なんでも【美少女化】するスキルでハーレム作ります ~人も魔物も無機物も俺も!?~

八木山蒼

第18話 呪い

 その日、俺らはギルド内でたむろしていた。

「いやあ、ベルディアーデからの報酬も思いの外おいしかったし、冒険者生活は順調だな」

「そうだな、始めはどうなるかと思ったが」

「ワシはまだ何もしとらんがの」

「ぐるるー、モンチー、それなんだ? くれ!」

「うきゃ? このオニクか? そこで売ってたぞ、やる!」

「わー、人間がいーっぱい! 変な人もいっぱいいるねー」

「うーん……魔女さまに貰った魔導書、難しいわ……」

 ギルドの机を2つほど占拠してわいわいがやがや。ちょうどいい仕事がなかったので待機中である。
 すると、受付のシオナさんが近づいてきた。

「皆さん、お疲れ様です。ごめんなさいねー、いいお仕事を紹介できなくて」

「お疲れ様ですシオナさん」

「まあ、冒険者はたくさんいますからね」

「仕方ないことじゃよ。こうしてギルドに座し、行き交う冒険者を見渡すのも面白いものだ」

「シオナさんは大丈夫なんですか? 受付離れて」

「私だって四六時中受付にいるわけじゃないですよー! 今は休憩時間です。ここいいですか?」

「あ、はい」

 休憩中の暇つぶしか、シオナさんはよいしょ、とマットの隣に腰を下ろした。いきなり隣に美女が来てマットは緊張している様子だったが、俺の目は別のところに吸い寄せられていた。

「えーっと、マット・オイルさんでしたっけ? こうしてお話するのは初めてですね、改めましてシオナ・チックです」

「マ、マットです。よ、よろしくお願いします」

「……早速なんですけど、ブラってどこの使ってますか? サイズが合うの少なくって」

「ブ、ブラ!? お、俺はえーと、そのー」

 女性しかいない(ように見える)からかシオナさんは中々際どい話題を振ってきた。だが気になっていたのだろう……シオナさんほどのサイズのバストを持つのは、ギルドに大勢の冒険者がいてもマットくらいしかいない。
 そしてそんな巨乳が2人並んで座る様はまさしく絶景であった。2人揃ってテーブルの上にぽよんと乗せ、4つの球がちょっとずつ揺れている。

「すごいな……」

「うん……うひひひ……」

「きゃっきゃ! でっけーでっけー」

 俺、ルナル、モンチーはその絶景を見て感想を述べた。

「ん?」

 俺はルナルに振り返る。モンチーがスケベなのは知っていたが、ルナルの反応が妙だったような……だがその時にはルナルはベルディアーデから貰った魔導書に目を落としていた。

「聞きましたよ皆さん、ベルディアーデさんの斡旋で、森の魔女さんの依頼を達成したんでしたって? ドラゴン討伐に引き続き、さすがですねー」

「あ、ありがとうございます」

「ギルドでの評判も鰻登りですよ! 皆さんは登録して間もないのでまだCランクですが、この分だと最速でのBランク昇格もありえますね」

「えーと、ランクっていうのはたしかギルドでの冒険者の格付けでしたね。昇格の条件とかはあるんですか?」

「そうですね、まずCランクは新米冒険者さんが属するランクです。いくつか仕事をこなしたり、実力を示したりすれば、Bランクへの昇格が認められます。Bランクの冒険者さんがギルドでは一番多くて、そこから一歩抜きんでた人が試験を経てAランクに昇格します。そしてAランクの中でも一際高い実力とギルドへの貢献を示した方が、Sランク冒険者として認められるんです!」

「Sランク、か……」

 Sランク冒険者、それはこの世のあらゆる職業と比較して余りある誉れの称号だ。魔物のはびこるこの世界、最高と認められた冒険者はありとあらゆる地で引っ張りだこであり、その名前だけで一生暮らせると言われている。
 Sランク冒険者は俺の目標でもある。もっとも俺の目標はSランク冒険者になること自体ではなく、その栄華を利用してハーレムを築くという不純オブ不純なことなのだが……

 とその時、ギルドの入り口の方がにわかに騒がしくなった。

「ん、どうしたんだ?」

「なんか人が集まってるけど……」

「何かあったのかの」

 俺らは入り口の方を覗き込んだが、シオナさんが訳知り顔で教えてくれた。

「噂をすれば、ですね。そろそろあの人が帰ってくる頃合いと思っていたんです」

「あの人?」

「はい。当ギルドに7人だけいるSランク冒険者、その1人インフェルノ・シンフォニーさんです!」

 Sランク冒険者。その言葉に俺の背中はぞわりと粟立った。Sランク冒険者は存在だけでも貴重にして重大、顔を見ることすらそう簡単にはできない。それがあっさりとやってくる……冒険者ギルドならではだ。

「インフェルノさんはその鍛え抜かれた体と剣術の腕前、そして独特なスキルで20年以上たった1人で戦い続け、ついにSランクと認められた方です。今回はたしか遠い『閉ざされた地』に行っていくつかの採集任務を行っていたはずです。きっと未知なる動植物をたくさん持って帰ってきてくれたことでしょう」

 自分のギルドを誇るようにシオナさんは語った。
 だがその時、神官様が初めに気付いた。

「待て……様子がおかしいぞ。あの喧騒、どうも歓待といった具合ではない」

「え? そ、そういえば、皆さん何か慌てているような……」

「行ってみましょう!」

 俺らも席を立ち、Sランク冒険者がいるはずの群衆へと向かっていった。



 群衆の真ん中にいたのは1人の男。インフェルノ・シンフォニーは屈強な体躯を漆黒の鎧に包み、長剣を背に携えて大量の物資を持ち凱旋した……そのはずだったが。
 今、インフェルノの鎧はほとんどが砕け無惨にも崩壊し。
 露出した肌には黒紫色の不気味なアザが浮き出て。
 何物も寄せ付けぬ孤高の英雄は、群衆の中で苦しみに呻いていた。

「グッ……グゴッ、ハアッ!」

 顔にまで浸食したアザを抑えるように悶えるインフェルノ。口からは血を拭き、すでに目が半分潰れている。そのあまりの凄惨さに人々は恐れて近寄れず、インフェルノの身を案じた何人かが近寄ろうとするも。

「ち、近寄るなッ!! 何が起こるか、わからん……! グウウウッ」

 インフェルノ自身が雄叫びのような声を上げて寄せ付けない。だがなおもインフェルノは苦しみ続けていた。

「み、見ろよ、あのアザ……」

 マットがインフェルノの体を指差す。インフェルノの体中を覆う黒紫のアザは……まるでそれ自体が生きているかのように蠢いていた。
 アザが腹から足へ這い出すと。

「グッ……!?」

 インフェルノが足を抑えて苦しみ始める。そして胸のアザが首に至ると。

「ガッ、ハ……ッ……!?」

 喉を抑え乾いた嗚咽を漏らす。間違いなく、インフェルノを苦しめているのはそのアザだった。

「インフェルノさんっ!!」

 群衆から飛び出したのはシオナさんだった。インフェルノの静止も聞かずに駆け寄りそのそばにしゃがみ込む。

「インフェルノさん、あなたほどの人がどうして……! 依頼先でやられたんですね? 治療はしなかったんですか?」

「アア……シオナさんか。治療はしたさ、だが何も効かず悪化する一方で……とりあえず仕事だけはやらねばと、戻ってきた……い、依頼の品は、そこだ」

 苦しみつつもインフェルノが指さした先には、見上げるほどの大量の麻袋が積み上げられていた。インフェルノが持ち帰った依頼品なのだろう。自らがここまで死の淵に瀕してまで仕事を優先するとは……Sランク冒険者たる片鱗が伺える。

「グッ、あああッ!?」

「インフェルノさん!」

 苦悶の声が再び響く。Sランク冒険者も、このままでは死んでしまう。そんな予感がしていた。

「シオナ殿、この者の症状はなんなのじゃ? 病ならばワシが力になるが……!」

 神官様が進み出る。僧侶系最上位職の神官様ならば、大半の病気や怪我は治療できるはずだ。だがシオナさんは首を横に振った。

「これは……『呪い』です。魔術による邪悪な呪い……それも見たことないほど強力で、そして複雑に……インフェルノさんの体に侵食しています」

「だ、ろう、な……仕事先で、得体の知れぬ魔物に、やられた。向こうで神官に加護をもらったが……グッ!? む、無駄だった、な……」

「そんな……」

 神官ですら防げない『呪い』。Sランク冒険者はその栄華の分持ち込まれる依頼も難易度が高く、人間が到底生きていけないような絶界にも時に行かなければならない。インフェルノもまたその地でこの『呪い』を受けてきたのだろう。人間には解けない、死の呪いを。

「やばいわよ、あの人本当に死んじゃうわ……私の魔術じゃ『閉ざされた地』の未知の呪いなんて……」

「……くそっ」

「セイ!?」

 俺はいてもたってもいられずに進み出た。このまま見過ごすなんてできない。ひょっとしたら、俺のスキルが役に立つかもしれない。

「シオナさん、どいてください! 俺のスキルを試してみます」

「セイさん? でも、あなたのスキルでは……」

「ダメで元々! 最大出力でいきます、巻き込まれたくない人は離れて!」

 俺はシオナさんを遠ざけさせ、両手をインフェルノに向けて構えた。俺の顔はギルドでは知られ始めているので、周囲の群衆もおとなしく距離を開いていく。
 苦しむインフェルノの目が俺と合った。

「お、まえ……なにを、するつもり、だ……?」

「呪いをあなたから分離します! できるかどうかわからないのですが……とにかく、やってみます」

「よ、せ……絶界の呪いが、お前に降りかかるぞ……!」

「いいから! いきますよッ!」

 俺はインフェルノに向け、スキルを打ち放った。いつもの光が一際強く辺りを白く染め、一瞬の輝きが視界を奪う。
 成功か、失敗か。全ては一瞬の後に決まる。
 そして俺は――成功した。

「ぐっ……こ、これは、いったい……?」

 インフェルノ・シンフォニーの体が【美少女化】している。元の鋭い眼つきや人相の悪さはそのままだが、それでなお整った顔立ちと美しい体つきの美少女に。だがそれは副作用、パワーを調整できなかったゆえのものだ。

 問題は、その上に覆いかぶさるようにのしかかっている少女だった。

「ウゲゲゲ……ケケッケケ……!!」

 フェンよりも濃い黒色系の肌をした、小柄な少女。紫色の髪を振り乱し、民族衣装のような露出度の高い恰好に身を包んでいる。全身には紫色のインクか何かで彩られたボディペイントが施され、異国の雰囲気を生み出している。その少女は両手をインフェルノの首に掛け、力を込めていた。

「グ……!!」

 だが少女ははたと異変に気付き、インフェルノの首から手を離した。きょろきょろと辺りを見渡した後、黒肌の少女は俺と目が合った。少女の目は白目に当たる部分が紫色に染まった不気味な形をしており、口からわずかに見える歯は人間のそれとは思えないほど鋭く、長く青白い舌をチロチロとさせていた。

「クケーッ!!」
「わっ!?」

 異形の少女は鳴き声のような声を上げて俺へ飛び掛かり、押し倒した。その手が俺の首にかかろうとする。俺は慌てて叫んだ。

「や、やめろッ!!」

 叫んだ途端、少女の動きがぴたりと止まった。【美少女化】された相手は俺へある程度の従属を示す……少なくとも殺意など抱けないように。

「フェン、モンチー! こいつを捕まえてくれ!」

「わかったー!」

「う、うん!」

「ゲゲッ、ゲーッ!」

 異形の少女が動きを止めている隙に、素早い身のこなしでフェンとモンチーが飛び出し少女の両腕を掴んで捕まえた。俺はやっとの思いで立ち上がる。その頃にはインフェルノ……インフェルノだった美少女も起き上がり、驚愕の目で俺を見ていた。

「お前……何をしたんだ? この娘はなんだ? 俺の体からはあの呪いの苦悶がすうと消えた……お前がやったのか?」

 美少女インフェルノの体にはあの黒紫色のアザは消えていた。そう、ここにいる異形の少女の肌と髪色によく似たあのアザが。
 シオナや、周囲の群衆もただただ唖然として俺を見ている。俺は静かに口を開いた。

「俺のスキル【美少女化】は……なんでも美少女にできる。男も、獣も……呪いもな。俺のスキルであんたにかけられたその呪い自体を【美少女化】して取っ払ったんだ。その分、俺に向かってきたようだが、な……」

 俺が説明すると周囲はしばしシンと沈黙した。だがやがて。
 歓声が沸き上がった。Sランク冒険者が生還した、その事実に冒険者たちが沸き立っているようだった。
 正直、ここまで喜ばれると思っていなかったので俺はその声に驚いていたが、そんな俺にインフェルノが歩み寄る。少し出力が強すぎたのか、インフェルノは俺よりも一回り小さな女の子になっていた。

「お前の名も知らないが……助けてくれたこと、感謝する。しかしなぜ、呪いに巻き込まれるリスクを冒してまで、私を……?」

 インフェルノは手を差し伸べつつ問うた。俺は考えた後、答えた。

「俺はSランク冒険者に憧れているんだ。あなたことは知らなかったが、死にそうなのを見てみすみす見殺しにはできなかった。それだけですよ」

 俺はインフェルノの手を握り返し、しっかりと握手をした。といっても女子の柔らかな手同士だったのですごくいい感触がしたのだが。
 何はともあれ、俺はインフェルノを救うことができた。本当によかった。インフェルノがSランク冒険者だからではなく……俺のスキルが、人の為に役立ったということが嬉しかった。

 俺の胸に残る魔女ベルディアーデの言葉。『美少女化スキルは、人類の危機を象徴しているのかもしれない』……それを思うと、俺は自分のスキルの存在意義に悩まざるを得なかった。
 だから死の淵に立ったインフェルノを見て体が動いてしまったのだ、助けなければ、と。

 歓声の中、俺は自らの内に沸き立つ新たな使命感を、不思議な気持ちで感じていた。

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