十二世界の創造主〜トゥウェルヴス〜

たろゆ

十七話 別れ

時は少し遡り、ドラゴンと相対する日の前、EX協会でヒナタと受付の男性が何やら話し込んでいた日の夕方。

その日は結局依頼を受けることはなく、ドラゴン討伐のために英気を養うという方向で、互いに理解を得た。

・・・・・・

協会を出る時、座り込んだまま涙を流すヒナタに、俺はどう声をかければいいのか分からなかった。

それは例えば青春漫画のワンシーンであるような意味合いのものではなく、もっと生々しく、現実味を帯びた理由によるものだ。

そう、俺は全く事情を飲み込めていない。

青春漫画のように、様々な感情が渦巻いた上で言葉が出ないのではなく、ただただ何も知らないから何も言えない。

何も知らないのに無責任に慰めるのはかえって相手を傷つけてしまうかもしれない、

こういった現状が俺の喉から声を絞り出すのを遮っている。

“何も知らないなら、いいじゃないか。これからも、知らない風な態度で過ごしていけばいい。きっとヒナタもその話題を嫌っているから。”

確かにそうかもしれないが、果たしてそうか?

知らないものは仕方がない、なんて事は誰しも聞いたことがあるだろう。しかし、“無知”のはある意味“罪”なのだ。俺はそれを知っているからこそ、今の状況が苦しくてならない。

知らぬ存ぜぬは究極的にいえばただの言い訳なのではないか。

そして何より罪なのは知らなかったことではなく、“知ろうとしなかったこと”。

振り返れば俺は、ヒナタの個人情報に触れるのを避けていた。・・・そもそも知ろうとしていなかったのだ。
それは、それは何故だ?何故俺は聞くことをためらっていた?別にいつでも聞けたはずだ。これらはそれほど気を使う必要のない話題のはずだ。

怠惰・・・怠慢・・・そういう事なのか?

結局俺は何もかも適当だった。何もかもを面倒くさがっていた。だから、ヒナタを救うことが出来ずにいる。

こんな状況になるまで、そしてこんな状況になっても何も知らないままでいる自分自身が、憎らしい。

何も知らないのに無責任な言動で傷つけてしまう・・・可能性としては十分ありえる。
俺はこれを恐れていたのかもしれない。

だが、“何も言わなければ、誰も救えない”。少しでも助けたいという思いが今あるならば、なにか声をかけるべきだ。何でもいい、たとえ傷つけてしまったとしても、1歩踏み出さなければ手を差し伸べることすらできないのだから。

しかし、俺は傷つけてしまう可能性を言い訳に、逃げた。勇気が出せない、一歩が踏み出せない。大切な人が苦しんでいるのに、助けたいという気持ちがあるのに・・・。

現実から逃げた自分自身に嫌悪感を覚える。


ここまでを自身の中で理解してなお、俺の喉は掠れていた。

結局のところ、この世界に来て、力をつけて、周辺地域でいちばんの実力者になっても、俺は弱いままなんだ。

何より大切なものは、どこよりも強くあるべきなのは、何事においても肝心なのは、“心”じゃないか。

家に戻っても、会話もできぬまま一日が終わったその瞬間。

心の片隅に避けていたはずの“嫌な予感”が急速に増幅を始めて、溢れた。

そんな、気がした。

翌日の朝、ヒナタの顔色は依然暗く、俺の質問に対しても、端的な答えしか返ってこなかった。
ドラゴン討伐は一緒にくると言っているが、不安要素が大きい。

“嫌な予感”は俺の心をどう蝕んでいくのか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

時は戻り、手負いのドラゴン戦。

改めてドラゴンを見ると、自慢の翼がボロボロになっており、空を飛ぶ事はしばらくできないであろう事が分かる。さらに、身体中の至る所に斬撃の跡が残っており、既に満身創痍であることがわかる。ここまでして、何故倒しきらなかったのか。

しかし、手負いとはいえ、自信の持てる全てを注ぎ込まなければ、到底敵う相手ではない事は明白。

黒魔法と白魔法を駆使しながら、ヒナタの支援を受けた斬撃でヒットアンドアウェイ。

いつもと同じ戦い方だが、それ故に安心できる戦法といえる。この戦い方を信じるしかない。

思えば今日はこの剣の初陣だ。
初めての敵にしては申し分ない相手だと思う。いや、申し分ないどころか、逆に十分すぎて困るくらいの強敵だ。

新たな相棒を信じて、目の前の強敵に挑む覚悟を決める。

ヒナタとの連携には多少の不安が残るが、もしもヒナタが満足に動けなかったとしても、想定済みの事態であれば、対応できる。

数々のパターンを予測しながら対応策を考えていると、いっそ時間よ止まれ!と言いたくなるが、ドラゴンは止まってくれなかった。

「ヒナタ!来るぞ!」

ドラゴンの初撃は、ブレス!

口元に魔素が集まる。

炎ブレスは魔法扱いって事か!
この中に赤魔法使いがいればブレスを封じることが出来たかもしれない。

そんな遅すぎる仮説を立てる間に、ドラゴンは大きく仰け反ってブレスを吐く準備をする。

予備動作が大きい。仰け反ったらブレスが来る、と、すぐさま頭にインプット。

勢いよく顔を前に突き出しながら、凶悪な牙が生え揃う顎から真紅の光線が放たれた。

っつ速い!

十分な距離をとって、安全に回避したつもりだったが、口から放たれてから着弾するまでの時間が思った以上に短い。回避のタイミングも重要だ。

次はこちらの番だ!愛剣を握りしめ、ダッシュで駆け寄り、足を狙う。

バフは・・・かかっていない。

だがこれも想定済み。
ヒナタの位置を一度確認してから、一気に距離を詰め、足に斬撃を見舞う。

「うぉっ!?」

硬い。手応えという手応えは無く、鈍い音が響く。しかし、攻撃が通らないということは無い。ドラゴンの鈍重な動きを感じ取り、二回目の斬撃を同じ位置に食らわせる。

「グ、ガァッ!!!」

ドラゴンが苦しげに嗚咽を漏らす。
どうやら、この攻撃はかなり有効だったようで、思いの外、あっさりと崩れ落ちた。そこは流石に手負いと言ったところか。

何にしてもこれ以上ないチャンスであることに違いはない。

急所である心臓部分に強力な攻撃を仕掛ける。このまま斬りつけて、そこに出来た傷跡に黒魔法‘ディストラクション”をぶち込めば、流石にタダではすまないだろう。

しかし、俺の目論見に反して、ドラゴンの口元に赤色の魔素が集まる。

ーーーーーーブレス!!

「予備動作いるんじゃないのかよ!」

思わず零れた愚痴は本心も本心。大マジで思っている。

咄嗟に横に飛びつき、回避を試みるが、やはり完全に回避できるほど甘くはなかった。

足に直撃した真紅の光線は、予備動作が無かったからか、どうやら威力は弱まっていたようで、それほどの重症ではなかった。しかし、すぐには立ち歩けず、動きが止まってしまう。

流石にここで寝転がっている訳にはいかない。

「リカバリー」

すかさず足を回復させて、次の行動に移る。

仕留めたはずの俺が、いきなり動き出したことでドラゴンは怒りを覚えたのか、一度大きく雄叫びをあげて、鋭い爪で殴りかかってきた。

しかし、動きは決して速くない。

冷静に回避し、飛びかかろうとした、その時だった。

先程の光線に加えて、今しがたドラゴンが振り下ろした爪が、地面を抉り、砂埃を発生させていたのだ。

それによってヒナタの姿が完全に隠れてしまった。

(まずいっ!)

大至急砂埃へと突っ込み、ヒナタの姿を探すが、見当たらない。

このままだと、何かが起きた時にヒナタを守ることが出来ない!

そう思った矢先、目に見える形で変化が訪れた。

「デフェス。アジルト。クォーラ。」

ヒナタの声だ。恐らく危険を感じて防御バフと敏捷バフ、そして継続回復のクォーラで守りの体制に入ったのだろう。

それならば、俺も思い切って動ける。
仮にヒナタにドラゴンの矛先が向いたとしても、一撃でやられるような事は無いはずだ。

そして何より、ヒナタが平静でいられているという事に安堵する。

妙にスッキリとした気分で、改めてドラゴンに立ち向かおうとするが、

「ぅっ!」

背中に強い衝撃。砂埃が薄れてきており、ドラゴンは俺の姿を捉えたのだろう。
全体が筋肉で構成されている頑丈な尻尾が俺の背中に叩きつけられたのだ。

体内の気体が全て外に出てしまったような、そんな錯覚が俺を襲う。
が、痛みと苦しみに悶絶している場合ではないようだ。

ドラゴンはすぐさま次の行動をおこしてきた。

強い衝撃を受けて怯んだ俺を見て、絶好のチャンスだと踏んだのか、ドラゴンは口を大きく開けて、仰け反り始めた。

真紅の魔素が再び集まり出す。

(魔素の量がっ!多すぎだろ!?)

間違いなく、このドラゴンの最大の攻撃が来る。そんな予感をひしひしと感じさせるほどの覇気が俺を襲う。

これが、ドラゴンという魔物の真骨頂か!

ーーーーーー強い!

この時初めて、この強大な敵に対して畏怖を覚えた。

しかし、同時に一つ、分かっていることがある。
このドラゴンは赤魔法属性であるブレスしか使えない。そして現時点で三回目のブレスを連続で使用している。

つまり!このブレスは使えてもあと1回!それ以上の使用は魔素が許してくれないはずだ!

ならばと、俺は全力で回避に徹する。

タイミングだ、タイミング。
早く動いても、移動後の地点を予測されて直撃を受けるだけだ。出来るだけその場を動かず、今まさに放つその一瞬のタイミングを見極めて、大きく横に回避しなければいけない。

ここで避ければ、畳み掛けることが出来る。絶対に勝てる!という確固たる自信が沸き上がる。

しかしそれと同時に思う。
本当に、避けれるのか?もしも直撃を受けた場合、まず間違いなく負ける事も目に見えている。

しかし、迷っている場合ではない!
避けるしか、選択肢は残されていないのだ。

仰け反ったドラゴンが、一度口を閉じて、硬直する。

ーーーーーー来る!

そう思うと同時に、足に力を込める。
行けるか?行けないか?

ドラゴンが今、ブレスを放・・・

(ヤバい!遅れた!)

これでは直撃は免れても致命傷は免れない。つまりーーーーーー死。

万事休すか!!この刹那の時間にも関わらず、汗がとめどなく吹き出るのを感じる。

ーーーーーー終わった・・・っっ!

そう思った時だった。

「アジルト!」

ヒナタの、声が聞こえた。

「ぅ、おおぉぉおああああああ!!」

力が漲ってくる。失いかけた希望の光が見えた。内から溢れる絶望が、ジワジワと蒸発するのを感じた。

ーーーーーー行ける!

文字どおり、全身全霊の力を込めて地面を蹴り出す。
突如生み出された爆風は、俺の蹴りが生み出したものだったろうか。
しかしそんなことも気にならないほど必死だった。

ーーーーーージュッ

被弾したのは靴の先だけ!痛みはない!まだ動ける!

「らぁぁあああ!!」

気合いの一声とともに、技後硬直で動かないドラゴンへと、音速で肉薄する。

やっと動き出したドラゴンだが、もう遅い。完全に捉えた。その動きはまるで止まって見えるかのようだった。

ヒナタのバフの効果の大きさを痛感するとともに、その感謝の気持ちと、自分自身の気迫をもってドラゴンの心臓部分に全力の斬撃を見舞う。

手応えあり!!

予想通り、鱗が薄い胸部は肉質が柔らかかった。
刃が肉を引き裂き、真一文に振り抜かれる。

ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ・・・

それは断末魔の悲鳴か、それとも二戦連続で敗北を喫した事への嘆きか。

どちらにしろ、その雄叫びに力はない。このドラゴンがもうまともに動けないであろうことは誰の目にも明らかだった。

しかし、俺はまだ楽観視していない。

「大型の魔物はコレで倒すって俺の中では決まってるんでね!」

先程の傷跡に強引に手を突っ込み、唱える。

「ディストラクションッッ!」

黒い瘴気は、ドラゴンの内部を侵し、蹂躙し、破壊する。

・・・・・・

もはや声も出ないままに、ドラゴンは息絶えた。

「・・・終わったー」

何とも緩い台詞だとは自分でも思うが、本心からの言葉だ。
間違いなく俺一人では勝てなかった。いや、俺一人だったら、死んでいた。

その窮地を救ったのは、紛れもなくヒナタのおかげだ。
ああいったモチベーションの時に、強制しなかったとはいえ、こんな危険な依頼についてこさせてしまった事に、多少なりとも後悔があったため、ヒナタの尽力には本当に感謝してもしきれない。あぁ、お礼を言わないと・・・・・・

ハッと気づく。ヒナタは、どこにいる!?

バッ!と周りを見渡すが、そこにはドラゴンだったはずの黒い粒子と、ドロップアイテムと思われる角があるのみ。

ヒナタの姿はどこにもなかった。

「ヒナタ!!ヒナタァァ!どこだ!」

俺が叫んでも帰ってくるのは草花のざわめきのみ。俺の声は虚しく虚空に消えていった。

どういう事だ?一体どこに行った?・・・ヒナタに何が起きた?

全身に寒気がする。冷や汗が止まらない。焦る、焦る、焦る!

ただでさえ、ヒナタは危険な状態だと言うのに・・・!!

心の中で願う。無事でいてくれ、と。

そんな願いが届いたのか、この場に現れた新たな人物が、答えを示した。

ザッザッザッ・・・と、背後から足音が聞こえる。

そこに何かがあるような気がして、ゆっくりと振り向くと、

そこにはヒナタがいた。

ただ、願った状況とはあまりにもかけ離れた現実が同時に突きつけられた。

「この女をお望みかな?」

無駄に耳障りのいい声。

しかし、知らない男の声

「お前はっっ、!!」

全身を白で染め上げた白いローブを身にまとうその男は、

アナザーリコッデ戦の後、ヒナタの動揺の原因となった、白ローブの男だった。

「こんにちは、ソラノ・ユウセイ。
私は・・・そうだな、正滅隊のメンバーA、と言ったところかな。」

正滅隊など聞いたことはないが、この男がふざけている事はその余裕ぶった口調からも明らかだった。
そしてそれは俺の怒りを増長させるには十分すぎるほどで・・・

「ふざけやがって・・・!!」

傍らのヒナタは目を閉じてぐったりと横たわっている。恐らく気絶しているのだろう。この男の手によって!

激しい怒りとともに男の顔を凝視するが、その素顔を見ることはかなわない。
なぜなら男が身につける白いフード付きローブは、特異な形状をしているからだ。
まず、袖は長く、手は完全に隠れてしまっている。
そして、フードには金属の板がはられており、素顔を隠せる形状になっている。例えるなら、剣道の面、だろうか。

奇妙な格好をした集団・・・この男は正滅隊と言ったか・・・?

「何が目的かはわからんが、ヒナタは返してもらうぞ。・・・といっても返す気は無いだろうな。このパターンは。・・・なら実力行使だ!」

俺が出した結論は一つ。相手が誰であろうが、人を攫うような奴がマトモだとは思えない。多少強引にでもヒナタを取り返す!

しかし、男の反応は予想とは違った。

「ハッハッハ!威勢がよくて結構結構。しかし、なんだね、実力行使と言ったのかな?この、私に向かって?」

やけに余裕の態度が気に食わない。
男は続ける。

「君の事はアナザーリコッデの特異個体を倒した時から見せてもらっているよ。黒魔法に、白魔法まで使っているようだね。それだけでもかなりの才能と言えるだろう。」

「何が言いたいんだ」

「いやなに、大した事じゃないさ。私から見た、君の総評、と言ったところかな。・・・続けよう。その剣、前回は見なかったものだが、随分と美しい剣だ。職人の誇りが強く、込められているのが見て取れる。かなりの業物だよ。アナザーリコッデ戦を見る限り、このドラゴンには勝てないだろうと踏んでいたのだが、ふむ、今日勝てたのはその剣の力もあって、ということかな?それにしても君がドラゴンを倒した時はなかなかに驚いたよ。いくら私が弱らせておいたとはいえ、ドラゴンを倒せる実力者は少なくともこの地域にはいないからね。」

随分と上から物を言う男。

「ちょっと待て、お前が何を言っているのか、全くわからない。お前がドラゴンを弱らせた?冗談だろ」

男は全く変わらない態度で、大仰に両手を広げて言った。

「信じていただけない、と。ふむ、もっと冷静で理解が早いと思っていたが、その判断は尚早に過ぎたか。」

質問に対して正確に答えが返ってこない。会話が成り立っていない。

「いちいち苛立たせてくれるな、お前」

「簡単に感情をむき出しにするのは良くない。敵に居場所を知らせる様なものだよ。強き者ならば、気配で簡単に分かるだろうね。」

クソっ!・・・思わず毒づく。

今のところ、相手の目的が全く分からない。相手の素性も不明のままだ。
何も知ることが出来ない現状が腹立たしい。
聞き出せない自分が、憎らしい。

またか、と。心の暗い部分で囁く声が聞こえる。

ーーーこんな事じゃ、ヒナタどころか、誰も救えやしない。

・・・っっっ!!

苛立ちは加速する。焦りが滲み出る。

俺のそんな様子を知ってか知らずか、男が流暢に話し出す。

「そういえば、君はさっき私に対して、この娘を返せ、と言ったが・・・どちらかと言えば、私の・・・いや、私たちのセリフなのだが、気づいていたかい?」

・・・・・・

「気づいていない、と。なんだ、君はこの娘と行動を共にしている割に、何も知らないんだね。」

トクンッと心臓が波打つ。
そんな事、分かってんだよ。

「何も知らない、可哀想な君に一つだけ教えてあげよう。」

目の前が真っ白になる。
ウザったい言い方してんじゃねぇよ。

「三ヶ月後くらいかな?この娘、君の手の届かないところに行ってしまうよ。」

「だから、何が言いたいか全くわかんねぇっつってんだろ!!」

勢いに任せて、斬り掛かる。
コイツは・・・敵だ!

相手は反応できてない。もらった!

「わぁお、これは驚いた。」

しかし、剣を振り下ろした俺の目に、信じ難い光景が映る。

「少し、血が出てしまったね。」

俺の剣先を、男が二本の指で掴んでいた。

絶句する俺を他所に男は言葉を連ねる。

「剣の軌道がブレブレだ。それに、見かけの割に剣先に力が乗っていない。君、マトモに剣術やってないでしょ。自分の力に任せた我流剣術では、ステータスの半分も力を出し切れないよ。」

「何で・・・」

「宝の持ち腐れっていうのかな?恐らく高いであろうそのステータスも、かなりの業物であろうその剣も、君には勿体無い。・・・とはいえ、その未熟な剣で私の指は少し切れてしまったようだから、あまり偉そうな事は言えないのだけれどね。」

俺を見下ろす男の目は、冷たい輝きを帯びていた。

この相手は、強すぎる。

俺では絶対に勝てない。

大至急逃げ・・・

・・・・・・




だめだ!ヒナタがっっっ!!!

弱る心を奮い立たせて、バックステップで体勢を立て直す。

まだ諦める訳にはいかない!

「逃げないのかい?実力差は歴然だと思うんだが。」

「生憎、まだヒナタを返してもらってないんでね。」

この台詞は、この場でできる、精一杯の強がりに過ぎなかった。

「ハッハッハ!結構結構。・・・でもね、君に付き合っている時間はもう無さそうだ。」

覚悟を決めた俺の行動とは裏腹に、男はそう言って空を見上げた。

俺も半ばつられた形で空を見上げると、先程倒したドラゴンと同じくらいの体躯を誇る、白竜がこちらへ飛んできている。

「では、ここいらで失礼させてもらうよ。」

男はヒナタを抱えて、空中へと高く跳躍した。

「待て!待てよ!何でヒナタを連れていくんだ!何で魔物を操ってる!?」

白竜に飛び乗った男は言った。

「答えが知りたければ、三ヶ月後のギルド対抗戦に出るといい。まぁ、出たところで、我々正滅隊に勝てるチームがいるとは思えないがね。君も含めて。」

白竜は、高く、高く飛んでいく。

俺の手の届かないところへ。

穏やかな日常も、ヒナタとの時間も、俺の幸福も・・・

永遠に続くなんて、そんな都合のいい事があるはずが無かったのだ。

「クッソォォオオオオオオ!!!」

この声さえもまた、天高く舞い上がる白竜の元に届くことは無かった。






















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