異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第41話 「マラソン」

 

「……転生の準備ができたのです」

「えっ? もう終わりかい? おじさん質問されるの大好きだから、もっとしてよ~」

「……お前、じゃない。おじさんみたいな喧しい人間が初めてなのです」

「おじさんもボクっ子で本当に可愛い子は初めてみたよ!
 もっと!もっと話していたい!」

「……とっとと逝きやがれなのです」


 一人の天使、ではなく女神が両手を空に突き出すと
 中年の人間が緑の淡い光に包まれる。


「待って!どうか名前を!おじさんの身体に刻み付けて来世でも覚えてい  」


 人間の訴えは最後まで言うことを叶わずに消えていった。
 世界が静寂に、暗闇に包まれる。
 小さな青い女神────テンシは椅子に飛び座ると、大きくため息を吐いた。

 本日6度目の転生。
 いつもは5度目で終えるのだが、少し挑戦してみようと思ったのだが……。
 なんともいえない『ハズレ』を引いてしまい、精神的な疲れがどっと来た。
 いつもはこんな失敗をしないように、何事も必要以上に見積もって安定を目指すのだが……。
 彼女がいなくなってから少し、生活の仕方が変わった気がする。

 6度目に挑戦したのも、彼女に少しでも近づきたかったからだ。
 だが、このままでは一向に無理だろう。
 彼女は一日に30回も転生を行っていた。
 根本的に何かが違うのだ。
 一説によれば、地獄に落ちれば魔力が大きく増すとも聞くが……本当だろうか?

 椅子を仕舞い、魔法で灯した明かりを消す。
 背伸びしてドアノブに手を伸ばして開け、白く長い廊下に出る。

 翼を出して出口に向かい飛んでいると、一つの番号が目に入る。

 1115

 彼女の部屋だった番号だ。
 翼を閉じて降り、扉を少し開けてみる。
 顔を隙間に突っ込んで中の様子を伺うが、相変わらず闇に包まれた部屋はどこも変わった様子が無い。
 扉を閉じて、また飛ぶ。
 目指すところは食堂だ。

 研究課の入り口を通り、『食堂』と書かれた矢印に沿って歩く。
 無機質な自動ドアをくぐり、食堂にたどり着く。
 白い円卓がたくさん置かれているが、そこには誰一人座っていない。

 身近な椅子に座り、本を取り出して読む。
 誰もいない食堂にページをめくる音だけが響く。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 目が少し疲れてきた頃に本をテーブルの上に置き、『本日のメニュー』を確認する。
 今日は『ハリボテ魚の鉄火焼き』らしい。
 ここ最近は甘いもの続きだったので、そろそろしょっぱいものが食べたかった。
 魚を焼くんだから、まず甘いことはないだろう。
 食堂の奥にいる女神に声をかけ、一皿注文する。

 料理が運ばれてくるまで、また本を読む。
 しばらくして、料理が机の上に置かれる。
 それとなぜか小さな金槌も一緒に置かれた。

 本をもう二冊取り出し、椅子の上に置いて高さを合わせる。
『ハリボテ魚』というのは、非常に大きな魚らしい。
 お皿から大きく身をはみ出している。
 良い具合に焼けた身に、焦げた塩がかかっており、見た目だけで食欲を誘う。

 箸を手に取り、腹に切れ込みを入れようとすると、硬いものにぶつかった。
 皮をめくってみると、どうやら骨にぶつかったらしい。
 まぁ、こんなにも大きな魚だ。
 骨が大きくても不思議じゃない。

 別の位置から切れ込みを入れようとすると、また骨にぶつかる。
 どうやらお腹周辺はすべて骨に囲まれているらしい。
 背なら箸が通るだろうかと思ったが、また骨だ。
 どうやら身体全体が骨で包まれているらしい。

 なるほど。
 その為の金槌か。

 金槌を手に取り、骨をたたく。
 十分にヒビが入ったのを確認して、骨をどけた。

 さぞかし骨の中には身がいっぱい詰まっているのだろうと思ったが
 覗いてみると、一口で食べられる程度の身しかなかった。
 なるほど。
『ハリボテ』とはそういう意味か。

 しかし、これが異世界食の醍醐味。
 この一口にとんでもなく旨味が凝縮されている……!
 と、いうわけでもなかった。

 表面に振った塩がここまで浸透するわけでもなく
 無味、無臭。
 もさもさとした食感が口に広がる。

 おしまい。

 大きくため息をついて、椅子に重ねていた本を仕舞い、食堂を後にする。
 研究課を出て、次に向かうのは図書館だ。

 改革されてから賑わいの衰えない図書館にたどり着く。
 迷わず向かう先は『漫画コーナー』だ。
 面白そうなタイトルの漫画をいくつか手に取り
 入口に近い椅子に座って読む。

 何度か漫画を取りに行って、シリーズを読み終えそうな頃に読むのをやめる。
 なんだか、終わりを迎えるのが勿体無いというか、寂しいというか
 そんな気持ちになって読み進められない。

 もうどれくらい最終巻を読んでいないシリーズがあるだろうか。


 仕事終わりに食事をして、その後図書館で漫画を読む。
 ここ一か月、この生活を、同じ生活を続けている。

 好きでこの生活をしているわけではない。
 彼女との約束の為だ。
 エリカの面倒を見るという約束の為。

 だが、この一か月

 彼女が堕天してから

 赤毛の姿を見ていない。


 一体、赤毛やろーはどこにいるのですか。

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