例えばそこに咲く向日葵のような

栗花落 愛

死にたがりの彼女(1)

煌びやかなネオンに包まれた歓楽街。夜間営業のスナックやバー、やたら派手な電飾を利用した風俗店の看板。昼間の賑やかで健全な街とは裏腹の、深夜の大人の街を、僕は駆け抜ける。
 泥酔して部下に介抱される上司の男。自動販売機の前で輪を作り、明らかに未成年者の少年少女が煙草を吹かす。全身を高級なブランド品で着飾った女の涙。ダンボールの家で新聞紙を被って夜をやり過ごす家のない老人。
 それぞれが心の闇の行き場をこの街に求めて、孤独が孤独を引き寄せて出来上がったここは、さながら寂しさの吹き溜まり。
 それらから目を反らすように、僕は忙しく回転する足を止めなかった。
 誰もいない家を飛び出して、どこへ行くかも分からぬままひたすら走る。とにかくどこか遠くへ行かなくちゃという使命感だけが、僕の体を動かした。
 走りながら僕は、夜にしがみついてこの場所に集う彼らの人生を少しばかり想像してみる。
 酔いつぶれたサラリーマンの男は、仕事場と家庭で板挟みにされたストレスを、酩酊めいていに任せて全て忘れ去りたいのかもしれないし、この社会への反逆の意思をその目に宿した不良の少年少女は、劣悪な家庭環境により、親からの愛を知らないのかもしれない。全身高級品の女は、ホストに通い詰めなければ生きていけないほど、人肌を求めた寂しい人間なのかもしれないし、ホームレスの老人は、昔上司の濡れ衣を着せられて退職し、そのまま再就職できずに全てを失ったのかもしれない。
 これは僕の想像に過ぎない。だがしかし、彼らが何らかの事情で、この胸に空いた穴をどうにか埋めたくて、この街に駆り出している事だけはわかる。そしてそれは僕も例外ではなかった。
 僕は運動が苦手ではないが、長距離の選手でもなければ、体力に自信がある訳でもない。出発からほぼ全力疾走を続けてきた僕の体は、もう既に限界を訴えていた。息を吸っても吸っても酸素が全身に回らない。思考はぼやけて、足は鉛のように思い。苦しい、苦しい。それでもその苦しさも、自分が生きている証だと思えば心地良い位だった。
 心臓が張り裂けそうに脈を打ち、血液を体の隅々まで送る。それでも足りないと、僕の体は僕の意思とは関係なく血を渇望する。心臓もまたそれに応える。テンポよく刻まれる生命のリズムを肌で感じながら、僕は背後にべったりと張り付くような得体の知れない恐怖を、振り払おうと足を動かした。
 無我夢中で進んで行くと、周りの景色は徐々に住宅地へと変わっていく。街灯だけに光が灯り、均等な間隔で並べられた家々は真っ暗で、人の気配がない、まるで街全体が死んでしまったような不気味な静けさがあった。
 僕はもう、ここがどこなのかいまいちよく分かっていなかった。しかし、あの寂寥感せきりょうかんばかりが蔓延する孤立した街からは、かなり遠ざかったような気がしていた。
 僕は、足の回転数を少しずつ緩めながら、住宅地の間を気の向くままに進んだ。ほとんど人の生活音からは無縁のそこは静閑せいかんとしていて、賑やかなあの街よりかは、いくらか息がしやすいようにさえ思えた。
 眠ってしまった住宅地の中へ、かなり奥の方まで進んで行った所にそれはあった。
 丁寧に舗装されたアスファルト、新しく、清潔感のある家で構成されたここにはおよそ不似合いの、古びた感じの公園。その中には、年季の入った滑り台と、錆びが目立つブランコ、そして木製のベンチが一つあるだけの、物寂しい公園だった。だがしかし、決してそれを卑屈に思っておらず、寧ろ堂々とそこに佇んでいるような、そんな凛とした雰囲気があった。
 まるでそこだけ時が止まってしまったかのような不思議な公園。僕はそこに何の気なしに立ち寄ってみる事にした。


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