異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

★第38話 「笑う大男」

 グレンの言っていた村は陽が沈みかけた頃にようやく着いた。
 土道の脇に看板が立っており、『ナーゲル村』と書かれていた。
 見慣れない文字だが、女神の目を通すとどんな文字でも読むことが出来る。
 ユニークスキル『女神』のおかげなのだろう。
 もしかして、不便なくグレンと話せているのもスキルのおかげなのだろうか。
 私、無意識に知らない言語を喋っている?
 そう考えると気味が悪い。なんとも都合の良いスキルだ。


 ナーゲル村は、とても賑わいのある村のようだ。
 多くの人間が道を行き来しており、小さな露店がいくつも出ている。
『村』というより、『町』のほうがしっくりくる。


「とっても賑やかな村ですね。
 私、もっと静かなところを想像していました」

「ナーゲル村は、街をつなぐ中継地点の一つなんだ。
 商人もたくさん行き来するし、僕のような冒険者もたくさんいる」


 なるほど。
 村の中央に来るまで何台かの荷物をたくさん積んだ馬車とすれ違った。
 あれは商人の馬車だったのか。


「さぁこっちだ、リッカ」


 グレンからはぐれないように駆け寄り、ひときわ大きな建物に入る。
 扉を抜けると、更に多くの人がごった返していた。
 食事処なのだろう。
 散りばめられた机の上に大小さまざまな食べ物が乗っている。
 中でも、店の奥に座っていた髭を生やした大柄の男の机には
 これでもかというくらい、たくさんのお皿にジョッキが置かれていた。

 人間の胃袋というものは、あれだけの物を詰め込むことが出来るのか。

 そう不思議に思って眺めていたら、大柄の男と目が合ってしまった。
 男は椅子を蹴散らしながら立ち上がると、ドスドスとこちらに近づいてきて両手を広げたかと思うと……


「グレン!グレン公じゃないか!」

「ベンガル!奇遇だな!」


 ベンガルと呼ばれた大男がグレンの肩をバシバシとたたく。


「ガハハ!ほれ!こっちに来て座れや!
 嬢ちゃんもグレンの連れだろ?来い!来い!」


 言葉の圧というのだろうか、凄まじい。
 無条件で従ってしまいそうだが、一応グレンを一目見ると、苦笑いしながら頷いている。
 悪い人ではないのだろう。
 そう思い、大きな背中を追う。

 倒れた椅子を乱暴に立て直してベンガルは座る。
 グレンは空いている机から椅子を引っ張って来て座ったのでそれに倣う。


「紹介するよ、リッカ。
 彼はベンガル=ガナード。僕と同じ冒険者さ」


 ベンガルと呼ばれた男は、大ジョッキで発泡する黄色い液体を飲み干すと大口を開けて笑う。


「ガハハ!こいつがまだガキの頃から付き合いがあるんだ!
 少し硬いやつだが、惚れた女にはしっかり尽くすタイプだ!
 しっかり面倒見てくれ!」

「えっ? はい? グレンさんとは今日知り合ったばかりで……」


 突然そんなことを言われ混乱する。
「異世界に来たばかりで腰を据えてしまう勿体無い」
 方向性がよくわからない言い訳が口から出そうになる。


「ベンガル。
 リッカが困っているだろう。慎んでくれ。
 それに僕は女性に惚れている暇はない!」

「ガハ!冗談だ冗談!」


 ベンガルがまた笑いながら肉を貪る。
 なんというか、殿方の冗談がよくわからない。


「お前が誰かと共に行動するのは珍しい。ましてや女だ!
 護衛クエストか何かか?」

「いや違う。蜥蜴人リザードマンに襲われていたところを助けた。
 彼女の希望でライン街まで送るところだ。
 クエストの報酬も貰いに行かないといけないしな」


 蜥蜴人。それが私を襲ってきた生き物の名前か。


「蜥蜴人か。あいつらが今出現するところはヘーゲル草原辺りか。
 そんなところに一人で居たのか?嬢ちゃん」

「え? はい、まぁ……」

「嬢ちゃんが冒険者だというのは分かるが、役職はなんだ?
 一見、刃物の類を持ってないから剣士でもねえ。
 服装も明るいから盗賊でもねえ。
 じゃあ、魔法使いか?と思うが、杖もねえ」


 ベンガルが急に笑わなくなった。
 これは、私は何か疑われているのか。
 ふとグレンが言っていた『天空人』という言葉を思い出す。
 たぶん、『天空人』かもしれないと疑われているのではないだろうか。
 この種族だと武器が無くても戦えるのかもしれない。


「大盾もないからパラディンでもねえ。
 拳闘士かと考えればそんな体格でもない」


 ベンガルの追求が続く。
 天界でアイメルト先生に説教された時の事を思い出した。
 わざと分かっていることを口に出して反応を伺い、相手がボロを出すのを待つやり口だ。
 こんな時は下手に喋ってはいけない。
 手身近にあった肉を持ち、カリカリと齧る。あぁ美味しい!


「ベンガル!」


 グレンが大声を出して立ち上がった。


「彼女にも何か理由があるんだろう!
 言いたくないかもしれないことを追求するのはよしてくれ!」


 ベンガルの追求が止んだ。
 だが、ベンガルはグレンに向き直って静かに言い放った。


「グレン、お前がボロを出したな」


 カリカリと齧っていた手が止まり、代わりに冷や汗をかく。


「俺が言いたかったのは『実力もない冒険者がヘーゲル草原に挑むな』って話だ。
 最近、自分のレベルに見合わない土地に出向いて魔物に殺される若者が増えてる。
 だがグレン。お前が今言ったことは何だ?
 この嬢ちゃんが『言いたくない』ことは何だ?
 まるで何か『隠してる』ような言い方だな」


 グレンがしまったという顔をしている。
 思い切って「別世界から来た女神です」とカミングアウトしたほうが良いのではないだろうか。
 そう思い、口を開きかけた時


「リッカ、行こう」


 グレンに手を引っ張られて、立ち上がった。


「ベンガル。これは僕の問題だ。
 だから、口出ししないでくれ」


 歩き始めたグレンに連れられてベンガルの姿が遠くなる。
 俯いているせいか、さっきより小さく見えたベンガルが言った言葉を
 女神の耳は聞き逃さなかった。


「もう、あの子を悲しませないでくれ『天空人』」


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