはベッドに腰かけた。
 彼女の手にも、一つグラスがある。
 茶色い液体が入っており、カナエがグラスを傾けるとゆっくり流れ始める。
 あれが『ドロドロ』だろうか?

 手元のグラスを覗いてみる。
 透明の液体が入っている。無臭だ。
 一口飲んでみると、確かにパチパチする。無味。
 なんだこれ。


「そういえば、テンシはなんであそこに居たんダ?」


 本題を忘れていた。
 久しぶりだと、カナエのペースに呑まれてしまう。


「……教師の権利を使用して情報開示を要求するのです」

「ンー?ンッンー」


 ぬいぐるみと遊んでいた手を止め、首を傾げる。


「テンシ、短期講師は随分と前でショ?
 ムリムリ。任期終了から一か月しかダメって決まってるヨ」


 馬鹿っぽく見えるが、仕事内容は完璧に把握しているらしい。
 腐っても監視課だ。


「……何とかできないのですか?」

「ンーダメダメ。
 昔からの馴染みであっても、ルール違反はダメだネ」


 ボクが教師になることは容易いだろう。
 そうしたら、確実に情報を開示してもらえる。
 だが、出来る事なら早いうちに情報を手に入れたい。
 仕方ないが、交渉材料を使うことにした。


「……カナエ、ボクはここで退くわけにはいかないのです。
 そこで、情報を開示してくれたら一つプレゼントをやるのです」

「はーん。おもしろいネ。
 聞くだけ聞いてあげるヨ。
 まぁ、ミーを揺るがすことは無理だろうけド」

「……背が伸びる魔法の液体をくれてやるのです」

「知りたい情報はナニ?」

「現在位置」

「そんなのお安い御用だヨー!
 早く言ってくれればいいのにサ!へっへー!」


 案外コロッといけた。
 同じ悩みを共有する女神だからこそ使えた手段だ。
 惜しいモノを失ってしまうが、この際仕方がない。


 カナエが手を叩くと部屋中に大量の文字や映像が映し出される。


「知りたい神サマについて教えテ」

「……女神。名前はリッカ。転生課、1115番なのです」


 カナエの指先が動く。
 部屋の文字が少しだけ動いた。


「堕天してるネ。
 現在位置は8番の2の2の2の2!」
 別の世界で船に乗ってるヨ!」


 ふむ。
 何となく先にリッカについて聞いてみた。
 死んではないようで安心した。
 監視の目は異世界まで届くらしい。


「……ちょっと試してみたのです。
 本命は別の女神なのですよ」

「ハエー!
 そーゆーの無しにしてよネ!
 こっちだってめんどくさいんだからさモー!」


「……ごめんなさいなのです。
 魔法の液体、一本サービスするのです」

「まぁいいんだけどネー!
 それでそれデ?本命の彼女について教えテ!」

「……名前はエリカ。転生課、774番なのです」


 カナエの指先が宙を叩く。
 部屋中の文字が、目が回りそうなほど動き回った。


「ウーン?
 もっと教えテ
 役に立たなそうなことでもなんでモ!」

「……赤髪、魔族の血を引いてると聞いたのです」


 部屋の文字がぐるぐると回る。
 合わせて目を動かすのがしんどい。
 ぬいぐるみを抱きかかえて待つ。


「ハーン。
 ほかには?」


「……あまり頭がよろしくなかったのです。
 さっき調べたリッカとよく一緒に居たのです。
 んっと、あとは……中央区の28番地、三階建ての家に、5人家族で住んで……居たはずなのです」


 あとは有効な情報が思い浮かばない。
 考えてみると、ボクはエリカについてほとんど知らない。


「……」


 カナエの指先が動きを止めると、部屋中の文字や映像が消え、元のぬいぐるみ部屋に戻った。


「わかったヨ。
 情報は手に入れタ」

「……ありがとうなのです。
 どこにいるのか教えてほしいのです」

「先ニ!プレゼント!」


 カナエがボクに向かって手を伸ばす。
 その表情があまりにも必死だったので、仕方なく魔法庫から二本のパックを取り出す。


「なにコレ?」

「『コップ一杯で一日分のカルシウム!ぐんぐんミルク』なのです」


 カナエはさっそくコップに残っていたドロドロを飲み干し、ミルクをコップに注いだ。


「本当に背が伸びるんだろうナ?」

「……本でも読んだので間違いないのです。
 カルシウムというのが大切らしいのです」


 ミルクの存在をカナエに知られたのはかなり痛い。
 だが、家にはまだまだ食堂で手に入れたストックがたくさんある。
 背を越されることはないだろう。

 ミルクを飲み干したカナエが騒ぎ始める。


「背、伸びないじゃないカ!」

「……これで寝ればほんのちょっとだけ伸びるのですよ」

「本当だろうナ!
 嘘だったら堕天だゾ!」


 カナエはもう一杯グラスにミルクを注いで飲み始めた。


「ところで、さっきのエリカについての情報は正しいんだろうナ?」

「……正しいと思うのです」


「フーン……」


 カナエはコップを放り投げ、ベッドに寝っ転がると
 ぬいぐるみを手に取って遊び始めた。


「……カナエ、エリカについて教えるのです」

「まー悪ふざけしてる様子もないんだよナー」

「……カナエ、早く教えるのです」

「どしてだろうナー。
 うーん、そうだネェ……」

「カナエ!」


 ぬいぐるみと遊ぶ手をやめ、ベッドから身体を起こす。


「ハァー。『該当ナシ』だとサ」

「……?」


 カナエの金の瞳が、じっとボクを覗き込んだ。


「『エリカ』なんて女神は、今までも、どこにも、存在してないヨ」

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