異世界転生を司る女神の退屈な日常
第48話 「もう手の届かない思い出」
魔力の高まりを感じ、目を覚ます。
いつもと違う枕の感触を疑問に思いながら身体を起こすと
いつの間にかクマの人形を枕にしていたことに気が付く。
なんとなく心の中で謝り、ベッドから降りた。
肌ざわりの良い絨毯を踏みしめ、背伸びをする。
部屋から出る前に、いつものように柱に背を合わせ、頭の位置に手を合わせて確認してみる。
相変わらず、柱に刻んだ目印から変化はない。
階段を降りてリビングに向かうと、珈琲の良い匂いがする。
「あら、おはようテンシ。
そろそろ声をかけようかと思ってたわ」
「……おはようなのです。
一人で起きられるので平気なのです」
「そんなこと言って、時々寝坊するじゃない」
いつまでも一人で起きられないと思っているのだろうか、この母は。
ボクへの対応が、天使の頃から変わっていない。
なぜかさっきから何も喋らない父の正面に座る。
新聞で顔が隠れて表情が窺えないが、こういう時は父が何かイタズラを企んでいる時だ。
よく見ると、新聞に小さな覗き穴が開いている。
こちらの動向はバレバレというわけだ。
たぶん、新聞の影に何か隠していると思う。虫だとか。
警戒しながら、目の前に置かれていた珈琲を啜る。
「べぇ! 甘い!」
いつもの味を想像していた珈琲が、むせ返るほど甘い!
角砂糖を一体何個入れたのだろうか。舌の上がざらざらする。
顔が歪んでしまうほどの甘さに耐えていると、目の前の新聞がカサカサと揺れ始めた。
次第に揺れが大きくなり、父が笑いを堪えきれなくなっていることに気が付く。
「ハハ! ハハハッ! 子供には少し早すぎる甘さだったかな!」
「……子供だとかは関係ないのです。
というか、子供じゃないのです!」
「ハハ!イハハハッ! そうだそうだ! テンシは大人だもんな?
コンパクトでかわいい女神様だな!
『今日は』身長伸びてたか?」
こっそり毎日身長を確かめていたのがばれていた。
なんという人だろうか。
よりにもよってそれで煽ってくるなんて……!
テーブルの下から父のマグカップに向け手をかざす。
小さな小さな火の玉をマグカップの中に召喚した。
笑い転げている父は沸騰し始めている珈琲に気が付かない。
やがて新聞を見ながらマグカップに手を伸ばし、口を付ける。
瞬間、小さな火がごく小規模な爆発を起こして父の顔に珈琲をまき散らす。
「アッヂッ! ワァア! アッツゥイ!」
マグカップと新聞を放り投げ、水場へ向かって駆け出す。
思い知らせてやった。いい気味だ。
放り投げられたマグカップを魔法でキャッチし、こぼれた珈琲も抽出してマグカップに入れ直す。
ついでに自分のマグカップからも砂糖を抽出して、父のマグカップに入れた。
程よい苦み、程よい暖かさの珈琲をくいっと飲み干す。
「……お母さん、行ってくるのです」
「あ、もう行くの?
お父さーん!もう行くって!」
顔を水で冷やしていたのだろう。
髪までも水でぐしょぐしょになった父が顔を覗かせる。
「もうちょっと手加減してくれ」
「……自業自得なのです」
扉に手をかけ、振り返る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」 「おう」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
リッカが堕天してから二か月が経とうとしている。
エリカと会えなくなってからも二か月だ。
短い期間ではあるが、これだけ姿を見ないと少し心配になる。
今日、いつもより早く家を出たのには理由がある。
出勤前、エリカに会いに行くのだ。
エリカのような女神は始業時間ギリギリに合わせて出勤するはずだ。
ボクが少しだけ早く家を出れば、確実にエリカに会える
中央区、中央局の真下に広がるのは天界の住宅街。
中央区の住人のほとんどはここに住んでいる。
中には、リッカのようにあえてここに住まない神々もいるが極稀だ。
白いキューブ状の建物が積み重なるように多く存在する住宅街が、まだ朝の静けさに包まれている。
まだ人通りも少ない。
エリカの家にはリッカと共に一度だけ遊びに行ったことがある。
エリカには天使学校に通う二人の弟が居て、かなり弄ばれたのを覚えている。
恐ろしい兄弟だった。
その時の記憶を頼りに、エリカの家へ向かう。
四階建ての建物の角を右へ、正面に見えた家を飛び越えて奥の道へ
少し歩くと見えてくる『中央局はこちらへ』という看板が目印だ。
そして、この看板の影が指す方向の一角にエリカの家がある。
3つの建物が目に入る。
確か、以前来た時には花壇に赤い花が植えられていた。
その記憶を頼りにそれぞれの建物を見てみるが、どこにも赤い花は見当たらなかった。
だが、エリカの家の目星は付いた。
3つの建物の内、一つしか花壇が無い。
花壇は雑草に覆われている。
花を植えることはやめてしまったのだろうか。
扉の前に立ち、深呼吸する。
短い間とはいえ、久しぶりに会うから少し緊張する。
だが、エリカは唯一気持ちを共有できる仲なのだ。
エリカもきっと元気をなくしているだろう。
だからこそ、ボクがエリカを連れ出して元気を取り戻してあげなければいけない。
小さな手で扉をノックする。
「……おはようございますなのです」
……扉からの返答はない。
念のためもう一度ノックする。
「……?」
もうみんな出かけてしまった?
そんなはずはない。
特に天使学校はここから近い。
こんなに早く家を出る理由はないだろう。
ドアノブに手をかけてみると、鍵が掛かっていないことに気が付く。
「……入るのですよ」
ゆっくりと扉を開けて部屋に入る。
明かりの灯っていない暗いその家は
埃の積もった床と朽ちたテーブル。
誰かがここに住んでいる痕跡は一切なかった。
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