異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第11話 「踏まれし者 4」

 初老の執事が細剣を振り下ろした瞬間だった。
 魔法で拘束されていた身体が急に動くようになった。


「うぉぉぉおおおおおッッッ!!」


 振り下ろされる細剣の横腹を掌打する。
 掌打により逸れた細剣は、地面と擦れ合い耳障りな音を立てる。


「スパルタァッ!」


 俺はありったけの力を込めて魔法を唱えた。

『スパルタ』―――それは、火を起こす際の最初の火種として使う初歩的な魔法。
 小さな小さな火が指先から出る。
 俺の保有する魔力をすべて使っても、少し大きな炎が数秒噴き出るはずだった。


 俺の指先からでたのは、目を開けられないほど熱風を吹き荒らす火柱だった。
 炎は一瞬にして執事の顔を包み込む。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッッ!」


 執事は絶叫を上げ飛び退いて膝をついた。


 何が起こったのか。
 俺は確かにありったけの魔力を込めたが、予想していたよりも大きな火が出た。
 その火は、俺の保有する魔力では出せない巨大な火だった。
 なぜだ。なぜだ。
 いや、今はそんなことより…!

 急いで立ち上がり、目の前の執事を見る。
 執事は顔を伏せてしゃがみ込み、ピクリとも動かない。

 逃げられるか…?
 執事の後ろにある扉に目を向ける。
 俺が来た道は一本道だ。
 迷うことなく外へ逃げられるだろう。
 だが、もしもほかに仲間が居たら挟み撃ちだ。
 今のように不意を突ける自信はない。

 …それなら。
 顔面を焼かれたいまなら。
 コイツを殺せるかもしれない。


 俺は壁に立てかけられている大きな包丁の一つを手にする。
 執事に向け包丁を構える。


「…ナグルバーニャ。」


 執事がつぶやくと、青い光が執事を包み込む。
 赤黒く焼けた顔がみるみる元に戻る。
 マズい、回復魔法を使えるのか。


「…驚愕だ。まさか拘束の魔法に抵抗し、反撃されるなんて。」


 執事がゆっくりと立ち上がり、細剣を構える。

 ヤバイ。
 もう魔法は使えない…!


「殺すのは実に惜しい。」


 ヒュッっと風を切る鋭い一撃が眼前に迫る。
 大きく顔をそらし、その一撃を避ける。
 すぐさま細剣を引くと次々と細剣を繰り出す。
 二撃、三撃と来るたびに、身体を大きく動かして避け不格好なステップを踏む。


 見える…!見える…!
 突き出す剣の動きが。
 顔の横を通りすぎる剣の腹が。
 ゆらりゆらりと揺れる剣先がよく見える!

 コイツ、想像以上に動きが遅い!
 これなら勝てる!
 次の一撃を躱したら包丁を叩きこもう。
 そう身構えた。

 執事の動きがよく見える。
 足を半歩前に出す。
 体重が腰を伝い、身体を伝い、腕を伝わり、細剣に伝わる。
 そうして繰り出される最速の一撃。

 来るッ!
 俺は剣先をにらみつけた。

 だが、剣は動かなかった。
 変わりに動いたのは執事の右足、執事は蹴りを繰り出してきた。

 しまった!
 剣の動きはおとりか…!

 防御は間に合わず、腹に執事の足が叩き込まれる。
 背中を蹴られたのと同じように吹き飛ぶのを覚悟した。


「グッ……?」


 蹴りが…軽い?
 重い一撃を想像していたので困惑する。

 まさか…!
 この蹴りもおとりか!?

 ハッとして顔を上げると、そこには目を見開いた執事の顔があった。


「…なん、だと。」


 よくわからないが、執事にも予想外らしい。
 なら…チャンスだ。

 俺は右手の包丁を執事の肩へ突き刺す。
「グウゥ」とうめき声をあげて傷口を抑え込む。
 縮こまった執事の身体を思いっきり蹴った。


 聞いたことがある。
 これは『火事場の馬鹿力』というやつなのだ。
 だからもう、執事の身体が蹴っただけで吹っ飛んだりしても驚かない。

 俺は地面に落ちていた細剣を拾い、ふらふらと立ち上がった執事に近づく。


「シェンスタニ!シェンスタニィッ!なぜだ!なぜ効かないッ!」


 狂ったように叫ぶ執事に向かって細剣を突き出す。

 ブシュッと手に何かを突き破った感触が伝わる。
 見てみると、執事が手で細剣を受け止めていた。
 細剣を引き抜き、もう一度振り下ろす。
 ブシュッ ブシュッ
 そのたびに執事は右手、腕、左手、肘と、身体をかばう。

 ああ、動いていると狙ったところに刺さらないじゃないか。
 そう思い、執事に向かって魔法を唱える


「…シェンスタニ。」


 執事の動きがピタっと止まり、そのままの姿勢で地面に倒れる。
 なんだ、俺でも使えるじゃないか。

 凍り付いた瞳が天井を仰ぐ。
 僅かに開いた口からは、小さな息遣いだけが聞こえる。

 俺は胸の中央をかばっている両腕に剣先を当て
 ゆっくりと突き刺し、殺した。




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