異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第33話 「決断」


「……リッカお前『堕天』がどういう意味なのか分かってんのか!?」


エリカが椅子から立ち上がり、詰め寄ってくる。


「お前が……どんな不満持ってるのか、何を思ったか……知らねえけど……!
 『堕天』なんてしたらもう会えないかもしれないんだぞ!
 もう一緒に話すことも…!メシ食うことだってできない!
 わざわざ……『堕天』を選択することなんてないだろうが……!」


「エリカちゃん……」


エリカの言いたいことはわかる。
『堕天』は天界を追放されるということだ。
たぶん、どこかの異世界に堕とされる。
そうすれば、お互いに干渉することは難しくなる。
奇跡課ならあるいは可能かもしれないが
それは天界に近い異世界の場合だけだろう。

天界から離れた異世界ほど、お互いの影響が少ない。
その分、時間の流れが違い過ぎるのだ。
末端の異世界は、天界で一呼吸するだけで種族の世代が入れ替わるほどの時間が流れると聞く。
そうなれば、もう絶対に出会うことはできない。
私は、そのことを承知してでの決断だ。


「エリカちゃん、もう私達が女神育成学校で出会ってから、500年以上経つんだよ。
 一緒に楽しいこともたくさんしたし、イタズラして一緒に怒られることだってあった……。
 何年も何年もそうしてきた。
 だから、私はもう十分だよ」

「アタシは十分じゃない!勝手に決めるな!」

「十分だよ!」


私が急に声を張り上げたことで、少しだけエリカが怯む。


「私達が相手にしてきた生き物たちはみんな!
 私達よりも早く死んじゃうのに!
 みんな満足して転生していった!
 それは限られた時間を大切に生きてきたから!
 私達の……!終わりのない生活は……!
 贅沢に生き過ぎなんだよ……!」


 他の生き物たちより長い時間を、『死』という終わりを迎えることなく過ごしている。
 それなのに、『満足』できないことなんてあり得ないのだ。


「だからもう……十分だよ……!」

「……ッ!」


 エリカの顔が苦しそうに、哀しそうに歪む。
 何かを言いたげに口を動かすが、言葉にならない。
 やがて、エリカの紅い瞳が輝いた。


「エリカ!やめなさい!」


 アイメルト先生が大声で何かを静止しようとする。
 だが、エリカは止まらずに


「バッカヤロウッ!」


 そう叫ぶと、傍にあった暖炉を殴りつけた。

 魔力を込められて殴られた暖炉はひとたまりもなく
 爆音を立てながら消し飛び、外まで通じる大穴を開けた。
 凄まじい土煙を手で払いながら、エリカのことを見ようとすると
 彼女の姿はもうそこにはなかった。


「あの子は昔から耐え切れなくなると爆発してどっか行っちゃうんだから……!」


 先生が衣をパタパタとはたきながらつぶやく。


「先生!ごめんなさい!エリカちゃんと夢中になっちゃって……!」

「いいのよリッカ。良い友達を持ったわね」


 先生が私のことをギュッと抱きしめた。


「自ら堕天を選んだ女神を先生は知っているわ。
 あなたのように、多くの生き物たちを思いやる優しい女神だった。
 遅かれ早かれ、みんながあなたのように決断を迫られるわ。」

「……ボクはリッカのように決断ができなかったのです。
 だから、ボクはリッカを尊重します。
 リッカのような決断をできる女神こそ、本物の女神なのです」


「先生も、あなたのことを誇りに思うわ。
 だからリッカ、監視課が動く前に……」


 アイメルト先生がそっと身体を離す。


「先生があなたを『堕天』させる」





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