十二世界の創造主〜トゥウェルヴス〜
十一話 予感
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うるせぇ!叫んでないで早く走れよ!」
想定以上の大きさを誇っていたアナザーリコッデは、俺の全力ディストラクションに耐えるなど、見かけだけではない確かな強さを示した。
自身の力を過信したことは一度たりとも無かったが、まさかこれほどまで隔絶した力量差があるとは。
事前情報とこれほどまで大きく違っているというのも、なかなか問題だろう。
帰ったら問い詰めなくては。
・・・無論、生きて帰ることが出来れば、だが。
こうなると俺達が取れる選択肢はただ一つ“敵前逃亡”のみだった。
黒魔法を覚えたての頃と比べると、魔素への干渉レベルも上がってきているし、一度に操れる魔素もムダ、ムラなく使えているはずだ。つまり、威力はだいぶ上がっているのだ。
しかし、それでも大牙にヒビを入れて、それで終わってしまう程度のダメージしか与えられない。
いや、俺たちの力量差でヒビを入れることが出来たという事が、奇跡に近かったのかもしれない。
そして大牙のヒビから吹き出す魔物特有のどす黒い粒子は、まるで俺達の行く末を暗示しているかのようで・・・
「だー!ネガティブ厳禁!ここでネガネガしてたら死ぬって!」
悪い思考に陥っていた自分を無理やり奮い立たせる。
今ここで取れる最善策を考えなければ。
ピンチの時こそ冷静に。クールに。フリーズ・・・はしちゃダメだ!
改めて“敵”の全貌を見やる。
アナザーリコッデだが、どうやら陸上でも行動できるようで、当たり前のように俺たちを追ってきている。
さらに、イノシシとだけあって、かなりのスピードでこちらに向かってくるので、俺は真っ直ぐに街まで逃げることが出来ない。
何故この魔物は水中に住んでいるのか、心から疑問に思った。
真っ直ぐ走ってもムダならば、クネクネとジグザ○マの様に移動しなければいけない。
そのため、一度森に入って蛇行しながら街まで逃げようとしたのだが、
「まさか、蛇行しているせいで道がわからなくなるとは」
もちろん来る時は地図を見ながら真っ直ぐ湖に向かってきた。しかし今は地図を見て方角を確認している暇はない。無我夢中で蛇行していたのだから、仕方がない。
現時点では何とかアナザーリコッデを撒くことは出来たものの、大きな足音は絶えず響く。
だんだん近づく足音に背筋が凍るような思いをしながら必死に足を動かしていたのだが、
ぁ、もぅ、だめっぽぃょ( ᐛ )و
かつて俺が嫌いだった女子がSNSでこぞって使っていた小文字文章が何故か頭に浮かび、こんな状況に関わらず怒りがこみ上げる。
「あっ」
そんな時だった。今まで一言も喋らず(喋れなかっただけかも)俺についてきていたヒナタが急に立ち止まって、嗚咽のような声を漏らした。
どうした!?と、言葉を発する前に、その異変に気づく。
彼女の目は、先程までと打って変わって力強い光を携えていたのだ。
一体全体何事かと、緊張がはしったものの、しかし戦況は常に動き続けている。
近づく足音は止まってくれないのだ。
クレッシェンド的にだんだん強くなる足音は、さながら、死神の足音だろうか。
早く逃げなければという思いに駆られるが、ヒナタが口を開いたことで、その思いは遮られた。
「ソラノくん。戦いましょう。勝てます。」
「はぁ!?」
先程の交戦を見ていなかったのか!?
そう叫びたくなる衝動が溢れてきたのだが・・・
しかしそれは冷静かつ力強い言葉。
何を根拠に・・・とは、言えなかった。何より彼女の瞳がそうさせなかった。
「その、瞳は・・・」
ここはヒナタに賭けるしかない。そう思えた。
「何か、策があるのか?」
そう尋ねると、ヒナタは首を横に振った。
俺が眉根を寄せたのも束の間、ヒナタは早口に告げる。
「策という程のものではありませんが、ひとつだけ、方法は有ります。」
「何でもいい、教えてくれ。」
「はい。まず、アナザーリコッデは魔法耐性が高い。そして物理攻撃に弱いという特徴があります。私がソラノくんにバフをかけて、敏捷と防御を上げるので、ソラノくんは物理攻撃で足を中心に攻めてください。バフ効果がかかれば多少の攻撃は受けてもダメージはありません。突っ込んでもらって大丈夫です。相手は小回りの効く動きはできません。隙はたくさんあります。」
こいつ、いつのまにこんな分析を・・・!?
それとも事前情報だけではこうも自信たっぷりに、この大一番で賭けに出ることなど出来ないはずだ。
・・・戦闘に挑む心構え、そして観察眼・・・。
流石にそこは経験の差が出たのか。実力こそ俺の方が上だとヒナタは言うが、まだまだ学ばなければいけない事も多い。
「・・・来ますっ!準備してください!」
学ぶべきは学んでいかなければいけない。
しかし、今はそう悠長にしていられない。
ヒナタの掛け声と共に、アナザーリコッデは俺達の前に再び姿を現した。
ウオオオオオオォォンッッッ!
それは勝利の雄叫びか、はたまた絶望を告げる鐘の音か。ただ一つ言えるのは、完全に敵の射程圏内に入ったという事だ。
どちらにしても、もう逃げるという選択肢はない。やるしか、無かった。
「アジルト!デフェス!」
ヒナタの鋭い声が響く。
直後、俺の体を青白くも眩い光が包み込む。
青魔法のアジルトは敏捷アップの効果、デフェスは防御アップの効果がある青の基本的な支援魔法だ。
しかし、かけられた俺としては、想像以上の効果の高さに驚きを隠せない。
恐らく今回の戦闘では不十分であったはずの脚力だが、今ならば・・・。
しかし、妙だな。
前回湿原でかけられた時は、これ程の力は得られなかったはずだ。いや、もちろん、高い効果であることに越したことはないのだが。
やはり、今のヒナタは何か、違った。
やはりこの一言に尽きる。
「ソラノくん!左前足が狙い目です!」
的確な指示。いけない。謎に思考にゆとりを持ってしまっていた。ヒナタが奮闘しているのならば、俺もそれに最大限答えなければいけない!
俺はパワーアップした脚力を爆発させて、一瞬で間を詰める。
ヒナタが言った通り、がら空きの左前足に、初心者御用達のロングソードで斬撃を叩き込む。
「シッッ!」
ザシュッという鈍い音。斬撃による傷は思いのほか深く、予想以上の手応えに勝利への活路を垣間見た。
初心者用といえど、作りは頑丈で、しっかりしているのだから、この手応えならばある程度のダメージは期待できる。
幸いにも俺の予想は当たっていたようで、アナザーリコッデの苦しむ呻き声が周囲に響いた。
肉質自体、それほど硬くは無いのか・・・!?
思い返せば先程のディストラクションは大牙を狙って放ったものだ。本体よりも発達した大牙の方が頑丈な事など、狩りゲーの基本だというのに俺は・・・
しかし、今更ディストラクションを撃つ位置を間違えたなどというくだらない後悔に苛まれていたとて、現状の打開には何ら繋がってこない。
アナザーリコッデは大きな呻き声を上げながら切られた左前足で俺を踏みつけようとする。しかし、痛みからか動きは鈍重で、アジリティをフル稼働させた俺には、あまりにも遅すぎた。
「痛む足で攻撃か。根性だけは随分と立派みたいだな!!」
大きな地響きを立てて、左前足が地面を揺らしたが、俺は既に回避行動を終えていた。
地面に叩きつけた反動で隙だらけの左前足に再び斬撃を見舞う。これにより、完全に左前足を切断することに成功した。
轟音を立てて崩れ落ちるアナザーリコッデ。幸いにも、地響きで舞い上がる土は湿り気があり、視界を塞ぐことは無かった。
切断口からは黒い瘴気を噴き出している。
トドメを刺すには今しかなかった。
これ以上のチャンスは今後恐らくないだろう。
そして、このチャンスすら、そう長い時間ではないはず。
次の一撃で、勝負に出なければいけない。
そう、覚悟を決めた。
極限の集中力ーーー所謂ゾーン状態に入っているのだろうか、思考が随分とクリアで、熱い思いを持って戦っているはずなのに、心の深いところは至って冷静に敵の分析をしている。
俺の見立てでは、一撃で仕留めるには脳天に強力な攻撃を食らわせるしかない。逆に言えば、この一撃を頭蓋にぶち込めば、ノックダウンは必至。
フッ  と短く息を吐き、足に力を込める。
「おぉ・・・」
ヒナタにかけられた支援魔法は、未だに活きている。心做しか、俺の覚悟とともに、効果も大きくなっている気さえする。
そして俺は、その脚力に任せて、そのまま一思いに飛んだ。
空中で狙いを定める。
アナザーリコッデの脳天を貫く未来はもう見えた。あとは勢いよく一直線に剣を突き刺せばいい。
空中では体をうまく動かせないとはいえ、体勢をを崩した敵がこちらへ有効打を放ってくるとは思えない。
このまま突っ込めば、終わるはずだ。
剣を握る手に力を込めた・・・その時だった。
「ソラノくん!危ない!ブレスが来ます!避けてっっ!」
ヒナタがいる方向から悲鳴にも似た叫び声が上がった。
しかし、思わぬ攻撃への動揺もあり、空中での回避ということもあり、更には完全に攻撃態勢だった事もありで、命中は免れないことを無意識に悟る。
「避けてって!ここ空中・・・」
しかし俺の言葉が最後まで紡がれることはなく、そして空中で必死に体をひねった俺の回避行動も虚しく・・・
アナザーリコッデの青黒いブレスは俺の左腕に直撃した。
「ぅぐぁぁあああああああ!!!」
焼けるような痛みが腕だけでなく、全身に駆け回る。
直撃を受けての致命傷ではなかっただけまだマシだ。体は、まだ動く!
流石に左腕は使えそうもなかったが、ヒナタの支援のおかげだろうか、何とか治せるレベルで収まっていた。
まさか、ブレスを使う相手だとは思ってもみなかった。人は見かけによらないとはよく言うが、魔物でも同じことが言えるなんてな。
この世界のイノシシはブレスを放つ。覚えておこう。
現時点で、傍から見れば、俺は最大の好機を逃したように見えるだろうか?
いやしかしそれは違う。確かに好機は逃した。あそこで決めきりたかったのも事実だ。
だがしかし、俺は不敵な笑みを浮かべる。先程言ったように、勝利への活路はもう見えているのだ。
本当は使いたくなかった奥の手だが、この際仕方ない。
「リカバリー!」
人に見られると厄介なため、こんな明らかに俺たち以外に人がいないようなところでも使わないようにはしていた。しかし、状況が状況だ。やむを得まい。
白い光は優しく俺の左腕を包み込む。ゆっくりと、ゆっくりと治癒が進んでいるように見えるが、修復そのものはあっという間に済んでいた。
みるみるうちに左腕が治っていく。傷の修復はさることながら、痛みや不快感まで消えていく。白魔法を自分にかけたのは初めてだが、効果の高さはこれで証明された。ただ、俺のレベルでは完全に焼け焦げた、もしくは骨が粉砕されたような酷いケガは治せないので、本当に、ヒナタのデフェスには助かったという事を痛感する。
未だ空中で自由落下を続けている俺は、たった今直した左腕で大牙を掴み、その勢いのまま一回転、再び空へ舞い上がる。
「今度こそ終わりだ!」
俺は天高く掲げた剣をそのまま脳天へ突き刺す。噴き出る瘴気の量から、俺はこの魔物の限界を悟る。
しかし、同時に俺は見た。この魔物の目を。未だ輝きを失わず、ギラギラと敵意を向けてくるその目を。
ーーーまだだ!もう一発!
俺は致命傷を受けてなお衰えない戦意に、畏怖の念を抱きつつ、トドメの一撃を放つ。
「魔法適性が高いようだが、内部はどうかな!?」
そう、内部ーーーつまり体内ならば、どんな攻撃も通じるのではないか、そう考え、先程の一撃によってできた、深い傷跡に手を突っ込む。
「ディストラクションッッッ!!!」
迸る“黒”は、俺の期待に応えるように、盛んに蠢いた。魔法の反動により、
フッ・・・と、一瞬意識が切れかけるが、グッと自分を奮い立たせる。まだ・・・最後まで戦わないと。
・・・・・・
・・・
敵の悪あがきもないまま、俺が放った黒魔法はアナザーリコッデの体内を蹂躙し、破壊した。
勝負は、ここに決した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道、森の中にて。
「あー、疲れた。マジなんなのあのサイズ感。」
「あはははは・・・早く帰りたいです」
そういうヒナタの顔面はにこりともしてなかった。確かに披露は大きいだろう。しかし、今日は彼女の活躍なくしては勝利できなかったので、少しくらい表情を緩めてほしいものだ。
「なぁ、さっきの雰囲気って一体全体どうした?妙に冷静だったというか、冴え渡っていたというか。指示も的確だったし、細かい分析も的を射ていた。それに、最終的に倒したのは俺だが、ヒナタが“青魔法アクア”をアナザーリコッデの視界内に複数回撃って注意をひきつけてなければ、あんなに綺麗には勝てなかったと思う。助かった。」
素直に礼を。正直なところ、俺もかなり焦ってた部分はあった。ヒナタが纏っていた雰囲気におされて、素直に従った結果がアレだったわけで、俺一人ではどうなってたか分からない。
「あ、あれはですね・・・なんというか、遺伝というか極限の集中力というか、私にもよくわかりません!」
「なんじゃそりゃ」
いわゆる“ゾーン”みたいなもんか。
いや、そんなもんじゃない、もっと深い所に届いたような・・・言葉では言い尽くせない何か。
人間の限界・・・!?
・・・出来ることなら任意で発動・・・いや、常時発動してもう少し日頃から警戒心を持っていただきたいが。
「まぁ、いいや。とりあえず早く協会に帰ろう。そんで明日はちょっと休養日にしよう。」
「おー!いいですね。あ、道はこっちですよ。」
「わり」
森とかまじでどこに行けばどうなるのやら。
のんびりと歩き続けておよそ五分だろうか。未だ森を抜ける気配は無かったが、ある違和感に気付く。
「この木のキズ、最近出来たものだな。」
「あ、ホントですね。それも、ついさっきついた傷です。・・・こんな所に誰かいましたっけ?」
それは一本の木についた一筋のキズに過ぎなかったが、切り口がまだ新しかったため、薄暗い森の中では少し目立ったのだ。
「こんな所で一体誰が・・・」
そう言ってキズに触れた、その時だった。
「教えてやろうか?」
「っっっっ!!?」
見知らぬ声。バッと振り返るが誰もいない。そして正面に首を戻すと、木の陰に隠れる白いローブの何か・・・がそこに立っていた。
咄嗟のことで、まるで動けずにいると、白ローブはその場から消えるように離れていき、追うことは出来なかった。
一体何なんだ。狙われていたのか?いや、まさかな。
この世界であのような人物と関わった覚えは全くない。
しかし・・・
「あの気配、相当な実力者だ。ヒナタ、なにか見覚えはないか?・・・ヒナタ?」
確認を求めてヒナタへと視線を向けた俺は、今日何度目になるか分からない驚愕の光景を再び目にする。
「なに・・・震えてんだよ」
ヒナタは目を大きく見開き、口元に手を当てながら、プルプルと、生まれたての子鹿のように、震えていた。
先程まで白ローブの男がいた場所を見つめて。
「うるせぇ!叫んでないで早く走れよ!」
想定以上の大きさを誇っていたアナザーリコッデは、俺の全力ディストラクションに耐えるなど、見かけだけではない確かな強さを示した。
自身の力を過信したことは一度たりとも無かったが、まさかこれほどまで隔絶した力量差があるとは。
事前情報とこれほどまで大きく違っているというのも、なかなか問題だろう。
帰ったら問い詰めなくては。
・・・無論、生きて帰ることが出来れば、だが。
こうなると俺達が取れる選択肢はただ一つ“敵前逃亡”のみだった。
黒魔法を覚えたての頃と比べると、魔素への干渉レベルも上がってきているし、一度に操れる魔素もムダ、ムラなく使えているはずだ。つまり、威力はだいぶ上がっているのだ。
しかし、それでも大牙にヒビを入れて、それで終わってしまう程度のダメージしか与えられない。
いや、俺たちの力量差でヒビを入れることが出来たという事が、奇跡に近かったのかもしれない。
そして大牙のヒビから吹き出す魔物特有のどす黒い粒子は、まるで俺達の行く末を暗示しているかのようで・・・
「だー!ネガティブ厳禁!ここでネガネガしてたら死ぬって!」
悪い思考に陥っていた自分を無理やり奮い立たせる。
今ここで取れる最善策を考えなければ。
ピンチの時こそ冷静に。クールに。フリーズ・・・はしちゃダメだ!
改めて“敵”の全貌を見やる。
アナザーリコッデだが、どうやら陸上でも行動できるようで、当たり前のように俺たちを追ってきている。
さらに、イノシシとだけあって、かなりのスピードでこちらに向かってくるので、俺は真っ直ぐに街まで逃げることが出来ない。
何故この魔物は水中に住んでいるのか、心から疑問に思った。
真っ直ぐ走ってもムダならば、クネクネとジグザ○マの様に移動しなければいけない。
そのため、一度森に入って蛇行しながら街まで逃げようとしたのだが、
「まさか、蛇行しているせいで道がわからなくなるとは」
もちろん来る時は地図を見ながら真っ直ぐ湖に向かってきた。しかし今は地図を見て方角を確認している暇はない。無我夢中で蛇行していたのだから、仕方がない。
現時点では何とかアナザーリコッデを撒くことは出来たものの、大きな足音は絶えず響く。
だんだん近づく足音に背筋が凍るような思いをしながら必死に足を動かしていたのだが、
ぁ、もぅ、だめっぽぃょ( ᐛ )و
かつて俺が嫌いだった女子がSNSでこぞって使っていた小文字文章が何故か頭に浮かび、こんな状況に関わらず怒りがこみ上げる。
「あっ」
そんな時だった。今まで一言も喋らず(喋れなかっただけかも)俺についてきていたヒナタが急に立ち止まって、嗚咽のような声を漏らした。
どうした!?と、言葉を発する前に、その異変に気づく。
彼女の目は、先程までと打って変わって力強い光を携えていたのだ。
一体全体何事かと、緊張がはしったものの、しかし戦況は常に動き続けている。
近づく足音は止まってくれないのだ。
クレッシェンド的にだんだん強くなる足音は、さながら、死神の足音だろうか。
早く逃げなければという思いに駆られるが、ヒナタが口を開いたことで、その思いは遮られた。
「ソラノくん。戦いましょう。勝てます。」
「はぁ!?」
先程の交戦を見ていなかったのか!?
そう叫びたくなる衝動が溢れてきたのだが・・・
しかしそれは冷静かつ力強い言葉。
何を根拠に・・・とは、言えなかった。何より彼女の瞳がそうさせなかった。
「その、瞳は・・・」
ここはヒナタに賭けるしかない。そう思えた。
「何か、策があるのか?」
そう尋ねると、ヒナタは首を横に振った。
俺が眉根を寄せたのも束の間、ヒナタは早口に告げる。
「策という程のものではありませんが、ひとつだけ、方法は有ります。」
「何でもいい、教えてくれ。」
「はい。まず、アナザーリコッデは魔法耐性が高い。そして物理攻撃に弱いという特徴があります。私がソラノくんにバフをかけて、敏捷と防御を上げるので、ソラノくんは物理攻撃で足を中心に攻めてください。バフ効果がかかれば多少の攻撃は受けてもダメージはありません。突っ込んでもらって大丈夫です。相手は小回りの効く動きはできません。隙はたくさんあります。」
こいつ、いつのまにこんな分析を・・・!?
それとも事前情報だけではこうも自信たっぷりに、この大一番で賭けに出ることなど出来ないはずだ。
・・・戦闘に挑む心構え、そして観察眼・・・。
流石にそこは経験の差が出たのか。実力こそ俺の方が上だとヒナタは言うが、まだまだ学ばなければいけない事も多い。
「・・・来ますっ!準備してください!」
学ぶべきは学んでいかなければいけない。
しかし、今はそう悠長にしていられない。
ヒナタの掛け声と共に、アナザーリコッデは俺達の前に再び姿を現した。
ウオオオオオオォォンッッッ!
それは勝利の雄叫びか、はたまた絶望を告げる鐘の音か。ただ一つ言えるのは、完全に敵の射程圏内に入ったという事だ。
どちらにしても、もう逃げるという選択肢はない。やるしか、無かった。
「アジルト!デフェス!」
ヒナタの鋭い声が響く。
直後、俺の体を青白くも眩い光が包み込む。
青魔法のアジルトは敏捷アップの効果、デフェスは防御アップの効果がある青の基本的な支援魔法だ。
しかし、かけられた俺としては、想像以上の効果の高さに驚きを隠せない。
恐らく今回の戦闘では不十分であったはずの脚力だが、今ならば・・・。
しかし、妙だな。
前回湿原でかけられた時は、これ程の力は得られなかったはずだ。いや、もちろん、高い効果であることに越したことはないのだが。
やはり、今のヒナタは何か、違った。
やはりこの一言に尽きる。
「ソラノくん!左前足が狙い目です!」
的確な指示。いけない。謎に思考にゆとりを持ってしまっていた。ヒナタが奮闘しているのならば、俺もそれに最大限答えなければいけない!
俺はパワーアップした脚力を爆発させて、一瞬で間を詰める。
ヒナタが言った通り、がら空きの左前足に、初心者御用達のロングソードで斬撃を叩き込む。
「シッッ!」
ザシュッという鈍い音。斬撃による傷は思いのほか深く、予想以上の手応えに勝利への活路を垣間見た。
初心者用といえど、作りは頑丈で、しっかりしているのだから、この手応えならばある程度のダメージは期待できる。
幸いにも俺の予想は当たっていたようで、アナザーリコッデの苦しむ呻き声が周囲に響いた。
肉質自体、それほど硬くは無いのか・・・!?
思い返せば先程のディストラクションは大牙を狙って放ったものだ。本体よりも発達した大牙の方が頑丈な事など、狩りゲーの基本だというのに俺は・・・
しかし、今更ディストラクションを撃つ位置を間違えたなどというくだらない後悔に苛まれていたとて、現状の打開には何ら繋がってこない。
アナザーリコッデは大きな呻き声を上げながら切られた左前足で俺を踏みつけようとする。しかし、痛みからか動きは鈍重で、アジリティをフル稼働させた俺には、あまりにも遅すぎた。
「痛む足で攻撃か。根性だけは随分と立派みたいだな!!」
大きな地響きを立てて、左前足が地面を揺らしたが、俺は既に回避行動を終えていた。
地面に叩きつけた反動で隙だらけの左前足に再び斬撃を見舞う。これにより、完全に左前足を切断することに成功した。
轟音を立てて崩れ落ちるアナザーリコッデ。幸いにも、地響きで舞い上がる土は湿り気があり、視界を塞ぐことは無かった。
切断口からは黒い瘴気を噴き出している。
トドメを刺すには今しかなかった。
これ以上のチャンスは今後恐らくないだろう。
そして、このチャンスすら、そう長い時間ではないはず。
次の一撃で、勝負に出なければいけない。
そう、覚悟を決めた。
極限の集中力ーーー所謂ゾーン状態に入っているのだろうか、思考が随分とクリアで、熱い思いを持って戦っているはずなのに、心の深いところは至って冷静に敵の分析をしている。
俺の見立てでは、一撃で仕留めるには脳天に強力な攻撃を食らわせるしかない。逆に言えば、この一撃を頭蓋にぶち込めば、ノックダウンは必至。
フッ  と短く息を吐き、足に力を込める。
「おぉ・・・」
ヒナタにかけられた支援魔法は、未だに活きている。心做しか、俺の覚悟とともに、効果も大きくなっている気さえする。
そして俺は、その脚力に任せて、そのまま一思いに飛んだ。
空中で狙いを定める。
アナザーリコッデの脳天を貫く未来はもう見えた。あとは勢いよく一直線に剣を突き刺せばいい。
空中では体をうまく動かせないとはいえ、体勢をを崩した敵がこちらへ有効打を放ってくるとは思えない。
このまま突っ込めば、終わるはずだ。
剣を握る手に力を込めた・・・その時だった。
「ソラノくん!危ない!ブレスが来ます!避けてっっ!」
ヒナタがいる方向から悲鳴にも似た叫び声が上がった。
しかし、思わぬ攻撃への動揺もあり、空中での回避ということもあり、更には完全に攻撃態勢だった事もありで、命中は免れないことを無意識に悟る。
「避けてって!ここ空中・・・」
しかし俺の言葉が最後まで紡がれることはなく、そして空中で必死に体をひねった俺の回避行動も虚しく・・・
アナザーリコッデの青黒いブレスは俺の左腕に直撃した。
「ぅぐぁぁあああああああ!!!」
焼けるような痛みが腕だけでなく、全身に駆け回る。
直撃を受けての致命傷ではなかっただけまだマシだ。体は、まだ動く!
流石に左腕は使えそうもなかったが、ヒナタの支援のおかげだろうか、何とか治せるレベルで収まっていた。
まさか、ブレスを使う相手だとは思ってもみなかった。人は見かけによらないとはよく言うが、魔物でも同じことが言えるなんてな。
この世界のイノシシはブレスを放つ。覚えておこう。
現時点で、傍から見れば、俺は最大の好機を逃したように見えるだろうか?
いやしかしそれは違う。確かに好機は逃した。あそこで決めきりたかったのも事実だ。
だがしかし、俺は不敵な笑みを浮かべる。先程言ったように、勝利への活路はもう見えているのだ。
本当は使いたくなかった奥の手だが、この際仕方ない。
「リカバリー!」
人に見られると厄介なため、こんな明らかに俺たち以外に人がいないようなところでも使わないようにはしていた。しかし、状況が状況だ。やむを得まい。
白い光は優しく俺の左腕を包み込む。ゆっくりと、ゆっくりと治癒が進んでいるように見えるが、修復そのものはあっという間に済んでいた。
みるみるうちに左腕が治っていく。傷の修復はさることながら、痛みや不快感まで消えていく。白魔法を自分にかけたのは初めてだが、効果の高さはこれで証明された。ただ、俺のレベルでは完全に焼け焦げた、もしくは骨が粉砕されたような酷いケガは治せないので、本当に、ヒナタのデフェスには助かったという事を痛感する。
未だ空中で自由落下を続けている俺は、たった今直した左腕で大牙を掴み、その勢いのまま一回転、再び空へ舞い上がる。
「今度こそ終わりだ!」
俺は天高く掲げた剣をそのまま脳天へ突き刺す。噴き出る瘴気の量から、俺はこの魔物の限界を悟る。
しかし、同時に俺は見た。この魔物の目を。未だ輝きを失わず、ギラギラと敵意を向けてくるその目を。
ーーーまだだ!もう一発!
俺は致命傷を受けてなお衰えない戦意に、畏怖の念を抱きつつ、トドメの一撃を放つ。
「魔法適性が高いようだが、内部はどうかな!?」
そう、内部ーーーつまり体内ならば、どんな攻撃も通じるのではないか、そう考え、先程の一撃によってできた、深い傷跡に手を突っ込む。
「ディストラクションッッッ!!!」
迸る“黒”は、俺の期待に応えるように、盛んに蠢いた。魔法の反動により、
フッ・・・と、一瞬意識が切れかけるが、グッと自分を奮い立たせる。まだ・・・最後まで戦わないと。
・・・・・・
・・・
敵の悪あがきもないまま、俺が放った黒魔法はアナザーリコッデの体内を蹂躙し、破壊した。
勝負は、ここに決した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道、森の中にて。
「あー、疲れた。マジなんなのあのサイズ感。」
「あはははは・・・早く帰りたいです」
そういうヒナタの顔面はにこりともしてなかった。確かに披露は大きいだろう。しかし、今日は彼女の活躍なくしては勝利できなかったので、少しくらい表情を緩めてほしいものだ。
「なぁ、さっきの雰囲気って一体全体どうした?妙に冷静だったというか、冴え渡っていたというか。指示も的確だったし、細かい分析も的を射ていた。それに、最終的に倒したのは俺だが、ヒナタが“青魔法アクア”をアナザーリコッデの視界内に複数回撃って注意をひきつけてなければ、あんなに綺麗には勝てなかったと思う。助かった。」
素直に礼を。正直なところ、俺もかなり焦ってた部分はあった。ヒナタが纏っていた雰囲気におされて、素直に従った結果がアレだったわけで、俺一人ではどうなってたか分からない。
「あ、あれはですね・・・なんというか、遺伝というか極限の集中力というか、私にもよくわかりません!」
「なんじゃそりゃ」
いわゆる“ゾーン”みたいなもんか。
いや、そんなもんじゃない、もっと深い所に届いたような・・・言葉では言い尽くせない何か。
人間の限界・・・!?
・・・出来ることなら任意で発動・・・いや、常時発動してもう少し日頃から警戒心を持っていただきたいが。
「まぁ、いいや。とりあえず早く協会に帰ろう。そんで明日はちょっと休養日にしよう。」
「おー!いいですね。あ、道はこっちですよ。」
「わり」
森とかまじでどこに行けばどうなるのやら。
のんびりと歩き続けておよそ五分だろうか。未だ森を抜ける気配は無かったが、ある違和感に気付く。
「この木のキズ、最近出来たものだな。」
「あ、ホントですね。それも、ついさっきついた傷です。・・・こんな所に誰かいましたっけ?」
それは一本の木についた一筋のキズに過ぎなかったが、切り口がまだ新しかったため、薄暗い森の中では少し目立ったのだ。
「こんな所で一体誰が・・・」
そう言ってキズに触れた、その時だった。
「教えてやろうか?」
「っっっっ!!?」
見知らぬ声。バッと振り返るが誰もいない。そして正面に首を戻すと、木の陰に隠れる白いローブの何か・・・がそこに立っていた。
咄嗟のことで、まるで動けずにいると、白ローブはその場から消えるように離れていき、追うことは出来なかった。
一体何なんだ。狙われていたのか?いや、まさかな。
この世界であのような人物と関わった覚えは全くない。
しかし・・・
「あの気配、相当な実力者だ。ヒナタ、なにか見覚えはないか?・・・ヒナタ?」
確認を求めてヒナタへと視線を向けた俺は、今日何度目になるか分からない驚愕の光景を再び目にする。
「なに・・・震えてんだよ」
ヒナタは目を大きく見開き、口元に手を当てながら、プルプルと、生まれたての子鹿のように、震えていた。
先程まで白ローブの男がいた場所を見つめて。
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