夏空模様
2日目「7月28日(夜)」
 ---「…んん」
 気がつくと夏樹は睡魔に襲われ眠りについてしまっていた。身体の節々の痺れと痛みを感じて目を覚ました。
 「…んあ、ヤベェ、変な体勢で寝てたわ」
 口周りに付いているヨダレを拭きながら起きる夏樹。右腕を枕代わりにして横向けに寝てしまっていた為、右腕の血管が圧迫され痛みと共に痺れて少しの間動かさす事が出来なかった。
 「っづ!イッテェーなー!つーか今何時だ?…っていうかナツは?」
 右腕を抑えながら夏樹は自分の部屋を見渡した。見渡してみたが夏海の姿は見受けられなかった。時計を見てみると夜の7時を過ぎていた。約2時間程眠っていたようだ。
 「もうメシの時間か」
 そう言って夏樹はベットから立ち上がり部屋を出た。夏樹の家は大体8時頃に夕食が始まる。なので7時頃には光子が夕飯の支度をしている。
 「ふあぁ〜〜〜」
 夏樹はさっき喧嘩した事等もすっかり忘れ大きな欠伸をしながらゆっくりと階段を降りていた。
 「んん?この匂い…」
 階段を降りると夏樹の鼻の中に強烈なまでに漂うスパイスの香りが入ってきた。
 (今日カレーか?まあ思い返せばナツが来た日は確実にカレーだったもんな)
 毎年夏海が来たその日の夕飯は夏海の大好物を揃えるのが恒例になっていた。特にカレーと唐揚げは欠かさずに出ている。
 (今年もバカみたいに気合い入れてんだろーな)
 「ふんふんふーん♪」
 「ん?」
 リビングに向かっていると手前のキッチンから鼻歌が聞こえてきた。鼻歌につられてコッソリとキッチンを覗く夏樹。
 「あっ、なっちゃん。おそようごぜーます!」
 「『おそようごぜーます』じゃねーよ。何やってんの?」
 キッチンの覗いてみるとそこにはイチゴ柄のエプロンを着た夏海が立っていた。そんな夏海はカレーの入っている鍋を掻き回しながら夏樹の方に視線を向けていた。
 「おばちゃんと一緒に料理してたんだけど途中でおばちゃん、他の買い出しに行っちゃったから今は私1人でみてるの!あっ、このエプロンつい最近買ったんだけど、可愛くない!?」
 そう言うと夏海は自慢するかのようにその場で一回転してみせた。彼女の優雅に回る姿に夏樹は終始目を奪われていた。
 「ふーん」
 「反応うっす!」
 しかし素直な反応が出来ない夏樹は興味がないように装った。その反応を見て間をおかずツッコミを入れる夏海。
 「つーか、オマエ料理なんか出来たんだな?食う専門かと思ったよ」
 「料理ぐらい出来るよー!お母さんの手伝いとかよくしてるもん!食う専門はなっちゃんの方でしょー!!」
 夏樹は更に皮肉を言い始めると夏海は頰を膨らまし怒っているアピールをしながら反論してきた。
 だが夏海が料理している所を見るのは本当に初めてだった。それゆえ今の発言は夏樹の本心であった。
 「母さんは?」
 「おばちゃんなら『買い忘れたものがあるから後お願いしていい?』って言って、また買い物行ったよ」
 夏樹の質問に光子のマネを加えながら答える夏海。しかし「ふーん」とさっきと同じリアクションを返す夏樹。これも本心から出た言葉である。
 「なんか手伝うか?」
 「んー、後は特に無いかなぁ。うん、大丈夫そうだから適当に座ってていいよ」
 「…そっか」
 夏樹は皮肉を言いつつも手伝って好感を少しだけでも持たそうとしたが空振りに終わってしまった。
 「なっちゃん!」
 「ん?」
 「ありがとうね」
 空振りに終わってしまったものの夏海は笑顔で感謝の言葉を述べた。手伝おうとしてくれた夏樹を見て関心したのだろうか?その言葉は夏海からの純粋な善意の気持ちの表れだった。
 「ただいま〜。遅くなってごめんね夏海ちゃーん」
 「あっ、おばちゃん帰って来た。おばちゃーん!もう少しで出来るところだから後は私がやっとくよー」
 玄関から聞こえてくる光子の声を聞きキッチンからひょっこりと顔を出して笑顔で迎える夏海。一方の夏樹は玄関にいる光子を見るや否やそそくさとテーブルに向かって行った。
 ---「いただきまーす!」
 光子が買い物から帰って来た数分後に夏樹の父・春樹が仕事から帰って来た。因みに春樹は近所のコンビニで店長を務めている。月収約20〜25万、年収が300万程で齢40にしてはかなり低収入である。休みもほとんど無く毎日朝出勤して夜に終わる生活をここ10年以上は続けている。
 それゆえ夏樹は春樹とも距離を置いていた。春樹は出来るだけ夜は一緒に何かして過ごそうかとしているが夏樹は無視するばかりだ。
 そんな複雑な親子関係だが夏海が来る時だけは一風変わっていた。いつもはバラバラで食事をとっているが夏海が来ると家族全員が揃って食事をすることになっている。
 それは強制的なものでは無くなんとなくそういう感じになっていったのだ。そう考えるとこの家族にとって夏海の存在は大黒柱のような存在だった。
 今年も例外なく工藤一家が全員食卓に揃った。テーブルには夏海の大好物のカレーを始め唐揚げや厚焼き玉子、マカロニサラダやデザートにリンゴのハチミツ漬けがズラッと並べられていた。
 夏海の合掌と共に工藤家の夕飯が始まった。夏海は大好物を目の前にして目を輝かせていた。
 「いっぱい食べてね夏海ちゃん。っていってもほとんど夏海ちゃんが作ったんだけね」
 「へ〜、夏海ちゃん料理上手なんだねー」
 春樹と光子は夏海に感心しながら料理に手をつけ始めた。それに対して夏樹は何も言わずカレーを食べ始めていた。
 「なっちゃん、美味しい!?」
 夏海はそんな夏樹を見逃さず大好物を見ていた時のように目を輝かせながら感想を聞いてきた。
 「うん。母さんのよりはマシかな」
 「またヒドイこと言って〜。でも私もそう思っちゃったから何も言い返せないわね」
 皮肉を言われる光子だが今回ばかりは反論するどころか賛同した。
 「もお〜2人共辞めてよ〜!」
 2人の反応に照れ隠しをする夏海。反論しようとするが嬉しさの方が上回って何も言い返せずただ顔を赤くするだけだった。
 「俺はどっちもイイと思うけど」
 「お父さんったらそんなこと言ってー、私の評価を多少上げても何もありませんよ〜」
 そんな中フォローする春樹だったが光子にアッサリとかわされた。そのやりとりが可笑しかったようで3人は堪らず吹き出すように笑い出した。だがみんなが笑っている中で夏樹は黙々とカレーを食べ続けていた。
 ---「ふう〜、ごちそうさまでした」
 そう言いながら夏海はお腹をさすり出した。大好物があり過ぎて1番多く食べたようだ。
 「ごちそうさまー。もうこれから夏海ちゃんに毎日作って貰いたいわー」
 光子もそう言いながらお腹をさすっていた。
 「私はおばちゃんの料理も食べたいからお手伝いだけなら良いよ」
 「あら、おばちゃん夏海ちゃんより美味しい料理なんか作れないわよー」
 光子は微笑を浮かべながら冗談をかましてきた。2人はまた吹き出すように笑い出した。2人で仲慎ましく笑い合う中、春樹は風呂にも入らず自分の部屋にビールとおつまみの柿の種を持って戻って行った。これはいつもの光景なので特に誰も言うことは無かった。
 「夏樹ー、後片付けお願いねー」
 「分かってるよ」
 光子はテレビを見ながら夏樹に皿洗いを頼んできた。すると夏樹はめんどくさそうな表情を見せながらも皿洗いをしにキッチンに向かった。
 普段は反抗する夏樹だが珍しく言う事を聞くのには理由がある。反抗盛りの中学1年の時、普段のように反抗したがその次の日から1週間は夏樹の大嫌いな魚料理ばかり出された。経済力の乏しい中学生の夏樹には外食どころかコンビニでカップ麺を1週間分買うのも厳しかった。
 そんな嫌がらせを受けた上経済力は今でも変わらず乏しい為、仕方なく言う事を聞かざるを得なかった。
 「あ、そうだ。夏海ちゃん、お風呂沸いてると思うから先に入ってきていいわよ」
 「えっ?いいの?」
 「この家の一番風呂の権利は可愛い夏海ちゃんのものよ。入ってきておいで。おばちゃんは後ででいいから」
 「分かった。ありがとうおばちゃん!」
 光子に礼を述べると着替えを取りに夏樹の部屋へと向かって行った。
 「夏樹ー?分かってると思うけどお風呂覗くんじゃないわよ!?」
 「覗かねーよ!バカじゃねーの!」
 「何そんなに怒ってんのよ?ムキになり過ぎよ。冗談じゃない。冗〜談!」
 光子の冗談に対しキレ気味に返事を返す夏樹。そんな夏樹を宥めようとした光子だが夏樹は機嫌の悪くしたまま皿洗いを続けた。
 その後、皿洗いを終えた夏樹は仏頂面で自分の部屋へと向かって行った。階段を上がる途中、バッタリ着替えを持った夏海とすれ違った。不用心にも着替えをタオルの上に乗せ持っている水玉模様の下着がモロに見えていた。
 それに気づいた夏樹は視線を逸らしながら階段を上がって行った。2人がすれ違うと夏海は突然、不適な笑みを浮かべた。
 「なっちゃん。一緒にお風呂入るー?」
 不適な笑みを浮かべながら冗談混じりに混浴に誘ってきた。その瞬間、夏樹の思考は数秒の間停止し足も自然と止まっていた。
 「ふ、ぶざけんなよ!は、入る訳ねーだろバーカ!」
 光子の発言で若干の苛立ちが残っていたのか少し強めの口調で断った。断ると同時に自分の足が再び階段を上がり始めて行った。
 「ム〜〜、ちょっとした冗談じゃん!そんなに怒んないでよー!」
 頰を膨らましながら光子と同じような事を言いだす夏海。しかし夏樹は後ろを振り返る事も無く自分の部屋に戻って行った。
 「…何イライラしてんだ俺!?」
 部屋に戻るとドアに背もたれる夏樹。今年こそ告白する為に良い印象を与えようと頑張ろうと決意したものの毎年と同じ、イヤそれ以上に冷たい態度をとっているかもしれないと自分の行動を今一度振り返る夏樹。
 振り返ってみると素っ気ない返事や怒ったような態度をとりまくっていた。
 「最悪じゃねーかよー」
 自分の行動を振り返ってみて自分自身にも苛立ちを感じ始めている夏樹。これもひとえに日頃の行いが悪いからこんな事になってしまったのだろう。
 「…つってもな〜、今更態度とか変えんのも変な気がするよなー」
 そして自分に言い訳を考え始める夏樹。でも夏樹の考えも一理あり夏休みだけとはいえ10年の付き合いがある人が急に態度を変えてきたら不審に思われるかもしれない。
 「ん〜〜、ダメだなこりゃあ」
 そう思った瞬間、夏樹は態度を改める事を諦めた。だからとはいえ何か他の案がある訳ではないが…
 「それじゃあどうすればイイんだよ俺はー!」
 ドアの前からベットに移動した夏樹はベットに飛び込み頭を抱え転がりながら大声を出し始めた。夏樹がこんな行動を取るのは初めての事だった。
 「なっちゃん?」
 「!?」
 そんな中、ドアのノックと同時に夏海の声が聞こえてきた。
 (ヤベー、今の完全に聞かれた!)
 ふと我に返った夏樹は自分のとった行動に羞恥心を感じた。だがそんな事など露知らずドアを開けて中に入って来る夏海。そして何を思ったのか知らないが夏樹は突然、毛布に隠れるようにくるまり出した。
 「アレ?なっちゃん何してんの?」
 「イ、イヤ、別に何でもねーよ」
 「じゃあさっきの…」
 「何でもねーよ!」
 あまりの恥ずかしさに裏声になりながら怒声を放つ夏樹。そんな夏樹に対し夏海は今まで見た事ない夏樹を見たせいで呆然と立ち尽くしてしまった。
 「…そ、それより何だよ?風呂入んじゃねーのかよ?」
 「もう入り終わったんだけど…」
 パニックになって気づいていなかったが髪が濡れていて夏海の服装が白のワンピースから白のTシャツに紺色のミニスカートに変わっていた。丈が膝上15センチ程で太ももの半分以上は見えるくらい短かった。
 時間を確認する為に毛布から顔を出し時計を見てみると部屋に戻ってから30分程経っていた。
 「それで何?」
 「あ、うん、えーっと、おばちゃんがなっちゃんから先にお風呂入らせてイイよって言ってたの」
 「あ、うん。分かった」
 夏樹は返事をするや否やそそくさと毛布から出てきて着替えを持って部屋を後にした。その時間僅か1分にも満たなかった。
 ---「ハアーー」
 浴槽から溢れるお湯のようにため息が溢れた。夏樹にとって風呂場は今日1日の中で一番落ち着ける場所だった。落ち着き過ぎるあまり湯船に顔の半分が浸かるまで沈んでいた。
 (さて、スタートダッシュは見事に滑ったみたいだが問題は明日からだよなぁー)
 湯船に浸かりながら今後の事を考える夏樹。しかし落ち着いても何の案も浮かばず10分程入って風呂場を出た。
 バスタオルで頭を拭きながら部屋に戻ると夏海が夏樹のベットで横になっていた。
 「スー、スー」
 小さく寝息を立てる夏海。既に就寝しているようだ。
 「寝んの早過ぎだろ」
 時計を見るとまだ22時前だった。いつも夜中の2時過ぎまで起きている夏樹にとっては寝るには早過ぎる時間帯だった。
 「………」
 また不用心な事にミニスカを着用した夏海を見ると微かにパンツが見えそうになっている。
 「ったく、不用心過ぎて普段のコイツが心配になってくるわ」
 そう言いながらも夏海に生地の薄い毛布を下半身を隠すように被せる夏樹。
 「…今日はもう寝るか」
 夏海の幸せそうに寝ている姿を見ていると急に睡魔に襲われた夏樹は電気を消し何も敷いていない部屋の床で眠りについた。
 花火大会まで残り23日、幸先の悪い中夏休み前日の夜は終わりを迎えた。
 気がつくと夏樹は睡魔に襲われ眠りについてしまっていた。身体の節々の痺れと痛みを感じて目を覚ました。
 「…んあ、ヤベェ、変な体勢で寝てたわ」
 口周りに付いているヨダレを拭きながら起きる夏樹。右腕を枕代わりにして横向けに寝てしまっていた為、右腕の血管が圧迫され痛みと共に痺れて少しの間動かさす事が出来なかった。
 「っづ!イッテェーなー!つーか今何時だ?…っていうかナツは?」
 右腕を抑えながら夏樹は自分の部屋を見渡した。見渡してみたが夏海の姿は見受けられなかった。時計を見てみると夜の7時を過ぎていた。約2時間程眠っていたようだ。
 「もうメシの時間か」
 そう言って夏樹はベットから立ち上がり部屋を出た。夏樹の家は大体8時頃に夕食が始まる。なので7時頃には光子が夕飯の支度をしている。
 「ふあぁ〜〜〜」
 夏樹はさっき喧嘩した事等もすっかり忘れ大きな欠伸をしながらゆっくりと階段を降りていた。
 「んん?この匂い…」
 階段を降りると夏樹の鼻の中に強烈なまでに漂うスパイスの香りが入ってきた。
 (今日カレーか?まあ思い返せばナツが来た日は確実にカレーだったもんな)
 毎年夏海が来たその日の夕飯は夏海の大好物を揃えるのが恒例になっていた。特にカレーと唐揚げは欠かさずに出ている。
 (今年もバカみたいに気合い入れてんだろーな)
 「ふんふんふーん♪」
 「ん?」
 リビングに向かっていると手前のキッチンから鼻歌が聞こえてきた。鼻歌につられてコッソリとキッチンを覗く夏樹。
 「あっ、なっちゃん。おそようごぜーます!」
 「『おそようごぜーます』じゃねーよ。何やってんの?」
 キッチンの覗いてみるとそこにはイチゴ柄のエプロンを着た夏海が立っていた。そんな夏海はカレーの入っている鍋を掻き回しながら夏樹の方に視線を向けていた。
 「おばちゃんと一緒に料理してたんだけど途中でおばちゃん、他の買い出しに行っちゃったから今は私1人でみてるの!あっ、このエプロンつい最近買ったんだけど、可愛くない!?」
 そう言うと夏海は自慢するかのようにその場で一回転してみせた。彼女の優雅に回る姿に夏樹は終始目を奪われていた。
 「ふーん」
 「反応うっす!」
 しかし素直な反応が出来ない夏樹は興味がないように装った。その反応を見て間をおかずツッコミを入れる夏海。
 「つーか、オマエ料理なんか出来たんだな?食う専門かと思ったよ」
 「料理ぐらい出来るよー!お母さんの手伝いとかよくしてるもん!食う専門はなっちゃんの方でしょー!!」
 夏樹は更に皮肉を言い始めると夏海は頰を膨らまし怒っているアピールをしながら反論してきた。
 だが夏海が料理している所を見るのは本当に初めてだった。それゆえ今の発言は夏樹の本心であった。
 「母さんは?」
 「おばちゃんなら『買い忘れたものがあるから後お願いしていい?』って言って、また買い物行ったよ」
 夏樹の質問に光子のマネを加えながら答える夏海。しかし「ふーん」とさっきと同じリアクションを返す夏樹。これも本心から出た言葉である。
 「なんか手伝うか?」
 「んー、後は特に無いかなぁ。うん、大丈夫そうだから適当に座ってていいよ」
 「…そっか」
 夏樹は皮肉を言いつつも手伝って好感を少しだけでも持たそうとしたが空振りに終わってしまった。
 「なっちゃん!」
 「ん?」
 「ありがとうね」
 空振りに終わってしまったものの夏海は笑顔で感謝の言葉を述べた。手伝おうとしてくれた夏樹を見て関心したのだろうか?その言葉は夏海からの純粋な善意の気持ちの表れだった。
 「ただいま〜。遅くなってごめんね夏海ちゃーん」
 「あっ、おばちゃん帰って来た。おばちゃーん!もう少しで出来るところだから後は私がやっとくよー」
 玄関から聞こえてくる光子の声を聞きキッチンからひょっこりと顔を出して笑顔で迎える夏海。一方の夏樹は玄関にいる光子を見るや否やそそくさとテーブルに向かって行った。
 ---「いただきまーす!」
 光子が買い物から帰って来た数分後に夏樹の父・春樹が仕事から帰って来た。因みに春樹は近所のコンビニで店長を務めている。月収約20〜25万、年収が300万程で齢40にしてはかなり低収入である。休みもほとんど無く毎日朝出勤して夜に終わる生活をここ10年以上は続けている。
 それゆえ夏樹は春樹とも距離を置いていた。春樹は出来るだけ夜は一緒に何かして過ごそうかとしているが夏樹は無視するばかりだ。
 そんな複雑な親子関係だが夏海が来る時だけは一風変わっていた。いつもはバラバラで食事をとっているが夏海が来ると家族全員が揃って食事をすることになっている。
 それは強制的なものでは無くなんとなくそういう感じになっていったのだ。そう考えるとこの家族にとって夏海の存在は大黒柱のような存在だった。
 今年も例外なく工藤一家が全員食卓に揃った。テーブルには夏海の大好物のカレーを始め唐揚げや厚焼き玉子、マカロニサラダやデザートにリンゴのハチミツ漬けがズラッと並べられていた。
 夏海の合掌と共に工藤家の夕飯が始まった。夏海は大好物を目の前にして目を輝かせていた。
 「いっぱい食べてね夏海ちゃん。っていってもほとんど夏海ちゃんが作ったんだけね」
 「へ〜、夏海ちゃん料理上手なんだねー」
 春樹と光子は夏海に感心しながら料理に手をつけ始めた。それに対して夏樹は何も言わずカレーを食べ始めていた。
 「なっちゃん、美味しい!?」
 夏海はそんな夏樹を見逃さず大好物を見ていた時のように目を輝かせながら感想を聞いてきた。
 「うん。母さんのよりはマシかな」
 「またヒドイこと言って〜。でも私もそう思っちゃったから何も言い返せないわね」
 皮肉を言われる光子だが今回ばかりは反論するどころか賛同した。
 「もお〜2人共辞めてよ〜!」
 2人の反応に照れ隠しをする夏海。反論しようとするが嬉しさの方が上回って何も言い返せずただ顔を赤くするだけだった。
 「俺はどっちもイイと思うけど」
 「お父さんったらそんなこと言ってー、私の評価を多少上げても何もありませんよ〜」
 そんな中フォローする春樹だったが光子にアッサリとかわされた。そのやりとりが可笑しかったようで3人は堪らず吹き出すように笑い出した。だがみんなが笑っている中で夏樹は黙々とカレーを食べ続けていた。
 ---「ふう〜、ごちそうさまでした」
 そう言いながら夏海はお腹をさすり出した。大好物があり過ぎて1番多く食べたようだ。
 「ごちそうさまー。もうこれから夏海ちゃんに毎日作って貰いたいわー」
 光子もそう言いながらお腹をさすっていた。
 「私はおばちゃんの料理も食べたいからお手伝いだけなら良いよ」
 「あら、おばちゃん夏海ちゃんより美味しい料理なんか作れないわよー」
 光子は微笑を浮かべながら冗談をかましてきた。2人はまた吹き出すように笑い出した。2人で仲慎ましく笑い合う中、春樹は風呂にも入らず自分の部屋にビールとおつまみの柿の種を持って戻って行った。これはいつもの光景なので特に誰も言うことは無かった。
 「夏樹ー、後片付けお願いねー」
 「分かってるよ」
 光子はテレビを見ながら夏樹に皿洗いを頼んできた。すると夏樹はめんどくさそうな表情を見せながらも皿洗いをしにキッチンに向かった。
 普段は反抗する夏樹だが珍しく言う事を聞くのには理由がある。反抗盛りの中学1年の時、普段のように反抗したがその次の日から1週間は夏樹の大嫌いな魚料理ばかり出された。経済力の乏しい中学生の夏樹には外食どころかコンビニでカップ麺を1週間分買うのも厳しかった。
 そんな嫌がらせを受けた上経済力は今でも変わらず乏しい為、仕方なく言う事を聞かざるを得なかった。
 「あ、そうだ。夏海ちゃん、お風呂沸いてると思うから先に入ってきていいわよ」
 「えっ?いいの?」
 「この家の一番風呂の権利は可愛い夏海ちゃんのものよ。入ってきておいで。おばちゃんは後ででいいから」
 「分かった。ありがとうおばちゃん!」
 光子に礼を述べると着替えを取りに夏樹の部屋へと向かって行った。
 「夏樹ー?分かってると思うけどお風呂覗くんじゃないわよ!?」
 「覗かねーよ!バカじゃねーの!」
 「何そんなに怒ってんのよ?ムキになり過ぎよ。冗談じゃない。冗〜談!」
 光子の冗談に対しキレ気味に返事を返す夏樹。そんな夏樹を宥めようとした光子だが夏樹は機嫌の悪くしたまま皿洗いを続けた。
 その後、皿洗いを終えた夏樹は仏頂面で自分の部屋へと向かって行った。階段を上がる途中、バッタリ着替えを持った夏海とすれ違った。不用心にも着替えをタオルの上に乗せ持っている水玉模様の下着がモロに見えていた。
 それに気づいた夏樹は視線を逸らしながら階段を上がって行った。2人がすれ違うと夏海は突然、不適な笑みを浮かべた。
 「なっちゃん。一緒にお風呂入るー?」
 不適な笑みを浮かべながら冗談混じりに混浴に誘ってきた。その瞬間、夏樹の思考は数秒の間停止し足も自然と止まっていた。
 「ふ、ぶざけんなよ!は、入る訳ねーだろバーカ!」
 光子の発言で若干の苛立ちが残っていたのか少し強めの口調で断った。断ると同時に自分の足が再び階段を上がり始めて行った。
 「ム〜〜、ちょっとした冗談じゃん!そんなに怒んないでよー!」
 頰を膨らましながら光子と同じような事を言いだす夏海。しかし夏樹は後ろを振り返る事も無く自分の部屋に戻って行った。
 「…何イライラしてんだ俺!?」
 部屋に戻るとドアに背もたれる夏樹。今年こそ告白する為に良い印象を与えようと頑張ろうと決意したものの毎年と同じ、イヤそれ以上に冷たい態度をとっているかもしれないと自分の行動を今一度振り返る夏樹。
 振り返ってみると素っ気ない返事や怒ったような態度をとりまくっていた。
 「最悪じゃねーかよー」
 自分の行動を振り返ってみて自分自身にも苛立ちを感じ始めている夏樹。これもひとえに日頃の行いが悪いからこんな事になってしまったのだろう。
 「…つってもな〜、今更態度とか変えんのも変な気がするよなー」
 そして自分に言い訳を考え始める夏樹。でも夏樹の考えも一理あり夏休みだけとはいえ10年の付き合いがある人が急に態度を変えてきたら不審に思われるかもしれない。
 「ん〜〜、ダメだなこりゃあ」
 そう思った瞬間、夏樹は態度を改める事を諦めた。だからとはいえ何か他の案がある訳ではないが…
 「それじゃあどうすればイイんだよ俺はー!」
 ドアの前からベットに移動した夏樹はベットに飛び込み頭を抱え転がりながら大声を出し始めた。夏樹がこんな行動を取るのは初めての事だった。
 「なっちゃん?」
 「!?」
 そんな中、ドアのノックと同時に夏海の声が聞こえてきた。
 (ヤベー、今の完全に聞かれた!)
 ふと我に返った夏樹は自分のとった行動に羞恥心を感じた。だがそんな事など露知らずドアを開けて中に入って来る夏海。そして何を思ったのか知らないが夏樹は突然、毛布に隠れるようにくるまり出した。
 「アレ?なっちゃん何してんの?」
 「イ、イヤ、別に何でもねーよ」
 「じゃあさっきの…」
 「何でもねーよ!」
 あまりの恥ずかしさに裏声になりながら怒声を放つ夏樹。そんな夏樹に対し夏海は今まで見た事ない夏樹を見たせいで呆然と立ち尽くしてしまった。
 「…そ、それより何だよ?風呂入んじゃねーのかよ?」
 「もう入り終わったんだけど…」
 パニックになって気づいていなかったが髪が濡れていて夏海の服装が白のワンピースから白のTシャツに紺色のミニスカートに変わっていた。丈が膝上15センチ程で太ももの半分以上は見えるくらい短かった。
 時間を確認する為に毛布から顔を出し時計を見てみると部屋に戻ってから30分程経っていた。
 「それで何?」
 「あ、うん、えーっと、おばちゃんがなっちゃんから先にお風呂入らせてイイよって言ってたの」
 「あ、うん。分かった」
 夏樹は返事をするや否やそそくさと毛布から出てきて着替えを持って部屋を後にした。その時間僅か1分にも満たなかった。
 ---「ハアーー」
 浴槽から溢れるお湯のようにため息が溢れた。夏樹にとって風呂場は今日1日の中で一番落ち着ける場所だった。落ち着き過ぎるあまり湯船に顔の半分が浸かるまで沈んでいた。
 (さて、スタートダッシュは見事に滑ったみたいだが問題は明日からだよなぁー)
 湯船に浸かりながら今後の事を考える夏樹。しかし落ち着いても何の案も浮かばず10分程入って風呂場を出た。
 バスタオルで頭を拭きながら部屋に戻ると夏海が夏樹のベットで横になっていた。
 「スー、スー」
 小さく寝息を立てる夏海。既に就寝しているようだ。
 「寝んの早過ぎだろ」
 時計を見るとまだ22時前だった。いつも夜中の2時過ぎまで起きている夏樹にとっては寝るには早過ぎる時間帯だった。
 「………」
 また不用心な事にミニスカを着用した夏海を見ると微かにパンツが見えそうになっている。
 「ったく、不用心過ぎて普段のコイツが心配になってくるわ」
 そう言いながらも夏海に生地の薄い毛布を下半身を隠すように被せる夏樹。
 「…今日はもう寝るか」
 夏海の幸せそうに寝ている姿を見ていると急に睡魔に襲われた夏樹は電気を消し何も敷いていない部屋の床で眠りについた。
 花火大会まで残り23日、幸先の悪い中夏休み前日の夜は終わりを迎えた。
コメント
ノベルバユーザー602527
夏海と夏木の二人をずっと応援したいほど長く長く読んでいたかったほど楽しかったです。