十二世界の創造主〜トゥウェルヴス〜
十八話 決意
・・・・・・
・・・
ここは、折刺の湿原より更に奥地。
砂漠を抜け、火山地帯を超え、その先にある荒れ果てた土地に、その建物はあった。
くすんだ灰色の壁に、窓が二つ。扉は幅が広く、開ききったら大勢の人間が一度に出入りできるのだろう。
非常に大きい建物である事は一目瞭然だが、扉は締め切られており、人の気配は感じられない。
一見どうということの無い外観だが、その建物を見た者が思わず萎縮するような不気味な雰囲気が漂っていた。
自らが従える白い竜の背から降りた男は、その脇に一人の女を抱え込んでいた。どうやら女は気絶しているようだ。
ゆっくりとした足取りで扉に近づき、一言何かを呟く。
すると、それと同時に扉が開き始める。その動きは緩慢で男も思わず呟いた。
「この扉・・・もう少し早く開くようにしてくれないかねぇ」
しかし、その呟きは誰にも聞かれることなく空気中に霧散する。
建物に入ると、広すぎるほどの空間が目に入る。
実はこの建物の大広間なのだが、どうやら他に人はいないようで、男はこの広い空間に対し何度目か分からないため息をこぼした。
「仲間が帰ってきたのだから、少しは出迎えて欲しいものだよ」
すると、今回の呟きは聞こえたのか、大広間の左奥にあるこじんまりとした扉がギイッと音を立てて開いた。
「随分と遅かったな。それほどの手練だったか?」
威厳ある低音は、思いの外空間に響いたが、男にとっては慣れたものだ。
「いんやぁ、少しだけ話をしていたら遅れてしまっただけだよ。任務はきっちりとこなしたさ、団長」
ギルドマスターと呼ばれたその男は、こう返す。
「そうか。それは良かった。お前は“正滅隊”の中でも任務の達成率が最も高いからな。次回の依頼も是非お前に頼みたい所だ、風間」
一人の女を抱えた男・・・風間は少しだけ嫌そうな笑みを浮かべる。
「いんやぁ、信頼してくれるのは良いんだけど、あんまり私にばかり依頼を寄越すのは困るねぇ。私だってためには羽を伸ばしたいのさ」
するとギルドマスターはフンッと鼻で笑う。
それに対し風間が訝しげな視線を向けると、依然として嘲るような表情でギルドマスターは話す。
「お前が休日に何をしているかは知っているぞ?若い女が沢山集まる“裏街”で一人ハシゴの旅をしているそうじゃないか。間違ってもお前のような男に群れる女など、居ないのだろうが・・・」
「失礼だね。いくらギルドマスターとはいえ、そこまで言われちゃ私も黙っちゃいないよ。」
そう言うと、彼はポケットに手を突っ込みあるモノを取り出した。
「これ。裏街の“ずっとずぅっと一緒だょ”っていう店の無料利用券さ。二枚あるから一枚団長にあげるよ。」
「どういうつもりだ?」
「なぁに、これを使って勝負しようと思ってね。明日の夜でどうだい?裏街でどちらがより多くの女をモノにするか、競い合おうじゃないか。」
「ほぅ・・・」
ギルドマスターは口元をニヤっと釣り上げて笑う。
なかなか、面白い勝負を持ちかけるじゃないか、と。
しかし、彼には彼でやるべき事がある。風間に付き合っている暇はない。
「生憎だが、俺は忙しい。やるならお前一人でやってくれ。・・・あとな、程々にしとけよ?仮にも正滅隊の“No.2”がその体たらくでは他のメンバーに示しがつかん。」
「ご忠告どうもどうも。いやしかしね、これくらいは普通だと私は思うよ。そうだね、あえて言うのならば“No.1”が少し特殊すぎるのではないかと私は思うが。」
すると再びギルドマスターは笑う。
今度はくっくっくと、声に出して笑っていた。
「アイツはな、良くも悪くも正滅隊の中で1番マトモなんだ。実力は確かだが、こちとらいつ寝返られるか不安で不安で、夜も眠れん。くっ、くくっ」
その言葉とは裏腹に、ギルドマスターは笑いをこらえきれない様子だ。
しかし風間も同意見なのか、微笑みを浮かべている。
「ところで、ヒナタの様子はどうだ?まだ目が覚めそうにないか?」
とギルドマスター。
「そうだねぇ。ちょいと強く殴りすぎたかもしれない。・・・明日の昼頃には目を覚ますんじゃないかい?」
風間は呑気にそんなことを言ったが、その言葉を聞いたギルドマスターは眉間に皺を寄せて、風間を睨めつける。
「仮にも人様の娘に乱暴するとは・・・しかも父親の目の前で報告とは、いい度胸だ」
すると、風間は特に焦った様子もなく言った。
「じゃあどう動きを封じろと?仕方なかったのさ。私は最善を尽くしただけだ。」
まだ納得のいかないギルドマスターは、追い打ちをかけるように言い放った。
「気合で連れこれば良かっただろう。」
「無茶を!」
ここにきて初めて風間が動揺を見せる。
ここで、ギルドマスターは何かに気付いたように目を見開いた。
「おい、風間。その腕はどうした?一体誰に・・・」
言いかけて止まる。原因は一つしかありえない。
今日風間が交戦したであろう相手、確か、名前は・・・
「ソラノ・・・彼は危険だよ。」
答えたのは風間だった。
「彼は戦闘における対応力は目を見張るものがあったが、剣の腕は素人レベルだ。私が苦戦するほどではない・・・と完全に油断していたよ。そしたらこのザマだ。」
男は腕を持ち上げる。そこにあったのは、相当な衝撃を受けたのか、紫色に変色した左腕。そして、左手の二本の指から流れる血はまだ止まっていなかった。
「剣速はそれほどでも無かった。だから私は指で掴んで力量差を分からせようとしたんだが・・・結果としてつかむことは出来たんだけどねぇ。その時の衝撃波は私の想定をはるかに超えていたよ。左手の指から肩にかけて鋭い痛みが走ったんだが、何とかその場はカッコつけることに成功したから、彼はこの怪我のことは知らないだろうね。・・・あぁ、下手にアドバイスなんてするんじゃなかったよ」
風間は心底後悔したように顔を伏せた。
対するギルドマスターは、初めこそ心配をしていたものの、それほどの怪我ではないという事と、油断さえしなければなんの問題もない敵だということを確認できたため、それ以上の追求は無かった。
そして今は肝心なことを思い出したのか、顎に手を当てている。
「ふんっ・・・まぁいい。ともかく、三ヶ月後に式を行う。アイツがギルド対抗戦に優勝したらすぐに執り行うからな。準備は万全を尽くすように他の奴らにも伝えておいてくれ。」
「まぁいいは酷いねぇ。ラジャー」
風間は短くそう答えた。同時に、ギルドマスターも元の部屋に戻る。
再び一人になったところで、風間は思う。
「全く。勝手な人だよ、団長は。こんなギルドを勝手に作って、好き勝手に暴れ回って。更には放ったらかしにした娘を強引に連れ戻して、勝手に婚約させようって言うんだからねぇ。相当なもんだよ。」
男のセリフはまだ終わらない。
「ただ、団長がそんな性格だから、私もついていこうと思えたんだけどねぇ」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
その顔は、誰が見てもわかるほどに、歪んでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
・・・・・・・・・
・・・・・・
今や俺一人には大きすぎる程のこの家。
もともと、二人で使うにも勿体無いくらいの広さがあったため、今となってはただただだだっ広いだけであり、出来ることならばもっと小さいほうが住み良い。
しかし、新たな住居を見つけ出すという選択肢は俺には欠片も無かった。なぜなら、俺に残されたのはこの家だけだから。せめてこの家を大切にしなければいけない。
今までありがとうヒナタ。さようなら。
お互いこれからも頑張っていこう。
俺はさっさと気持ちを切り替えて、EX協会へ向かう。
本日分の報酬を手に入れないと生活がままならないからな。
・・・・・・と、簡単に割り切れれば話は早いのだが、どうも俺はヒナタと共にいた時間が長すぎたようで、あの時の事をなかなか忘れられない。
ヒナタが側にいないことがこれ程辛く、寂しいものだとは流石に思ってもみなかった。なんだかんだ言って大切なパートナーなのだ。元気が無ければ心配もするし、楽しい時は一緒に笑う。色んな時間を共有してきたからこそ、これだけ苦しいのだろう。
さて、どうしようか。
このままぼーっと突っ立っていたって何も変わらない。
俺はドラゴンを倒した後、あの白ローブとの交戦の最中で大いなる失敗に気づいた。
ヒナタの事を、何も知らなかったのだ。
彼女が抱える不安も、悩みにも、全く気づくこともなく、また聞くこともないまま、遂にはヒナタは手の届かないところへ行ってしまった。
反省。反省反省反省。
・・・・・・
さぁ、切り替えよう。ヒナタ奪還に向けて!
・・・・・・
おわかりいただけただろうか?
俺はどこまで行ってもこういう人格だ。
もちろん、ヒナタの事を諦めるようなクズではないが、自分のミスにくよくよするタイプでもない。
現実に、ヒナタは今も知らない場所で何をされているのか分からない危険な状態にあるのは間違いないのだ。
サクッと切り替えて、奪還に向けて動き出さなければいけないのは明らか。
更に、不幸中の幸いか、三ヶ月後のギルド対抗戦とやらに正滅隊が参加するそうだ。恐らくヒナタはこの日までは無事・・・いやもちろん貞操だの初体験だの私のハジメテだの(全部同じぃ!!)は保証できないが、命は無事だろう。もし命まで奪われていたらと思うとゾッとするが、どうせ殺すのならわざわざ気絶させて連れていくなんて回りくどい方法を取らずにあの場で殺せばよかったはずだ。
それこそ相手が嘘をついている可能性もある。
しかし、それ以外に情報がないのだから、どうしようもない。自ら敵のアジトを見つけ出して殲滅するという選択肢も無きにしも非ずだが、そもそも敵のアジトが見つかるかどうかが問題だ。
それに、見つけ出したところで殲滅など不可能。正滅隊はギルドらしいから、それなりに人数がいると思われる。しかし、仮に俺より弱い奴らがいたとして、結局のところ先日戦った白ローブと交戦すればほぼ確定で負ける事になるだろう。
この時点での敗北はすなわち死亡を意味する。
よって、三ヶ月後に行われるギルド対抗戦で何かが起きるのを待つしかないのだ。
となると、俺はこの三ヶ月間でギルドを設立しなければいけない。
ギルドというのは、EXが共通の目的を持って集まる場所で、所属しておくと色々と良いことがあるらしい。
メリットの一つとして、先程にもあったギルド対抗戦がある。実はこれに参加して優秀な成績を修めると、とてつもなくレアな装備品であったり、高額の賞金だったりが、出場者分貰えるのだ。
ちなみにギルド対抗戦は5対5のチーム戦である。
また、成績を残せなくとも、EX協会から参加賞を貰えたりする。それが割といいアイテムだそうで、それ目的でも出る価値がある・・・と。
それにギルド対抗戦に出場すると名前が売れる。
優勝チームが所属しているギルドはもちろん、決勝トーナメントに勝ち進んだチームが所属するギルドは当然、注目の的。
例えば「俺は○○ギルドの○○だ!」と言えば、協会もそいつを優先して依頼を回したり、EX稼業だけでなく、社会的にも信頼されるので、銀行がすんなりお金を貸してくれる。
とにかく、メリットが膨大なのだ。
ちなみにデメリットとしては、参加費用が高い事と、あとはギルドに所属しなければそもそも参加出来ないというところか。
なぜこんな大切な事に俺は関わっていないのか。
これは非常に簡単な話なのだが、実はこの折刺は良くも悪くも田舎なのだ。田舎というと、畑やら田んぼやらで埋め尽くされている光景を思い浮かべるかもしれないが、そうではなく、なんというが、発展途上というかあと十年もすれば立派な街になりそうな予感がする・・・みたいな。そういうレベル。
そのため、ここらにギルドなど数える程しかない。しかも、どれも対抗戦に参加したことすらないような弱小ギルド。
もう、自分で設立するべきだと、俺は考えたわけだ。
設立には手続きやら多額の金額やらが必要だが、今は割愛。ここら辺は俺が頑張るしかない。
さて、ギルド設立にあたってメンバーを募集しなければいけない。
俺の作戦としては、この折刺のEX協会で募集をかけたところで、大した人間は集まらないだろう。
そのため、募集のための張り紙は、都市部に近い街の中にあるいくつかのEX協会に貼り付ける。
なぜ都市部にしないのか?
都市部の奴らは皆ギルド入っちゃってるんだよ!
都市部近郊なら、ギリギリギルドに所属してない影の実力者的な奴らがいるかもしれない。
今どきギルドを設立するやつなんてほとんど居ないだろうから、俺の張り紙には高い確率で食いつくはずだ。
これで俺の作戦は終わり。
メンバー募集はバッチリだ。
・・・もう一つ、俺にはやらなければいけないことがある。
それは、修行。特訓、訓練、追い込み。
何でもいいが、とにかく今以上に強くならないと話にならない。
三ヶ月間、メンバーが集まるのを待ちつつ、自分を鍛えに鍛えて、白ローブをワンパンでいるくらいにならないといけない。やはりこの世には俺より強い人間が数え切れないくらいいる。この田舎(失礼だが)で一番だからといって天狗になっている場合じゃない。
ヒナタを取り戻すために、ギルドを設立&メンバー募集。そして修行に修行を重ねて自らのパワーアップ。そして技術の向上。
やるべき事は大きく二つだが、細かく見ていけば三ヶ月では足りないくらいだ。
待ってろヒナタ。今行くぞ・・・なんてキザなセリフは言えないが、俺の中に確かな決意は芽生えた。
ギルド対抗戦まで・・・
ーーーあと3ヶ月。
・・・
ここは、折刺の湿原より更に奥地。
砂漠を抜け、火山地帯を超え、その先にある荒れ果てた土地に、その建物はあった。
くすんだ灰色の壁に、窓が二つ。扉は幅が広く、開ききったら大勢の人間が一度に出入りできるのだろう。
非常に大きい建物である事は一目瞭然だが、扉は締め切られており、人の気配は感じられない。
一見どうということの無い外観だが、その建物を見た者が思わず萎縮するような不気味な雰囲気が漂っていた。
自らが従える白い竜の背から降りた男は、その脇に一人の女を抱え込んでいた。どうやら女は気絶しているようだ。
ゆっくりとした足取りで扉に近づき、一言何かを呟く。
すると、それと同時に扉が開き始める。その動きは緩慢で男も思わず呟いた。
「この扉・・・もう少し早く開くようにしてくれないかねぇ」
しかし、その呟きは誰にも聞かれることなく空気中に霧散する。
建物に入ると、広すぎるほどの空間が目に入る。
実はこの建物の大広間なのだが、どうやら他に人はいないようで、男はこの広い空間に対し何度目か分からないため息をこぼした。
「仲間が帰ってきたのだから、少しは出迎えて欲しいものだよ」
すると、今回の呟きは聞こえたのか、大広間の左奥にあるこじんまりとした扉がギイッと音を立てて開いた。
「随分と遅かったな。それほどの手練だったか?」
威厳ある低音は、思いの外空間に響いたが、男にとっては慣れたものだ。
「いんやぁ、少しだけ話をしていたら遅れてしまっただけだよ。任務はきっちりとこなしたさ、団長」
ギルドマスターと呼ばれたその男は、こう返す。
「そうか。それは良かった。お前は“正滅隊”の中でも任務の達成率が最も高いからな。次回の依頼も是非お前に頼みたい所だ、風間」
一人の女を抱えた男・・・風間は少しだけ嫌そうな笑みを浮かべる。
「いんやぁ、信頼してくれるのは良いんだけど、あんまり私にばかり依頼を寄越すのは困るねぇ。私だってためには羽を伸ばしたいのさ」
するとギルドマスターはフンッと鼻で笑う。
それに対し風間が訝しげな視線を向けると、依然として嘲るような表情でギルドマスターは話す。
「お前が休日に何をしているかは知っているぞ?若い女が沢山集まる“裏街”で一人ハシゴの旅をしているそうじゃないか。間違ってもお前のような男に群れる女など、居ないのだろうが・・・」
「失礼だね。いくらギルドマスターとはいえ、そこまで言われちゃ私も黙っちゃいないよ。」
そう言うと、彼はポケットに手を突っ込みあるモノを取り出した。
「これ。裏街の“ずっとずぅっと一緒だょ”っていう店の無料利用券さ。二枚あるから一枚団長にあげるよ。」
「どういうつもりだ?」
「なぁに、これを使って勝負しようと思ってね。明日の夜でどうだい?裏街でどちらがより多くの女をモノにするか、競い合おうじゃないか。」
「ほぅ・・・」
ギルドマスターは口元をニヤっと釣り上げて笑う。
なかなか、面白い勝負を持ちかけるじゃないか、と。
しかし、彼には彼でやるべき事がある。風間に付き合っている暇はない。
「生憎だが、俺は忙しい。やるならお前一人でやってくれ。・・・あとな、程々にしとけよ?仮にも正滅隊の“No.2”がその体たらくでは他のメンバーに示しがつかん。」
「ご忠告どうもどうも。いやしかしね、これくらいは普通だと私は思うよ。そうだね、あえて言うのならば“No.1”が少し特殊すぎるのではないかと私は思うが。」
すると再びギルドマスターは笑う。
今度はくっくっくと、声に出して笑っていた。
「アイツはな、良くも悪くも正滅隊の中で1番マトモなんだ。実力は確かだが、こちとらいつ寝返られるか不安で不安で、夜も眠れん。くっ、くくっ」
その言葉とは裏腹に、ギルドマスターは笑いをこらえきれない様子だ。
しかし風間も同意見なのか、微笑みを浮かべている。
「ところで、ヒナタの様子はどうだ?まだ目が覚めそうにないか?」
とギルドマスター。
「そうだねぇ。ちょいと強く殴りすぎたかもしれない。・・・明日の昼頃には目を覚ますんじゃないかい?」
風間は呑気にそんなことを言ったが、その言葉を聞いたギルドマスターは眉間に皺を寄せて、風間を睨めつける。
「仮にも人様の娘に乱暴するとは・・・しかも父親の目の前で報告とは、いい度胸だ」
すると、風間は特に焦った様子もなく言った。
「じゃあどう動きを封じろと?仕方なかったのさ。私は最善を尽くしただけだ。」
まだ納得のいかないギルドマスターは、追い打ちをかけるように言い放った。
「気合で連れこれば良かっただろう。」
「無茶を!」
ここにきて初めて風間が動揺を見せる。
ここで、ギルドマスターは何かに気付いたように目を見開いた。
「おい、風間。その腕はどうした?一体誰に・・・」
言いかけて止まる。原因は一つしかありえない。
今日風間が交戦したであろう相手、確か、名前は・・・
「ソラノ・・・彼は危険だよ。」
答えたのは風間だった。
「彼は戦闘における対応力は目を見張るものがあったが、剣の腕は素人レベルだ。私が苦戦するほどではない・・・と完全に油断していたよ。そしたらこのザマだ。」
男は腕を持ち上げる。そこにあったのは、相当な衝撃を受けたのか、紫色に変色した左腕。そして、左手の二本の指から流れる血はまだ止まっていなかった。
「剣速はそれほどでも無かった。だから私は指で掴んで力量差を分からせようとしたんだが・・・結果としてつかむことは出来たんだけどねぇ。その時の衝撃波は私の想定をはるかに超えていたよ。左手の指から肩にかけて鋭い痛みが走ったんだが、何とかその場はカッコつけることに成功したから、彼はこの怪我のことは知らないだろうね。・・・あぁ、下手にアドバイスなんてするんじゃなかったよ」
風間は心底後悔したように顔を伏せた。
対するギルドマスターは、初めこそ心配をしていたものの、それほどの怪我ではないという事と、油断さえしなければなんの問題もない敵だということを確認できたため、それ以上の追求は無かった。
そして今は肝心なことを思い出したのか、顎に手を当てている。
「ふんっ・・・まぁいい。ともかく、三ヶ月後に式を行う。アイツがギルド対抗戦に優勝したらすぐに執り行うからな。準備は万全を尽くすように他の奴らにも伝えておいてくれ。」
「まぁいいは酷いねぇ。ラジャー」
風間は短くそう答えた。同時に、ギルドマスターも元の部屋に戻る。
再び一人になったところで、風間は思う。
「全く。勝手な人だよ、団長は。こんなギルドを勝手に作って、好き勝手に暴れ回って。更には放ったらかしにした娘を強引に連れ戻して、勝手に婚約させようって言うんだからねぇ。相当なもんだよ。」
男のセリフはまだ終わらない。
「ただ、団長がそんな性格だから、私もついていこうと思えたんだけどねぇ」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
その顔は、誰が見てもわかるほどに、歪んでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
・・・・・・・・・
・・・・・・
今や俺一人には大きすぎる程のこの家。
もともと、二人で使うにも勿体無いくらいの広さがあったため、今となってはただただだだっ広いだけであり、出来ることならばもっと小さいほうが住み良い。
しかし、新たな住居を見つけ出すという選択肢は俺には欠片も無かった。なぜなら、俺に残されたのはこの家だけだから。せめてこの家を大切にしなければいけない。
今までありがとうヒナタ。さようなら。
お互いこれからも頑張っていこう。
俺はさっさと気持ちを切り替えて、EX協会へ向かう。
本日分の報酬を手に入れないと生活がままならないからな。
・・・・・・と、簡単に割り切れれば話は早いのだが、どうも俺はヒナタと共にいた時間が長すぎたようで、あの時の事をなかなか忘れられない。
ヒナタが側にいないことがこれ程辛く、寂しいものだとは流石に思ってもみなかった。なんだかんだ言って大切なパートナーなのだ。元気が無ければ心配もするし、楽しい時は一緒に笑う。色んな時間を共有してきたからこそ、これだけ苦しいのだろう。
さて、どうしようか。
このままぼーっと突っ立っていたって何も変わらない。
俺はドラゴンを倒した後、あの白ローブとの交戦の最中で大いなる失敗に気づいた。
ヒナタの事を、何も知らなかったのだ。
彼女が抱える不安も、悩みにも、全く気づくこともなく、また聞くこともないまま、遂にはヒナタは手の届かないところへ行ってしまった。
反省。反省反省反省。
・・・・・・
さぁ、切り替えよう。ヒナタ奪還に向けて!
・・・・・・
おわかりいただけただろうか?
俺はどこまで行ってもこういう人格だ。
もちろん、ヒナタの事を諦めるようなクズではないが、自分のミスにくよくよするタイプでもない。
現実に、ヒナタは今も知らない場所で何をされているのか分からない危険な状態にあるのは間違いないのだ。
サクッと切り替えて、奪還に向けて動き出さなければいけないのは明らか。
更に、不幸中の幸いか、三ヶ月後のギルド対抗戦とやらに正滅隊が参加するそうだ。恐らくヒナタはこの日までは無事・・・いやもちろん貞操だの初体験だの私のハジメテだの(全部同じぃ!!)は保証できないが、命は無事だろう。もし命まで奪われていたらと思うとゾッとするが、どうせ殺すのならわざわざ気絶させて連れていくなんて回りくどい方法を取らずにあの場で殺せばよかったはずだ。
それこそ相手が嘘をついている可能性もある。
しかし、それ以外に情報がないのだから、どうしようもない。自ら敵のアジトを見つけ出して殲滅するという選択肢も無きにしも非ずだが、そもそも敵のアジトが見つかるかどうかが問題だ。
それに、見つけ出したところで殲滅など不可能。正滅隊はギルドらしいから、それなりに人数がいると思われる。しかし、仮に俺より弱い奴らがいたとして、結局のところ先日戦った白ローブと交戦すればほぼ確定で負ける事になるだろう。
この時点での敗北はすなわち死亡を意味する。
よって、三ヶ月後に行われるギルド対抗戦で何かが起きるのを待つしかないのだ。
となると、俺はこの三ヶ月間でギルドを設立しなければいけない。
ギルドというのは、EXが共通の目的を持って集まる場所で、所属しておくと色々と良いことがあるらしい。
メリットの一つとして、先程にもあったギルド対抗戦がある。実はこれに参加して優秀な成績を修めると、とてつもなくレアな装備品であったり、高額の賞金だったりが、出場者分貰えるのだ。
ちなみにギルド対抗戦は5対5のチーム戦である。
また、成績を残せなくとも、EX協会から参加賞を貰えたりする。それが割といいアイテムだそうで、それ目的でも出る価値がある・・・と。
それにギルド対抗戦に出場すると名前が売れる。
優勝チームが所属しているギルドはもちろん、決勝トーナメントに勝ち進んだチームが所属するギルドは当然、注目の的。
例えば「俺は○○ギルドの○○だ!」と言えば、協会もそいつを優先して依頼を回したり、EX稼業だけでなく、社会的にも信頼されるので、銀行がすんなりお金を貸してくれる。
とにかく、メリットが膨大なのだ。
ちなみにデメリットとしては、参加費用が高い事と、あとはギルドに所属しなければそもそも参加出来ないというところか。
なぜこんな大切な事に俺は関わっていないのか。
これは非常に簡単な話なのだが、実はこの折刺は良くも悪くも田舎なのだ。田舎というと、畑やら田んぼやらで埋め尽くされている光景を思い浮かべるかもしれないが、そうではなく、なんというが、発展途上というかあと十年もすれば立派な街になりそうな予感がする・・・みたいな。そういうレベル。
そのため、ここらにギルドなど数える程しかない。しかも、どれも対抗戦に参加したことすらないような弱小ギルド。
もう、自分で設立するべきだと、俺は考えたわけだ。
設立には手続きやら多額の金額やらが必要だが、今は割愛。ここら辺は俺が頑張るしかない。
さて、ギルド設立にあたってメンバーを募集しなければいけない。
俺の作戦としては、この折刺のEX協会で募集をかけたところで、大した人間は集まらないだろう。
そのため、募集のための張り紙は、都市部に近い街の中にあるいくつかのEX協会に貼り付ける。
なぜ都市部にしないのか?
都市部の奴らは皆ギルド入っちゃってるんだよ!
都市部近郊なら、ギリギリギルドに所属してない影の実力者的な奴らがいるかもしれない。
今どきギルドを設立するやつなんてほとんど居ないだろうから、俺の張り紙には高い確率で食いつくはずだ。
これで俺の作戦は終わり。
メンバー募集はバッチリだ。
・・・もう一つ、俺にはやらなければいけないことがある。
それは、修行。特訓、訓練、追い込み。
何でもいいが、とにかく今以上に強くならないと話にならない。
三ヶ月間、メンバーが集まるのを待ちつつ、自分を鍛えに鍛えて、白ローブをワンパンでいるくらいにならないといけない。やはりこの世には俺より強い人間が数え切れないくらいいる。この田舎(失礼だが)で一番だからといって天狗になっている場合じゃない。
ヒナタを取り戻すために、ギルドを設立&メンバー募集。そして修行に修行を重ねて自らのパワーアップ。そして技術の向上。
やるべき事は大きく二つだが、細かく見ていけば三ヶ月では足りないくらいだ。
待ってろヒナタ。今行くぞ・・・なんてキザなセリフは言えないが、俺の中に確かな決意は芽生えた。
ギルド対抗戦まで・・・
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