異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第46話 「魔導書さん、こんにちは」

 
「リッカ、この本は何だい?」


 グレンの持つ物をみて驚いた。
 すっかり存在を忘れていた『幸運を呼びよせる魔法』が載った魔導書だった。


「それは魔導書ですよ、グレンさん」

「魔導書。魔導書かぁ」


 グレンはそういうと、ペラペラと本をめくってみる。


「古代語の類かな? なんて書いてあるんだい?」


 本をのぞき込んでみると、簡単な魔法陣が書かれたページだった。


「『全身を清潔にする魔法』って書かれてます」

「浄化魔法の類か」


 天界で生活していると、汚れるということが滅多になかった。
 その他、生活に不便を感じることもなかったので、生活に関わる魔法はほとんどスルーしていた。

 隣のグレンを見ると、鎧の隅々が黒く変色している。
 骸獣の返り血を浴びたせいだ、
 これくらいの簡単な魔法陣なら、すぐ暗記して使えるかもしれない。


「グレンさん、本貸してください」


 グレンから本を受け取り、魔法陣とにらめっこする。
 何をするか気が付いたグレンが、少しうれしそうな顔をした。

 目をつぶり、暗闇の中で覚えた魔法陣を再現する。
 魔力を込め、頭の中でゆっくりと線をなぞり、目の前の空間に投影した。
 薄く光る魔法陣が、私とグレンの間に現れる。
 本の魔法陣と差異が無い事を確かめ、更に魔力を込めた。

 グレンの頭上に、光る白い輪が現れ、ゆっくりと降下し始める。
 それが皮膚に触れると『ジジジ』と焼けるような音を発てた。


「熱ッ! まぶしい!」


 グレンは顔をゆがませながらギュッと目を閉じる。
 光の輪は順調に降下を続け、地面まで届くと消えていった。


「……終わったかい?」


 グレンは恐る恐る目を開け、全身を確認する。
 泥汚れは落ち、黒く変色していた鎧も鋼色に戻っている。


「これは……驚きだ。
 小さな吹き出物までなくなっている」


 おでこをさすりながら、感嘆の声を上げた。
 確かに顔色まで良くなっている気がする。


「魔法というものは殺し合いの為にあるものだと思っていたよ。
 こんな素晴らしいものがあるなんて知らなかった。
 ありがとう、リッカ」


「えへへ、今度汚れが気になったときに唱えてあげますね」


 魔法とは、生活の為に作られたのか、殺し合いの為に作られたのかわからないが
 この魔導書に書かれている魔法は、様々なことに役立てる魔法が多い気がする。
 後でまたしっかり目を通しておこう、

 散らばった道具類を魔法庫に片付け、その場から出発した。


 二体の骸獣がこの森に来てから、他の厄介な魔物たちが逃げ出したらしい。
 その後の道中は順調だった。
 薄暗くなり始めた頃、バルロックの森を抜けだすことが出来た。

 一見、ヘーゲル草原のような開けた土地だが
 ところどころ地面が剥げ、砂が見えている。


「これから僕たちが向かうところは『ナイーラ港』だ。
 ライン街には徒歩でも行けるが、港の船に乗ればもっと早く到着できる。
 港まではまだ遠いから今日はここで野宿しよう」


 適当なところを見つけ、荷物を下ろす。
 二人で焚火の為の木の枝を拾い集めた事には、すっかり日が暮れた。

 焚火の周りで、今日の夕食を作る。
 本日のメニューは、カルカンの焼肉だ。
 骸獣が殺していたカルカンを、血抜きしながら持って来ていた。

 グレンが慣れた手つきで毛皮を剥ぎ、内臓を取り出す。
 肉を捌き、木の枝に突き刺して焚火の火で炙る。
 香ばしい良い匂いが辺りに広がる。

 他にも小さな鍋を取り出し、焼いた肉を小さく刻んで入れ
 野菜と私が集めたナチの実を少し入れてスープも作った。

 最後に残っていたパンを少し温めて、完成だ。


 まずは肉から食べる。
 多少の獣臭さはあるが、とても柔らかく、トロトロしている。

 スープを口にすると、肉の柔らかさがスープにマッチしており
 時々来るナチの実の刺激が楽しい。

 異世界に来てからの食事で、何か足りないものがあると思っていたが
 それが今ようやくわかった。
 それは『暖かさ』だ。
 暖かい食事は美味しさも増すし、心も温まる。
 特に暗闇の中での食事は、この暖かさが特に身に染みる。

 暖かいさを噛みしめながら、夕飯を堪能した。

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