異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第45話 「混乱心」

 
「リッカ……! 大丈夫かい!」


 グレンが剣を鞘に納め、慌てて近づいてくる。
 両手で肩をがっしりと掴まれ、顔を覗き込んできた。


「聞こえるか! 腕を縛るからな! 気をしっかり持って!」

「えっ! 何!? 何でですか!?」

「錯乱症状が併発してるのか……!? 耐えてくれよ……!」


 グレンがリュックを下ろし、縄を取り出すと私の腕を縛ろうとする。
 飛び起きて抵抗すると、グレンも私の腕を抑えようと必死だ。


「ちょっと! グレンさんッ!」

「えっ? なんだい!?」


 グレンが驚いた顔をして私を見る。
 その時に気が付いた。
 グレンの目が少し『逝って』いる。


「リッカ! さっの魔物は。スカるるとイっく
 目をノゾきこむと気がガガガ」


 グレンの言動が本格的におかしくなってきた。
 今度は縄を自分の足に巻き始めながら、全身をガタガタと動かし始めた。
 薄暗い森にこの光景はかなり不気味だ。
 たぶん、骸骨のなんらかの力によって正気を失っているのではないだろうか。


「足が! 動かないいい!い!
 これはマズイ!」


 自分で縛っておいて叫んでいる。
 放っておけば治るのだろうか?
 そう考えていたら、短剣を取り出し、縄を切ろうと足を刺し始めた。
 鎧によって直接刺さることはないが、見るからに危険な状態だ。
 一刻も早く正気を取り戻さなければ。


「グレンさん! 短剣危ないです! しまってしまって!」

「もうちょトだけ!もうチョッとだげ!」


 グレンは一向に短剣を振り下ろすのをやめない。
 完全に壊れてしまった。

 そこでピンときた。
 そう『壊れてしまった』のだ。
 図書館で読んだ本にはみんな書いてあった。
『叩けば直る』と。

 手始めに足元にあった本やお気にのティーポットを投げる。
 頭に当てることが出来たが、まだ喚きながら暴れている。
 もっと強い衝撃でなければと思い、椅子を取り出して精いっぱい投げてみたが
 上手く当てることが出来なかった。
 このままでは埒が明かない。

 短剣を振り回すグレンにゆっくりと近づく。


「グレンさんごめんなさい!」


 隙を見てグレンの頬を思いっきり引っ叩いた。
『パチッ』という軽い音が森に木霊す。

 少し弱かったか?

 そう思いながら様子を伺うと、ハッとした顔がそこにあった。


「正気……戻りましたか?」


 骸骨の死体を、振りかざした短剣を、縄が巻き付いた自分の足を
 グレンはゆっくりと見渡した。


「……すまなかった」


 グレンは恥ずかしそうに顔を俯かせた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「さっきの魔物は『骸獣スカルビースト』だ。
 森で人間や獣を狩って生きている奴らだ。
 生まれた時から目の空洞に魔法陣が刻まれてあって、目があった対象は精神汚染される。
 気絶したり、錯乱したりと様々な効果がある。
 僕が正気を失ったのはそのせいだ。
 本来ならもっと北に生息しているはずなんだが……」


 地面に散らばった物を拾いながら説明を聞く。
 目を見ただけで精神がおかしくなってしまうなんて、厄介な魔物だ。


「あれっ? そういえば私も目を見ちゃいましたよ?」

「……天空人は生まれつき魔法抵抗力が高いと聞いたことがある。
 たぶん、僕が正気に戻ったのもそのおかげだろう」


 私は天空人ではないので、もしかしたら『女神』のスキルのおかげかもしれない。
 本当に叩けば直るのだ。


「グレンさん、縄を取り出してたんですけど覚えてますか?」

「あれは……、目を見た時の対処法なんだ。
 一時間もすれば正気に戻るから、動けないように縛っておくんだ
 事前に居る事が分かっていれば、対抗魔法をかけておけたんだけどね」


 グレンが恥ずかしそうに苦笑する。


「それにしても、君の魔法は不思議だね。
 服を創るだけでも驚いたのに、魔法の倉庫まであるのか」

「これは魔法というか……気づいたら当たり前のように使えるようになってました」

「へぇ~すごいなぁ。
 椅子にカップ、これはナチの実じゃないか!」


 グレンが楽しそうに物を拾い集める。
 生活用品を見られるのはなんとなく恥ずかしい。


「リッカ、この本は何だい?」


 何かやましい本でも持っていたっけ。
 そんなことを思いながらグレンの持つ物をみて驚いた。

 すっかり存在を忘れていた『幸運を呼びよせる魔法』が載った魔導書だった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品