異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第53話 「食べることが一番」

 
 ポーチを片手に商店通りを歩く。
 今の私は強い。
 何でも買える財源がこのポーチに秘められているのだから……!


「そういえば、リッカはなにが欲しいんだい?」


 …………
 うーん……


「特に思い浮かばないです……」

「そうなの?」


 ぶっちゃけ、必要な物は必要だと感じた時点で創ってしまう。
 だから、これといって不便を感じたこともない。
 服やアクセサリーを買っておしゃれしたいというわけでもないし……。
 あれ。なんで私はワクワクしていたのだろう。

 強いて言えばやっぱり……。


「美味しいごはんが食べたいです」

「それじゃあ、少し早いけど夕ご飯を食べに行こうか」


 グレンに連れられ、商店通りの端まで来た。
 海に面したレンガ造りの建物にはいる。
 まだ陽が沈んでいない為、夕食には早い。
 円卓がたくさん並べられた店内は、人が疎らだった。

 適当な席に座り、『メニュー』と書かれた紙を手に取った。


「この店の物は何を食べても旨い。
 気になったものは、何でも注文してみるといいよ」


 メニューを見てみると、初めて見る単語がたくさんあった。
 とりあえず気になったモノを選んでみる。
『グレタリオの滅多焼き』
『サイサン草の海底サラダ』
『鈍足魚の甘辛煮』
 ………


「たくさん食べるんだね……」

「どれも美味しそうなので、気になったモノ全部頼んじゃいました!」


 10品くらいは注文しただろうか。
 天界の食堂ではいつもメニューが決められていた。
 だからこそ、自分でメニューを選べるのが新鮮で楽しい。
 ついつい多く注文してしまった。


 少しすると、料理が届くよりも前に飲み物が一つ届いた。
 発泡する黄色い液体だ。
 グレンはそれを飲むと、なんともいえない満足そうな顔をする。


「それはなんですか?
 確か……ベンガルさんも同じものを飲んでいましたよね?」

「あぁ、これはライエールさ。お酒だよ。
 リッカはお酒を飲んだことがあるかい?」

「お酒……ですか?」

 天界の食堂で飲んだことがある。
 確か、甘くてお腹がポカポカする不思議な飲み物のことだ。
 美味しくてエリカちゃんとたくさん飲んだ記憶がある。


「飲んだことあります!」

「それはよかった。
 ここは僕が知る限り一番多くのお酒を取り扱っているんだ。
 特にライエールは最高だよ」

「はえー、じゃあそれも飲んでみます」


 私のライエールが『サイサン草のサラダ』と共に届いた。
 まず最初に、ライエールを手に取る。
 実際に手にしてみると、結構量が多い。
 水を飲む時ですら一度にこんなに大量に飲まない。
 重いジョッキを傾け、シュワシュワを口にしてみると……。


「……にがい、ぅぇー」

「あれ? ライエールは初めてだった?」


 私の知っているお酒は、もっと甘いお酒だった。
 果物だとかの味がする美味しいものを想像していたが、苦いのは予想外だ。
 口直しを求めて、サラダを手に取る。

 水気をたくさん含んだ植物に、茶色いソースがかかっている。
 フォークで突っついてみると、わずかに粘つく。
 ソースをしっかり絡めてサラダを口にしてみた。


「美味しい!……にがい」


 口に入れた瞬間は美味しいが、咀嚼しているうちに苦くなってくる。
 たぶん、ソースが美味しいんだ。
 サイサン草とやらは苦い!
 試しにもう一度ライエールを口にする。


「わー苦い」

「口に残さないで、一気に飲んじゃうのが良いよ。
 喉で味わうんだ」


 なんともまあ厄介な飲み物だ。
 グレンに言われた通り、口に残さないで一気に飲み込んでみる。


「さっきよりは苦くないけど苦いです」

「まぁ本領を発揮するのは、脂っこい料理を食べながら飲むときなんだ。
 特に肉料理と一緒が……最高だ」


 そんな話をしていると、お皿が二つ運ばれてくる。
 私の前に黒い塊が乗ったお皿が置かれ、グレンの前には分厚い肉が乗った皿が置かれた。


「……なんですかこれは?」

「それが『グレタリオの滅多焼き』だよ」


 黒い肉……なのではない。丸焦げだった。


「グレタリオの肉は火が通りにくいんだ。
 表面を丸焦げにしないと、中まで火が通らない。
 焦げた部分を切り落としてから食べるんだ」


 硬い表面の部分をナイフで切ってみる。
 切り口を見て驚いた。
 表面が丸焦げなのに、中のほうはまだ赤身が残っている。
 溢れ出る肉汁を零さないように口に運んだ。


「美味しいです!」


 肉だけの味ではない、何とも深い味がした。
 柑橘類やハーブの香り、塩の味が噛みしめる度に口に広がる。


「グレタリオの肉は、火が通りにくい理由は水分を多く含むからなんだ。
 だから、肉を一度干してから特製の『出汁』に漬け込むと
 出汁をたくさん含んだ肉が出来上がる。
 それを丸焼きにして旨さを閉じ込めてるんだ」


 詳しいですねグレンさん

 飲み込むのがもったいなくて喋れない。
 んん?
 肉が美味しいのではなく出汁が美味しいのか?
 どちらでも良い、美味しい美味しい……


「リッカ、今だよ今」


 グレンが手を『くいっ』と傾けるジェスチャーをしている。
 なるほど。ついに時が来たか。

 ジョッキを持ち、ライエールを口に流し込む。
 残っていたお肉を、漂う油を、ライエールがすべてを攫って流れる。
 シュワシュワが喉を通り、食道を伝い、胃に辿り着いたことを感じた。


「くぁー旨い!」


 グレンが小さく拍手する。
 苦い飲み物だって、何かと合わせることで美味しく頂けるんだ。
 食の神秘に気づき始めた。

 その後も、なぜか少しずつテンションが上がっているグレンを不思議に思いながら
 ライエールと料理を楽しんだ。

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