異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第14話 「踏まれし者 7」

 はるか昔に滅んだ北西の王国。
 轟音を立て、砂煙を巻き上げていたその国が
 突如、静寂に包まれた。

 俺は目の前にいる爺さんを斬り殺そうとした。
 剣が届くその寸前、世界が動きを止めた。

 跳躍していた俺は、その場に落ちることもなく
 それ以上浮きあがることもなく
 ただ、その空間に停止した。

 そして、その停止した世界を自由に動き回るのはただ一人
 目の前にいる爺さん―――『魔王』だけだ。


「ふぇ。驚いたか?ふぇふぇ。」


 爺さんは俺が伸ばした剣先をかいくぐり、俺に近づく。


「世界はお主らが思っているよりも、理不尽な創りじゃ。」


 爺さんはローブの懐から、奇妙な形をした短剣を取り出す。




「…記憶なんて引き継ぐもんじゃないのぉ。」




 そういうと、爺さんは俺の胸に短剣を突き刺した。


 突如、奇妙な感覚に襲われる。
 短剣の突き刺さった個所が、焼けるような痛みから冷たくなり始めた。
 身体の芯から体温を短剣に奪われるようだ。
 指の先から、足の先から、何かが短剣に向かって引き寄せられる。


 ああ。
 これは『踏まれた』時と逆の感覚だ。
 俺のすべてが、短剣に吸い取られる。


「ふぇふぇ?お主も随分と魔力を持っておるのぉ。
 歴代の勇者と競り合うくらいじゃ…。
 じゃが、勇者でもない…そうなると?」


 爺さんは急に黙りこんで考える。
 胸に刺さった短剣が、どんどんと俺の体温を奪う。
 視界が暗くなり、意識が途切れかけた時だった。

 急に胸の短剣を爺さんが引き抜くと同時に
 世界に動きが戻った。
 爺さんに引き寄せらせ、教会の屋根の上に背を付ける。
 身体が衰弱しきり、目が光を捉えられない。

「良いか?殺すつもりはないから正直に答えるんじゃ。お主、『ユニークスキル』持ちか?」


『ユニークスキル』?
 もしかして、俺の『踏まれたら相手より強くなる』能力のことを言っているのか?

 俺は小さくうなずいた。


「ふぇ!ふぇふぇ!オリジナルは久しぶりじゃ!
 しばし待て、今吸収した分の魔力を返してやる。」


 そういうと、爺さんは短剣の柄を俺の額に当てた。
 失われた魔力が短剣を通して戻ってくる。
 理解が出来ない。
 なぜ急に殺すのをやめた?

「ふぇ。何そう驚くことじゃない。儂もお前も同じ存在なんじゃ。」

「……同じ…存在?」

「そうじゃ。神の傀儡ではない同じ転生者じゃ。」


 神の傀儡?転生者?
 何を言っているのか理解できなかった。



「良いか?この世界は神によって創られた利用されるだけの世界じゃ。
  この自然も、動物も、人間も全て神が創作した偽り  の産物じゃ。」

「じゃ…あ、俺たちも…偽物か?」

「それは違う。儂らは特別じゃ。儂らは『ユニークスキル』を持っておるじゃろう。」


 爺さんは先ほどの短剣を見せてきた。


「儂の持つユニークスキルは『大賢者』じゃ。そしてこの短剣は、刺した対象の魔力を吸い取り、儂に送る。」


「儂のユニークスキルと、短剣で集めた魔力、そして引き継いだ記憶によって、儂は世界の真髄に辿り着いた。
 儂らはただ神によって利用される者。つまり神の養分でしかなかったのじゃ。」


 爺さんの声に力が入る。


「儂はそれを知った時絶望した。儂が生きてきた人生は?積み重ねた善行は?望んだ通りの転生とは?
 全ては神によって仕組まれたことじゃった…。」


「儂はこの仕組みを壊したい。儂は誰にも利用されずに自由に生きたい。
  『魔王』になったのはお主のような『ユニークスキル』持ちを誘き出すためじゃ。」


「……お主は、共に神に反逆する意思はあるか?」



 …爺さんの言っていることの大半が理解出来ない。
 神に利用されてるだとか、それに反逆するだとか。
 俺に関係あることなのか?
 神に歯向かうことにどうメリットがある?

 どう考えても答えは出ない。
 なら、俺がやるべき事は一つだ。


「爺さん…。俺のユニークスキルは『踏まれた相手の魔力を吸収する』だ。
  まずは俺から奪った魔力を返してくれ。」


 俺は踏み易いように手を差し出す。


「ふむ、まあそれからでも話は遅くない。」


 爺さんは俺の手を優しく『踏んだ』。

 その瞬間、俺の身体に爺さんの持っていた膨大な魔力、技術、そして知識が送り込まれる
 特に知識の量が圧倒的だった。
 それはこの世の常識を凌駕するものだった。

 死者は天界へ行く事、そこで新たな生を授けられること、記憶を引き継ぐことが出来ること。
 神の存在、女神、魔王討伐により産み出される魔力、徴集される仕組み、世界構造……。


 あぁ。そうか。
 そう言うことか。

 …

「お主?これで儂から魔力を吸収したのか?なんともないぞ?」

「…爺さん。あんたの意思は俺が継ぐ。」

「ふぇふぇ?協力する気になったか?じゃあさっそく詳しいはなじ…お゛…?」


 べちゃべちゃっと爺さんが赤黒い液体を垂れ流す。
 ゴボッと汚い音を立てて膝をついた。


「な゛…にお゛…?」


 爺さんは胸にぽっかりと空いた穴を不思議そうに眺める。


「爺さん、お前のこの知識が正しいのなら…
  俺が『魔王』になった方が相応しい。」


 爺さんが俺に手を伸ばす。
 だが、その手は何かを掴むほど力が残っていない。
 俺の鎧にズリズリと擦り付け、地に落ちる。


 終わった。
 これで、この世界に一人を除いて俺より力を持つものは居ないだろう。
 そして、その一人ももう少しでここに……。


 瓦礫の世界から一人の青年が現れる。


「…!騎士様!ご無事ですか!助太刀しようと思ったのですが…。
 その亡骸が魔王ですか?」


 亡骸が魔王?

 いいや、違うな『勇者』よ。



「俺が『魔王』だ。」





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