異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第35話 「異世界に来ちゃいました」

 
 あぁ、またこの夢だ。

 白い部屋に白いベッド
 前回のように暗闇に包まれた部屋ではなく、暖かい日差しが差し込んでいる。

 意識がふわふわとして定まらない。
 このまま眠ってしまえばどんなに気持ちいいだろうか。

 でも、ここがどこなのかわからない。
 私の記憶のどこかに、こんな場所があるんだろうか。

 瞼が重くなってきて、意識が少しずつ遠ざかる。
 落ちていく意識を必死に呼び覚まそうと、手を天井に伸ばし、何かを掴もうとする。

 伸ばした手が、見慣れた手よりも小さく、頼りなく思えた時
 私の意識が途切れた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 最初に感じたのは、『暑さ』だった。
 肌にまとわりつく熱気。
 まるで炎の側にいるようだった。

 次に思ったのが『五月蠅い』だ。
 虫が騒がしく、鳥の声がやかましい。

 最後に『最悪な寝心地』だ。
 硬い地面、まばゆい日差し、汗で肌がべっとりとする。


 最悪な気分で身体を起こす。
 周りが明るすぎて、うまく目を開けられない。
 ゆっくりと開き、周りを確認すると……。
 森の中にいることが分かった。
 私が寝ていたところは、軽く舗装された土道。

 たぶん、ここは異世界なのだろう。
 本当に転生しちゃったんだ。
 地面にペタリと座ったまま少しだけ、少しだけ泣いた。

 急にどこかからガサガサと何かが動く音がした。
 音の元を探ろうとしたが、辺りを見回しても木ばかりで何も見えない。
 どんな生き物が潜んでいるかわからない。
 今は泣いている暇はないと自分を励まし、立ち上がる。
 とにかく、どこか落ち着けるところを見つけて現状を把握しなければ。
 私は道なりに歩き始めた。

 天界の暮らしでは少しも不便だとは思わなかったが、私は今『素足』だ。
 小さなコロッとした石を時々踏んでしまい、小さくうめき声を上げる。
 落ち着いたら、足を保護する方法を考えよう。

 しばらく歩くと、森を抜けて視界が開けた。
 見渡す限りの草原で、遠くのほうに小さな木の橋が架っているのが見える。
 橋があるということは、川があるのかもしれない。
 そこで一度休憩しようと思い、また歩き始めた。
 土道だと足が痛くなるので、草の上を歩く。
 少しだけくすぐったいが、土道よりずっと歩きやすい。

 橋に近づくと、水の流れる音が聞こえた。
 やっぱり水が流れているんだと、少しだけ嬉しくなり
 橋の根元から下をのぞき込んでみた。

 小さいながら、しっかりと水が流れている。
 土手をゆっくりと降りて、水に足をつけた。
 ひんやりとした水が気持ちいい。

 足や衣についていた汚れを水で洗い流し、橋の下の日陰に座り込んだ。

 いろいろ考えたいことがあるが、まずは目先の問題から解決しよう。
『靴』が必要だ。
 本当なら飛んで移動したいが、ここがどんな世界かわからない。
 翼の生えた人間が普通じゃないなら避けようと思う。

 靴程度なら、炎を生み出したりするのと同じように魔法で創造することが出来るだろう。
 まあ適当でいいやと思い、一足作ってみる。
 想像通りの白い皮の靴ができたが、履いてみると小さく作りすぎたようで窮屈だ。
 もう一足作ってみて、ちょうどよいサイズの靴ができた。
 小さいサイズの靴は……まあどこかで役に立つだろうと思い、魔法で別の空間に仕舞った。

 次にこの世界について知らなければならない。
 情報を得るためには、多少のリスクがあるが街などに行くのがよいだろう。
 道があるのならば、街に続いているかもしれない。
 それならば、また歩きはじめようと思い立ち上がった時
 遠くのほうから足音が聞こえてきた。

 悪い人達かもしれないと思い、橋の下に身を隠す。
 足音が次第に近づき、橋の上に差し掛かる。

 ペタペタという足音がいくつか響く。
 靴が履いていたらこんな音がしないし、裸足というわけでもなさそうだ。
 荒い息使いも聞こえる。
 少しだけ頭を出して橋の上を覗いてみた。

 一言で言うなら『トカゲ人間』だった。
 緑色の鱗の肌に、ギョロっとした黄色い瞳。
 革の服を着ていて、腰には曲剣をぶら下げていた。

 これはやばいだろうと思った。
 関わるべきではない、様子を見るべきだ。
 しかし、同時にもう一つの考えが浮かぶ。

 この世界ではこの姿がノーマルなのかもしれない。
 もしかしたら、とても温厚かもしれない。
 そうだとしたら、このチャンスを逃すわけにはいかない。
 仮に悪い生き物でも、話せば何とかなるかもしれない。

 なら、出会いは大切にするべきだ!
 思い切って橋から飛び出して声をかけた。


「あ、あの!」


 三匹のトカゲ人間が立ち止まり、こちらを振り向く。
 やっぱり、目が怖い。
 でも、ここで退くわけにはいかない!がんばれ私!


「ま、街はどちらにあるでしょうか……?」


 トカゲ人間たちはお互い目くばせをしたかと思うと、腰に手を伸ばして曲剣を引き抜き、剣先を私に向けた。


「あ……あっち?」


「ギャォオオオッ!!!」


 あっこれやばいやつだ。

 私に向かって突っ込んできたトカゲ人間を前にして、声をかけたことを後悔した。

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