夏空模様

ノベルバユーザー177222

1日目「7月28日(昼)」

 工藤くどう 夏樹なつきは四季の中で一番、夏が好きだ。理由は色々あるが夏の空が特に好きなのだ。夏樹には夏の昼間の空はもう一つの海に見えていた。青い空が海で白い雲が波のように見えた。そうやって見ていると夏の空は納涼的な役割を担ってくれている。夜は夜で他の季節では見れない夏の大三角形等の星々が明るく輝き出す。それに祭りがあれば打上花火が更に夏の夜空を彩る。

 だが夏樹が本当に夏が好きな理由は…彼女に会えるからだ。

 7月28日

 今日は夏樹が通う高校の1学期終業式の日だった。

 県立 緑ヶみどりがさき高等学校。学校の周りは山々に囲まれ自然溢れる学校である。更に学校までに入るのに100メートルほど続く坂道を登らなければいけない。坂道を登る途中、一人一人夢を持ち咲かせて欲しいという願いを込めて色とりどりの花とピンク色で大きく『夢咲坂』と描かれている。これが風夏高校の特色である。

 夏樹はいつも通り夢咲坂を登ってようやく玄関前の階段に辿りついた。

 「ハア〜、あっつ!」

 1人呟くように夏に対する不満を吐きながらも夏樹は階段を登り廊下を進んでいく。

 この高校は冬場は台風並の強風が吹き荒れるのに夏場になると信じられないほど風が吹かない。そのうえ山々に囲まれている為、せみの鳴き声があちこちから聞こえて暑さをより一層感じさせる。

 手を団扇うちわ代わりにあおぐと微弱ながらも風を感じる。だが汗を掻いている為、若干涼しさを感じられた。

 廊下を歩くと左手には職員室が見えた。入り口はガラス張りの為、先生方が色んな準備をしているのが見てとれた。

 (職員室ってクーラーついてるから良いよなぁ)

 夏樹はふとクーラーでキンキンに冷やされた職員室を想像してみた。汗ひとつかかずに働く職員達。中にはだらしなく椅子にふんぞり返りただひたすら涼んでいる人もいる。

 「くうー、生徒も頑張ってるってのに何だよこの格差はよ!?」

 職員達にも不満を吐きながら職員室を過ぎて行った。

 職員室を過ぎると3階建の教室棟が見えてきた。学校自体は3階建なのだが教員棟と教室棟に分かれており2階にはその2つを繋ぐ渡り廊下が設置されてある。1階から順に3年、2年、1年の教室になっていた。

 「とりあえず今日で暫くはこのメンドくさい階段とはお別れか」

 毎日毎日登らなければいけない3階までの道のり。遅刻ギリギリの生徒にとってはたまったものではない。だが今日が終われば明日からは夏休みに入る。この階段を暫く登らずに済むのだ。

 「おうなっちゃん!おはよう!!」

 2階まで来ると後ろから誰かに声をかけられた。夏樹は後ろを振り返るとそこには野球のユニフォームを着た丸坊主の少年が爽やかな笑顔で立っていた。

 彼の名前は斎藤さいとう 広宣ひろのぶ。夏樹とは小学校からの腐れ縁だった。ギラギラした目で見つめてくる広宣は夏樹の元へと近寄ってきた。

 「今日で一学期も終わりだな!?今年も夏海ちゃん来るんだろう?」

 「ああ。まあな」

 元気いっぱいの広宣に対し夏樹のテンションはかなり低く広宣の質問も適当に返した。

 「いいよなぁ。あんな可愛い従兄妹いとこが毎年来てくれるんだもんなぁ〜。お前が羨ましい限りだよ!?」

 「夏休みの間だけどな」

 夏樹には従兄妹がいた。父親の弟の娘で毎年夏休みの間だけ東京から遥々夏樹の家に泊まり込みで遊びに来るのだ。

 名前は工藤 夏海なつみ。歳は夏樹と同じ15歳で高校1年生になる。自分の親から聞いた話だと地元の高校に通っているそうだ。

 夏樹は毎年彼女が来るのを密かに楽しみにしていた。何故なら夏樹は夏海のことが好きなのだ。

 夏樹が夏海のことを意識したのは中学にあがった時だった。中学に入って初めての夏休み、いつも通りに彼女が家に来た。黒髪のショートボブに白いワンピース。毎年来る時は同じ格好で来ていた。だがそんな彼女の姿が夏樹にはどことなく大人びて見えた。大人びて見えているものの彼女の見せる笑顔はいつまでも色褪いろあせることなく夏の太陽のように眩しかった。

 そんな夏海を見て夏樹の胸は窒息死しそうなほど締めつけられた。最初はそれが何か夏樹には分からなかった。夏樹は今まで好きな子がいなかったのだ。だが夏海を見ていると起きる症状なのだと気づきそれが恋なのだと理解した。

 その時から夏樹は夏海に告白しようと決心するが中々言い出せず2人は高校生になった。

 「なあなっちゃん!夏海ちゃんって今彼氏いんのかな〜?」

 「ハアア!?」

 すると広宣が夏海について聞いてきた。唐突の質問に夏樹は細目の目を丸くした。夏樹には広宣の質問の意図が読めなかった。

 「イヤ、そんなの知らねーけど、急にどうしたんだよ?」

 広宣の質問の意図を知るべく夏樹は質問を返した。

 「ん?そりゃあ気になるだろう?あんなに可愛いのに〜。あっ、もしいなかったら俺、夏海ちゃんに告白しようかな?」

 「やめとけ。フラれるのが目に見えてて面白味に欠ける」

 「面白味って何だよ!?」

 広宣の冗談混じりの発言に即答で否定する夏樹。そして夏樹の返しにすかさずツッコミを入れる広宣。

 「あっ、ヤベェ!!早く着替えねーと!!」

 朝のチャイムが学校に鳴り響くと広宣は急に慌てだした。広宣は着替えを取りに行こうと教室に向かっている途中だったのだ。

 「早くしねーと朝のSHR遅れっぞ」

 「分かってるって!じゃあななっちゃん!」

 広宣は焦りながらも夏樹に手を振って教室に向かって走って行った。といっても夏樹と広宣は同じ教室である為、すぐにまた会うことになるが夏樹はあえて口にせず手を振り返した。

 10分後、朝のSHRの時間を知らせるチャイムが鳴った。広宣は時間が無かった為、教室の角っこで着替えを済ませた。女子の何人かからは文句を言われていたが。

 「はーい、みんなおはよう!!HR始めるから席に着けー!」

 チャイムが鳴り終わると同時に教室のドアが全開で開いた。ドアが開くと担任の新井あらい 美月みづきが黒い生徒名簿を持ち元気な挨拶と共に入って来た。新井は中に入ると速やかにドアを閉め教壇へと歩いた。生徒達は新井に言われた通り自分の席へと戻って行った。

 「HRって言っても今後の予定を話すだけだからよく聞いとけよ!」

 体育会系でサバサバした性格の新井は手短に今日の予定を伝え『準備しないといけないから』と言ってHRの終わりを知らせるチャイムが鳴る前に教室を後にした。

 「なあ〜、夏休みどっか遊びに行こうぜ〜!?」

 「海行こうぜ!海!」

 「誰か俺の代わりに夏休みの課題やってくんねー!?」

 HRが終わるとそれぞれ夏休みの話で持ちきりになった。

 「ハア〜〜アー!」

 そんな周りが賑やかに話している中広宣は深いため息を漏らしていた。

 「どうしたんだよ広宣?早速フラれたのか?」

 「何でそうなんだよ!?まだフラれてもいねーし、コクってもねーよ!!」

 夏樹のボケに素早くツッコむ広宣。長年付き合いがあるからの芸当だろうか?

 「ちげーんだよ!部活だよ、部・活!ウチの野球部、休みほとんどねーんだよ!中学は週2日ぐらいはあったから良かったけど、ここの学校キツすぎんだろ!」

 ツッコンだ後、野球部に対する不満をもたらす広宣。ここの野球部は万年1、2回戦止まりの弱小校だからあまり力は入れていないと思っていたが実態はそういう訳ではないようだ。

 「そんなに練習してて何で強くねーんだろうな?」

 「それはコッチが聞きてーよ!ハアア〜、俺の3年間は野球漬けの毎日で終わりそうだ」

 階段で会った時とは別人のように広宣のテンションは低かった。

 「ま、ガンバレ」

 「クウ〜〜、彼女さえ出来れば少しはヤル気出んのにー」

 「それは絶対無理だから諦めろ」

 「何だとー!?」

 広宣の発言に煽るような返しをする夏樹。その返しに対し広宣は睨みつけながら煽り発言に乗っかった。

 そんなやりとりの後、HRの終わりを告げるチャイムが鳴った。生徒達は教室から出るとそれぞれのタイミングで体育館へと向かって行った。

 今日の予定は終業式が体育館で行われその後、教室内の清掃と通知表を渡したりする為の総合の時間があるだけでお昼頃には終わる予定だ。

 そしてあっという間に全ての予定が終わり生徒達は部活に行ったり友達と一緒に帰宅して行った。そんな中夏樹は1人で家に帰って行った。

 帰りながら夏樹はふと夏海の事を考えていた。広宣が『彼氏いんの?』という質問されてからずっとその事が気になってしまっていた。広宣の言う通り夏海は超絶と言っていいほどの美少女だ。

 去年の夏、一緒に海に行った時の話だ。夏海の格好がスクール水着ということもあったがかなり周りから見られていた。小麦色の肌にくびれて引き締まった身体。海にいた男達の視線を釘付けにした。

 そんな彼女が好きな人がいて付き合っていても可笑しくない。夏樹は広宣に言われるまでその事に気づきもしなかった。そう考えると夏樹は憂鬱な気分になった。

 夏樹の家は歩いて30分、海沿いに面した住宅街の一角にあった。憂鬱な気分になりながら夏樹は海沿いの道まで辿り着いていた。夏樹が歩いていると一本のバスが側を通った。夏樹も本当はバスに乗って帰りたかったがちょうどバスを乗り過ごしてしまい次のバスまで1時間ほどある為、仕方なく歩いて帰ることにしたのだ。

 そしてバスは目の前のバス停に止まった。家からだと1番近いバス停だ。夏樹は特に気にする様子も見せずバス停に止まったバスを追い抜いて行った。家まで残り300メートルほどに迫っていた時だった。

 「なっっちゃーーん!!」

 またもや後ろから夏樹を呼ぶ声が聞こえる。だが今度は女の子の声だった。名前を呼ばれ立ち止まった夏樹の側をまたバスが通って行った。夏樹はバスの事など気にせず後ろを振り返るとそこにはバスから降りたであろう1人の少女が大きく手を振っている。

 「ナツ?」

 夏樹は少女に心当たりがあるかのように名前を呼ぶと少女はトランクケースを引きずりながら夏樹の元へと駆け寄って来た。

 「なっちゃーーん♡」

 「うおっ!?」

 少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ夏樹に抱きついてきた。夏樹は突然抱きつかれ困惑した顔になった。

 「んふふ♡なっちゃん、会いに来たよー!」

 「ナツ!?ちょっと落ち着けって!」

 夏樹に抱きついている少女こそ従兄妹の夏海であった。夏樹は小さい頃から彼女をナツと呼んでいる。

 「なっちゃん達って今日で1学期終わりなの?」

 夏樹に抱きついたまま質問してくる夏海。夏樹もまんざらイヤではない為、振り解こうとはしなかった。

 「ああ、そうだよ。ナツんとこは一昨日ぐらいに終わったのか?」

 「うんそうだよ。なっちゃんより2日ほど多めに頂いております」

 「自慢になんねーだろ?それ」

 夏海は自慢そうに指を2本立て『うらやましいでしょう?』と顔で言わんばかりの不敵な笑みを浮かべた。だが夏樹は呆れたような顔でツッコンだ。

 そんなやりとりをしていると自然と2人共、笑いあっていた。くだらない会話でも2人にとってはとても大事な時間なのだ。

 ---「おっじゃましまーす♪」

 2人の和やかな時間も終わり家に到着すると夏樹よりも先に夏海が家に入って行った。元気のいい声が家中に響き渡る。

 「あら!?あらあらあら!?夏海ちゃんじゃな〜い!!」

 すると奥から陽気な声が聞こえてきた。声の主は夏樹の母・光子みつこであった。光子は奥からひょっこりと顔を出し夏海の姿を見ると急いで夏海の元へ駆け寄って行った。

 「あっ、おばちゃん!お久しぶり〜♪」

 夏海は光子を見かけるとテンションが高ぶっていた。夏海は夏樹の両親とも仲が良かった。光子達も健気けなげな夏海を可愛い娘として接していた。

 「また一段と可愛くなっちゃってー。おばちゃん、羨ましい限りだわー」

 「えへへ♡おばちゃんも充分可愛いよ!」

 「あらそう?夏海ちゃんに言われちゃうとおばちゃん自信ついてきたわ!」

 光子が夏海を褒めちぎると夏海も光子を褒めちぎり返した。夏樹は最早空気も同然かのような扱いだった。

 「あら?あんた帰って来てたの?」

 「さっきから居たよ。もう老眼の歳か?」

 ようやく夏樹の存在に気づいた光子に対し皮肉を吐く夏樹。

 「さっき偶然なっちゃんとバス停の所で会ったんだ。ねっ、なっちゃん!」

 夏海は皮肉を吐き捨てた夏樹をフォローするかのように話に割って入ってきた。

 「あらそうなの?夏樹〜、それならそうと早く言いなさいよー。ほんっとこの子ったら親に向かってなんてこと言うのかしら?ねー?」

 「うるせーな。放っとけよ」

 「あっ、こら夏樹!?」

 しかし夏海のフォローの甲斐もなく母親の小言に付き合いきれなくなり吐き捨てるように暴言を吐いて自分の部屋に行こうと階段を登って行こうとしていた。光子が注意しようとするも夏樹には聞き入れて貰えなかった。

 「ちょっと待ってよなっちゃん!?」

 夏海は夏樹が階段を登っていくのを見るとすぐにその後を追いかけて行った。

 「…ハア」

 光子は2人が階段を上がって行くのを見届けると重いため息を溢した。

 「まったく、中学に入ってからずっと反抗ばっかり。夏海ちゃんとは大違いね」

 そして光子はリビングで1人愚痴を溢しているのだった。

 ---「ったく、いちいちうるせーんだよ!」

 「そんなこと言ったらおばちゃん悲しむよ」

 夏樹は自分ベットに寝転がりながら愚痴を溢していた。それに対して夏海は夏樹のベットの側に座り込み光子のフォローに入った。

 「あんなんで悲しむような性格タチしてねーよ。それにうるせーのは事実なんだし」

 夏樹は光子に対する不満が溜まりに溜まっていた。思春期を迎えると同時に反抗期も迎えた中学生の頃の夏樹はとことん親に反抗するようになった。何か言われる度に暴言を吐き捨て部屋に閉じこもる。高校生になった今でもそれは変わることは無かった。

 「おばちゃんはなっちゃんの為に言ってるんだからちゃんと聞いてあげないと」

 「一言二言喋らせればずっと喋るからあれでいいんだよ」

 夏海が更にフォローするが夏樹は聞く耳を持とうとはしてくれなかった。

 だが夏海の言っていることは夏樹も理解はしていた。過保護とは言い過ぎるものの光子は夏樹の事を心配してくれている事は伝わっていた。しかし夏樹は逆に心配される事を気恥ずかしく思い反抗するような態度をとりはじめたのだ。

 「まあなっちゃんが照れ屋さんのは知ってるからこれ以上は言わないけど…」

 「誰が照れ屋だ!?」

 そんな夏樹の事を思ってか夏海は冗談混じりに話しを終わらせようとオチをつけるとすかさず夏樹はツッコミを入れた。

 「えへへー♡それよりなっちゃんのお話しいっぱい聞きたいなー♪」

 「話しって急に言われても特になんもねーよ」

 「えーー!?ウソだーー!?」

 夏樹のツッコミを愛想笑いで流した夏海は夏樹に対して世間話を持ちかけさせようとしてきた。

 毎年、1年間で起きたことを報告し合うのが恒例行事になっていた。しかし大半は夏海の話しを聞かされるだけで夏樹は特に喋りたい事は無かった。

 「あっ、そう言えば…」

 「ん!?何々!?」

だがふと夏樹はさっきまでモヤモヤしていたあの疑問を解決させようと決心した。

 「ナツってさー、彼氏いんの?」

 「………へえ?」

 間の抜けた夏海の声が聞こえると暫しの沈黙が流れた。すると夏海の顔が一気に赤くなり始めた。

 「な、か、かかか彼氏!?いないよ!ぜっんぜん!本当だから!ウソじゃないから!!」

 「別に疑ってる訳じゃねーけど」

 (いない…のか…)

 夏海の動揺っぷりはとんでもなく分かり易かった。だがあまりに動揺している為、夏樹は一瞬安堵したが夏海の動揺っぷりに違和感を感じていた。

 「じゃあ好きな人は?」

 「す、すすすすす…」

 夏樹は核心に迫る質問をするとさっきよりも動揺が激しくなる夏海。その反応を見て夏樹の心はむしばまれるように苦しく感じた。

 (その反応は好きな人はいるって事だよな?)

 夏樹は自分のしてしまった事に後悔した。知りたく無かった事実を知ってしまったからだ。

 「そそそそれよりなっちゃんはどうなのさ!?」

 「んん!?」

 すると動揺しまくっている夏海が同じ質問を夏樹に投げかけた。夏樹も夏海のようにとは言わないが眉がヒクつき動揺する顔を見せた。

 「なっちゃんってば、どうせ可愛い彼女とかつくって毎日楽しい思いしてるんでしょ?」

 「ハア!?んな訳あるか!いる訳ねーっての!」

 「本当?」

 「?ああ、本当だよ」

 「…そっか…」

 夏樹が夏海の発言を否定するとさっきまで動揺しまくっていた夏海の表情が急に穏やかになった。言及してくるもそこまで問い詰めてくる気配も無かった。夏樹の返事にどこかホッとしているかのようだった。

 「じゃ、じゃあ好きな人は?」

 夏海はそのまま同じ質問を夏樹にしてきた。

 「んなもんいるわけ…」

 そう言いかけた時、一瞬夏樹の頭に迷いが生じた。夏海と恋話をするのは思い返すと初めてだった。いつか夏海に告白しようと決めて四年。滅多にないチャンスと思ったが夏海には好きな人がいるという事実を知ってしまった。

 (イヤ、それでも関係ねー!)

 夏樹は覚悟を決める決意をした。今年こそ夏海に思いを伝えると。

 「イヤ、いるよ」

 「へえー………って、ええーー!!」

 夏樹の意外な返事に夏海の驚く声が外にも聞こえるほど大きかった。あまりのうるささに耳を塞ぐ夏樹。

 「な、なっちゃん。すすす好きな人、ほ、ほほ本当に、い、いいいるの?」

 またも動揺しまくる夏海。動揺し過ぎて無意識に手まで動いていた。

 「ああ、本当だよ」

 動揺しまくる夏海と違い落ち着いた声で肯定する夏樹。

 「だ、誰!?」

 夏海は動揺しながらも更に問い詰めてきた。だが夏樹は落ち着いた表情でこう答えた。

 「それは教えん!」

 「ええーー!?なんでーー!?」

 夏樹の答えに納得がいかず思わず立ち上がり更に問い詰める夏海。夏樹は今年こそと決めたもののまだ告白するつもりは無かった。

 「俺、今年こそその子に告白しようって決めてんだ。だからお前には待っててもらいたいんだ」

 「??」

 夏樹は自分自身に誓約せいやくを課した。今の流れや勢いだけで伝えるのではなくきちんとしたかたちで思いを伝える。それが夏樹自身に課した誓約だった。夏海に好きな人がいる以上、流れや勢いだけで彼女に思いを伝えても思いが伝わらないかもしれない。

 だから夏樹は『8月19日の夏祭りまでに夏海を振り向かせて告白する!』という目標を立てた。目標を立てることで自分自身を奮い立たせる原動力にしようと考えたのだ。

 (今年の夏祭りは従兄妹同士としてじゃなく、彼女として一緒に行きたいんだ!)

 夏樹は彼女と一緒に夏祭りに行くという夢を密かに待っていた。『だからその日までに夏海と恋人になってやる!』という決意の表れであった。

 しかし夏樹の言葉の意味を夏海には伝わっていなかった。まさか自分に告白してくるとは思ってもいないようだった。

 「そっか…。なっちゃんに好きな人が…」

 「なんか言った?」

 「ううん!なんでもない!!応援してるから!頑張ってね!!」

 「お、おう」

 夏海は寂しそうに小さく独り言を呟いたと思うと今度は空元気そうな笑顔で夏樹にガッツポーズとエールの言葉を送った。それに対して夏樹は面を食らったかのような表情を浮かべながら短く返事を返した。

 その後、静まり返った夏樹の部屋に蝉の鳴き声と家の前を通る車の音が鳴り響いてきた。

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