異世界奮闘、チート兄

嚶鳴

過去と今

少女が犯人であったと聴衆が信じ込んでからの流れは早かった。

一度根付いた侮蔑の感情は解かれることなく、瞬く間に少女が処刑されることとなったのだ。

中にはおかしいと気づいてた者もいたが、多勢に無勢。

それに、処刑を望む者たちには、侮蔑や非難の感情の他に含まれていたのに気づいたのだ。

それは歓喜と安堵。

自らの一族にある異物を、何かとりかえしのつかないことになる前に排除できることによるものだった。

それらのことから、誰も異を唱える者は居なかった。

しかし、そんな事はすでに少女にとってはどうでもよかった。

少女は既に、周りを気にする暇など無いほど、絶望に染まり立ち尽くしていたのだから。

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それからしばらくたち、処刑の日となった。

その間少女は、ただ食べ、眠るだけの人形になっていた。

何もかも諦めていたのだ。

両親からは見放され、処刑が決まり、その期日までいくばくもなかったのだ。

諦めてしまうのも仕方のない事だろう。

「罪人、イリスを今日、処刑する!意義のある者は申し立てよ!」

それに反応する者はいない。

処刑が決まった日からまだ数日しか経っていない。

この短期間で、冷静になり何か説得に足るものを持って来られるはずがないのだ。

それを理解している叔父は、計画どおりな状況を前に、内心ほくそ笑む。

こうしている間にも、少女は処刑台へと登って行く。

「罪人。イリスは忌子であり、更に自らの両親を陥れ、殺そうとした!そんな危険な者を野放しにするわけにはいかない!よって、この場で処刑する!」

そこまで言うと、聴衆はやれ!罪人に罰を!と、イリスの処刑を急かす。

それを見た叔父は、処刑人を一瞥すると。

「やれ」

そう言った。

それを合図に、処刑人が少女の首へ剣を振るう。

そうして、この世から1つ命が消えた。



ーーはずだった。

少女の首がずれるのと同時。

切断面が引き寄せあい、元どおりにくっ付いた。

少女の別れた頭と胴が、繋がったのだ。

生き物なら、あり得ないはずの出来事。

恐怖を覚えた処刑人は、少女の心臓に剣を突き刺し、それを引き抜くとめちゃくちゃに少女を切りつける。

しかし、その一通りの行動が済んだ後、その場には、相変わらず無傷な少女と、恐怖で顔を歪ませた処刑人が立っていた。

「…………?」

理解出来ずに首を傾げる少女。

少女は、死ななかったのだ。

もっとも、それが幸運だったとは言えないのかもしれない。

何故なら、聴衆や叔父の顔も、処刑人と同じ恐怖に顔を歪めていたからである。

「ば、化け物!」

そんな、誰かの言葉をかわぎりに少女に石が投げつけられる。

「静まってくれ!」

そんな村人たちを止めたのは、村長である叔父であった。

しかし、それは少女のためではない。

それは、先ほど浮かべた恐怖の表情からも明らかだろう。

叔父は、少女がこんな化け物だとは思っていなかったのである。

殺す事が出来ない少女に対しての処遇は、

「罪人イリスを、吸血鬼領の外で永久に隔離することにする!」

永遠の監禁であった。

……少女は、山奥の洞窟に隔離されることとなった。

鎖で壁に繋がれ、奥底に閉じ込められた少女。

その入り口付近には、強力な魔物が居座っており、脱出はほぼ不可能だった。

そうして、少女の長い孤独が始まった。

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数えるのも嫌になるような長い時間の中、少女は閉じ込められていた。

食料なども一切与えられていない。

本来ならとっくに死んでいるはずだった。

しかし、少女の能力が死ぬことを許さない。

その日も、ただただ何も考えずに座ったまま、じっとしていた。

壁に縛り付けていた鎖など、腐敗して脆くなっており、既にその役目を果たしていなかった。

無為に1日を過ごしていた少女は、いつもと洞窟の様子が違うことに気づいた。

何かと何かがぶつかる音、そして魔物絶叫が響いていたのだ。

しばらくすると、何も聞こえなくなった。

何があったのだろうか。

久しぶりに聞いた音に、そう思った少女は、ヨロヨロと洞窟の入り口へと向かう。

そこには、魔物の姿は無かった。

おそらく、冒険者か何かが討伐をしたのだろう。

その証拠に、洞窟のあちらこちらに血痕があった。

しかし、今の少女にそんなことはどうでもよかった。

今のままでは死ぬこともできない。

そう理解している少女は、何かしらの状況の変化を求めた。

その変化のためには、今の状況はまたとないチャンスである。

そう思った少女は、この洞窟から出ることにした。

……だが、長い時間閉じ込められていたのだ。

当然、少女の体力は衰えていた。

元々戦闘などしたことが無かった少女である。

その上、この山にはゴブリンなどの魔物もいる。

少女の体力は徐々に削られていった。

それでも歩き続けること数時間。

道らしき場所に出た少女は、一台の馬車を見つけた。

しかし、もう体力の尽きていた少女は、その光景を見ながら、意識を手放した。

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目覚めた少女は、自分が馬車に乗っていることに気づいた。

流れる景色を眺めようと首を動かし、首にある違和感に気付く。

それが何なのか確かめようと、手を動かそうとして、動かす事が出来なかった。

動かそうとする手が、鎖で縛られていた。

足も縛られていた。

周りを見渡すと、自分と同じ場所にいる人間はみんな、奴隷用の首輪をつけており、両手両足を縛られていた。

そこまで確認して、少女は理解した。

自分は奴隷になったのだ。と。

しかし、別に少女は気にしていなかった。

元々、あてもなく外に出たのである。

死んでも構わないのだ。

そういう意味では、奴隷であることなど些細な問題だった。

実際、この馬車に乗ってしばらくすると、食料が支給された。

干し肉のみであったが、それでも久しぶりの食事であり、前の監禁生活とは比べるべくもなかった。

しかし、そんな束の間の平和は、あっさりと無くなる。

森の中を進んでいた時に、それは来た。

何やら商人が叫んだ後、護衛についていた人たちが全員、後ろへ駆け出す。

それを機に、スピードが上がる馬車。

魔物が出たのだろう。

護衛は時間稼ぎ、もしくは討伐をしに行ったのだった。

そんな出来事があってから数分。

「うわああああああ!」

加速している馬車の先頭から、奴隷商人の切羽詰まった叫び声がした。

その後、奴隷商人は、ドタバタと荷台の中に入ると、少女の前で立ち止まり、思い切り蹴飛ばした。

荷台の一番後ろに乗っていたため、馬車から落ちる少女。

それから立ち直った少女の先にあったものはーー

体長が3メートルほどもある、オークだった。

なるほど、自分は囮にされたんだ。

そう考えた少女は、冷静に状況を分析する。

明らかに相手は少女より強い。

しかも、少女は鎖で両手両足縛られているのだ。

どう考えても勝ち目などなかった。

それゆえ、特に何もすることなく、この後にある結果を受け入れようとする少女。

そんな時に、少女とオークの近くに、少年が現れた。

それを見た少女は驚く。

少年は、スラッとした体型と、珍しい黒髪は短く切られており、前髪は多少目が隠れる程度だった。

しかし、少女が驚いたのは、彼が珍しい黒髪だったからではない。

彼の黒い瞳(これも珍しいのだが)が、冷えていたからだ。

少女と同じような目をする少年。

それに少女は興味を惹かれた。

少年は、オークが自分を無視して少女に近づいたことに苛立った表情をすると、舌打ちを1つし、オークの顔に向かってかなりの威力の炎を放った。

それにより顔を抑えて呻くオークに、畳み掛けるように接近し、青白く輝く剣を一閃。

振り抜かれた剣の光が尾を引き、まるで流れ星のような美しい攻撃はしかし、オークに届くことは無かった。

オークのがむしゃらに振り回した腕が少年に直撃したからだ。

それを防ごうとした剣は折れ、その勢いのまま少年は周りの木まで吹き飛んだ。

ただ腕が当たっただけならここまでにはならなかっただろう。

しかし、オークの腕は最初のような緑色の太いだけの腕ではなく、赤黒い血管の浮き出た、禍々しいものに変化していた。

吹き飛んだ少年を見たオークは、クシャッとおぞましい笑みを浮かべ、トドメを刺そうとする。

それを見た少女は焦った。

このままでは少年は死んでしまうだろう。

事実、少年はオークを忌々しげに睨みつけるものの、口からは血を吐き、明らかに満身創痍であった。

まずい。

そう思った時、少女はある能力を手に入れる。

それを使い、少年の剣の輝きの原因である、氷属性の魔法を抜き取り、オークの心臓を貫くように発動させた。

今手に入れたと思えない程に、少女はその能力の使い方を理解していた。

実際に、産まれた時から保有していた能力なのだ。

今まで発動の機会が無かっただけなのである。

ともかく、少女が発動した魔法はオークの心臓を見事に貫いた。

吐血するオーク。

それを見てしばらくの間、呆然とした少年は、気を取り直すと、自らに魔法で回復を施し、そのまま瀕死のオークに剣を振り下ろす。

それにより頭と胴の離れたオークから血が噴き出す前に少年がオークに手をかざす。

すると、今まで、死してなお存在感を放っていた巨体が、元から何も無かったかのように消失した。

少年は、それを確認すると、少女に歩み寄り、少女を縛っていた鎖を魔法で切った。

「さっきの魔法お前だろ?……これで貸し借り無しだな。……じゃ」

そして、それだけ告げると、少女に背を向けて歩き出した。

「まっ……て」

呼び止める少女。

「……なんだ?」


「わ、わたしも……つ、れて……いって」

自分の同類のような人間にであったのだ。

彼と少しでも一緒にいれば、何かが変わるかもしれない。

そうかんがえての発言だった。

「嫌だ」

しかし、それを考えるそぶりすらなく即答で断られ、少女は落ち込んだ。

「な、なん……で」

「信用ならない」

そういわれて、そういえば。と少女は思い直す。

先ほど自分の同類だと感じたのだ、人を簡単に信用するはずがない。

「……な、ら。しんよう、できれ、ば……いいの?」

「それなら考えてみてもいいかもな」

そこで少女は希望を持つ。

少女には少年を信用させるためのものを持っているのだ。

「な、なら。……奴隷に、すれ、ば……いい。あなたの……奴隷。それ、なら……うらぎれ、ない」

つまり、自分が少年の奴隷になればいい。

これ以上の、裏切らないという意思の表明はないだろう。

「……まあ、それならフィーの友達にでもすればいいか……」

「…………?」

最後に少年が何か呟いたが、少女にはギリギリ聞こえ無かった。

「それならいい」

その言葉に、思惑が成功して安堵する少女。

その後、奴隷にする方法について聞いてきた少年に、方法を教える少女

その方法を伝えた直後に、いきなり首輪を外して腕輪にした時はおどろいたが、

「流石にこの歳で奴隷拾ってきたはまずいからな……まあ、これなら大丈夫だろ」

という、少年の言葉で納得する。

「んじゃ、つけるぞ」

「……ん」

従属スレイブ

こうして、少女(後のルノ)は少年(クオ)と出会い、少しずつ変わっていく。

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「……これが、私の過去」

過去を話し終えたルノは、そう言って話を締め括った。

そしてその話に絶句するクオ。

ルノの話どおりになるなら、ルノは300年、孤独に過ごしたのだ。

しかも両親を殺しかけたという冤罪で。

想像を絶するものである。

だからこそ、クオは何も言えないでいた。

再び沈黙の空間が出来上がる。

「……クオ」

「……ん?ああ。なんだ?」

「……私は、クオや、フィアや、アーシャさんのおかげで変われた。……みんな、私の、大切な人たち。……だから、1人で抱え込まないで、1人で、挑もうとしないで。私は、大切な人の助けになりたい。……私じゃ、頼りない?」

それを聞いて、戸惑うクオ。

人に頼ったことなど無かったからだ。

しかし、ここまで話してくれた、今では少なくとも家族とは言える少女。

頼る。ということをしてみるのもいいかもしれない。

心配や苛立ちが色々と積み重なって心が弱ってきていたことを除いても、それはクオの本心であった。

「……フィーが、俺を受け入れてくれるか、分からなかったんだ。血が繋がってないから、いい兄を演じなきゃってな。まあ、明日。フィーにも話してみるか。……ルノ。お前も頼らせてもらうぞ。いいのか?相当無茶な作戦だぞ?」

まだまだぎこちないながらも、弱音を吐き始めるクオ。

「……クオの、フィアのため。やれる事なら何でもする」

「……そうかよ。……その、…………ありがとな」

小さく微笑んだ後、恥ずかしそうな頰を掻きながら礼を言うクオ。

「……ん!」

そこには、暖かい雰囲気が満ち溢れていた。


だからこそ、気づかなかったのかもしれない。

この会話を聞いている人物が1人、いることに。











朝起きたクオは、机に置かれた手紙を見る。

「……どういうことだ?」

そして、怒りのままに握りつぶした。

その内容はーー


『お兄様、ルノお姉様、お母様。

私は、龍の生贄になろうと思います。

今まで、家族でいてくれて、ありがとうございました。


フィリア   』

そして、フィリアは姿を消した。

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