「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百九十六話 化け物

 ユルドが持ってきてくれた魔物図鑑には、本当に魔物を食べたときの感想が書いてあった。すべて一人の著者が食べて、書いたものらしい。それなのに、載っている魔物の数が今までに読んだ図鑑よりも多い気がする。一体、著者は魔物を食べることに何を見出してこんな図鑑を作ったのだろうか。やろうと思う精神も、また、それを実行できる実力も常人のそれではないように思えた。
 その上、見やすい。当然のように一般的な情報――例えば、どんな生態をしているのかや、戦闘時の留意点など――は的確にまとめられているし、肝心の食べたときのこともいちいち表にまとめられている。味、触感、身体に起こった変化、おすすめの調理方法、など、とにかく情報量が多いのだ。
 読み物として単純に面白い。そんな書物の中に、ヴォルムは気になる記述を見つけた。それがユルドの言っていた「面白い項目」なのかは分からない。ただ、やはり書物から何を読み取るのかは読み手の問題だ。どれが正解かを考えるのではなく、自分の読み取ったものが正解だと信じられるだけの読み解く力を持っていれば良い。早速、ヴォルムは該当箇所をリフィルにも共有した。

「ここに書いてあることなんだけど――」
「――体質の変化、ですか」

 そこに載っていた魔物はヴォルムたちもよく知る魔物だった。ブルーサーペント。水辺に生息する、大型の毒蛇だ。強力な毒を持っていて、迂闊に食べようものならその毒に侵されてしまう。それを食べたというだけでも信じられないのに、図鑑にはブルーサーペントの肉がいかに美味しいか詳細が書かれており、さらにそれによって得られる効能や有用性もまとめられていた。その中に、毒への耐性がつくと記述があったのだ。効能は恐らく永続的なもので、しかも魔物の毒全般に効く。それから、耐性がついてしまったあとでは検証のしようがないが、他の毒を持った魔物でも同様のことが言えるのではないかと考察までされていた。

「魔物以外の毒には効果がないみたいだが、こうやってあらゆるものに耐性がつけられたら、無敵の身体が出来上がるんじゃないか?」
「確かにそうですけど……そんなに都合よく、他の耐性も付けられる魔物がいるんですか?」

 図鑑を読んでいない人間がそう疑問に思うのも無理はない。だが、あるのだ。この図鑑にはすべて書いてある。電撃に耐性をつけるための魔物が、熱に耐性をつけるための魔物が、寒さに耐性をつけるための魔物が、書かれているのだ。

「いるとも。それも、一体じゃない。同様の効果が期待できる魔物が数種類ずついるみたいだ。俺たちが狩ったことのある魔物も何体かいるぞ」

 体表を硬化させるもの、毒を生成できるようになるもの、帯電できるようになるもの、身体能力の向上、他にも、いろんな魔物の能力を食べることで得られるようだった。もちろん、食べたところで変化のない魔物だっている。猪型の特に特殊な能力がないタイプのものなどは普通に食用にされることもあるし、それで特殊な能力に目覚めたなんて話は聞いたことがない。対象となるのは、普段はとてもではないが美味しくないからと食用にはされていない魔物の肉だ。どう調理すれば食べられるのかもちゃんと書いてあって、中には面倒な処理をしなければならないものもあったが、それで食べられなかったはずのものが食べられるというだけで凄いことのように思えた。

「それで、なにから食べるつもりなんですか?」

 そこで、リフィルから次の質問がくる。確かに、どの魔物を食べるのかは重要な問題だ。もちろん、少しでも効果が得られるなら全種類食べた方が良いに決まっている。だが、そうもいかないのだ。生息域にいないから遠出しなければならなかったり、同じ効果を得られるものはどちらか一方だけで良かったり、二人で狩るのは難しい強い魔物が対象だったり、いろいろと都合があるのだ。だからこそ、この図鑑にすべて載っているというのが異常なわけだが、最後のページを読んで、なぜ著者はこんな図鑑を作ることができたのか、その一片を見た気がした。

「人間……いや、もはや人間ではない、ってことか」
「え……?」

 最後のページに載っていたのは、著者本人だった。いろいろな魔物を食べ、能力を獲得した。体質も本来の人間とはかけ離れた特殊なものになった。そんな自分は、果たして人間と呼べるのだろうか。元々は人間のつもりだったが、最早自分は魔物の一種となり果ててしまった。推測だが、こんな自分を食べたものはきっと、自分と同じように多くの魔物の特徴を身体に宿すことになるだろう。味については混ざって美味しくなるのか、あるいは不味くなってしまうのか見当がつかないとある。ここまでずっと詳しいことが書いてあったのに、このページにはそれだけだった。
 きっと、著者は獲得した能力を用いて多くの魔物を倒し、美味しく食べられるまで実験を繰り返しても耐えられる身体を手に入れたのだろう。興味の向くままに、欲望に導かれるままに。そして、その先で人間であることをやめた。しかし、ヴォルムはどんな特性を手に入れたとしても、著者は人間だったのだと思った。人間が人間たり得る要素はいくらか思いつくが、図鑑を読む限り、著者には心が残っている。どんな体になろうと、心が人間なら人間だ。その考えは、ヴォルム自身に向けたものでもあった。あくまで目的のための手段として利用するだけ。人間を捨てるつもりはない。

「よし、決めた。俺は化け物になるぞ。ユルドが面白がってるのも、そういう部分なんだろう。やつの思惑通りに動くのは癪だが、ここでなりふり構ってられるほど余裕はない」
「で、何を食べるんですか?」
「片っ端から、全部だ。これから狩る魔物全てを食べる。もちろん、図鑑に載っているものはちゃんと調理するし、そうでなくてもある程度応用できるだろう」

 リフィルは若干引いているようだったが、ヴォルムの心は決まった。まずはどう調理すれば良いのか、図鑑の情報を頭に叩き込むところから始めるのであった。

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