異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第40話 「思い出へ繋がってしまう食事」

 
 照りつける日差しを感じ、意識が覚醒する。
 目を開ける前に実感する。
 ベッドの感触が、部屋の空気が、外の音が、天界とはまるで違う。
 五感すべてで感じることが、何もかも新鮮だ。

 身体を起こそうとすると、翼が窮屈そうに袖口から飛び出ているのに気が付いた。
 寝ている最中、無意識に広げようとしたらしい。
 袖口を広げて破ってしまわないように、ゆっくりと翼を折り畳んだ。

 窓を開け、新鮮な空気を取り入れる。
 既に陽が昇ってから時間が経つらしく、外壁からも熱を感じた。
 天界の環境は何もかもが丁度よかった。
 暑さを感じることもなかったし、寒さを感じることもなかった。
 この世界は、陽に当たるだけで暑い。
 薄っすらと額に滲んだ汗を拭いながら、どう対策するか考えていると
 部屋の扉がノックされた。


「グレンだ。起きてたら開けてもらっていいかい?」


 扉に駆け寄って開けると、お皿を抱えたグレンが立っていた。


「おはようございます。……それはご飯ですか?」

「おはよう。そうそう、朝食を持ってきたんだけど食べるよね?」


 グレンが小さな机にお皿を置く。
 そういえば、人間は一日三食食べるんだった。
 女神は食事を必要としないから、趣味で仕事終わりに食べているだけだったが
 この世界で生活をしていれば、一日三食も食べられる!

 お皿の上には、こんがり焼かれたトーストに小さな小さな目玉焼きが3つ。
 薄く長い肉に生野菜が少し。
 一枚のお皿にこれだけのメニューが乗っている。
 色とりどりで、香りがとても良い。
 なんて素晴らしいんだ。
 これが趣味で刺激を求める食事ではなく、生きていく為のバランスの良い食事……!


「えっと……。天空人は朝食を食べないとか……ある?」

「わかんないけど、いただきます」

「えっ?」


 堪えきれずにトーストに手を伸ばす。
 まだ微かに暖かいそれは、ついさっき焼きあがったものだろう。
 前歯で齧ると、調子の良い音を立てる。
 一回一回噛みしめる度に、麦の良い香りが口いっぱいに広がる。

 おいしい。

 次はお肉を食べてみよう。
 フォークを手に取り、薄い肉を軽く畳んで突き刺す。
 滴る油を零さないように、そっと運んで一口で頬張る。
 塩味が無いのが逆に良い。
 肉の僅かな甘さを堪能しつつ、ほんの少し焦げた部分のカリカリとした感触を楽しむ。


「随分と美味しそうに食べるんだね」


 グレンが一口も手を付けないで私を見ていたことに気が付いて少し恥ずかしくなる。


「と、とても美味しいです。
 なんていうか、こんな食事が初めてなので……」

「それは良かった。
 良かったら、僕のオススメの食べ方も試してみてよ」


 グレンはそういうとトーストを手に取って、肉、目玉焼き、野菜の順番で乗せた。
 それを大きく口を開けて齧り付く。

 なんて贅沢な食べ方なんだ。
 私も真似をして、トーストの上に乗せる。
 グレンのようにとはいかないが、精いっぱい口を広げて齧り付いた。

 口の中にたくさんの味が広がり、味わった事のないハーモニーを奏でる。
 味も、食感も、食べやすさも、すべてが完璧だ。
 喉を通る最後の瞬間まで、私のことを楽しませてくれた。

 もう一口、食べようと思って見ると
 目玉焼きの黄身が垂れて、トーストから零れ落ちそうになっているのに気が付く。
 慌てて舌で受け止め、そのまま齧り付く。

 ……なんて幸せなんだ。
 こんな食事をあと二回も楽しめるなんて……!

 そんなことを考えていると、ふと思い浮かぶ顔があった。

 エリカちゃんとテーちゃんにも食べさせてあげたいな。


「リッカ……? 大丈夫かい? 辛い事でも思い出させてしまったか?」


 グレンにそういわれ、自分が涙を流している事に気が付いた。


「やっ、ごめんなさい。そんなじゃないです……!」


 慌てて涙を拭うが、とめどなく溢れてくる。
 泣くつもりなんてなかったのに、もう涙は止まらない。
 もう彼女達には会えないのだ。


 エリカちゃん達は今、何をしているんだろう。

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